ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 番外「ナーベラル(あの子)を仲間にしたい?捕まえて乱暴すればいいでしょう!エロ同人みたいに!」
 隊長(駄目だこいつ……早くなんとかしないと……)



第十六話:エ・ランテルと冒険者組合

 エ・ランテルまで徒歩の足に合わせて一日、道中は何事もなく過ぎると、一行は城塞都市が見える場所まで辿り着いた。

 入門審査を受ける列の最後尾に並ぶと、順番待ちの人々の視線が一気に集中した。

 

 ハムスケがとにかく目立つのである。怯えたように身を竦ませながらも、大人しく荷馬車を引いている姿に目を丸くする人々の視線を受け、ハムスケは得意そうに胸を反らした。

 

「フフン、やはりそれがしの威容は周囲の耳目を捉えて離さぬようでござるな!」

 

 ハムスケが喋るのを聞き、周囲のざわめきが大きくなる。

 

「……鬱陶しいから静かにしてなさい。あんまり騒いで入門拒否されたらどうする気よ」

 

 御者台に座ったナーベラルが叱りつける。いつの間にやらフードを被っているのは、ルクルットのアプローチに余程辟易したのか、顔を隠すことに決めたらしい。

 

 ハムスケはしゅんとした顔で黙りこんだが、それで静かにはならなかった。行列の中の馬が騒ぎ出したためである。行商人やら騎兵やら、馬の持ち主が必死になだめているが、いったん怯えた馬はなかなか落ち着かず、恐怖が伝染して大混乱の前触れの様相を呈してきた。

 程なく詰め所から門衛の兵士らしき人間が走り出て、こちらに駆けてくるのをナーベラルは無表情に眺める。

 

「あのっ、あなた方は先に処置させて頂きますので、こちらにおいで頂けますか」

 

 門番もハムスケに圧倒されているのか、露骨に下手に出てくる。行列の長さに内心うんざりしていたナーベラルはあらそうとハムスケに声をかけようとしたところ、隣で彼女にしがみついていたネムが言った。

 

「あれ、でもみんな待ってるんでしょ?順番抜かしちゃっていいのかなあ」

 

「構いませんね皆さんッ!?」

 

 門番が即座に振り返って叫ぶと、列の前方から構わねえよ、頼むから早く行ってくれといった主旨の叫びが上がる。主に馬の首を抱えて必死に落ち着かせようとしている連中から切実に。それを聞いて、ナーベラルはネムの頭を撫でた。

 

「ですって、行きましょうか。エンリ、行くわよ」

 

 そんなわけで、ナーベラルとハムスケ、ンフィーレアとエモット姉妹、「漆黒の剣」の四人が先に詰め所へ案内されていくのを、列の人々は興味と安堵を込めて見送った。

 

 

 とはいえ詰め所の中は八人を迎え入れるには狭かった。

 椅子の数も足りないため、座っているのはンフィーレアとエンリ、ナーベラルのみで、ネムはナーベラルの膝の上に収まり、「漆黒の剣」の四名はその後ろに控えている。ハムスケは入らないので、外で待機である。

 

「えーと……では始めますか。バレアレさん」

 

「はい、ンフィーレア・バレアレです。トブの大森林に薬草採取に行ってきた帰りです」

 

 その返答に、門衛の兵士は頭を掻いた。定期的にこうして薬草採取に行くンフィーレアとは顔馴染みだし、先日出て行ったのも勿論覚えている。ただし。

 

「ンフィーレアさん。行きより随分人数が増えてませんか?」

 

「そうですね。順番にご説明しましょうか」

 

「是非お願いします。ああ、ンフィーレアさんと護衛の四名の方については結構ですよ。私も覚えておりますので」

 

「はい、ではまずこちらがエンリ・エモット。トブの大森林近郊のカルネ村の村民です。この度はうちに嫁入りするために連れてきました」

 

「エンリです。よろしくお願いします」

 

 そういって頭を下げるエンリを見やって、兵士の顔がぴくりと動いた。何か警戒したというわけではなく、エンリとンフィーレアがごく自然に恋人繋ぎで手を繋いでいることに気づいたためである。リア充爆発しろ。

 

「そして、エンリの妹のネムです。エモット家は先日両親が亡くなったため、エンリが居なくなれば保護者が居なくなってしまいます。ですので、うちで引き取るために一緒に来ました」

 

「ネムです。よろしくおねがいします」

 

 明らかに姉の真似をしてであろう、ぺこりと頭を下げるネムを見て、兵士の顔が緩む。

 

「フム、成る程……ここまでは特におかしな所はないですな。後はそちらの方ですが……まずフードを取って貰えますか」

 

「手配されている犯罪者などを確認しなければなりませんからね。ガンマさん、お願いします」

 

 ンフィーレアが補足説明を付け加えてナーベラルにお願いする。丁寧に説明しないとヘソを曲げる可能性が高いと判断してのフォローである。ナーベラルもそれで納得したのか、フードを後ろに払った。

 

「……」

 

 ナーベラルの美貌に見とれ、詰め所の兵士達が完全に沈黙する。

 

「……何か?」

 

「あ、いえ、すみません。えーと、お名前と出身からお願いします」

 

「はい、彼女の名前はガンマ、旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。出身地については僕たちが聞いたことがない遠方ということです」

 

 (デフォルトが煽り口調の)ナーベラルが直接応答すると絶対こじれるから応答は自分たちに任せてくれ、あらかじめンフィーレアはそう頼んである。ナーベラルは面倒ごとがそれで済むなら、とあっさり了承したので、打ち合わせに従ってンフィーレアが説明を始めた。

 

「遠方から来た旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)?それはなんとも……」

 

 胡散臭い話だな、という台詞は飲み込んだ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)を無意味に怒らせたくはないし、手配されている犯罪者でないのは明らかだ。ならば触らぬ神に祟りなし、である。

 

「それであと、あの大きな魔獣はなんなのですか?」

 

「あの魔獣はハムスケさんと言いまして、ええと、森の賢王と言った方がわかりやすいですね。今はこちらのガンマさんが使役しています」

 

「森の賢王……!!」

 

 兵士達は顔を見合わせて緊張した。トブの大森林南部に跳梁跋扈する伝説級の魔獣のことは、エ・ランテルでも広く知られている。それをあっさり使役しているというこの魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、やはりただ者ではないということだ。

 

「で、次はエ・ランテル訪問の目的ですね。ガンマさんはえー、冒険者組合に登録するために来ました。ハムスケさんを連れて歩くには、組合で魔獣登録をするのが最も手っ取り早い方法ですので。そのまま冒険者として身を立てようと思っている……ってことでいいですよね、ガンマさん」

 

 ナーベラルは無言で頷く。兵士はそれを見て考え込んだ。

 

「うむむ……つまりまだ組合に登録した冒険者ではないと……」

 

 兵士達はぼそぼそと小声で打ち合わせる。

 

「それで、あの方呼ぶんですか?」

 

 あの方とは、魔術師組合から派遣されている魔法詠唱者(マジック・キャスター)で、ただの兵士では分からないマジックアイテムなどの検査に協力してくれることになっている。

 

「うーん……呼んでどうするんだ?森の賢王を従えるほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)なら、魔法のアイテムくらいそりゃ持ってるだろうし、なんか見つかったとして、それでどうするんだ?没収させろとでも言うのか?」

 

「いやそんな、まさか!」

 

 登録した冒険者であれば、管理責任は組合の方にあるとしてスルーするのだが、流れ者の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が現れるという事態はこの兵士達にとって初めての事態であり、どうしたものか悩む。兵士はうんうん唸った挙げ句、ナーベラルに声を掛けた。

 

「それで、ガンマさん……なんというか、あなたの身元を保証してくれるような何かをお持ちでないですか?」

 

 その言葉にナーベラルは首を傾げた。確認するようにンフィーレアの方を向くが、ンフィーレアは慌てて首を横に振る。

 

「困りましたね。門番の方が警戒するのは分かりますけど、身元の保証を求めて冒険者組合に登録したいのに、保証がないから入れないというのはちょっと……」

 

「ガンマ様、王国戦士長様から何か貰ってないですかそういうの?」

 

 エンリが口を挟むと、兵士達がその言葉に驚く。

 

「あの、王国戦士長というと、あのガゼフ・ストロノーフ殿ですか!?お知り合いで?」

 

「ええ、そのストロガノフよ。貰ったのは金貨だけ……そういえば手紙があったわね」

 

 ナーベラルは手元から手紙を取り出すと、机の上に放り投げた。兵士が緊張した面持ちでそれをそっと取り上げる。

 

「こちらが王国戦士長からエ・ランテル都市長パナソレイ宛で……こちらは麾下の部隊への連絡事項か……紋章と封蝋は本物っぽい……いや、待て、なにか挟まってる」

 

 兵士が手紙の間に挟まった紙を取り出して広げると、王国戦士長直筆の覚え書きが出てきた。曰く、ガンマなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)、自分の恩人であり、悪い人物ではないことを自分が保証するので便宜を図ってやって欲しい云々……

 

「入れないならしょうがない……このまま王都に行くから、その手紙代わりに届けといてくれるかしら」

 

「あ、い、いえ!とんでもない!お通ししますのでご自分でお願いします!こちらの紙には戦士長からのあなたに対する保証が入っておりましたので……」

 

 これ以上絡むのは自分たちの分を越えている。そう判断した兵士はそれ以上の誰何を取りやめて一行を通すことにした。厳密に言えばナーベラルについては通行料を徴収すべきだったのだが、完全にそんなことは頭から飛んでいる。

 

「さて、とりあえず私はハムスケを組合に登録に行くけど……」

 

 あんたらはどうするの、との言にまずエンリが答える。

 

「うちの荷物はハムスケさんに引いて貰ってますから、私たちも組合にご一緒します」

 

「あ、なら僕も一緒に行きます。そのまま「漆黒の剣」の皆さんのクエスト完了手続きをしましょう」

 

 ンフィーレアがそう言うと、ペテルが口をはさんだ。

 

「いいんですか?完了は荷下ろしが終わってからになるというお話でしたが?」

 

「いえ、これまでご一緒して、その辺は信用していますよ。だいたい、追加報酬を受け取らずに去るってことも無いでしょうしね。先に済ませてしまいましょう」

 

「それはどうも、ありがとうございます」

 

 ペテルはそう言って一礼し、みんなでぞろぞろと組合に行くことになった。

 

 

 ナーベラルはドン引きしていた。

 目の前に向かい合わせで座っている、目を血走らせて荒い息をつく受付嬢にである。

 どうしてこうなった。

 

 冒険者組合への登録は、現役の冒険者と同行したこともあって手順良く進んでいった。魔獣の登録には対象の人相書きが必要だと言うことで、ハムスケを担当者に預ける。金を払えば魔法ですぐ済むらしいが、どうせならスケッチしている間に、初登録時に受講が必要となる講習を受ければいいじゃないという流れになった。

 

 それで、受付で欠伸をかみ殺しながら事務仕事をしていた受付嬢に、小部屋へと案内された。講習というのはそこで行われるらしい。別にどこでもできるのだという話ではあるのだが。

 そして彼女の口からあふれ出る説明の濁流。無表情に長ったらしい説明を吐き出し終えて、どうだと言わんばかりにこちらを見上げてきた受付嬢に。

 

「つまり、組合が報酬を中抜きしているけどそれは必要な手数料ですよってことね。冒険者組合の実態が依頼人と冒険者の関係を仲介する斡旋組織である以上、当然の話ね。二割で人件費から依頼の下調べまで賄えるのならまあよくやってると言えるのではないかしら」

 

 そう言って聞いた内容をまとめてみた瞬間、彼女の顔つきが変わった。いや、顔つきは相変わらずにこやかな事務笑顔だったが、中の人の雰囲気が変わった。やる気が出たとでも言えばいいのだろうか。そして再び吐き出される言葉の濁流。

 違約金の発生する流れ、冒険者とは切っても切れない関係にあるモンスターの難度という概念、身分証明となるプレートのランクに対する説明。ひとつ聞き終えてまとめるたびに、受付嬢の目つきが険しくなっていくのを、ナーベラルは人間ってこんな変な生物だっけと考えながら見守った。

 

「――以上で講習は終了になりますが、何か質問はありますか?」

 

「いえ、特にないわ」

 

 全ての内容を説明し終え、何故か歯ぎしりしながら自分を睨み付ける受付嬢に内心ドン引きしながらナーベラルが答えると、受付嬢は表情筋から力を抜いてふう、と息をついた。これまでの作り笑顔とは異なる柔らかな表情で手元から小さなプレートがついたネックレスを取り出す。

 

「それでは、こちらが登録したての冒険者に与えられる(カッパー)のプレートになります、どうぞライバルさん」

 

 ライバル?唐突に出てきた意図の読めない単語に、ナーベラルは内心首を傾げたが、ツッコむのは止めにした。第六感が深入りするなと警鐘を鳴らしている。

 ナーベラルはプレートを受け取ろうとしたが、受付嬢が鎖の部分から手を離さない。訝しげな視線を向けると、彼女はコホンと咳をして髪の毛をなでつけた。

 

「ところでラ……ガンマさん」

 

「なにかしら」

 

 どうやら言い間違えただけのようだ。どう言い間違えたらガンマがライバルになるのは不明だが、おそらくきっとそうなのだ。

 

「これは確認なのですが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんですよね?」

 

「ええ」

 

 登録情報の聞き取り時に、魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと言ったら、代筆を頼んでおいて!?と驚かれた。「この国の」文字は読み書きできないと言ったらなんだか勝手に納得していたが。

 

「組合の決まり事では高位の魔法が行使できる場合は無条件でランクが上がることになっております。無論魔法の行使を実演して頂く必要がございますが、どうしますか?」

 

 ナーベラルは少し考えて答える。

 

「……それは明日でもできるかしら?人を待たせているのだけど」

 

「勿論です。それでは本日はとりあえずこの(カッパー)プレートをお持ちください。明日とは言わず、行使魔法の証明については受付で申し込んで頂ければいつでも受け付けております」

 

 受付嬢がにこやかに答える。良かった、明日は別の(・・)受付嬢に頼もう。ナーベラルはそう考えてプレートを引っ張るが、まだ離してくれない。

 

「もう一つ、最後に良いことを教えてあげます」

 

 

 冒険者組合に来る人間の素性は大きく分類すると、依頼を出す側と受ける側に分けられる。そのうち受ける方――冒険者がたむろするためのスペースとして、募集されるクエストが貼り出される掲示板を境に丸机や椅子が並べられた空間が確保されている。臨時に組んだチームでの打ち合わせや、あるいはチーム結成の為の面接などをここで行うこともできる。

 依頼者向けのスペースは別途確保されており、小会議室を出たナーベラルがそちらに向かおうとすると、それを邪魔するかのようにスッと足が突き出された。ナーベラルがちらりと視線を向けて確認すると、一様に嫌らしい薄笑いを浮かべた下等生物(ヤブカ)が四匹、群れているのが目に入る。さらにはその様子を観察してくる複数の視線。

 

(成る程、こういうことね……)

 

 受付嬢が親切にも教えてくれたのは、(カッパー)プレートの新人が講習を終えて出てきたら、十中八九先達の洗礼(・・)があるだろうということであった。

 

『品のいい話じゃないんですけど、そもそもお上品な業界とは言い難いですしね。チンピラでも実力があれば重宝される世界ですし、そういうものなんだということを新人に思い知ってもらう意味でも、冒険者同士の間で完結する限りにおいて黙認されています。周囲の先輩達に、新人の能力傾向を見定める機会にもなりますし、そこからチームにスカウトされることも多いんですよ』

 

 ナーベラルは受付嬢の台詞を思い出す。

 

『理想的な対応としては、素手で上手にあしらってください。私のラ――あなたならきっと大丈夫だとは思いますが。武器や魔法の使用は厳禁です、処罰対象……プレートの剥奪もありえます。え、相手が抜いたら?あはは、そんなことはまずありえませんけど、それは組合が黙認してる範囲を明らかに逸脱しますので、相手の方が処罰対象ですね。町中で刃物を振り回してる強盗を見かけたのと同じ扱いで結構ですよ。そんなことありえませんけど』

 

「どうしたぁ?何か言いたいことがあるのかい新人さん?」

 

 (アイアン)プレートを首に下げた男が下卑た声で話しかけてくるのを、ナーベラルは無感動に眺める。

 

(えーと、素手であしらえばいいんだっけ)

 

 そうして。ナーベラルは差し出された男の足の甲を踏み潰した(・・・・・)

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、男の上げた絶叫に、周囲の視線が集中した。

 

 普通に考えれば、足の甲まで覆われたグリーブを履いているのに、踏んづけられたくらいでそのような悲鳴を上げる道理はない。実際には装甲板が変形してめり込むほどの衝撃を受けたその男は、普通にグリーブを脱ぐこともできなくなり、粉砕骨折した足の骨に伝わる衝撃に泣きわめきながらグリーブを破壊して取り外す羽目に陥ることとなったのだが。だが、それは彼らの中ではかなりマシな末路であった。

 

 まさかそのようなことが起きたとは思わず、そういう方向性の演技で行くものと早合点した連れの男達がナーベラルに文句をつけるために立ち上がろうとする。立ち上がろうとした男の一人が次の瞬間目にしたものは、握り拳を思いきり振りかぶったナーベラルの姿であった。

 見え見えのテレフォンパンチながら恐るべき速度で放たれたその鉄拳に全く反応できず、ナーベラルの拳が男の顔面に文字通りめり込んだ(・・・・・)。ギャグ漫画ならぽこんと音を立てて戻ったかもしれないが、そうでない以上それはちょっとしたスプラッタである。鼻骨・頬骨・上顎辺りの骨を陥没させられてもんどりうった男は吹っ飛んで転がり、そのまま痙攣して動かなくなる。回復魔法を掛けなければ再起不能間違いなしの惨状であった。そして男に高価な高位魔法を依頼するための持ち合わせはない。

 

「て、てめぇ……!!」

 

 二人目が犠牲になっている間に立ち上がることに成功した三人目の男が叫ぼうとしたところに振り返ると、間髪入れずにナーベラルは男に蹴りを叩き込む。別に狙い澄ましたわけではないのだが、位置関係の妙から丁度男の股間に吸い込まれたナーベラルのキックは、ハムスケ風にいうならば「生物として合格するチャンス」を永遠に奪い去った。白目をむいた男が泡を吹いて崩れ落ちる。

 

「ひ、ひぃっ……!」

 

 後に周囲の目撃者は語った。確かに抜いた(・・・)のはあの男が先だった。ただし、それはどう見ても恐怖に駆られてのことだったと。

 ほぼ一瞬のうちにメンバーの三人を戦闘不能に追い込まれたチームのリーダーは、ナーベラルの視線を受けて恐慌状態に陥り、混乱のうちに選択したのは愛剣の手応えに縋ることだった。ただしそれは、最も愚かな行為だったと言える。

 リーダーが抜刀したのを受け、驚愕の光景に唖然としていた周囲のうち幾人かが反応を見せる。だがそれも、あまりにも手遅れだった。

 

(抜いた……つまり、加減しなくていいってことよね)

 

 そう考えたナーベラルがリーダーを指さす。リーダーが何か反応するより前に、ナーベラルの唇から呪文が紡がれる。

 

<風刃>(エア・スラッシュ)

 

 その瞬間ナーベラルの指先から生み出された風の刃が男の首筋に向かって走り、頸動脈を綺麗に切断する。ぽかんとした男の首から鮮血が噴水のように噴き出し、壁と床と机と椅子と、比較的近くに座って呆然としていた冒険者の衣服に赤いシミを作った。

 

 最後の男がその場に倒れ伏すと、地獄のような沈黙が場を満たした。

 その場の誰もが衝撃の展開に思考力を奪われ、次の行動を起こせずにいる中、ナーベラルの後方からミシミシと床板を踏みしめる音がした。

 後ろからライバルのお手並みを拝見しようと見物を決め込んでいた受付嬢が、顔面を真っ青にさせ、口をぱくぱく開閉させながらよろめくように歩み寄ってくるのを見ると、ナーベラルは振り返って言った。

 

「あら、さっきはどうも。……おかげでうまく対応できた(・・・・・・・・・・・・)わ」

 

 その言葉に愕然とした周囲の視線が受付嬢に集中する。驚愕の視線でハリネズミのように全身を串刺しにされた受付嬢は、ナーベラルを見、その場に転がる男達を見。酸欠の金魚のように口を開閉させ、ぷるぷると身震いしてから絶叫した。

 

「ひ、ひ……人聞きの悪いことを言うなぁあああああああ――――――――――!!」

 

 

 




 ナーベラルが一人で来たならあの人を出張させざるを得ない。
 ちょっと順調に成長しすぎかなと思うんでポンコツ成分を投入( ´∀`)

12/22 誤字修正。

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