ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 死の宝珠「我々の出番はキャンセルされました」
 不死者の軍勢「(´・ω・`)ソンナー」



第十九話:後始末と昇格

 その後は大騒ぎになった。

 大規模な破壊音にまず野次馬、ついで衛兵が駆けつけてきて、事情を聴取されることとなり、ンフィーレア達は対応に追われた。

 一人の例外もなく怪我人だらけだったので、衛兵は簡単な状況――つまり、ンフィーレア達が被害者であることを確認すると、本格的な調査は明日にするから怪我の手当をするように言ってくれたので、ンフィーレアの治癒薬(ポーション)とダインの回復魔法で簡単な手当を施していると、ようやく祖母のリイジー・バレアレが帰宅した。

 無論、今日ばかりは遅くなって運が良かったと言わざるを得ない。普通に自室に籠もって錬金術に励んでいたら、再会した時は死体になっていた公算が高い、あのキチ女(クレマンティーヌ)を思い起こしながらンフィーレアはそう考える。

 

 店は控えめに言って大損害を受けた。倉庫の薬草が半分駄目になり(あの惨状で半分助かったのは僥倖ではある)、棚・箱・壺・瓶などの家具と容器がほぼ全損。倉庫の壁は(ハムスケに)粉砕され、ドアも歪んで買い直した方が早い有様である。

 さしものナーベラルが、少し気まずそうに「……悪かったわね」と一言謝罪をしたところ、リイジーは笑ってこう言った。

 

「なんの、孫を助けてくれた恩人に、そんなことで非難するような恩知らずじゃないよわしは。お前さんだって酷い怪我じゃないか、手段を選ぶ余裕もなかったんじゃろ?」

 

 はてさて、本当に余裕がなかったのかどうかはナーベラルのみぞ知る。ンフィーレアにも気にしないでいいですよと言われたので、左手に巻いた包帯から薬草の匂いを漂わせながら、彼女は頷いてそれきり黙った。ちなみにそれ以外のかすり傷はダインが癒してくれた。

 非戦闘員三人の打ち身は本当は手当も要らない程度の軽傷で済んだものの、漆黒の剣の面子はカジットに負わされた怪我で結構ボロボロである。店がこんな大損害を受けた状態で追加報酬を貰っていいものか、例によってニニャが疑問を呈したが、それとこれとは無関係だし、むしろ巻き込んで申し訳なかったから是非受け取ってくれとンフィーレアが言い、リイジーも同意したのでそういうことになった。

 漆黒の剣がその場を辞して宿に戻ると。

 

「さて、そちらの娘っこはどうしたのかね?」

 

 とうとう来るべき質問が来て、ンフィーレアが緊張に唾を飲み込んだ。心配そうな眼差しのエンリに頷いて見せると、息を整える。

 

「おばあちゃんにも話はしたことあるでしょ、彼女がカルネ村に住んでたエモット家のエンリと、妹のネムだよ。カルネ村でも先日ちょっとした大事件があって、ご両親が亡くなってしまったんだ」

 

「なんと……それは気の毒になあ」

 

 リイジーが哀悼の意を表すると、エンリは謝意を返した。

 

「そこを助けてくれたのがガンマさんで、彼女が居なければみんな殺されてたかもしれないんだ。それで……おばあちゃん、僕はエンリを嫁に迎えたい。その為に連れて帰ってきたんだ」

 

 意を決してンフィーレアが言うと、リイジーは孫とその恋人の顔を順番に見て沈黙し、やがて破顔して頷いた。

 

「ん、そうか……エンリさんや、孫のことを宜しく頼むよ」

 

「は、はいっ」

 

 エンリは緊張しながら答えたが、話はとんとん拍子で進んだ。孤児になってしまうネムを家で引き取ることも、全員の恩人のナーベラルを泊めることも、鷹揚に受け入れるリイジー。

 

「さてさて、賑やかになるのう。部屋が足りるかな」

 

 そう言いながらも、楽しそうに受け入れ準備を整えていく。明日にはちゃんとするにしても、家具や寝具の都合で、今晩は新規の三人が客間で寝ることになった。

 ちなみに穴が空いた倉庫にはハムスケを配置した。寝ながらでも警戒できるので不寝番にはもってこいというわけである。

 

 

 翌日。家の修理に家具の手配、緊急の仕入れとやることが山積みで大わらわのバレアレ家を出ると、ナーベラルはまず役所に向かった。

 フードを下ろした胡散臭い(カッパー)の冒険者に訝しげな視線を向けて何かご用ですかと問う受付嬢に、ガゼフから預かった手紙を二通放る。受け取った受付嬢が宛名と差出人を見て目を白黒させるのに目もくれず振り返ると、慌てた調子で呼び止める声をガン無視してその場を後にした。彼女的にはこれで頼まれた仕事を済ませたことになる。

 

 次に向かったのは冒険者組合である。昨夜の事件について、事情を聴取するために呼び出されて居たのだ。

 組合のエントランスをくぐると、ガタン、という音がした。ナーベラルが音のした方を見ると、正面カウンターに座っていた受付嬢が椅子を蹴立てて立ち上がったところだった。どうもその顔には見覚えがある。

 昨日の受付嬢がカウンターに「離席中」の札を立て、応対中だった(・・・・・・)冒険者がぽかんと口を開けて固まるのに目もくれず、のしのしと自分の方に歩いてくるのを、ナーベラルはあっけにとられて見つめる。

 

「いらっしゃいませガンマさん、お待ちしておりました」

 

「いや、うん、その……いいの、あれ?」

 

 奥から出てきた同僚らしき女性が離席札を戻して、硬直したままの冒険者に頭を下げて応対を引き継ぐ様子を指さしてナーベラルがそう言うと、受付嬢は頬をぷくーと膨らませる。

 

「何か勘違いなされてるようですけど。あなたが来たら私が全ての業務を放り出して対応する、というのは、むしろ私の方が頭を下げて頼み込まれたんですよ。いやー、怖がられてますねえガンマさん。ま、当然だと思いますけどね」

 

「そ、そうなの……」

 

 なんと言って良い物やらわからずに、とりあえず相槌だけうつと、受付嬢はやさぐれた目つきでナーベラルを睨め付けた。

 

「そういうわけで、今後エ・ランテル冒険者組合では、基本的にこの私、イシュペン・ロンブルがあなたの専任担当となります。そんな制度別にないんですけどね、ええ。どーぞよろしく」

 

 そう言うとイシュペンはナーベラルの右手をとって両手で握りしめ、ぶんぶんと上下に振り回した。しばらく振り回すと満足したのか手を離し、やさぐれた目つきのままで営業スマイルを浮かべる。

 

「ご用件は伺っております。あの後もまた騒ぎを起こしたんですって?凄いですねえー。皆様会議室で今か今かとガンマさんをお待ちになってますよ。あ、会議室の場所は分かります?」

 

 分かるわけがない。ナーベラルが首を横に振ると、イシュペンがよっしゃと呟いて小さく握り拳を作る。

 

「それではご案内しますので、どうぞ付いてきてくださいね」

 

 そのようにイシュペンに案内されるがまま、上層の会議室に辿り着いた。ドアを開けて横に退いたイシュペンが一礼するのを横目に扉をくぐる。

 中にいたのは三人の人物であった。エ・ランテルにおける冒険者組合支部長のプルトン・アインザック、同じく魔術師組合支部長のテオ・ラケシル、そして都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア。いずれもこの都市を代表する重鎮である。そのことがナーベラルになんらかの感動をもたらすことはないのだが。彼女が勧められるままに椅子に腰を下ろし、少し躊躇ってからフードを取ると、対峙した三人のうち初対面の二人から感嘆のため息が漏れる。ナーベラルの美貌に圧倒されたのだ。いちいち描写するのも面倒なほど繰り返されてきた様式美である。

 

「よく来てくれた、まずは礼を言わせて貰いたい」

 

 気を取り直してパナソレイが口を開く。どういうことかと、問いかけるナーベラルの視線に答えて、言葉を続ける。

 

「昨夜バレアレ家を襲った二人組の男女だが――男の方は、所持品から邪教集団『ズーラーノーン』の幹部だったことが判明している。目的は今となっては推測するしかないが……ンフィーレア・バレアレ君の希少な異能(タレント)を悪用するつもりであったことは想像に難くない。そしてそれは、当然この都市に大混乱をもたらす類のものであったろう。それを未然に防いでくれたことへの感謝を示すのは当然のことだ」

 

 そこでいったん言葉を切ったパナソレイに続き、次はアインザックが頭を下げた。

 

「私からも礼を言わせてくれ給え。女の方は、その、全身が焼け焦げていたこともあって素性が明らかになってはいないのだが。やつの所持品――大量にさげられていた冒険者プレートの数々は、うちの組合の方で行方不明とされていた冒険者達の末路を教えてくれることになった。エ・ランテル支部に限っても、この十年の間で消息不明とされていた組合員の半数もの死亡が確認できたことになる。残りは王国各所からはては帝国まで照会することになるだろうが……とにかく、女の方はとんでもなく腕が立って頭がイカれた殺人鬼だったということだ」

 

 ふーん、と気のない返事をするナーベラル、ふと思いついたように疑問を口にした。

 

「へえそう……ところで、昨日のことはもう良いのかしら?」

 

 正直ナーベラルがそれを覚えていたことだけでも感心であるが、無論それを褒めてくれるような人物はここにはいない。なんのことかと顔を見合わせるパナソレイとラケシルを横目に、アインザックは苦り切った顔をした。

 

「ああ、それはもういい、いいんだ……元々理屈は通った話なのだし、こうして君が抜群に腕の立つ実力者であることが示された以上、蒸し返してまでケチをつける程の価値はない」

 

 顔に疑問符を貼り付けた残り二人のために、アインザックは昨日冒険者組合で起こった流血沙汰についてごく簡単に説明する。血なまぐさい話にやや鼻白むパナソレイ。間をつなぐかのように最後はラケシルが口を開いた。

 

「……ところで、その女が下げていたプレートにはミスリルどころかオリハルコンまであったそうだ。無論、どのような罠にかけたかは定かではないが……こう言っては失礼だが、(カッパー)プレートの手に負える相手ではなかったと言わざるを得ない。まあ、今の話からすれば君の実力は(カッパー)に収まるものではないということらしいが……本当に君が撃退したのかね?」

 

 その言葉を耳にしたパナソレイが、かなり慌てた調子でラケシルを窘めた。その様子に訝しげな視線を向けたアインザックが不思議そうに問う。

 

「都市長殿はなにかお心当たりがおありのようですが――お知り合いですか?」

 

「いや、会うのはこれが初めてなのだが。……ガンマ君、ガゼフ君から話は聞いているよ、君のことは」

 

「あら……ストロガノフの知り合い?」

 

 そういえば手紙の宛先と同じ名前だった気がする。これはナーベラルの認識がぞんざいだというのもあるが、彼女はこの世界の文字が読めないため、その名前を耳にしたのはガゼフが説明した一度きりだったのでまあ仕方ないと言える。

 

「ラケシル君、別に驚くべきことは何も無い。彼女こそは王国戦士長の窮地を救った旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)で、おそらく第四位階以上の魔法の使い手だ」

 

 その台詞にアインザックとラケシルが目を剥いた。ラケシルの方は思わず椅子を蹴立てて立ち上がってしまい、周囲の視線に我に返ると咳払いをして椅子を直し席に着く。

 

「都市長、それはどういう……?」

 

「ちょうどいい、これはラケシル君に確認したかったことなのだが。第三位階にある<雷撃>(ライトニング)と言う攻撃魔法の上位版には、どのような魔法があるのかね?」

 

 わりとナーベラルを無視して話が進む。そんな打ち合わせは彼女が来る前に済ませておけばよかろうものだが、彼女は黙って聞いている。ラケシルが驚愕を顔に張り付かせたまま答えた。

 

<雷撃>(ライトニング)と同系列になる上位の攻撃魔法と言えば……第五位階に<龍雷>(ドラゴン・ライトニング)というものがある筈ですが……まさか、彼女が?」

 

「うん、正確には私もわからないのだがね。戦士長殿の話では、彼女が<雷撃>(ライトニング)ではあり得ない程強力な、雷の攻撃魔法を使ったということなのだ」

 

 そこでパナソレイはナーベラルを見、どうなのかねと聞いた。残り二人の凝視が体に突き刺さるのを気にとめた風もなくナーベラルは答える。

 

「そうね、あのとき使ったのは第五位階魔法の<龍雷>(ドラゴン・ライトニング)で合っているわ。それで……」

 

 ナーベラルは驚愕に目を見開くアインザックの方に首を傾げてみせた。

 

「昨日の講習では、魔法詠唱者(マジック・キャスター)は使える魔法に応じてランクが上がると聞いたし、知り合いの話でも、第三位階の魔法が使えるとそれだけで白金(プラチナ)のプレートが保証されるということなのだけれど……では第五位階の魔法に対しては何のプレートが貰えるのかしら?」

 

 

 都市を代表する重鎮三名が眼前のナーベラルそっちのけで顔をつきあわせて話し合った結果。

 ナーベラルには暫定でオリハルコンのプレートが支給されることとなった。

 

「五位階魔法を実戦で使いこなせるというのであれば間違いなくアダマンタイト級なんだが……済まんな、ウチの都市には元々ミスリルまでの冒険者しか居ないので、アダマンタイトの現物も用意されては居らぬのだ」

 

 オリハルコンがあっただけでも僥倖だ、とアインザックは言う。どのみち、アダマンタイトの認定をウチの支部だけでやってしまうとそれはそれで色々面倒なことになるので、王都の本部に問い合わせるからブツと人が到着するまで待って欲しい。それまでは暫定オリハルコンということで我慢してくれ。そう言ったアインザックに、ナーベラルは鷹揚に頷いた。

 

 そして金銭が用意される。昨夜の事件は何かの依頼を受けた結果というわけではないし、漆黒の剣の被害は護衛依頼の範疇で済まされる話なので、とくに報酬が発生すると言うことは本来無い。しかしズーラーノーンの幹部を仕留めたともなれば、賞金首と同じ扱いで報酬が支払われるし、なによりその戦利品が問題であった。

 

「通常は、このような犯罪者を返り討ちにしたのであればその装備品は倒した君が受け取る権利があるが、一つ問題になるマジックアイテムがあってね。知性をもったアイテムで、所持者の意識に干渉するきわめて厄介な代物なので、これを君に渡すわけにはいかない。強制買い取りとして代金を払わせて貰うからそれで了解してほしい」

 

 形だけは申し訳なさそうにそう言ったラケシルに、ナーベラルはこれまた鷹揚に頷いた。奴がどんなアイテムを持っていてどのように悪用するつもりだったかなどに興味はない。買い上げるというならそれでいいのである。

 

 慎重に距離を測りつつご機嫌伺いをしてくるパナソレイを適当にあしらってその場を辞すると、ナーベラルは残りの戦利品を受け取りに行った。とはいっても、受け取ったのは魔法付与を検知した二本のスティレットとサークレットのみで、残りの装備は言い値で下取りに出した。買い叩かれていたとしても知ったことではない。金には困ってないし、かさばるものは邪魔なのである。

 

 一階に降りたナーベラルがロビーに姿を現すと、すぐにその場の注目が一身に集まった。

 昨日の騒ぎに居合わせた者も多く、そこかしこから緊張をはらんだ囁き声が聞こえてくる。「あいつが例の……」「魔女……」「おい、プレートが変わってるぞ……」などと、好き勝手な台詞が飛び交う。

 見慣れぬ新顔の冒険者が首から提げた、この都市には一人も存在しないオリハルコンのプレート。この上もなく目立つのに十分な条件であった。依頼票が貼り出された掲示板の前に歩み寄ると、まるで打ち合わせたかのように人垣がさっと分かれる。

 

(……読めん……)

 

 ナーベラルが内心そんなことを考えているとは露知らず、周囲の好奇の視線が僅かでも素性を探ろうと彼女の全身を這い回る。そんなものを気には留めないが、文字が読めないのは今後問題となって来るであろう。

 今後の行動について考えながら、特に何の依頼票を剥がすでもなくその場を後にしたナーベラルの姿が消えるや、あいつは何者なんだ、といった調子の喧噪とざわめきが周囲に広がっていく。

 暫定オリハルコン級冒険者ガンマの名前がエ・ランテルを吹き荒れるのには今少しの時間が必要であった。

 

 




 第二部、これにて終了!
 ここまでお読みくださりありがとうございました。
 第三部については……例によって準備が芳しくないし、一週間インターバル入れたらもう年末じゃないかー。予定としては正月明けですね( ´∀`)


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