ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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前回のあらすじ:
 イグヴァルジ「こんなの絶対おかしいよ!」
 ナーベラル 「もうお前らには頼らない」



第二十五話:イグヴァルジのしんせつ

 城塞都市エ・ランテルの下町、中流~下層階級の住民が足を伸ばす飲食街。

 その中ではそこそこ高級、都市全体で見れば中堅所の居酒屋のカウンター。

 浴びるように酒を飲む一人の男が居た。

 

「お客さん、その辺にしておいた方が……」

 

「あ゛ー?」

 

 酔いに濁った目を店主に向けるその男の名はイグヴァルジ。つい先日までエ・ランテルでは最高ランクだったミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のリーダーであった。今はそうではない。エ・ランテルで最も有名な冒険者は、ミスリルのその上、オリハルコン級であるのだから。しかもすぐにアダマンタイト昇格間違いなしという噂つきである。

 

「ヒック。いいじゃねえかよ、俺がどれだけ呑んだって。俺は酒が飲みたい、あんたは酒が売りたい。支払いの心配はこの通り無用だし、周囲に迷惑もかけないとなれば、これはもう上客と言っていいんじゃねえか?」

 

 そう言うと金の詰まった財布を見せびらかして、酔っぱらいの癖に理路整然と主張する。確かに今日の彼は彼自身の言い分で判断する限りにおいては上客である。普段はもう少し陽気だがもう少し柄の悪い酒を飲み、女給の評判がいまいちになる程度には店員に絡んだりもするというのに、今日はひたすら一人でちびちびと塩を舐めながら、陰気に酒を流し込むだけなのだ。それが逆に不気味であるし、第一傍から見ていて心配になる深酒である。

 

「いやでもお客さん。いくらなんでも身体に悪いですよ。上客って言うなら身体を壊さずに明日も来てくれるお客さんこそが上客ってもんです」

 

「うるへー、理屈並べやがって……」

 

 自分は理屈を並べた癖に他人に言われるとこの言いぐさである。そう言って酒をさらに呷る姿はやはり酔っぱらいであった。

 

 

 ズーラーノーンの残党を蹴散らした後、そのまま夜が明け空が白んでくるのを待ち。

 一行は(イグヴァルジ以外は)意気揚々と、そのまま開店直後の組合へ報告に戻った。昨日から行方不明の娘の捜索を、朝一番で依頼しに来ていた母親が我が子の姿を見つけて驚喜し、危うく生け贄にされるところだったとの事情を聞いて、ナーベラルの手を掴んで振り回しながら涙ぐんで礼を言う。淡々と応答するナーベラルに、事情を聞き及んだ周囲から尊敬の眼差しが集まるのを横目に、イグヴァルジは苛立ちを募らせていた。

 

「では、依頼はこれで終了です。お疲れ様でした」

 

「じゃあ、これで解散ということで。……ご苦労様」

 

「……待てよ」

 

 イシュペンがクエストの完了を宣言し、それを受けて臨時パーティーを解散しようとしたナーベラルに、イグヴァルジが声をかける。一同の視線がイグヴァルジに集中する。

 

「……何か?」

 

「……アンデッドは壊滅させた、原因も解決した。そりゃあ、依頼はこの上もない大成功だったろうよ」

 

 俺たちが居ても居なくてもな、小さな声で付け加えるイグヴァルジに、周囲の視線が困惑に変わる。リーダー、そんなに落ち込まなくてもさ、そう言いかける仲間を手で制すると、イグヴァルジは言った。

 

「それでよ、もう一つの件はどうなったんだよ」

 

「もう一つ?」

 

 首を傾げるナーベラルに、一層苛立ちながらイグヴァルジは叫ぶ。

 

「お前が、俺たちの実力を見定めるって奴だよ!あれはお前の中でどういう結論になったんだ!?」

 

 その言葉を聞き、『クラルグラ』のメンバーが気まずそうな顔を見合わせた。そんな、わかりきったことをあえて聞かなくてもいいだろうに。

 

「……ああ、その話ね。もういいわ、()()()()()()から」

 

「何が分かったってんだよ!!」

 

 イグヴァルジは吼えた。自分でも何をそんなに拘るのかわからぬままに。

 

「昨晩お前に分かったのは、ウチのチームの盗賊(シーフ)の能力がてめぇの遙か下ってことだけじゃねえか!俺たちは何を示す機会も貰ってねえ!機会さえありゃ……くそ、畜生ッ!!」

 

 リーダーに名指しで無能を指摘され、盗賊(シーフ)が流石に少し傷ついた顔をする。その台詞を聞いてナーベラルは少し考えた後、言った。

 

「……そうかもしれないわね、まあ。それで、あなたはどうしたいの?」

 

 どうしたいのか。そう問われてイグヴァルジは一瞬、虚を突かれたような顔をした。だがすぐに、気を取り直して叫んだ。

 

「……訓練場で俺と立ち会え!!『クラルグラ』の面子は決して馬鹿にできない実力を持っている、お前にそれを見せてやる!!」

 

 叫んだイグヴァルジ自身ですら酷い話だと思ったのだから、周りから失笑が漏れたのも無理はなかった。戦士が魔法詠唱者(マジック・キャスター)に一対一で試合をしろというのは、それだけで酷い話である。タイマンというだけでも後衛職に不利なのに、試合となれば加減の利かない攻撃魔法は制限を課さざるを得ない。ハンデキャップをつけて俺の自己満足につきあえ、そう言ったに等しい内容だった。

 だがしかし、ナーベラルは鷹揚に頷いてみせた。

 

「……まあ、今回はこちらから頼んだわけだし。それであなたが満足するのなら」

 

 彼女の言葉に、むしろ周囲がざわめいた。どういうことだおい、わからんけど『クラルグラ』の面子を立ててやりたいとかじゃね?馬鹿、あの魔女がそんなタマかよ、じゃあどういうことだよ、俺が知るかよ、花を持たせた上で前衛として雇いたいんじゃね、うーんどうだろうなあ……好き勝手な推測が飛び交う中、申し込みを受け入れられたことにイグヴァルジ自身が驚きながらも組合の訓練場に移動する。

 

 冒険者組合には冒険者としての訓練を行う訓練所が設置されている。講師に戦闘の心得を伝授して貰うのは有料だが、空いているスペースを使う分には、先客が居なければ自由に使える。そんな一角に、木剣を持ったイグヴァルジとナーベラルが向かい合う。

 

「では得物は木剣、寸止めルールで。立会人の判定ないしは当事者の降伏を以て決着とします。わざと止めなかったなどの悪質な反則行為は冒険者ランクの降格処分とします。それでよろしいか」

 

 話を聞いて、興味津々と言った様子で、立会人を無料で引き受けた訓練所の教官の言葉に、二人は黙って頷いた。

 

「では、始め」

 

 勝負は一合で決着した。開始の合図を聞くや真っ直ぐ踏み込んで上段から切り込んだイグヴァルジの木剣に、同じく合わせるように上段から切り込んだナーベラルの木剣が重なって、横向きのベクトルを打ち込まれたイグヴァルジの剣閃がナーベラルの横をすり抜けていった。舌打ちしたイグヴァルジが木剣を引き戻すよりも速く、ナーベラルが切り返した木剣の先端がイグヴァルジの喉笛の直前でぴたりと止まる。

 

「それまで!」

 

 周囲のどよめきが大きくなる。おいおいマジかよ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が剣の試合で勝っちまったぞ、どういうことだ、知らね、でも『クラルグラ』のリーダーが案外たいしたことないとか?いやそれ魔女が聞いたら怒るだろ、でもまあ確かに……

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)に剣の試合を申し込んで、しかも負けたイグヴァルジの評価に大きな疑問符がついたのは間違いない。だがもう彼はそんなことはどうでもよかった。

 

「まだだ!こんな棒切れで何が分かる!寸止めじゃなければ避けれてたんだ!クソッ、畜生……!!」

 

 子供の言い訳より酷いその言いぐさを聞いて、周囲の視線が冷たくなった。チームメンバーの視線も、心配から呆れの方に比重が大きくなっていく。

 だが、ナーベラルは笑わなかった。その台詞を聞くと、首を傾げて言った。

 

「……では、刃を潰した鉄剣で寸止めなしなら満足するのかしら?」

 

 その言葉を聞いた周囲がびびる。おい止せよそれもう試合じゃなくて殺し合いだろ、それで上手いこといったつもりか馬鹿、なんで魔女が絡むとこうスプラッタな展開になるんだ?、お前むしろそれ期待してただろ、いいじゃないか見物する分には血生臭いほど面白いぜ……

 ナーベラルに挑発する意図は全くなかったが、そこまで言われて言い出しっぺのイグヴァルジが引けるはずもない。渋い顔をして止めにかかる教官を押し切って、寸止めなしの異例な立ち会いが始まった。

 

 結果については語るまでもない。己の剣を明後日の方向に弾き飛ばされ、肩口から袈裟懸けに鉄の棒を打ち下ろされて鎖骨を砕かれたイグヴァルジは虚しく地面に転がった。地に伏して痛みに悶えるイグヴァルジを、その側にかがみ込んだナーベラルが見下ろして言った。

 

「……満足できたかしら。これでも駄目なら次は真剣でやる?」

 

 淡々と告げられるその台詞に、周囲が恐れをもって沈黙する中。ナーベラルの瞳を覗き込んだイグヴァルジは、彼女に彼を貶めてやろうとか、懲らしめてやろうとか、そういった負の感情を持った意図が一切無いことを見て取った。そこにあるのは、路傍の石ころを見つめるときが如く、興味なさげで無感動な瞳だった。イグヴァルジが何をわめき立てようとも、彼女にとって彼は道ばたに転がる小石に等しい存在だったのだ。

 イグヴァルジは己が何をそんなに拘っていたのかようやく理解した。彼はナーベラルが、己が子供の頃から夢見てきた英雄に等しい存在であると心の底ではとっくに認めていた。そんな彼女が、イグヴァルジのことを役に立たない有象無象と同じだと見なす、そのことが耐え難かったのだ。いつか自身が英雄になることを夢見る少年は、その英雄に今は届かずともせめて、見込みがある奴だ、そのように思われたかった。

 だが現実は違った。彼がいつかなれると信じて英雄を目指し積み重ねてきた研鑽は、本物には容易く踏みつぶされる程度のささやかな子供のお遊びに過ぎなかった。まあ百歩譲って、これから血の小便を出し尽くして地獄をくぐり抜ける修行を重ねればいつか剣技が追いつくとしよう。それで、魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての差分はどうやって埋めればいいというのだろうか。

 子供の頃見た夢を決して捨てなかった少年は、そうして今、本物に至るまでの高さを思い知ってしまった。

 

 

「……頭痛ぇ……」

 

 イグヴァルジが目を覚ますと、なぜか繁華街の路地裏、ゴミ捨て場の生ゴミの中に身体を転がしている自分自身を発見した。まさにテンプレを地でいく酔っぱらいの末路である。己のものと思しき嘔吐物がそこかしこにぶちまけられて、生ゴミと合わせて耐え難い臭いを発している。

 

 あの後仲間の神官に折れた鎖骨を癒して貰ったイグヴァルジは、周囲の軽蔑の視線に委細構わず、その表情を見た仲間の心配の声も無視して、幽鬼のごとき足取りでその場を消えた。手持ちの金をありったけ持って酒場に現れ、ひたすら浴びるように酒を飲んだ。ひたすら暗い一人酒を酒場の親父に心配されたことはかろうじて覚えていたが、そこから先の記憶はない。まあ、記憶するまでのこともない、追い出されて、河岸を変えて飲み続け、吐きながら歩き回って、とうとうぶっ倒れたのだろう。財布の袋を検めると、昨日ひっつかんで出てきた所持金のうち半分は残っている。ということは泥酔した酔っぱらいの銭をかすめ取る物盗りすら現れず、きちんと代金は払ってきたということだ。何も問題はない。イグヴァルジは突き刺さる朝日のまぶしさに目を細めた。ぶるり、と身震いする。毛布も掛けずに野宿できるような時期ではない。酷い風邪をひいてもおかしくない有様だった。

 だが、なにもかもどうでもよかった。自分の健康も、貯めた財産も、傷ついた威厳も、地に落ちた周囲の評判も。子供の頃の夢が決して叶わない、現実を知ってしまったそのことに比べれば。

 

「……もうやめよう、冒険者なんて……実家に帰って畑でも買い取るか、あるいは街で商売でも始めるか。その程度の金は貯まってた筈だ……」

 

 そうしてその日、ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』はリーダーの引退を以て解散した。これは決してイグヴァルジの心が他の面子より弱かったからではない。むしろ逆である。他のメンバーは、早々にナーベラルが自分たちとは別世界の住人だと、己に見切りをつけてしまっていたのだ。あの人は凄い、でも自分はああはなれない、自分たちはこのままミスリル級冒険者として引退まで過ごすのが精々だと。それを認められず、最後までナーベラルの高さに食らいつこうとしたイグヴァルジただ一人が、落下した時の高さに耐えきれず心が折れてしまったのである。

 

 そして、同様に『天狼』と『虹』がオリハルコン級冒険者ガンマとの共同依頼を実施した結果。イグヴァルジほど劇的ではなかったものの、限界を悟ったり心が折れたりした脱退者が『天狼』から二名、『虹』から一名発生し、解散した『クラルグラ』の残りメンバーはその抜けた穴を補填するために二手に分かれて合流することとなる。

 ――以上が、エ・ランテルで怖れられた”紫電の魔女”(ライトニング・ウィッチ)の伝説の一つ、「ミスリル潰し」の顛末である。

 

 こうしてエ・ランテルのミスリル級冒険者チームは二つに減った。

 その報告を受けた受付嬢が「あっれー?」と冷や汗を流しながらこめかみを掻き、組合長が胃を押さえながら倒れたのはまた別の話である。

 

 

 




 親切だと思った?残念、心折でした-!
 ってバレバレですね、すんません。この仕込みのために前回から漢字を開いておいたんだけど、どちらにしても冒頭酒場の時点で丸わかりだっていう。

 イグヴァルジさんの不幸は大体、「分不相応の夢を抱いてる」所に集約されると思うんで、これで幸せになれるよ!やったね!
 ……え、きれいなイグヴァルジさんはどこ行ったって?
 なったじゃないですか、燃え尽きて真っ白な灰(きれい)に( ´∀`)


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