ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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前回のあらすじ:
【悲報】ナーベちゃんの人名記憶力はハムスケ以下【ポンコツ】



第二十八話:”幻魔”のサキュロント

 ナーベラルがその布袋の中身に興味を持ったのは、単純な理由である。

 ナーベラルが無造作に歩み寄り、扉の中を覗くと、外から見える範囲には誰も見えなかった。少なくともこの袋をさっき投げ捨てた人物がいる筈だが、そいつは一度奥に引っ込んだらしかった。

 わずかにもぞもぞと動く布袋の口が僅かに裂けた。ナーベラルがその側にしゃがみ込み、その裂け目の左右を掴んで引っ張ると、びりびりと音を立てて裂け目が大きく開いた。

 

 中から出てきたのは人間だった。

 生気の殆ど残っていない、死にかけの半裸の女性である。栄養失調で痩せ細り、青い瞳は濁りきっていて意識があるかも怪しい。その顔はおそらくは殴打によって腫れ上がった結果、ボールのように膨らんでいる。枯れ木のような皮膚には内出血を窺わせる無数の斑点が浮き上がっていた。

 

(ふむ……?)

 

 常人なら眉を顰め目を背けるその惨状も、ナーベラルの情動を揺さぶるようなことは一切無い。ただ、彼女は不思議だった。彼女の知識では、人間というものは普通同族をこのような目に遭わせた挙げ句ゴミのように捨てたりはしない筈である。であれば、今ここにこの女性を放り出したのは、もしかして人間ではないのでは――?

 

「おい、なにしてんだてめえ」

 

 そのような期待(・・)はあっさり外れた。どすの利いた低い声に呼びかけられたナーベラルが顔を上げると、明らかに暴力に携わる系統の粗野な男が、彼女を見下ろしていた。

 

「おい、おい、おい。何を見てんだ?」

 

 ナーベラルがじっとその男を観察すると、顔に古傷の走るその男は不快そうに身じろぎし、敵意を顔に浮かべた。どこから見ても人間にしか見えない。

 もしかしてこの男が彼女の観察眼を欺くほどの擬態能力に優れた異形種である可能性はあるだろうか――ナーベラルがそのように馬鹿なことを考えているとは知る由もない男はこれ見よがしに舌打ちすると、顎をしゃくる。

 

「失せな、今なら見逃してやる」

 

 まあいい、人間なら特に用はない。さっさと立ち去って帰ろう。そう思ってナーベラルが立ち上がろうとした瞬間、うち捨てられていた女性の腕が僅かに動き、その指先に触れたナーベラルのマントを握りしめた。決して強い力ではなかったが、ナーベラルが立ち上がる動きとマントを固定する動きに引っ張られて、彼女の被ったフードが半分ずれた。

 

「お……?」

 

 露わになったナーベラルの美貌を目撃した男が口をぽかんと開けて固まる。ナーベラルが女性の手をぺしんと払ってフードを被り直し、背を向けて歩み去ろうとしたところでその顔が好色な笑みで歪んだ。

 

「おい、ちょっとまてよ姉ちゃん」

 

 後ろから小走りに駆け寄ってナーベラルの腕を掴む。ナーベラルは鬱陶しそうにその手をばしっとはたく。

 ……唐突に思われるかも知れないが、ナーベラルとて日々成長しているのである。何が言いたいかというとつまり、この時の彼女の力加減は完璧だった。今まで彼女の無慈悲な暴力に晒されてきた被害者達がその様を目撃すれば、どうしてもっと早くその力加減を身につけてくれなかったんだ!と叫ぶに違いないくらい完璧だった。

 故に、その男が、はたかれた腕を押さえて「ぎゃあああああ痛ええええええええ骨折したああああああああああ」などと大声で叫びながら身をよじった時には、酷く驚いたのである。

 

「え、あれ、嘘……?」

 

 ナーベラルは混乱した。完璧だった筈の力加減が間違っていたのだろうか。それともやはり、この男が実は人間の振りをしたバードマンなのだろうか、埒もないことをぼんやりと思い浮かべながら痛みを訴えてその場にうずくまるその男を困惑して眺める。

 そうしていると、建物の中からさらに二人の男が走り出てきた。痛みに叫ぶ男と素早くアイコンタクトを交わし、即座に状況を理解する。

 

「おうおう、姉ちゃん、困ったことをしてくれたな」

 

「こいつはこれでもウチの稼ぎ頭でな。その腕で一日に金貨百枚を稼ぎ出すんだ。それをあーあー、骨折させちまってよ。こいつは治るまでの損害を弁償して貰わなきゃな」

 

 口々にそのようなことを言い立てる。

 

「安心しなよ、手持ちがなくても身体で払って貰うからよ……」

 

 そう言ってナーベラルの顔を確認すべく、未だ混乱冷めやらぬ彼女のフードを引っぺがした。その中から現れた彼女の素顔を見て、二人の男が口を開ける。たちまちその顔に好色な笑みが浮かぶ。このまま彼女に言いがかりの借金を背負わせて娼館に沈めてやる。その際に「技術指導」をたっぷりとしてやろう、そのような身勝手な期待に思わず股間が膨らんだ。

 ところでようやく状況が正しく理解できてきたナーベラル、その顔が怒りに染まった。要するに自分は謀られたらしい。目の前で囀るこの下等生物(ウジ虫)共に。

 だから、なにやら身勝手なことを喚きながら再度ナーベラルの腕を掴もうと手を伸ばしてきたその男に言い放った。

 

「汚い手で触るな、この下等生物(コウガイビル)が」

 

「ん?」

 

 そうして、今度こそは遠慮無く全力で男の手をはたき落とす。

 

「……!!」

 

 鈍い音と共に、男は関節が一個増えた自分の腕をぽかんと口を開けて見つめる。その顔にだんだんと脂汗が浮き、血の気が引き、涙が溢れ出てくるのをナーベラルは冷淡に観察する。

 

「ぎゃああああぁ痛えええええええぇ俺の腕ええええええ!!」

 

 その叫びは先程の男の叫びとよく似ていたが、今度は本物の痛みをともなっている。演技抜きで転げ回る男の姿を、もはや演技を忘れた最初の男と残りの男は唖然として見つめた。

 ナーベラルが古傷の男をじろりと見ると、男ははっとして立ち上がり、反射的にポケットに収めたナイフを抜いて構えた。その腕が完全に無事なことを改めて確認したナーベラルの目がスッと細まる。その表情に寒気を感じ、自身の行動の正しさに確信が持てなくなりながらも、男は残り一人に向けて叫ぶ。

 

「おい、大至急応援を呼んでこい!」

 

 もう一人ががくがくと頷いて足を縺れさせながら建物の中に消えるのを、ナーベラルはため息をついて見送った。一匹出たら三十匹は平気で増えるのが下等生物(ムシケラ)の特徴だ、放っておくと面倒なことになるかもしれないが……

 

「お、おい、このアマ、見ての通りだ、すぐに十人からの応援が出てくるぞ。降伏するなら今のうちだぜ、今なら命は助けてやらあ」

 

 震える声で寝言を言うこちらを始末するのが先か。ナーベラルが無造作に歩み寄ると、男の虚勢はあっさり剥がれ、両手に握りしめたナイフがまるで吸血鬼を追い払う十字架かなにかであるかのように、前方に突き出して掲げながら後ろに下がる。男の背中に入り口扉の枠が当たり、そこで男の後退は止まった。がくがく震えて二重に分身して見えるナイフの先端を、ナーベラルはひょいと指で摘む。男が涙目で手に力を加えて握りしめるが、捻りを加えながら後方に引っ張ると容易くすっぽ抜ける。ナーベラルがそのまま後方にナイフを放り投げると、男が「あ……」と声を上げ、切なそうに放物線を描いて後方の地面に飛んでいくナイフを見つめた。

 次の瞬間、男の下腹部にナーベラルのつま先が突き刺さり、男は血反吐を吐き散らしながら建物の中に突っ込んで家具と衝突し、動かなくなる。ナーベラルが男に続いて扉をくぐり、中を覗くと、そこは何かの店のロビーのようにも見えた。そこそこ広めの空間に、正面奥には現在無人のカウンター、その前には客が待機できるような粗末な長椅子が並んでいる。なんの店かは彼女にはよく分からなかったが。

 そんなことを考えている間に、血相を変えて手に武器を引っ提げた男達がばたばたと奥から現れ、そこに立つナーベラルを見ると喚きながら武器を構えて広がった。やっぱり面倒なことになったか、ナーベラルは内心嘆息する。

 さて、この下等生物(ナメクジ)共をどうしてくれようか。

 

 

「助けてください、サキュロントさんッ!!」

 

「ああん?」

 

 ノックすら無しに店の従業員がドアを開け放って駆け込んできたとき、その男はちょうど達した(・・・)ところであった。目の前の女体がびくんびくんとやばそうな痙攣を起こすのを見てため息をつく。

 

「あ~あ~、いきなりびっくりさせるから加減を間違えちまったじゃねえか。これは俺のせいじゃねえから処分代は払わんぞ?」

 

 そう言って、女の首から手を放す。その首には男の指の跡がくっきりと残っており、女は白目をむき、口から泡を吹いて痙攣していた。

 

「は、はいっ、すみませんっ、お代は頂きません!それどころじゃないんです!」

 

「ふん……今日の俺はただの客なんだがな、それで何事だ?」

 

 男の名はサキュロント。王国の裏社会を支配する犯罪組織『八本指』の戦闘部隊『六腕』の一員に名を連ねる、暴力のプロである。『六腕』と言えば表社会でのアダマンタイト級冒険者に匹敵すると怖れられる、裏社会の頂点に立つ存在であった。

 そのように裏社会のトップに数えられる男であれば、もっと高級な娼館で高級な娼婦をいくらでも抱くことができる。ただし、行為の結果相手を殺してしまっても問題なく対応してくれるのは『八本指』の肝いりでそういう需要を満たすために作られた、この店くらいのものである。サキュロントは己の欲求を遠慮無く解放するため、時折このように客として訪れていた。

 

「それがっ、変な女が店先で暴れて居まして、恐ろしく強くて歯が立たないんです!代金は後で必ず正規の料金を支払いますから、どうか撃退していただけませんか!?」

 

「ま、正規の料金が支払われるなら俺も臨時業務を請け負うのに吝かじゃないがね……あと今日の料金は店持ちな」

 

 さりげなく支払い分を上乗せして、サキュロントはいそいそと着衣を整える。余裕たっぷりの態度で店のロビーに出て行くと、その光景が視界に飛び込んできた。

 

「おうおう、こりゃ派手に暴れてくれたなあ」

 

 『八本指』の庇護下にあるため実質摘発される心配はないとはいえ、道理に外れた商売を行っている後ろ暗い店である。そのような店につきものの、荒事に対応できる強面の従業員達が、ロビーのあちらこちらに吹き飛ばされて周囲の家具を破壊している惨状が見えた。

 サキュロントの声を聞き、中央に立っていたナーベラルが振り向くと、サキュロントはヒューッと口笛を吹いた。

 

「こりゃなんともマブいお嬢さんだ。いったいこんなところで何やってんの?」

 

「……私が聞きたいわそれは。なんで歩いてただけで絡まれなければならないんだか……」

 

 そう言って首を振るナーベラルの様子に、サキュロントはふむと顎に手を当てて考える。最近八本指の拠点を叩いて回っている小癪な連中が居るのは連絡を受けているが、目の前の女はそれに関係があるだろうか。まあ、麻薬関係の施設を重点的に攻撃していた連中がいきなり違法娼館にターゲットを変えるというのも考えにくい、単なる偶然だろうか……?

 

「どちらにしてもお嬢ちゃんはやり過ぎた。ここからはこの”幻魔”のサキュロント様が相手になるぜ。なに、殺しゃしねーから安心しな。お嬢ちゃんなら客取らせればここの内装を全取っ替えする分くらいはすぐ稼げるからよ、両手足の腱を切って飼ってやるよ」

 

 サキュロントが嘯くと、ナーベラルの顔が嫌悪に歪む。

 

「……全く、なんでこう下等生物(ベニコメツキ)の言うことはどいつもこいつも似たようなものになるのかしらね。いいわ、そんなに死にたいなら殺してあげる」

 

 その時ようやく、サキュロントはナーベラルの首元にぶら下がったプレートに気がついた。眉根を寄せ目線を険しくしてナーベラルを睨み付ける。

 

「オリハルコンプレート……!!貴様、やはり依頼でここを潰しに来たのか!?」

 

 そうと分かれば遠慮は無用。また、裏社会のアダマンタイト級たる六腕とは言えども、オリハルコン級冒険者は決して油断できる相手ではない。サキュロントは慢心を捨てて油断無く身構える。ここは最初から全力で一気に決める。

 

<多重残像>(マルチプルヴィジョン)

 

 その魔法の発動と共に、サキュロントが六人に分身した。

 ナーベラルがぽかんと口を開く。その表情を、彼女が驚愕に固まったものと理解したサキュロントはにやりと笑う。

 

「……無論、五体は俺の幻術が作り出した幻の虚像だ。だが、貴様にどれが本体か分かるかな!?」

 

 余裕を取り戻してそうせせら笑うと、六人のサキュロントが滑るように動いていき、ナーベラルを包囲するように間合いを詰めていく。そのまま一撃で戦闘能力を奪い、じっくりと背後関係を吐かせてやる。そのようにもくろむサキュロントを見て、ナーベラルは呆れた声を上げた。

 

「……あなた、馬鹿でしょう?」

 

「何だと?」

 

 その言葉の意味を斟酌するより先に、ナーベラルが動いた。

 

<魔法無詠唱化(サイレントマジック)()次元の移動>(ディメンジョナル・ムーブ)

 

 サキュロントの幻影が前後左右から一斉に剣を振り下ろす直前、ナーベラルの姿がその場から掻き消える。サキュロントの剣は幻も実体も、共に虚しく空を切った。ロビーの片隅に転移したナーベラルは、先程まで彼女が立っていた位置に剣を突き立てて重なりあうサキュロント達に素早く向き直る。

 

「な……魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと!?」

 

 サキュロントが驚愕に目を見開く。ナーベラルの武装はこの世界の典型的な魔法詠唱者(マジック・キャスター)からは程遠く、従業員達も全員素手で再起不能レベルまで吹き飛ばされていたため、ナーベラルが魔法詠唱者(マジック・キャスター)だとは今の今まで思ってもみなかったのだ。

 慌てて六人のサキュロントが散開する。まとまっていては範囲攻撃で一網打尽だ、幻影など何の意味もない。対魔法詠唱者(マジック・キャスター)を想定した戦術を一刻も早く組み直さなくてはならない。

 だがそんなサキュロントの焦りを嘲笑うかのように、ナーベラルが魔法を唱える。

 

<生命感知>(ディテクト・ライフ)

 

 六人のサキュロントの顔面から血の気が引いた。その魔法の効果は当然サキュロントもよく知っている。彼の戦闘スタイルの天敵(・・)の一つとして。

 <多重残像>(マルチプルヴィジョン)は光学的には完璧な虚像を作りだし、術者の状態変化――ちょっとした傷や汚れすらリアルタイムで更新可能である。つまり外部情報の大部分を視覚に頼った人間という種には極めて有効な幻覚だ。

 しかし、視覚によらない情報を誤魔化す能力はその魔法にはない。例えば聴覚や嗅覚を欺くことはできず、ある種の達人であれば僅かな足音から本体を察知されるようなことも十分ありえる。そして魔法的な検知にもまた一切無力であり、それを誤魔化すには別の魔法が必要となる。ただ、幻術師(イリュージョニスト)軽戦士(フェンサー)、二足の草鞋を履いたサキュロントにそれほど上位の魔法は使えない。ナーベラルの視線が壁の端に張り付いたサキュロントの本体をきっちり捕らえるのを、全身から冷や汗を流しながらサキュロントは見つめた。

 

「おい、ちょっと待……」

 

<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()龍雷>(ドラゴン・ライトニング)

 

 ナーベラルが放った雷でできた二頭の竜が、サキュロントの本体を飲み込み、彼の命を壁もろとも吹き飛ばした。盛大な破砕音を上げて壁に大穴が空き、焼け焦げたサキュロントの残骸を瓦礫の山に飲み込む。同様に黒こげになり白目をむいたサキュロントの幻影が棒立ちになり、蝋燭の火を吹き消したかのように掻き消えた。

 

「さて、こいつで終わりかしら。……ホント、なにやってるんだか……これ以上面倒なことになる前にさっさと帰りましょう」

 

 そうぼやいたナーベラルは誰かに見られる前に引き上げようとするが、既に手遅れだった。外に出たナーベラルを出迎えたのは、逃げ腰でおっかなびっくり娼館を包囲する衛兵達と、さらにそれを遠巻きに見守る大勢の野次馬達だったのである。どうやら騒ぎが起こったどこかの時点で、従業員の誰かが通報したものと思われた。

 

 

 




 ナーベちゃんによるお前ら人間じゃねえ認定。
 ただしニュアンスは一般のそれとかなり異なる模様( ´∀`)
 そしてサキュロントさんの性癖を捏造した。だが私は謝らない( ´∀`)

 1/13 誤字修正。

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