ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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第三話:森の賢王(前日)

 あてもなく森の中を彷徨うナーベラルは、やがて一つの事実に気がついた。

 

「動物の類を見かけないわね……それとも森ってこういうものなのかしら……」

 

 昆虫や小鳥の類はそれなりに生息しているようだが、もう少し大型の動物を見かけない。栗鼠や鼠といった小動物の姿すらない。

 ナーベラル・ガンマは偉大なる主に創造されてから全ての人生を、ナザリック地下大墳墓に籠もって過ごしてきた。故にこれが異常事態であるのかどうかがわからない。野生動物を見かけないのは異常なのか、森に動物が居ないのは当たり前なのか、普通は居るけどこの森林が特殊な環境でここではそれが当たり前なのか。

 判断がつかぬまま、ナーベラルは一つ思いついて呪文を唱える。

 

<兎の耳>(ラビッツ・イヤー)

 

 ナーベラルの頭の上から可愛らしい兎の耳がぴょこんと生えた。魔法で生成されたその耳は決して飾りではなく、周囲の音を増幅してナーベラルに伝えてくれる。彼女は知らぬことではあるが、<ユグドラシル>ではネタ枠でありながら実用性を兼ね備えているとの評判で人気の高い魔法であった。

 

「周囲に大型生物の気配は……なし。犬猫サイズの小動物がいるようにも感じられないのはやはりおかしくないかしら……?」

 

 兎の耳をぴこぴこと可愛く揺らしながら首をかしげるナーベラル。その瞬間、その顔が急にきっと引き締まった。

 

「何か……大型の生物が近づいてくる!」

 

 明白にこちらを目指している、それもかなり速い。正味な話、あまり良い予感がしない。とりあえず悪い予想が当たった場合に備えて、足場くらいは確保しておかなくてはならない。そう考えてナーベラルは樹木の類から距離を取る。木々の密集地帯から離れて、丈の短い草のみが生えるちょっとした広場に移動する。ここならそれなりの立ち回りができるであろう。

 

<鎧強化>(リーン・フォースアーマー)」「<盾壁>(シールドウォール)」「<打撃力強化>(ストライキング)

 

 念のために強化魔法を自身に施すと、接近する気配に備える。ざざざ、と草木を掻き分けながら疾走してくるそれが姿を現すまで残り数秒。

 

「!?」

 

 ところが。それが木々の奥から姿を現すより早く、ナーベラルを衝撃が襲った。空気を切り裂く鋭い音に反応するより早く、がつんと鈍い音がして頭部に衝撃が走る。ハンマーで殴られたかのような衝撃であったが、防御魔法と高いレベルによって二重三重に守られたナーベラルにダメージを与えるには至らない。それでも体勢は崩れ、ナーベラルが地面に転がる。回る視界と額の痛みに顔を顰めながらも、転がった勢いで体を回転させ、そのまま素早く立ち上がって姿勢を立てなおす。

 

「今のは……鞭!?」

 

 位置を把握していたことが逆に徒となったか、敵の攻撃がもつ予想外の射程を前に不意を突かれた形になった。目にも留まらぬ速さで襲ってきた攻撃の軌道からかろうじて判断すると、敵の攻撃はよくしなる鞭状の形状であったように思われる。

 

「むむむ、異な手応えでござる!ただ者ではござらんな!」

 

 そのような声が聞こえ、ナーベラルは目を瞬いた。このようなところで会話ができる相手に出会えるとはまるで思っていなかったが、早くも当座の目的は達成されたことになる。

 

「ふむ……?それがし、今まで出会ったことはないでござるが……そのウサ耳、ひょっとすると噂に聞く獣人という奴でござるかお主?」

 

 などと言いながら茂みを通り抜けて姿を現したのは、白銀の毛並みを持った屈強な魔獣であった。高い知性を窺わせる叡智を湛えた漆黒の瞳。人間に倍する力強い巨躯。強者としての風格を身にまとった、強大な存在であることが明らかであった。

 ただし、ナーベラルにしてみれば、自分よりは弱いだろうと思われた。言ってしまえば巨大なジャンガリアンハムスターでしかなかったのだが、生憎ハムスターという生物に関する知識は彼女にはない。

 

「この耳は魔法で出した作り物よ……いきなり突っ込んできて出会い頭に一発とは、随分と手荒い歓迎ね」

 

 ちょうど効果時間が切れて兎の耳が消えると、魔獣は目を丸くした。まあ元々丸いのだが。

 

「なんと、魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありながら、それがしの初撃を受けて傷を受けた様子もないとは……やはりただ者ではないでござる」

 

 ハムスターはそう言うと、長く尖った尻尾を撫でた。自在に動くらしい尻尾は、蛇が鎌首をもたげるかのように先端をナーベラルに向けてひゅんひゅんと風切り音を出している。先ほどの一撃がこれによるものだとすると、予想以上に速く、予想外に伸びきたる。ナーベラルは警戒心を強めて獣を睨んだ。

 

「それがしは森の賢王と呼ばれて怖れられる、この辺り一帯のヌシでござる。お主はそれがしの縄張りを侵した侵入者ということになるでござるな」

 

 そういって得意そうなドヤ顔を見せつける自称森の賢王を見てちょっとうざいなと思いつつ、ナーベラルは納得したかのように頷いた。

 

「なるほど、だからこの辺りには野生動物が居なかったのね。お前の縄張りだから?」

 

「いかにも。それがし、縄張りへの侵入者は見逃さないでござる。最近はそれがしの異名も広まったとみえて、侵入者が出ることもめっきり減ったでござるが……それを承知で現れる者は、やはり腕に覚えのある強者であったでござるな」

 

 そういって感心したかのように頷く森の賢王。いちいち動作が人間くさい。

 

「いや、そんなこと言われても……ここがお前の縄張りだとか知らなかったし……」

 

 困惑したナーベの声に、森の賢王は目を見張る。

 

「なんと、それはまことでござるか!それがしの武名もまだまだということでござるか……まあ、お主を血祭りに上げて、その分更に名を上げるとするでござる!さあ、命のやりとりをするでござる!」

 

 自分を知らないと言われ、森の賢王はちょっとしょぼんとしたようだが、すぐに立ち直って勝負、勝負と囃し立てだした。

 

「……うぜぇ……」

 

 見たところナーベラルより強いとは思えないケダモノが、身の程知らずにもナーベラルを殺してやると息巻いているのである。ナーベラルは少しの呆れと多くの苛立ちを覚えて、思わず声を漏らした。今までおくびにも出さなかったが、MP枯渇の後遺症である頭痛と目眩は現在もなおナーベラルを苛んでいる。外部から殴られた痛みと内部から湧き出る痛みが混じり合い、二日酔いの朝より酷い気分だ。それを思えば調子に乗った小動物がまとわりついてくるこの状況に怒りが湧いてくる。

 

「いいわ、そんなに死にたければ一撃で冥土に送ってあげる!<二重詠唱最強化(ツイン・マキシマイズマジック)……」

 

 選択したのは慣れ親しんだ電撃属性の高位魔法、<連鎖する龍雷>(チェイン・ドラゴンライトニング)。ナーベラルの見立てではオーバーキルもいいところだが、調子に乗った森の賢王の態度が悪い方に癇に障ったのと、とにかくさっさと片付けたいという疲労状況がそれを選択させた。

 

「参ったでござる!それがしの負けでござる!」

 

「……はあ!?」

 

 ところが、ナーベラルの両手に放電しながらふくれあがる魔力の塊を目にした瞬間、森の賢王は即座に仰向けに寝転がった。柔らかな白銀の体毛に包まれた腹を無防備に晒すその体勢は、無条件降伏を示す動物のそれである。あまりにも見事な変わり身の速さに、ナーベラルも思わず毒気を抜かれてその手に集まった魔力が霧散した。

 

「降伏するので命だけは助けて欲しいでござる!この通りでござる!」

 

 全身の毛を逆立てて震えながら命乞いしてくる。腐っても野生の獣、命の危機を鋭敏に察知する本能の働きは流石というところか。そのような感覚は生まれて初めて覚えたであろうに、即座に身をゆだねる思い切りの良さにも迷いがない。

 

「……はあ。なんだか気がそがれたわ」

 

 ナーベラルは完全に気が抜けた様子で緊張を解いた。見事な変わり身に毒気を抜かれたこともあるが、そもそもは意思疎通できる知性体を探していたということを思い出したのである。会話ができるのならこの獣が相手でもいけない理由はない。

 

「いいわ、身の程をわきまえたのなら助けてあげる。命はとらないから私の質問に答えなさい」

 

「本当でござるか!ありがとうでござる!命を助けていただいた恩、忠義を以てお返しするでござるよ!なんでも聞いて欲しいでござる!」

 

 

「……はぁ~」

 

 わりと本気で呆れたナーベラルは、大きくため息をつく。その様子を目にし、森の賢王はしょんぼりと身を縮こまらせた。

 

「す、すまぬでござるよ姫。それがし生まれてからずっと、この森で独りきりでござったゆえ……」

 

 何でも聞いていい(ただし答えがわかるとは言ってない)。

 簡単に言うとそういうことであった。ナーベラルのもっとも知りたい情報……ナザリック地下大墳墓とアインズ・ウール・ゴウンに関する知識をこの獣が持っているなどということは流石に期待していなかったが、それ以外の情報も森の賢王は大して持っていなかった。それもさもありなん、己の縄張りを守って暮らす森の賢王が、その外に何があるかなどという知識を持っているはずもなかったのである。ただしそのことについて責めるのはナーベラルにブーメランとなって返ってくるのであまり強くも言えない。

 総合すれば、森の賢王が持っている情報は己の支配地域であるこの大森林の南部に関するものがほぼ全てで、西は蛇、東は巨人の勢力圏であるということがそれに付け加わる程度であった。

 

「思ったよりはるかに役に立たないわね……ところでその姫ってなによ」

 

「す、すまぬでござる……姫はそれがしが忠義を捧げた御身である故、精一杯の忠誠を込めて姫と呼ばせて欲しいでござる!」

 

「あっそう……まあ気安く名前を呼ばれるのもそれはそれでむかつくしまあいいわ」

 

「それはそれとして、姫の御名前はなんというのでござる?みだりに呼んだりはしないので教えて欲しいでござる」

 

「ナーベラル。ナーベラル・ガンマよ。別に覚えなくていいわ」

 

「冷たいことを言わないで欲しいでござる!御名前、確かに心に刻み込み申した!ところで姫、名前と言えば……」

 

 自分は今まで森の賢王とだけ呼ばれてきた、それで不便を感じたことはない。しかし、仕えるべき主を頂いた記念に、できれば名前が欲しい。

 森の賢王はそう言って小首を傾げると、つぶらな瞳でナーベラルを上目遣いに見つめてきた。ナーベラルはちょっと困ったように顎に指を当てて考え込む。

 

「名前、名前ね……」

 

 そのまま目を閉じて少し唸るが、思案が固まらずすぐに目を開けた。

 

「……とりあえず保留、考えておくわ。さっきから頭が痛くて考えがまとまらない。お前、どこか休める所に案内しなさい」

 

「合点でござる!それがしの寝床に案内するので、ついてきてほしいでござる!……それともお疲れならそれがしの背に乗るとよいでござる!」

 

 森の賢王は喜色を浮かべてそう言うと、ナーベラルの前にぺたんと伏せた。頭痛が酷くなってきて(先ほど更に魔力を浪費したせいだ)、問答するのも面倒になったナーベラルは、黙って森の賢王の背に体を預けると、その豊かな毛並みにしがみついた。

 

「では、出発でござる。それがしも落とさないよう気をつけるでござるが、できるだけしっかり掴まっていてほしいでござるよ」

 

 そう言ってゆっくりと歩き出す。その背はお世辞にも騎乗に適した形状とは言い難く、かなり意識的にしがみつく必要はあったが、覚悟したほど乗り心地は悪くもなかった。

 森の賢王が自分の住処と言って案内した場所は、岩肌に空いた横穴、つまり小さな洞窟であった。

 

「むさ苦しいところで申し訳ないでござるが、それがしの寝床で体を休めて欲しいでござる」

 

 洞窟の中にはおおまかにいって二つのものがあった。落ち葉や草を集めて敷き詰めた寝床と、採集してきた食料の保管場所である。まあ保管と言っても冷暗所にそのまま寝かせてある程度のものだが。

 それに文句を言うような状況でもない。ナーベラルは勧められるままに寝床の上にその体を横たえると、森の賢王がそっとそれに寄り添うのを感じながら目を閉じた。

 

 

 




 ナーベちゃんの使う魔法は、適度にオリジナルを混ぜていきます。実際に習得してそうな感じの魔法にする前提で。
 原作で確定してる魔法だけに絞ると私の筆力では厳しすぎる( ´∀`)


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