ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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前回のあらすじ:
 フールーダ「……魔法(と契約)を司るという(青の月の)小神を信仰してまいりました」
 ただし双子の妹は居ない模様。



第四十話:急転直下

「あっ……おい!」

 

 ナーベラルが王都に入り、いつもの宿屋の門をくぐると、すぐに反応があった。食堂の席に座っていたイビルアイが椅子を蹴立てて立ち上がったのだ。すぐにでも駆け寄ってきたそうなのを制して自分からそちらにむかうと、とりあえず挨拶する。

 

「……久しぶりね」

 

「久しぶりね、じゃないだろ!<伝言>(メッセージ)くらい応答しろよ!無事か!?変なコトされなかったか!?」

 

 ぶんぶんと手を振り回し、ぴょんぴょんと跳びはねて騒ぐイビルアイ。ぺたぺたとナーベラルの頬や腕を触って異常を確認しようとするので、その手を押しのけて椅子に座る。

 

「よぉ、久しぶり。……まあなんだ、思ったよりは元気そうだな。ちびすけがあんまり騒ぐもんだから、ちっと心配しちまったぜ」

 

 ガガーランがそう言うと、イビルアイが何を言っている、私はそんなに騒いでいないぞと騒ぐのをいなして笑った。ハムスケがぺこりと頭を下げた。

 

「それは、ご心配頂いてありがとうでござる。……あの後、こちらはどうなったでござるか?」

 

「おお、それよ、結構大変だったんだぜこっち」

「そうだ、金!金返せガンマ!!」

 

 ガガーランの返答を遮るように、イビルアイが叫んで身を乗り出してきた。ナーベラルはその様子を見て首を傾げる。

 

「……あなたにお金を借りていたかしら?」

 

「……お前が逃げ出すときに跡形もなく吹っ飛ばしていった部屋の修理代と調度品、あと組合の備品!その弁償を立て替えておいたから払えと言ってるんだ」

 

 少し気を落ち着けてイビルアイが言った台詞にナーベラルは、ああと頷いて苦笑した。そういえばそんなこともあった。金額を聞いてまあなんとかなりそうだなと手持ちの金を数えていると、ガガーランがにやにやしながら声を掛けてくる。

 

「イビルアイに感謝しとけよー?こいつはそんな物言いだけど、お前さんだって被害者なのに帰りづらくなったら困るだろうって言って、お前さんが逃げ出す前の行動を追いかけて被害調べて、王都の門を普通にくぐってないこともラキュースに頼んで帳尻合わせておいたんだからよ。すっげー心配してたんだぜ」

 

 そうなのか。ナーベラルがイビルアイを見つめると、イビルアイはわたわたと動揺した挙げ句、顔を逸らした。……どうせ仮面で隠してる癖に。

 

「か、かかか勘違いするなよ!?お前だって略式には『蒼の薔薇』の一員と見られてるんだ、お前があまり無体なことをやれば我々の評判が傷つくんだ、それだけだからなっ!?」

 

「……ありがとう」

 

 その様子がなんだか微笑ましかったので、金貨十枚をおまけして渡しておく。まあ、それが適正な金額かはわからないし、伝えると金の問題にする気かとか逆に怒り出しそうな気がするのでこっそりと。イビルアイは差し出された小袋をひったくると、数えもせずに懐にしまい込んだ。

 

「ふ、ふん、わかればいいんだ、今後は尻ぬぐいさせられるこっちの身にもなって、もう少し謙虚に振る舞えよっ!?」

 

「それでよ、その……アレのことはもう平気なのか?」

 

 若干言いづらそうに声をひそめるガガーラン。イビルアイも心配そうに身を乗り出す。

 

「ん?ああ、あいつのことならもう大丈夫よ、退治したから」

 

「まさか、殺したのかッ!?」

 

 あっけらかんと答えたナーベラルの言葉を聞いて、イビルアイが飛び上がった。

 

「……いや、説得してお帰り願っただけだけど。知り合いだったの?」

 

 不審に思ったナーベラルが問うと、イビルアイはいやそう言うわけではないんだが……ともじもじする。ガガーランが説明してくれた。

 

「いやさ、ちびすけが妙なこと言うんだよ。お前さんの攻撃魔法の直撃に耐えられる人類は片手で数えられるくらいしか居ないだろう、それで男性の老人となると、それはもう帝国のフールーダ・パラダインしか居ないんじゃないかってさ」

 

 そんなわけないよな、とハハハと笑ってみせたガガーランに、ナーベラルのきょとんとした返答が彼女の耳を打った。

 

「いえ、そのフールーダ・パラダインで合ってるわよ。そう名乗ったものあのジジイ」

 

「「……マジで?」」

 

 その言葉を聞いて、ガガーランとイビルアイは完全に硬直した。

 

 

 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは苛々していた。

 フールーダ・パラダインが無事帰還したのはいい、朗報だ。だがそのフールーダが、謝罪はおろか報告にすら姿を見せず、己の執務室に籠もって直弟子達まで総動員で、なにかしら調べ物をし出したというのはどういうことだ。

 流石に気まずいので何事もなかったように通常業務に戻るつもり……そんなことはありえない。あの老人はそんなタマではないし、謝罪を先延ばしにして良いことがあると思うほど馬鹿でもない。そもそも直弟子達まで通常業務を放り出して師匠の命令に拘束されているため、他部署から苦情が出る始末であった。

 ぎりっ。音を立てて歯ぎしりすると、側に控えた秘書官が身を竦ませた。不味い、冷静に……などと思うも、ジルクニフの怒りは収まらぬ。謝罪をしろとまでは言わないが、報告には来るべきだろう、でないとこちらが対応を決められない。

 

「おいっ、フールーダ!!いったい何がどうなっているのだ、私にも分かるように説明しろ!」

 

 業を煮やしたジルクニフが、フールーダの執務室に怒鳴り込むと。フールーダは一瞬ちらりと視線を上げてジルクニフの姿を確認すると、すぐに手にしていた書物に目を落とした。彼の机の上には付箋の挟まれた古文書が山と積まれており、部屋の中をその直弟子達が本の山を積んだり崩したり、慌ただしく走り回っている。

 

「……なんだ、ジルか。今忙しいのでな、後にしてくれ」

 

 面と向かってジルと呼ばれたのは、子供の時分の教育係時代以来のことである。ジルクニフは一瞬面食らって、しかしすぐに怒りが沸騰してくるのを感じた。

 

「ふざけるな、じい!いいか、私は怒っているのだぞ!!とにかく事情を……!!」

 

「やかましいわ、この小僧ッ子が!!いまは私があの御方に弟子入りを認めて頂けるか否かの瀬戸際なのだ、すっこんでおれッ!!!」

 

 だが、激高して放たれたジルクニフの叫びに答えたのは、彼のそれを遙かに凌駕する迫力が籠もった怒号であった。その声の凄まじさに一瞬びくりと首を竦めたジルクニフ、売り言葉に買い言葉で激怒するかと思えば、気づいてしまった。

 ジルクニフは元々人類有数の知恵者である。それだけに、フールーダが今し方叫んだ僅かな情報で、様々な事情が推察できてしまうのだ。

 

(あの御方……それは当然、じいが会いに行ったアダマンタイト級冒険者ガンマ殿のことだ。彼女にそれだけの敬称を使うと言うことは、実際に会った結果、彼女の方がじいより格上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったということか?)

 

 アダマンタイト級冒険者ガンマは、フールーダ・パラダインより格上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だった。この一点でも、帝国の戦略を根幹から揺るがしかねない一大事である。

 

(そして、弟子入りを認めて貰うだと……?それはつまり、彼女がじいに出したであろうなんらかの条件をクリアすれば、ガンマ殿がじいを弟子と認め、帝国に来てその教えを教授してくれるということか?)

 

 それが本当なら、確かに皇帝どころではない一大事だ。実に身勝手極まりない短絡的な行動だったが、帝国の命運を左右する重大事を良い方向に転がす確かな実りをつかみ取ってきたことになる。……無論、ナーベラルは帝国に来る約束などしていないし、フールーダもいざとなったら帝国など放り出して彼女に付いていく気満々ではあるのだが、そこまではジルクニフには想像がつかない。

 ともあれ、フールーダの行動はジルクニフの神経を逆撫ですること極まりなかったが、それもやむなしと思えるだけの事情が類推できてしまった。フールーダ・パラダインより上位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ガンマを帝国に招聘する。彼がその目的のために動いているとすれば、それは確かに魔法省の雑務が滞るとか、皇帝の相手を放り出すとか、そんなことはどうでもいいくらいの最優先事項である。

 こうしてジルクニフは何も言えなくなってしまった。常識を投げ捨てた方が強いという、残酷な世間の真実である。

 彼の懊悩は、フールーダに遅れること三日、それでも強行軍を繰り返して急ぎ帝都に帰還した『フォーサイト』から詳細な報告が上がってくるまで続くこととなる。

 

 

「えっと……ごめんなさい、ちょっと意味が分からないわ」

 

 ラキュースはそう言って嘆息した。

 余人に迂闊に聞かれたくない話題なのだが、いつもだったら防音結界を張ってくれる筈のイビルアイがフリーズしたまま動かないので、しょうがないから場所を宿屋の部屋に移している。蒼の薔薇の一同とナーベラルが勢揃いしているが、当然ハムスケは置いてきた。イビルアイはベッドに座ってフリーズしたままだが、他の面子は車座に座っている。

 

「えっと、この前、突然ガンマさんに襲いかかってきたという老人が?『王都の怪人』で、正体は帝国のフールーダ・パラダインですって?」

 

 ラキュースに実感がわかないのも無理はない。蒼の薔薇のうち彼女だけはフールーダを一度も目撃していないのである。まあそれだけに、客観的な判断ができる立場にいるとも言えるが。

 

「……そう自称しただけの別人という可能性はあるのかしら?」

 

 あまりに荒唐無稽な話なので、部外者が聞いたらまず疑問に思うようなことを口にする。一同の視線がナーベラルに集まるが、彼女は肩を竦めてかぶりを振った。

 

「私に分かるわけないじゃない、そんなこと。最低でも<飛行>(フライ)が使えて、<龍雷>(ドラゴン・ライトニング)が直撃しても生きていて、帝国から追いかけて人が来る、そんな奴が他にも居るなら別人かもしれないけど」

 

 それを聞いて一同は顔を引きつらせた。そんな生物がそうそういるとも思えない。そこに、ナーベラルの追い打ちが襲い来る。

 

「ああ、そうだ、あとあいつの異能(タレント)。有名なんでしょう、フールーダ・パラダインのタレントって?少なくともあのジジイがそれと同じタレントを持っていたのは確かだわ、そうでないとアイツの行動に説明がつかないもの」

 

「成る程、タレントね……流石にそれは簡単に真似できるものじゃないよなあ……」

 

 ガガーランが重々しく相槌を打つと、一同は唸った。ティナがふっと思いついたことを呟く。

 

「ん?フールーダ・パラダインがそのタレントで確認した結果あの態度ってことは……」

 

 英雄の領域に到達している”逸脱者”フールーダ・パラダインが、人間が個人で使いうる最高位として第六位階魔法まで到達していることは彼の伝説として有名な話である。その彼がひれ伏して押しかけ弟子をしようとしていたその相手なら。

 

「……最低でも第七位階に到達している、ってこと……?」

 

 ティアが引き取ると、戦慄を込めた視線がナーベラルに集まった。薄々気づいていたこととは言え、改めてこのように直接的な証拠が出てくるとなんと言っていいものか分からない。ナーベラルは頭を掻いた。タレントなんて代物のせいで、本来明かすつもりの無かった手札が妙なところでばれてしまった。どうしたものか。

 

「……じゃあその老人がフールーダ・パラダインだったのは確定として。その彼が何をしに王国へ潜入してきたのかしら」

 

 気を取り直したラキュースが話題を変えると、一同は頭を抱えた。常識では測れない行動なので、常識的に推定することは難しいのだ。

 

「まあ、その……ガンマの顔を見に来た、としか思えないんだが」

 

 ガガーランが彼の行動を思い返してそう言うと、ラキュースが疑問の声を上げる。

 

「そんなことのために、帝国一の重要人物が、戦争中の敵国へ、お供もつけずに一人で?ありえないでしょ、いくらなんでも」

 

 繰り返すことになるが、そもそもフールーダの行動が常識に即していないので、常識にとらわれた人物が類推しても決して真実には辿り着けない。

 

「そんなこと言っても。ボスは見てないからわからないんだろうけど」

 

「あの変態がフールーダ・パラダインと言われるのがまずありえない」

 

 忍者姉妹が口を揃えてガガーランを擁護する。ラキュースは己が信じてきた常識にヒビが入る思いでため息をつく。彼の奇行とやらを一人だけ目撃せずに済んだ自分は幸運なのかどうか。

 考え込んだ一同の間に沈黙が落ちたその時、部屋の扉を遠慮がちにノックする音が聞こえてきた。

 

「どうぞ?」

 

 ラキュースが呼びかけると、従業員の女性がおそるおそる部屋の中に入ってきて、ナーベラルの姿を確認すると一礼した。

 

「王国戦士長様からの御伝言を預かっております。『お探しの手がかりを発見したかも知れない。ぬか喜びさせることになるかもしれないが、自分達では判断が難しいので、一度確認に来て欲しい』……以上でございます」

 

 

 




 素直じゃないキーノちゃんが書き易すぎる件。
 ベッタベタなツンデレに筆が乗る乗る( ´∀`)

1/31 誤字報告適用。感謝!

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