ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 グレンデラ沼地?グレンベラ沼地じゃなくて?
 自分のSSを見直す→グレンベル
 ( ´∀`)
 
 それはともかく、そろそろ補完していこうかなと。
 手始めにほぼ丸ごとカットした四十四話をこっそり挿入。



第四十四話:死都リ・エスティーゼ

 縋り付くナーベラルをその胸に抱きしめて優しげに撫でる仮面の男。

 

 その姿は明らかに隙だらけの筈なのに、レエブン候は金縛りにあったように動けなかった。馬鹿馬鹿しいと思いつつも、動けば死ぬのではないか、そのような威圧感に圧倒されて声が出ない。

 

 王国の兵士達が全く動けない中、悠々とナーベラルを抱きしめて十分に慰めたアインズは、やがてナーベラルをゆっくりと床に下ろし、自分の足で立たせた。

 

「立てるか、ナーベラル?」

 

「はい、モモンガ様……お手数をおかけして申し訳ございませんでした」

 

「うむ、ところでその名前なのだが……今はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っているので、お前もそれに合わせてくれ」

 

「左様でございますか、畏まりました……アインズ様」

 

 そうして完全に回復したナーベラルが一礼すると、アインズはゆっくりとレエブン候の方へ向き直った。

 

「さて……ウチの娘が随分と世話になったようだな?」

 

 レエブン候は戦慄した。アインズの顔につけられた、怒り顔とも泣き顔ともとれるその不気味な仮面が明滅している。仮面の下から光が漏れ出ているかのようだ。あの仮面の下にはどんな顔があるのか、下手したら何も無いのではないか。そのようなおぞましい妄想にとらわれたレエブン候の体を怖気が走り抜ける。

 

「この、クゥ、クズ共がああああああああああ!!この俺がぁ、仲間達が、共ににいいいいいいい!!共に愛情込めて創造した娘にも等しいNPCをおおおおおおお!!よりにもよって騙し討ちぃいい!!糞がぁああ!!許せるものかぁああああああああ!!」

 

 急に狂乱と言ってもいい様子で憤怒の雄叫びを上げ、地団駄を踏むアインズを前に、レエブン候も、部下の兵士達も、恐れを感じて一歩下がった。

 その狂態は永遠に続くかとも思われた勢いがあったが、やがてそれは唐突に収まった。仮面の奥から相変わらず不気味な光をまき散らしながら、アインズは息をつく。

 

「……ふむ、醜態を晒してしまったようだな。ナーベラル、今の姿は忘れてくれ」

 

「私のためにそのように怒ってくださったこと、感激こそすれ醜態などとは。しかし、お言葉であれば忘れます」

 

 普段の傲慢さがすっかりなりを潜め、従者っぷりが板についた様子のナーベラルがそのように返答する。むしろこちらが本来の姿である、そのように思わせる自然さがあった。レエブン候は恐怖で空回りする思考を必死に働かせ、事態の打開策を考える。僅かな可能性に縋り、横目でちらりと目線をやると、戦士長が完全に覚醒した顔で、必死に恐怖を堪えている姿が見えた。彼を拘束していた六人の兵士は、自分たちの方が金縛りにあったように動けないため、もはやガゼフの動きを掣肘するものはいなかった。……打開策があるとすれば、もはやこの男に縋るしかない。なんとも図々しい話だが。

 

「さあ、楽に死ねると思うなよクズ共?」

 

 そう言って右手を前に突き出したアインズの前に、ガゼフが立ちはだかった。

 

「……なんだお前は?」

 

「……初めまして、ゴウン殿。私の名はガゼフ・ストロノーフ、王国戦士長の位を王から授かっている者だ」

 

 その答えにアインズが沈黙すると、ガゼフはその顔色を窺いながら言葉を続ける。

 

「兵士達は皆命令に従っただけ、今回のことは全てこの馬鹿な男が事態を止められなかったが故に招いたこと。どうか私一人の首で許してはいただけないだろうか」

 

 そう言って頭を下げるガゼフを、レエブン候は絶望の目で見つめる。戦士長は狂ったか、今更そんな虫のいい話が通じる物かと。

 

「駄目だな、全員死ね。……お前達が何を考えてそのような暴挙にでたのかは、想像がつく」

 

 それならば、と言葉を紡ごうとするガゼフを、アインズは手を振って止める。

 

「だから、お前らの目論見を、守りたかったであろう物を全て、俺の怒りで踏みつぶしてやる。……だがまあ、兵士達が命令に従っただけというのならば、楽には殺さんというのは撤回しよう」

 

 そう言うと、アインズは呪文を唱えた。

 

<不死者の接触>(タッチ・オブ・アンデス)

 

 ガゼフは思わず身を竦ませるが、攻撃は来なかった。その代わりに、アインズの手が黒い靄に包み込まれるのが見えた。接触型もしくは遅延発動の魔法か、ガゼフがそのように考えてアインズの一挙手一投足を警戒すべく目を見開いたとき、アインズが姿を消した。

 

「!?」

 

 注視していた筈のアインズを見失って愕然としたガゼフが周囲を見回すと、アインズが部屋の隅にレエブン候を放り出すところが目に映り、ガゼフは混乱の内に向き直る。アインズはゆっくりとガゼフの方に歩み寄りながら呟いた。

 

「これくらいでいいかな……調整が利かないというのも面倒なものだ」

 

<絶望のオーラV>

 

 そのとき、室内を真っ黒な風が吹き抜けた。実際にはそれは気のせいであり、室内の物はそよ風一つ分の影響も受けていない。精神のみに影響を与える極寒の冷気が室内を荒れ狂った結果――アインズに相対する者で生きているのは、全身を悪寒に貫かれて完全に硬直したガゼフと、予め射程外まで投げ出されたレエブン候のみとなっていた。弓矢をつがえていた兵士達は全員恐怖に顔を強ばらせて絶命し、手から離れた矢が勝手な方向へ飛んで突き立つ。

 まあ、味方のハムスケもがくがくと震えており、それをナーベラルが抱きしめてよしよしと撫でているというおまけもついてきたのだが……それは重要ではないので置いておく。

 

(なんだこれは……私は夢でも見ているのか……)

 

 気がついたら部屋の角に放り出されていたレエブン候は、もはや目の前で起こっていることに現実味を感じられなかった。突然目の前に出現したアインズに無造作に掴まれてから、体中の筋肉が液状化したかのように力が入らないのも、寝床で金縛りにあっているかのような錯覚を引き起こすのに一役買っている。夢なら早く覚めて欲しい。

 

「中位アンデッド作成――死の騎士(デスナイト)

 

 目の前で起こったことの意味が分からず呆然と立ち尽くすガゼフは、アインズの呟きに伴って中空にわき上がった黒い霞が兵士の死体に覆い被さるのを見て息を呑んだ。液状の闇がごぼごぼと音を立てながら死体の形を作り替えていき、巨大な体躯を持つ黒いアンデッドの騎士が現れるのを見て目を剥く。

 

「中位アンデッド作成――死の騎士(デスナイト)

 

 アインズが手を振るたびに死体が死の騎士(デスナイト)に作り変わっていく。ガゼフが戦慄と共に見守る中、死の騎士(デスナイト)の数が十二体を数えるに至り、ようやくその悪夢のような行為は止まった。

 

「――よし、行けお前達。精々暴れてこい」

 

 ――オオオァァァアアアア――!!

 

 死の騎士(デスナイト)達が雄叫びを上げて手に持った剣を突き上げると、がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら走り出す。それを満足そうに見送ったアインズは、そこで初めて立ち尽くすガゼフに気がついたかのように驚きの声を上げた。

 

「ほう、お前は生き延びたのか。一応、止めようとした側ではあったみたいだしな……いいだろう、お前の命は助けてやらんでもない。大人しく隅に引っ込んでガタガタ震えていろ」

 

 だがそれを聞いて、ガゼフはゆっくりと頭を振った。部屋の床に転がった剃刀の刃(レイザー・エッジ)の下に歩み寄ると、それを拾い上げて右手に構える。その刃についたナーベラルの血を見たアインズが、再び仮面の下から不気味な光を発した。

 

「……そういうわけには行かない、私一人だけ助かることに意味はない。貴方が我が主君、国王陛下を見逃してくださるというのであれば話は別だが……」

 

「嫌だね、そんなつもりは一切無い。この国のトップと、この茶番を企んだ首魁。……最低でもその二人にだけはこの世の地獄を見せてやる。国王陛下とやらを助けたければ、お前の力で俺を止めて見せることだな」

 

 それを聞いてガゼフは覚悟を決めた。主君の命を救うには、もはやそれがどれほどか細い蜘蛛の糸であろうとも、目の前の存在を倒す以外に無いことを理解したのである。

 

「ぬぅううううううううぉおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 彼我の実力差は一目瞭然、なれば初手の一撃に己が持つ全てを懸ける、そのような意志で振り抜かれたガゼフの渾身の一撃。アダマンタイト級冒険者から伝授された究極の武技。

 ――否、振り抜かれようとした一撃。

 

「まあ、無理なんだがね」

 

 変化は唐突だった。

 古いビデオテープを再生したら場面が飛んだ――あるいはそのように思われるほど、次に起こった光景は脈絡がなかった。

 剃刀の刃(レイザー・エッジ)を振り抜こうとしたガゼフには、先程と同様に、目の前に居たはずのアインズが突然消えたように感じられた。剃刀の刃(レイザー・エッジ)を握る己の右腕、その手首を背後から握りしめる無骨なガントレットがある。

 いつの間にかガゼフの背後に回ったアインズが、ガゼフの腕を掴んで握りしめたのだ。万力のように締め付けられた腕に走る痛みを噛み殺し、なんとか動かそうと試みるが、その手はもはや微動だにしなかった。

 

「――麻痺」

 

 アインズの呟きと共に、ガゼフは腕どころか全身が動かなくなるのを感じた。視界が回転する。床に転がされたのだ。アインズが彼を見下ろしている。仮面の下に隠されたその表情は未だ読めない。

 

「……さて、これで理解できたかな、えーと、ガゼフ・ストロノーフ。別に今でも、お前()助けてやっても構わんのだぞ?」

 

 いかなる魔法によってか、麻痺させられて完全に動けぬガゼフはもはやまな板の上の鯉だ。生殺与奪をその手に握った上で、答えることすらできぬガゼフに問いかける。

 だが、ガゼフはもはや動かせる唯一のもの――その意志を込めた視線で、アインズを見上げた。アインズは眩しそうにその視線を受け止めた……ように見えた。仮面の下でどのような表情をしたかは定かではないのだが、確かにそのように見えたのだ。

 

「――そうか、お前の意志は受け取った。……お前のことは覚えておくよ、ガゼフ」

 

 そう言ってアインズは手を前に差し出した。

 

<心臓掌握>(グラスプ・ハート)

 

 虚空に広げた指を閉じると共に、なにか柔らかいものが潰れる感覚がアインズの手に伝わってくる。それと同時に、ガゼフが口から血を吐いた。アインズの魔法により、心臓を直に握りつぶされたのだ。生きていられるはずはなかった。

 

 ガゼフの目から光が失われていく。最期、何かを訴えかけるようにナーベラルに注がれたその眼差しは、アインズをうっとりと見つめていた彼女に気づかれることはなかった。

 

「ふう……さてと。お待たせして申し訳なかった、貴族殿。非才の身ではあるが、精一杯もてなすのでせいぜい楽しんでいってくれ」

 

 そう言って隅に転がった自分に目を向けてきたアインズの、たちの悪い冗談に笑うこともできず。脂汗を流しながら恐怖に震えることすらできないレエブン候にできることは、この悪夢が早く覚めてくれるよう、祈ることだけであった。どうか神よ、あなたに慈悲あらば、妻と息子だけでも助けてください――

 

 

 アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の面々は、その日突如街にあふれ出た動死体(ゾンビ)を生み出した元凶を絶つため、伝説級のアンデッド、死の騎士(デス・ナイト)との死闘を繰り広げていた。

 

 伝説に謡われる死の騎士(デス・ナイト)の難度は百を超えると言われ、アダマンタイト級冒険者だからと言って容易く勝てる相手ではない。だが、『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースは自分たちが団結すれば、必ず勝てるとの確信を持って戦っていた。それは自分たちの実力への自信であり、仲間達への信頼であり、特に小柄な仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の存在に対する安心感であった。

 

 戦闘は堅調に推移した。防御魔法を幾重にも重ねたガガーランは決して無理をせず、仲間達の盾となることに徹し。ティアとティナが牽制して隙を窺い、仲間が傷つけばラキュースが癒す。そして死の騎士(デス・ナイト)が隙を見せればすかさずイビルアイが攻撃魔法を叩き込んで削っていく。勿論気は抜けないが、それでも危なげなく勝利への道が見えてきた。こいつを倒せば、突如王都を襲った災厄が終わる。その筈だ。

 そして体力を削られた死の騎士(デス・ナイト)が焦りのあまり無謀な攻撃を繰り出し、逆にそれがつけ込む隙となる。

 

「これで決まりだ!食らえ<水晶騎士槍>(クリスタル・ランス)!」

 

 イビルアイの詠唱と共に生み出された水晶の槍が死の騎士(デス・ナイト)を打ち砕くかと思われたその時、それは起こった。

 

<龍雷>(ドラゴン・ライトニング)

 

 側方より放たれた飛翔する龍の形をした稲妻が、水晶の槍を弾き飛ばして拡散する。愕然とした一同が振り返ると、その場に佇む人影が一つ。

 

「貴様……ガンマ……か……?」

 

 止めを邪魔された怒りと動揺が、知り合いの顔を見た困惑に代わり、誰何の言葉は尻すぼみとなって消えた。正確に言うなら目の前の人物が、知人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と同一人物かは確信が持てなかったのだが。

 まず、服装が違う。いつものシンプルな冒険者の旅装ではなく、メイド服を着ている。否、メイド服に見えたが、それはメイド服を模した鎧であった。頭部のホワイトブリムと全体のシルエットがメイドを主張しているが、胴鎧と手足の具足は十分に一線級の装甲を保証していると見えた。

 そして何より、表情と雰囲気が違いすぎた。造形自体は『蒼の薔薇』の一同にも見覚えがある類い希な美貌であったが、僅かに上気した頬に、浮かべられた晴れやかな笑みには、ガガーランが「辛気くさい不幸面」と評した仏頂面は影も形もない。

 正直雰囲気が違いすぎて、双子の妹ですと冗談を言われたら信じたであろう。

 

 だが問題はそこではない。なぜ目の前の女は死の騎士(デス・ナイト)への攻撃を邪魔したのか、それが問題だ。そう思いイビルアイが改めて叫ぼうとしたとき、ナーベラルは微笑みを浮かべて言った。

 

「お邪魔して申し訳ございません、『蒼の薔薇』の皆様。お取り込み中申し訳ありませんが、現状()()()()()()()()死の騎士(デス・ナイト)を潰されるのは少し困りますので、それ以上はご遠慮願います」

 

 口調まで別人の如きかよ、と悪態をつく余裕もなく。唐突に現れて死の騎士(デス・ナイト)の味方をする、と宣言した同格のアダマンタイト級冒険者に、戦慄と困惑が一同を襲った。否、同格というのもおこがましい。一同は目の前の女性が第七位階の魔法を使えるであろうことを今や知っているのだ。

 だが、それよりも今なんと言った?死の騎士(デス・ナイト)()()()()()とか聞こえた気がしたが。

 

「てめぇこのアマ!死の騎士(デス・ナイト)の味方するとか、何考えてやがんだスカタン!」

 

 イビルアイが己の耳を疑う一方で、思わず出た様子のガガーランの怒号に怯むそぶりもなく、ナーベラルは華やかに微笑んで言葉を続ける。このような状況でなければ見とれてしまいそうな笑みだ。

 

「皆様とは肩を並べて戦った仲ですので、お探し申し上げておりました。僅かな縁でも、仲間は仲間。おろそかにしては私はともかく、アインズ様まで鼎の軽重を問われることになりかねません」

 

 誰だよ。キャッチボールをする気がないとしか思えないナーベラルの一方的な台詞に、思わず一同は顔を見合わせるが、心当たりがある様子の者は居なかった。居なかったが、その単語にはどうしようもなく聞き覚えがあった。当の本人が一度口にしていた言葉。

 

「アインズ……アインズ・ウール・ゴウン?」

 

 イビルアイが呟くと、笑みを消して無表情になったナーベラルがじろりと彼女を睨んだ。

 

「その貴き御名を呼び捨てにするような、巫山戯た真似はお控えください。……段取りを全て放棄してぶち殺したくなります」

 

 ナーベラルがその単語について彼女たちに訊ねたときは、当の本人が尊称とは考えていなかったため、この台詞は少々酷である。鼻白んで口をつぐんだイビルアイに代わり、ラキュースが叫ぶ。何もかもが違いすぎた。何事かが起こったのは明白だった。

 

「ガンマさん……一体、何があったのです!?」

 

「別に、あなたには関係ないでしょう?」

 

 しかし、ナーベラルが再び晴れやかな笑みを浮かべると、ラキュースの背中を怖気が貫いた。その笑顔は本当に綺麗だったが、それが逆に彼女の拒絶を現している気がした。いつもの仏頂面とぶっきらぼうな口調が懐かしかった。

 

「関係ないって……自分でも言ったじゃないですか、仲間だって……」

 

「そうですね……私は()仲間としての誼で、アインズ様にお願い申し上げました」

 

 ラキュースの言葉を聞いてか聞かずか。ナーベラルの人差し指が上に立てられた。

 

「そちらから攻撃してこない限りにおいて、『蒼の薔薇』の面々に対するこちらからの攻撃は控えること。勿論、先程までの分はノーカウントということで。つまり……今すぐ一目散に逃げ出せば、見逃して差し上げます」

 

「ガンマ、マジで言ってる?邪魔されなきゃ倒せるところだった」

 

 たまりかねて口を挟んだティアに、ナーベラルは気を悪くした様子もなく頷いた。

 

「勿論、これは選択ですので……そうせずに討ち死にすることがお望みであればお止め致しません。存分に己の力をお試しください」

 

 ただ、そう言ってナーベラルの中指が上に上がる。

 

「ただし、寛大なアインズ様のご慈悲により、彼我の実力差を履き違えた状態で不本意な判断を為されることがないよう、謁見してくださるとの仰せです。……<伝言>(メッセージ)

 

 そう言ってナーベラルは<伝言>(メッセージ)の魔法を起動し、何者かと会話を始めた。その隙に死の騎士(デス・ナイト)を倒せないかと窺うが、彼女の目線は会話中もイビルアイの一挙手一投足を注視している。それをかいくぐる隙はありそうになかった。

 

 そして、彼女の背後に真っ黒な裂け目が現れ。

 

 中から<死>が這い出てきた。

 

 豪奢な漆黒のローブを着込んだ死の超越者(オーバーロード)。その顔を覆う不気味な仮面程度ではとても隠しきれぬ、アインズの禍々しいオーラに、『蒼の薔薇』の一同は息を呑んでその思考を停止した。アインズが小脇に抱えた見覚えのある鎧を見て、ラキュースが叫びを上げる。

 

「その鎧は、叔父様の……!?」

 

 その悲鳴にちらりと目線をやると、アインズは抱えた鎧を宙空に現れた黒い穴に押し込んだ。穴からその手を抜き出すと、手品のように鎧はその異空間の中に消え失せ、何も持っていない手のみが現れる。アインズは満足そうに一つ頷くと、ナーベラルに語りかけた。

 

「……ちょうどいいタイミングだった、ナーベラルよ。『朱の雫』は今し方処理したし、『蒼の薔薇』はここにいる。つまり、現在王都にて死の騎士(デス・ナイト)を潰せる可能性があるのは彼女たちで最後、それで合っているな?」

 

「……仰せの通りです、アインズ様。私がこれまで見聞した限りにおいて、王国で死の騎士(デス・ナイト)に対抗できるのは、アダマンタイト級冒険者チームのみです。そして、『蒼の薔薇』の戦力の要は、イビルアイ……そこの魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。彼女の動向さえ注意すれば、死の騎士(デス・ナイト)を打倒する手段は他のメンバーにはありません」

 

「ほう、そうか……」

 

 アインズはちらりと、自分が登場して以降、蛇に睨まれた蛙のようにガタガタ震えるだけのイビルアイを見た。その視線には別に敵意も殺気もなく、ただ単にその姿を確認したと言うだけのことだったが、イビルアイの全身を悪寒が貫き、手が汗でびっしょりと濡れるのを感じた。

 

「下位アンデッド作成・死霊(レイス)

 

 アインズの呟きに応えるように、揺らめく霊体がその場に現れる。

 

「……あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を見張れ。何か動きがあったら知らせるのだ」

 

 指さされたイビルアイが掠れた悲鳴を喉から漏らしてびくりと震える間にも、死霊(レイス)は心得たかのように揺らめくと、薄まって存在をその場から消した。だが、イビルアイにはまるで死神が己の動向を見張っているかのような視線を感じられ、身体の震えが止まらない。

 

「――さて、私たちは忙しいのでね、お目見えしたばかりだがこれで失礼させて貰う。ルールはナーベラルに聞いただろう?一時的とは言え、彼女が組んでいた相手だ、ただ逃げるのであれば悪いようにはすまい。ああ、そうそう、こちらからは手出ししないとは言ったが――王宮には近づかないことだ。巻き込まれても知らんぞ」

 

 一方的にしゃべり立てるアインズを前に、震えが止まらなかったのはイビルアイだけではなかった。ラキュースも、ガガーランも、ティアも、ティナも。全員が理解していた。目の前の化け物は別格だ、アレに勝てる人間が居る筈など無いと。

 

「よし、ではタウルス、行ってお前の役目を果たせ。……行くぞナーベラル、こちらに来い」

 

「はい、アインズ様。――それではご機嫌よう皆様方。悔いのない選択ができることをお祈り申し上げます」

 

 呼びかけられた死の騎士(デス・ナイト)が頷いて走り去ると、アインズはナーベラルを抱き寄せて空中に黒い穴を広げた。彼らの姿がその黒い穴に飲み込まれ、その場から誰も居なくなっても、その場に漂うのは絶望に満ちた沈黙であった。

 

「――みんな、今までお疲れ様でした。あなた達は彼の言葉に従って逃げてください」

 

 長い長い沈黙の後、そのようなことを言い出したラキュースに、ガガーランが顔を上げて問うた。

 

「って、リーダーはどうするんだよ?」

 

「……私は今から王宮に向かいます。彼のあの言い草だと、十中八九生きては帰れないでしょうからあなた達は巻き込めません。でも私は、この身体に流れる青い血にかけて、せめてラナーだけでも助けられないか、できることはやってみるつもりです」

 

 その言葉を聞いて、ガガーランはしょうがねえなあ、という風に笑った。覚悟を決めた顔だった。

 

「しゃあねえなあ、つきあうぜリーダー、地獄の底までよ」

 

「ガガーラン……」

 

 感極まった様子のラキュースと、その肩を叩くガガーラン、そしてみんなの顔を見比べる忍者姉妹。その様子を見て、イビルアイは震える声で呻いた。

 

「だ、駄目だ……行っちゃ駄目だ、死んじゃう、みんな死んでしまう……」

 

 その声を聞くと、ラキュースは微笑んでイビルアイの肩を抱き寄せた。

 

「……あなたが着いてくる必要はありませんよイビルアイ。私たちはおろか、あなたの力ですら彼らの前には一切無力であることは、先程出会っただけでも十分に思い知りました。武力が必要になる局面はこの先ないでしょう。だからあなたは、逃げてください」

 

 駄目だ。そんな問題ではない。お前達は彼らの実力を全く推し量れていないんだ。イビルアイはそう叫びたかったが、全く声が出なかった。その震える指先を彼女を置いて走り去ろうとするラキュース達に伸ばすが、その手はむなしく虚空を掴むだけであった。

 イビルアイはよろよろと数歩歩いて、肩に触れた塀に寄りかかると、ずるずると崩れ落ちて、その動きを止めた。体育座りの姿勢になって膝小僧を抱え込む。もう何も考えたくなかった。

 

 その日、王都リ・エスティーゼの最奥に位置する王城ロ・レンテ、その敷地内に聳えるヴァランシア宮殿。それら全ては一夜にして跡形もなく消失した。

 

 

 




 結局大部分は当初のままなのである。手直ししようとは試みたんだけど、それより前の展開を変えないと決めた以上小手先でいじっても意味がないのであった。まあいいや2月が終わってしまう前に晒しちゃえ。この話をカットしたせいで打ち切り臭が余計に酷くなってると思われるし、幾つか大事な情報も入ってるしね。

 そしておまけを後三話、明日からは普通に投稿するのです。でも補完なのであまり大層な話にはならねーのです。


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