ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前話からの流れで帝国に棲むあの人の話。
 ただし本編ほどはっちゃける理由が無いんで大人しかった模様。



then:帝国魔法省

「……なあ、ナーベラルよ。二つばかり、聞きたいことがあるのだが……」

 

「は、はいっアインズ様。なんなりとお聞きください!」

 

 アインズはため息をつくと、目の前に転がるそれを指さした。

 

「あいつは、一体何をしているんだと思う?」

 

「はっ。私が愚考致しますところ、あの男はアインズ様に対する敬意を全身で示しているのではないかと思われます。……人間にしては、なかなか殊勝な心がけと言えるかと」

 

 ふむ。アインズは目の前に寝っ転がった白い老人を観察する。

 両手・両膝・額を部屋の床につけて平伏するその男、フールーダ・パラダインのその格好は、確かにリアル世界では五体投地と呼ばれる、拝礼の姿勢であった。

 アインズがナーベラルから聞き出した予備知識から考えれば、高位階の魔法の使い手であるアインズは、フールーダに無条件で崇められてもおかしくはないのかもしれない、まあ。そもそもそういう効果を狙って、わざわざ探知阻害の指輪を外した上で訪れたのだから。

 

「ではもう一つだが……お前は、何をしているのだ?」

 

「はっ。この男、いきなり飛びかかってくるやも知れませぬ故、アインズ様の御身を直接晒すわけには参りません!不肖の身なれど、私の体を盾にお使いください」

 

 崇めてる相手に飛びかかってくるとか、おかしくね?と、アインズは思うのだが。ナーベラルは大真面目にアインズを庇ってその前に立っているつもりらしい。その割には露骨に腰が引けていて、背後に庇った筈のアインズの体をぐいぐいと押す勢いで下がろうとしているのだが。

 

「……別に、危険はないのだろう?そんなに怖いなら無理しなくてもいいぞ?」

 

「いえ、アインズ様の御身をむざむざとあの男の魔の手に晒したとあれば、戦闘メイド(プレアデス)の名折れです!ここは私にお任せください!」

 

 悲壮な覚悟を決めてそのように言うナーベラルを、アインズは呆れたように眺めた。未だ己の体を床に投げ出したっきり微動だにしないフールーダを見て嘆息する。

 

「三つ目になってしまうが……あいつは、いつまでああしているつもりなんだ?」

 

「はっ、これも推測になってしまうのですが……アインズ様が、お声をお掛けになるまでではないかと愚考します!」

 

「そ、そーなのかー」

 

 それを聞いたアインズは、試しにフールーダに声をかけてみた。

 

「……苦しゅうない、面を上げよ」

 

 瞬間、フールーダががばと身を起こす。その動作を見てびくりと首を竦めるナーベラルの肩に手をやって動揺を鎮める間にも、老人は膝をついた姿勢に移行して、滂沱と涙を流した。

 

「おお、師よ……未だナザリック地下大墳墓を見つけることの叶わぬこの無能な弟子に、神とお引き合わせくださったことを感謝致します」

 

「……神って、おい」

 

 あらかじめ人払いはしておくように伝えさせてあるが、アインズは思わず周囲を見回した。彼にしてみれば、余人に聞かれるには恥ずかしい台詞であったが。ナーベラルが当然ですとでも言いたげに、満足そうに頷いているのを見て絶句する。

 

「魔法を司るという小神を信仰しておりました」

 

「はあ」

 

 突如語り出したフールーダに、気の抜けた相槌を返すアインズ。その様子に頓着することもなく、老人は言葉を繋いだ。

 

「しかし、貴方様がその神でないというのであれば、私の信仰心は今掻き消えました。――何故なら、本当の神が私の前に姿を見せてくださったからです」

 

「……へえ、その御方は何処にいるんだろうね」

 

 現実逃避を込めてわざとらしく周囲を見回したアインズであったが、それに委細構わず、フールーダがアインズの姿を伏し拝む。

 

「私の命、信仰、魂までも、全て貴方様のものでございます。お望みのことがあればなんなりと命じてくださいませ」

 

 そう言って膝立ちのままじりじりと躙り寄ろうとしたのだが、ナーベラルにくわっと睨まれて、残念そうに動きを止めた。……成る程、確かにちょっと引くわ。アインズは実物を見て、ようやくナーベラルの態度に納得したものである。

 

「ま、まあそれなら話は早い。フールーダよ」

 

「へへぇ」

 

 名を呼ばれ、フールーダがへつらいの笑みを浮かべた。弟子達の前では決して見せぬ表情である。誰かに阿る必要がなくなって百余年、無双の大魔導師にできる精一杯の態度であった。

 

「お前は今までナーベラル……このガンマの命に従ってナザリック地下大墳墓の所在を調査していたそうだが」

 

「はっ、仰せの通りでございますが……発見の暁には師が弟子にとってくださるという約束を励みに粉骨砕身して参りましたものの、無能非才の身では未だ朗報をもたらすには至らず、汗顔の極みでございます」

 

 膝立ちの姿勢で合った故、スムーズに土下座に移行するフールーダに、アインズはひらひらと手を振った。

 

「……よい、才や実力の問題では無かろう。元々あるかないかもわからぬものを探させていたのだからな。念のため確認しておこうか。まあ大体推測はついているだろうが……私の名はアインズ・ウール・ゴウン、お前が師と呼ぶ娘の主だ。お前が彼女に捧げた忠誠は、そのまま私に引き継がれると言うことで構わぬな?」

 

 その言葉を聞くと、フールーダはナーベラルの方を見上げて言った。

 

「……我が師にそれで異存がないのであれば、我が忠誠を受け取って頂けるのは幸福の極みでございます」

 

「……私に異存はないわ。これからはアインズ様に絶対の忠義を捧げるように」

 

「承知致しました、師よ。……ということですので、よろしくお願いします、我が神よ」

 

 神呼ばわりは止めて欲しいなあ。アインズは思ったが、それを口にするのは躊躇われた。もっと悪化しそうな気がしたからだ。

 

「……では命ずるとしよう。勤勉なお前のことだ、そろそろ一通りは帝国の情報を調べ終わったことであろう。であれば、ナザリック地下大墳墓の捜索はその優先度を下げる。そして、本来の職務に精励せよ」

 

「……どういうことですかな?」

 

 疑念の声を上げたフールーダに、アインズは説明する。

 

「どうせ他の仕事を全てほっぽり出して調べ物に邁進していたのだろう?我々はこれから独自にナザリック探索の旅に出るつもりだ。我が身が流浪の身の上であるうちは、お前を連れていくつもりはない。それよりは、帝国の重鎮としてのお前の力をあてにさせて貰いたい」

 

 手始めに、速やかに王国領に進駐し、平和裏にその領土を占領せよ……およそ予想とはかけ離れたアインズの命令に、フールーダは首を傾げた。

 

「はて、王国の首都リ・エスティーゼにただならぬ異変が起こったらしいということは、私の方にまでも報告が上がってきておりますが……」

 

「……はっきり言っておこう、王都リ・エスティーゼは滅ぼした。やったのは私だが、バレるまではできるだけ秘密にしておくように。リ・エスティーゼにはゾンビが溢れているが、街の外には出ないように命令してある。皇帝が慎重を期して様子見をしようとする可能性はそれなりに高いだろうが、その時はお前が適当に、そう、魔法で調べたとでも言って、王都の外は安全であることをアピールすれば、王国領を切り取る機会を逃すことはあるまい」

 

「なんと……!?」

 

 フールーダは口を半開きにして固まった。神の顕現としか思えぬ目の前の存在であれば、成る程それも容易いことであっただろう。疑うことはないが、驚愕に思考が追いつかない。

 

「私の望みは残された王国領が、統治者不在のまま混乱に陥る前に、帝国の手によって秩序を維持することだ。その為にお前の尽力をあてにしたいが、できるな?」

 

 アインズの意図は未だ見えぬながら、フールーダにその言葉に逆らうという選択肢は最初からない。神の望みを叶えるべく全力を尽くすことを誓う。

 

「我が神のお望みとあらば」

 

「うっ……」

 

 幸い、その台詞はドイツ語に翻訳されては聞こえなかったため、アインズは仮面の下でしかめっ面をするだけで済んだ。内心の微妙な気分を必死に沈めると、訝しげな顔のフールーダに向けて態度を取り繕う。

 

「……期待しているぞ。お前の望みはナーベラルに聞いて把握している。それはいずれ叶えてやるつもりではあるが、今現在は、帝国に居て貰いたい。今はその方が私の役に立てるはずだ」

 

「仰せのままに。ですが……」

 

 フールーダは平伏して了承の意を示しながらも、もじもじと身じろぎした。その様子を見咎めたアインズが不思議そうに訊ねる。

 

「む、なんだ、どうした?」

 

「はい、不躾なお願いなのですが……何か証をいただけないでしょうか」

 

「証?……契約書でも欲しいのか?」

 

 アインズの返答を聞くと、フールーダは首を横に振った。

 

「いえ、神の言葉を疑うなどとは。そうではなく、貴方様がこのまま立ち去られた場合、私は今日の出来事を私の妄想が生み出した夢ではないかと疑いたくなるでしょう。貴方様の存在が私の夢ではないと証立てるような品をいただければと……」

 

 その言葉を聞き、アインズはふむと考え込む。図々しい願いだなといきり立つナーベラルを宥めながらその口を開いた。

 

「そういう事なら何か見繕うか……これがいいかな、お前のこれからの働きに期待する手付けとしておこうか」

 

 フールーダの前に立って、収納(インベントリ)から取り出した指輪を差し出す。

 

「神よ、これは……?」

 

維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)だ。この指輪を身につけると、飲食と睡眠が不要となる。職務に精励する上でも、あるいはそれと並行で魔導の研鑽をするにも、きっと役に立つことだろう。受け取るがいい」

 

「おお……感謝致します……!」

 

 フールーダは感極まった様子で、そのシンプルな指輪を受け取ると、両手に捧げ持って拝礼した。次の瞬間、一切の躊躇いもなく左手の薬指に嵌った指輪を外すと、代わりに受け取った指輪を嵌める。上気した顔でうっとりとその指輪を眺める老人を、アインズはいささか狼狽えて眺める。

 

(いや、この世界にそういう風習がないらしいのは知ってるけどさあ!たぶん今装備してる指輪のうち、優先度を考慮した上での選択なんだろうけどさあ!……なんで左手の薬指なんだよ!というか、頬を染めるな!頬ずりすんな!)

 

 内心で絶叫しつつも。危うく精神が強制的に沈静化される前に、どうにか落ち着きを取り戻したアインズは、咳払いして気を取り直した。

 

「オホン。とにかく、まあそういうことだ。我々は先程も言ったように独自に探索の旅に出るが、この国とその近隣についてはお前に任せる。時々報告を聞くために、謁見の機会を設けよう。先程ここに来たときのように、<転移門>(ゲート)の魔法を使えば、会いに来るのは容易いことだからな」

 

「ははぁっ……」

 

 

 <転移門>(ゲート)の魔法でフールーダの前から去り、元居た場所に戻る。ハムスケが駆け寄ってくるのを見ながら、アインズはふうと一息ついた。

 

「やれやれ、どうにか無事に終わったな。……確かに些か奇っ怪な爺さんだった。お前が言うほどだったかと言われれば、疑問の余地はあるが」

 

 フールーダの様子を思い起こしながらアインズはしみじみと述懐する。もっとつれない態度をとっていれば、幾らでもその奇矯な言動を見ることができたであろうが、知らぬが仏とはこのことである。ともあれ、ナーベラルがその言葉を聞いて首を捻った。

 

「そうですね……私が会った時は、もっとエキセントリックな奴だったのですが。おそらくはアインズ様のご威光の前では、さしものあやつも平伏する以外の行動がとれなかったのでしょう。流石はアインズ様です。そして、要らぬ心配をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした」

 

 そのまま深々とお辞儀をして謝意を示すナーベラルに、アインズは構わぬと身振りで示し、寄ってきて立ち止まったハムスケの頭をわしわしと撫でた。そのままなんとなく顎の下をくすぐるようになで回すと、ハムスケが眼を細めて心地よさそうに喉を鳴らした。

 

「構わぬ、気にするな。……さて、これで仕込みも済んだし、行くとしようか」

 

 ほとぼりが冷めるまで、という言葉は飲み込んだ。ナーベラルが不思議そうに訊ねる。

 

「ところでアインズ様……あの男に下された命令には、結局どのような意図があったのでしょうか?」

 

 ――エ・ランテルの治安を維持するために、ほんの僅かに気を回しておいただけのことだ。世話になった人間も居ることだしな。つまらぬ感傷だよ。

 などとは、とても口にはできなかった。王国の治安を完膚無きまでに崩壊させた張本人がどの面下げて言う台詞だ、と自嘲したからである。マッチポンプにも程がある。

 

「まあ……布石という奴だ。ナザリック地下大墳墓が無事見つかったとき、あるいは……どうしても見つからなかったとき。その先のことも考えておかねばな……」

 

「……流石はアインズ様、そのような先のことまでお考えになっているとは、感服致しました」

 

 それで納得したようにナーベラルがお辞儀する。具体的なことは何一つ言ってないんだけど、こいつ本当に分かってるのかなあ。万事俺に任せておけば問題ないとか思ってないか?などという疑問が脳裏を掠めるが、結局彼女の望みは自分と一緒に居ることだけであるため、後はどうなろうが知ったことではないのか元々。彼女の忠誠と敬愛はそれはそれで可愛らしいのだが、悩みを分かち合える仲間というわけには行かないのだなあ。そう思ってアインズはため息をついた。

 

 

 ――その後、バハルス帝国はリ・エスティーゼ王国の領土へ侵入する。名目上は混乱の渦に叩き込まれた王国の治安回復のためであるが、当然ながら王都におらず難を逃れた残存する貴族勢力の反発を招くこととなった。そんな中、エ・ランテルの都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアによるバハルス帝国に対する保護要請が発表されるに至り、対外的な名分を得た帝国軍は平和裏にエ・ランテルに進駐、この都市を帝国領土として庇護下に置いた。

 エ・ランテル、リ・ウロヴァール、リ・ブルムラシュール、エ・レエブル。最終的にバハルス帝国は四つの都市を王国から切り取ることに成功するが、死都リ・エスティーゼの禍々しい威容を遠望するに至り、直ちに王国全体の併合を断念したとも言われる。残る都市群は混乱の内に、あるいは近場の隣国に庇護を求め、あるいは都市国家としての独立運営を画策し、あるいは住民に見捨てられ放棄され。リ・エスティーゼ王国の領土はバウムクーヘンを切り分けるように解体されて、王国は消滅することとなった。

 

 バハルス帝国の迅速な行動には、人類最高の大魔導師フールーダ・パラダインの尽力があったと言われ、帝国皇帝はその功を多いに賞したという。その一方で、皇帝はそれとは裏腹に、フールーダ・パラダインだけに限らず、一個人の能力に過度に依存しない国家体制のデザインに取りかかることとなった。丁度その頃から噂に上るようになった、正体不明の参謀役の入れ知恵があったとも言われるが、その真偽は定かではない。

 

 




 そして二人と一匹は探索の旅に出ました。
 人類社会の状況もある程度示せたと思うんで、その後の話はこれでお終いです。
 主観的な幸福度で言えば、このSSで一番幸せになったのは間違いなくフールーダ。

 あと一話は本当のおまけとなります。


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