IF GOD 【佐為があのままネット碁を続けていたら…】 完   作:鈴木_

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佐為とヒカルが2時間近く奮闘して書いた手紙を、日本棋院宛てに郵送してから一週間後。

音沙汰は全くない。

仕方なかったとはいえ、手紙の裏に差出人の住所と名前を記入しなかったことで、棋院側で不審な手紙として処分されたとしても不思議ではない。

本当に渡してもらえたのか、一度考えがネガティブな方向に向くと、不安は増す一方だった。

 

内容としては、簡単な挨拶と誰にも内緒で打ってもらえないかという手紙だった。

どこか失礼なところでもあったのだろうかとヒカルが思案しても、とくに変なところなんてなかったはずだ。

佐為が考えた文章だったので、多少、文面が古めかしいものになっていたことは別として。

 

一応、ヒカルと塔矢行洋は2度面識があり、表向きアキラと対局してヒカルが勝ったことも知っているだろうから、興味は持ってくれているはずだろう。

しかし、確証は無いから何も言えない。

棋院で手紙が処分されていれば、それ以前の問題だ。

 

――ヒカル、あの者から何も連絡ありませんね。

 

初めは明るかった佐為も、日に日に落ち込んで行く様子が、手に取るように分かる。

 

「う~ん。棋院の人が渡し忘れているとかは無しだよな~」

 

この言葉でさらに佐為がへこみ、扇で口元を隠しながら、よよよ、と泣き始めた。

となれば、当然のようにヒカルの体調も突然悪化して吐き気がしてくるので、急いで佐為の気分を変えるようなことを考える。

こうして24時間一緒にいることには全然慣れたが、コレだけは勘弁してほしいと心の底から願う。

 

「ほら、佐為。ネット碁しようぜ?お前がしないなら俺がするけど?」

 

――します!!打ちます!!

 

パッと顔を上げ、勢いよく佐為が叫べば、ヒカルを襲う吐き気もすっと消えていく。

PCに電源を入れ、ウィンドウが立ち上がる間に一階の冷蔵庫からコーラを取ってくる。

打ってる最中は、席を離れられない。

だから、あらかじめ用意できることはしておくに限る。

 

「よっし。じゃあ誰と打とうかなっと」

 

<sai>のアカウントでログインし、対局者待ちの欄を確かめて、ヒカルは手ごろなアカウントを探す。

けれどヒカルが申し込む前に、誰かしら対局を申し込んでくる方が早く、誰かに対局を申し込むということをずっとしていない。

佐為も対局を申し込まれれば、選り好みすることなく受けるので、

 

「佐為、こいつでいいか?」

 

――はい。お願いします

 

佐為の確認を取って、ヒカルは対局OKのボタンをクリックした。

 

□■□■

 

机に置かれた手紙と開けられた封筒を前に、行洋は両腕を組み、じっと眺める。

 

棋院の事務員から渡されたファンレターの中にソレが在った。

子供であることを思わせる稚拙な文字。

けれど文脈は大人以上にしっかりしたものとなって、行洋に奇妙な違和感を同時に感じさせた。

 

封筒の裏に差出人が記入されていなかったことで、棋院の事務員もファンレターとしてタイトルホルダーである『塔矢行洋』に渡していいものか迷ったという。

実際、行洋自身も不審に思いながら手紙の封を切ったが、手紙の冒頭に差し出し人の未記入に対する謝罪が書かれ、文末に住所と共に<進藤ヒカル>と書かれていた。

 

突然の手紙への侘びと、対局の申し込み。

 

これだけであれば、たまに来るアマからの手紙とさして変わりない。

少し腕に覚えのあるアマの棋士がプロと対局してみたいと考えるのはよくあることだ。

この手紙以外にも、同じようにアマの棋士から対局を申し込まれたことが、長いプロ経験から少なからずあった。

しかし文末にある<誰にも他言無用で>という内容に、一抹の引っかかりを行洋は覚える。

 

息子のアキラは2歳のころから石を持たせ、今ではプロ以上の棋力を持つまでになっている。

あまりに早熟しすぎる強さと、溢れる才能に行洋も父として大きな喜びを抱いたが、他の子供達との開きすぎる力の差を考え、アマの子供大会には低学年のころまでしか出さないようにした。

まだ芽が出たばかりの子供の才能を潰してしまわないようにという行洋の配慮だった。

 

己の判断が間違っていると思ったことは、これまで一度もない。

そのアキラに2度も勝った子供がいると聞いて、行洋は俄かには信じられなかった。

しかし、はじめて見る息子の落ち込みように、それが真実なのだと知る。

子供大会で進藤ヒカルという子供が見せた一手。

つい口をはさんでしまったと言っていたらしいが、プロでも一瞥しただけで分かるような死活ではない。

アキラ以外にそれができる子供がいると分かり、碁打ちとして好奇心に似た興味を持ったのは覚えている。

 

しかし、自身が経営している碁会所の前で見かけたと言って弟子の緒方に連れて来られた彼は、どこにでもいるごく普通の子供そのものだった。

囲碁とは無縁の外で遊ぶことを好み、明るく、そして自由奔放といった表現がよく似合う。

 

いきなり連れてこられたらしい彼は戸惑い、どこか途方に暮れており、数手打っただけで突然部屋から出て行ってしまった。

 

石の持ち方は初心者そのものの。

親指と人差し指で持つ握り。

石を持つ指先は一見マメも出来ておらず、これまで石を持っていたとは考えにくい。

 

打たれた石は数手だったが、石の流れに淀みはなく、定石の手本と言ってもいいだろう。

だが、最後に打った石だけは、それまでの打ち筋を覆えしていた。

悪手とも見れるが、よく読んでみると際どい位置。

アキラに勝ったという彼が、そこに何を見たかは結局分からないままだ。

 

その彼からの手紙。

 

彼の力を見れるのだとしたら願ってもいないことだと思う。

アキラに勝ったという棋力を自分の目で確かめれるなら、多少の無理をしても十分に価値があるだろう。

 

けれど、どうして他の誰かに対局をみられるのを拒み、嫌がるのか。

 

疑問を持ったまま返信の手紙に筆を走らせる。

あと少しすればタイトルの挑戦者を賭けたリーグ戦が始まり、行洋は忙しくなる。

他にも行洋が持っているタイトルの防衛戦やら地方対局やらで日程は詰まっている。

 

だから、その前に息子のアキラを退けたという進藤ヒカルの実力を確かめたいと行洋は思った。

 

 


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