また、Dishonored要素は、主人公の容姿、服装、能力にのみ反映されています。
対深海棲艦の最前線、海軍提督府、鎮守府。その指令室は、凄惨な状態になっていた。
壁も床も天井も血に染まり、金色の勲章も真っ赤、部屋の中央には、軍服を来た中年男性が倒れている。相当な痛みの中死んだのか、目は限界まで見開かれている。腕、脚、腹、首からは今も血が溢れていた。
指令室に続く廊下にも、死んでいないとはいえ、大量の血が一面を濡らしている。巫女服と艶やかなロングストレート髪の女性や、弓道着に身を包み、髪をサイドに括った女性、セーラー服を来た幼い少女も、夥しい量の血を流している。
鎮守府の外で、女性特有の高い叫び声と、何かを切り裂く音が木霊した。その断末魔が誰のものかは分からない。
「何!?呉が滅しただと!?」
また、別の場所で女性の怒号がした。長身で凛々しい顔をしている。叫び声を浴びせているのは自分の上司だが、今はそんなことを言っている余裕はない。
「ああ。謎の襲撃者によって呉鎮守府所属の艦娘は全員致命傷、提督は出血多量で死亡が確認された。」
「バカな!艦娘がそんな簡単に!?」
「だがな、一番早く意識を取り戻した第七駆逐隊によると、"どこからともなく現れた"らしい」
「どこからともなく?相手は幽霊とでも言うのか?」
「そこが分からん。だからこそ、この事件はまだ解決されていない」
海軍の施設を強襲する、などという大胆な事件が解決されない理由がこれだ。呉には、かなりの数の艦娘がいる。さらには、正規空母によって艦載機の監視の目もある。これを突破するなど、実質不可能に近い。血の乾き具合や死後硬直からして、最初に殺されたのは鎮守府最上階の提督だから、尚更不可能だ。
「だがまぁ、呉の提督はあんなんだからな。誰かに恨みを買ったんだろう。犯人は憲兵隊がしょっぴいてくれるさ。お前も警戒しておよ、長門。情報じゃ、扶桑と山城もやられたらしい。」
「ああ、お前もな提督」
走る。ただひたすら走る。イヤだ、死にたくない。
第六駆逐隊の仲間たちとはぐれ、助けを求めるために呉鎮守府に向かった。その段階で気づくべきだった。室内は荒れ放題で、所々に血痕もあった。なのに、どうしてあの時逃げなかった?後悔してももう遅い。
振り返るな、立ち止まるな、戦うな―――殺される。
第六駆逐隊、暁型駆逐艦二番艦、"響"は、まだ比較的明るい森の中を懸命に走っていた。
暗くてしっかり見えなかったが、黒いロングコートをきていることはわかった。伝えなければ、この情報を。
艦娘だったら大丈夫だと思ってた。脆い人間を殺すなんて楽だと思ってた。だが、それがどうだ?
服はボロボロ、擦り傷が身体中にでき、脚は走りすぎで悲鳴をあげている。
陽がすっかり沈んだころ、ようやく気付いた。足音がしない。あの背筋が凍るような殺意も、いつの間に消えている。
「撒いた...のか?」
震える声で、それをどうにか口にする。勇気を振り絞って後ろを振り向いても、誰一人いない。
「...はあ」
安堵と、緊張がなくなったせいだろう、倒れるように近くの木へと腰掛ける。
だがまだだ。完全に安全ではない。ここから一番近い海軍の施設は...
「佐世保の方が近いか...?」
恐らく、舞鶴よりも良いだろう。艤装は呉鎮守府の近くに置いてきてしまった。最短ルートで行くには艤装が必要だ。ぺちん、と自分の頬を軽く叩いて気合いを入れ直し、立ち上がって振り向いたときだった。
「...え?」
迂闊だった。油断していた。自分の1mほどの距離に、"あいつ"がいた。黒いロングコートを羽織った人間だ。コートは所々が血で濡れている。顔の不気味なドクロのような仮面は、よりいっそう不気味さを引き立たせている。
「あ...いや...助け―――」
助けて、と言えなかった。喉に鋭い痛みが突き刺さる。熱い。血が流れ出ているのが分かる。
それからのことは分からない。気が付いたら、佐世保の布団で寝かされていた。不思議なことに、頭から記憶が抜け落ちた感覚があった。そこの記憶のみを抜き取って繋ぎ合わせたような感じだ。分かることは、自分がひどく恐ろしい体験をしたということのみだった。
「ああ、素晴らしい仕事ぶりだったよ悠介。艦娘はどう始末した?」
部屋では、二人の男が会話をしていた。が、どうも内容は穏やかではない。
「...記憶抹消措置を施しました。問題は?」
「いや、何も。海軍鎮守府を襲うだなんて疲れただろう。本営には適当に金を掴ませておくから、今日はもう休みなさい」
一人は、紺色のスーツを着こなした老人だ。会話の内容とは正反対に穏やかな笑みを浮かべている。もう一人は、黒いロングコートを着ている。フードを被っているが、端麗な顔立ちをしている。未成年に見えなくもない。
「...はい」
「君のことだから大丈夫だと思うけど、記憶抹消措置を忘れたとか、無いよね?」
「...はい、その点については問題ありません」
「そうか、ご苦労だった悠介」
「はい、お疲れ様です」
悠介、と呼ばれた男は一礼すると、どういうわけかそこから"姿を消した。"文字通り、原理は分からないが、老人の視界から消えた。
「まったく、ドアくらい開けて出ていきなさいな」
老人は溜め息を吐いた後、携帯を手に取り電話をかける。
「...ああ、任務完了だ。相変わらずウチの悠介は優秀だよ。あれほどの才人が、彼くらいしか未だに見つからないなんて、実に嘆かわしい。ああ、関わったのは呉の提督で最後だ。これは、早いうちに隠居できるかもね。それじゃ、またいつか」
そう言って老人は携帯を切った。どうでもいいことだが、この時代に携帯電話という通信手段は存在しない。あるのは無線機のみだ。小型化に成功したのはこの時代からおよそ20年後である。
「...彼は優秀で才人だ。だからこそ、恐ろしい」
暗い部屋のなかで、タバコの煙が宙を舞って消えた。
まあ、プロローグみたいなものだと思ってください。鎮守府に行く前、主人公はこんなことを生業にしてましたよ、というお話です。
次回から本格的に進めていきます。