およそ10年前。
とある日本以外の国で生まれ、育った彼は、良くも悪くも平凡だった。
運動能力、頭脳、家柄。どれを取っても普通で平凡だった。当時8歳だった彼には、夢があった。
みんなを助ける、正義のヒーロー。
なぜ正義のヒーローを夢見た彼が、なぜ暗殺者という傍から見たら歪んだ職業に就いてしまったのか。そこには、特に深くもない理由があった。
「.....」
佐世保鎮守府の屋根の上。そこで悠介は目を覚ました。勿論、ここで睡眠をした理由がある。
佐世保の誰も、呉を壊滅させた正体不明の敵が自分の鎮守府の屋上にいるだなんて思っていない。きっと、艦娘達は血眼になって樹海や洞窟や街を捜しているのだろう。灯台もと暗しである。
が、束の間の休息はここまでである。
「...ああ、案外早いなぁ」
複数のプロペラが回る音とエンジン音。艦載機が、彼の近くをずっと遊覧するように飛んでいる。十中八九存在がバレただろう。
数分待ってから身を乗り出して確認すると、数えるのも嫌になるほどの艦娘が外で待ち構えていた。提督であろう海軍服を着た男が、拡声器で話しかける。
「そこにいる者!早急にこちらに来なさい!但し、妙な動きをすれば撃つ!」
建物の屋上から降りろと言われた。まぁ、彼なら飛び降りて終わりだが。
「...まあ、今の行動については触れないでおこう」
悠介の足が地についた瞬間に艤装が全て悠介の方に向いた。艦娘全員が、射抜くように睨み付けた。
当たり前だ。黒いコートにフードを被り、顔にはドクロのようなおぞましい仮面が付いている。普通に不審者である。こんなのが上から来たら、気を付ける以前の問題である。
「色々と聞きたいことがある。答えてもらえるな?」
「...断ったら?」
悠介は男だ。が、とある方法によって女性のような声を出すことができる。
彼は素顔が見えないため、性別の判断が不可能になる。こうすれば、足が付くのを遅らせることができる。
「お前...女性か?」
「悪いかい?」
「いや、意外だっただけさ」
提督は、苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「ともあれ、君に聞きたいことがいくつかある。断ったら...そうだなあ、それなりの覚悟はしてもらおう」
「本気かい?あんた、海軍所属だろう?」
「君に言われるとは予想外だったよ、アサシン」
「それはこっちのセリフでもあるんだよ、軍人」
「.....」
「.....」
もとから嫌悪だった空気が、さらに悪くなっていく。二人から発せられる明確な殺意と敵意に、単装砲を構えるのをやめ、後ずさる艦娘もいた。
「話が進まないから、質問するぞ。ひとつ目、君は、呉鎮守府を壊滅させたアサシンか?」
「...なぜ私がアサシンと知っている?」
「質問を質問で返すな。まずはこちらの質問に答えろ」
今はお前に質問する権限はない、と言わんばかりに提督は悠介に視線を送る。
「で、どうなんだ?」
「.....」
ここで、悠介は迷った。当然だ。ここで正直に告白すれば、艦娘の砲撃でミンチよりひどい状態になるか、憲兵隊に銃でエメンタールチーズのように穴だらけになるかのどちらか。かといって嘘を吐いたらいずれそれが露呈する。どちらにしろ危険である。
「.....」
「検討違いならいいんだ。謝ろう」
「もし、私が犯人だったら?」
「担当じゃないからなんとも...まあ、無期禁固か銃殺刑かだろうが」
「...そうか、分かった」
「分かってくれてようで何より。で、実際のところどうなんだ?」
提督が核心に迫る質問を悠介に投げ掛けると、その場の緊張感が一気に上がるのが全員には分かった。理屈ではなく、艦娘、提督の直感が目の前の存在に対して危険信号を発し続けている。
「.....ああ、そうだ。私が呉を壊滅させたアサシン。こう答えれば満足かい?」
正直、全員が予想外だったろう。海軍の前で犯行を自白した。良くて一生牢獄暮らし、処刑の可能性も警告した。が、目の前の人間は大して動揺する素振りを見せずに言った。アサシンという立場上、死ということを恐れていないのだろうか?
「それは事実だな?」
「言うのは一回でいいだろうに。ああ、事実だよ」
「そうか。自分も軍人だ。ここでお前を見逃すわけにはいかん。本営に連行する。いいな?」
「いいよ。好きにしな」
両手を前に差し出し、手錠をかけられた人のような手つきをする。
おかしい。提督含め、艦娘もそう思っただろう。潔い、それも不自然なレベルで。観念したのだろうか?いくら技術を持つアサシンといえど、これだけの数の艦娘を前に、無理だと悟ったのだろう。提督はそう結論付けた。
「そうそう、提督、今から許しを乞うつもりはないけど、いっこ聞きたいことがあるんだ」
「答えられる範囲であれば答えよう」
「呉の提督がやったことってのは、海軍全員に伝えられてんの?」
「いや、軍に伝わった情報はごく一部だ。ほとんどがカネでもみ消された」
「そうかい、分かった」
「...そんなこと聞いてどうする?」
「いんや、聞きたくなっただけさ」
そう言って悠介は目を細めて笑う。仮面のせいで誰にも分からない笑みを。
「さて、聞きたいことはそれだけ。あとはお好きに」
悠介は両手を上げて降参のポーズをとる。
「...大和、武蔵、手錠で拘束しろ。分かっているとは思うが、用心しておけ。ヤツは呉の艦娘を一掃したんだ」
「ええ、分かっています」
「もちろんだ」
大和、武蔵。日本の最高技術を結集して建造された戦艦。46cm砲をくらえば人間など肉塊を通り越して塵になるかもしれない。
大和が手錠を持ち、武蔵が一歩退いたところで悠介に主砲を向ける。いつ怪しい動きをしても"対処"できるように。
悠介にある程度近づいたとき、大和は気付いた。
コートの袖、手首の部分が妙に膨らんでいる。右袖には膨らみがない。戦いで磨かれた第六感と観察眼が危険と自身に訴えている。こいつは危険だ。あいつも降参の姿勢をした。こちらの安全は保証されたはずなのに、自分は超弩級戦艦だというのに、目の前にいるのは"素性が知れないだけの人間"だというのに、なぜか自分は冷や汗を大量に流している。
ダメだ。そう大和は自分に言い聞かせる。
弱味を見せるな。相手は艦娘に致命的なダメージを与えたのだ。
段々自分の思考がごちゃ混ぜになっていき、大和はさらに困惑した。呉の艦娘たちも、こんな気持ちだったのか?
大和が分かりやすかったのか、悠介のスキルが高かったのか、悠介は大和を誘うように言う。
「どうした?あんまり遅いと、何するか分からないよ?」
その言葉を挑発と受け取った大和は、潰す勢いで手錠を握る。目はさらに鋭くなり、ちょっとでも動けば殺すと無言の圧力を目の前のアサシンに送りつける。
そして、大和が悠介の手首に手錠をかけようとしたときだった。
「...おい、一体それはなんの冗談だ?」
提督が声を震わせて提督が悠介に問う。艦娘たちも目を見開いて驚き、単装砲を持つ手が汗ばむ。
「これがジョークに見えるかい?」
おどけたように悠介が言う。手には刃渡り30cmほどの刃物が握られていて、その切っ先は大和の喉元にふれている。少し前進すれば突き刺さるだろう。
「...何のつもりですか?」
「いやいや、少し考えたら分かるでしょ?」
「人質、というわけですね?そこまで逃げたいですか?」
「半分違うね、まぁ、これで逃げられりゃ万々歳なんだけど」
悠介は頭を掻く。悠介が提督のほうをちらりと見ると、提督は懐から拳銃を取り出した。
南部十四式拳銃。8mm南部弾使用の自動式拳銃で、装弾数8発+薬室に1発。しかも弾倉板のバネが改正されている。つまりこれは、五回の改良が行われている。
悠介はおよそ8秒でこれをすべて思い出した。
悠介ならば余裕で回避できる。それこそ、自分に贈られたこの力を使えば、実質足を動かさずに避けられる。だが、それでは意味がない。ここで大和をフリーにしてしまったら、それこそ無駄死にで犬死にだ。
タダで死ぬつもりはない。この鎮守府の実力行使による壊滅は不可能。実は、悠介は大和型の二人が出てきた時点である程度推測していた。
ならば、ダメージだけでも与えてやる。地味で、単純ながらも確実な痛手となるものを。
「さて、大和。選びなよ」
「選ぶって...何を?」
「そりゃもちろん、ここで私を撃つか撃たないかをさ」
「選択制ですか?なら、私はもちろん後者を―――!!」
「やっと気付いたかい」
大和はようやく気付いた。今、この鎮守府には資材が十分にない。遠征でしっかり稼いでいるにも関わらず、本営からの十分な供給があるにも関わらず。
3日前、この鎮守府は悠介が所属する反政府集団に襲われた。無論、全員が悠介のように化け物じみていないため、対処は難しくなかったのだが、レジスタンスが開発したプラスチック爆弾により、資材の3/4とドックが吹っ飛び、鎮守府の機能が著しく下がった。今もなお、復興作業が進んでいるが、ドックの修復に手一杯で、資材の集まりが悪いのである。
こんな状態で大和が主砲を撃てば、ただでさえ貴重な資材が、さらに減っていくことになる。さらに、目の前にいるのは呉の艦娘の集中砲火をかいくぐった怪物。ありったけの弾薬をつかっても、果たして死に至らしめることができるかも謎。
「―――っ!!」
大和は声に出さずに、噛み付くように悠介を睨み付ける。どうして目の前のヤツはそんな情報を知っているのか?という疑問も、怒りで打ち消された。大和は良くも悪しくも直情的で正義感が強い。ヤツが人殺しという時点で腸が煮えくり返った。そして、もう少しでソイツに手が届きそうだというのに、鎮守府の弱味を握られなにもできない自分にも怒りが募った。
「待て大和!感情に流されるな!それがヤツの狙いだ!」
提督の必死の呼び掛けも、もはや意味を成さない。瞼に涙を浮かべ、ぎゅっと手を握り締める。
「虚仮に...許しません!!」
ついに、大和は撃ってしまった。爆発音、閃光、風圧が、その場にいた全員を襲う。砂が巻き上がり、視界が悪くなるが、大和は分かった。分かってしまった。
失敗した。仕留められていない。
塵芥でほぼなにも見えないが、"いる"。だが、それを確認することは出来なかった。突然右肩に激痛が走る。
「悪いね。タダじゃ死ねないな。あんたも道連れだ」
大和が後ろを見ると、先程の刃物が突き立てられている。およそ30cmの刃は完全に突き刺さっている。そして、その刃物を刺さったままめちゃくちゃに動かす。傷口が広がり、更なる痛みが大和の全身を貫く。
「あああああ!!!」
大和は大声と気合いで痛みをはねのけ、艤装を足場にしているヤツを振り払おうとする。すると、悠介はなぜか刃を引き抜き、艤装と大和を接続している金具を切り落とす。
「艤装が...!」
足場を失った悠介は、着地した地面を強く蹴り、ヘッドロックをきめる。
「ぐ...あ....」
「戦艦大和。あんたは軍の秘密兵器なんだってな?だったら、私の命と戦艦大和の命。両方死神に差し出そうじゃないか」
「は...な...せ...」
「死んでも離さない...ま、"死んだら"離すよ」
「何を...するのですか...」
悠介は、懐から無線機を取り出し、叫ぶ。
「
大和にはこれが何語か分からなかった。英語ではない。しかし、それが何かの合図だったのは明らか。
そして、数秒遅れてプロペラが回る音が周囲に響く。空中を黒い影が飛んでいく。いや、影ではない。戦闘機だ。
青と黄色を主にした配色に、中央の赤い星には、鎌とハンマーが描かれている。その下には翼のようなシンボルがある。
「そんな...なぜ...」
抵抗を忘れ、戦闘機が飛び去った後の空を呆然と見上げた。それは他の艦娘も同じことだった。
「あなたは...一体何者ですか...?」
悠介と目を合わせず、そう呟く。その姿は、立っているというより、立ち尽くしているというほうが正しい。
「呉の艦娘に致命傷を与え、謎の力で砲撃を回避し、ソ連空軍とも癒着している...あなたは一体何者ですか!?」
「意外だね。あんたの口からソ連っていう言葉が出るなんて」
「離して下さい!あなたも死にますよ!?」
「言ったでしょ、"タダ"で死ぬつもりはないって」
「...まさか!!」
「強いのは艤装であってあんた自身じゃない。かといって、億が一っていうこともある。確信のためなら喜んで命を投げ捨てる」
「私は艦娘、あなたは人間。艤装が無いとはいえ、先に死ぬのはあなたの方ですよ?」
「強がるなよ。先に逝くか後に逝くかの違いだけでしょうが」
「っ.....!」
「地獄の閻魔様がいるかどうか確かめようや」
無線機の横に付いているボタンを押すと、一斉に機銃が掃射される。7.62×54mmR弾が容赦なく体を貫き、身体中に穴が開く。
一つの機銃が一分で500-700発の弾丸を発射。それが4つあり、即座に蜂の巣を作り上げていく。
大和は艦娘で、艤装が無くても人間より遥かに頑丈である。悠介も能力の恩恵で、常人よりも耐久力が高い。
が、艦娘は艤装がなければ兵器にならない。悠介も大和も不死身ではない。
先に息絶えたのは、やはり悠介だった。大和の背中からずり落ち、弾丸で開けられた穴から血が噴き出る。
何分撃たれ続けたか分からない。2分かもしれないし20分かもしれない。銃声が止み硝煙の臭いが辺りに立ち込める。機銃のダメージが相当効いているのか、足元がおぼつかない。耐えてやった。その事実に喜んだ大和は、薄ら笑いを浮かべる。しかし、その顔は数秒で無くなった。
戦闘機から何かが地上に投げられる。ソレは、数秒後に爆発した。一つだけでは終わらない。何個も投げられ、リズム良く爆発していく。
戦艦大和なら耐えられる攻撃だが、戦艦娘大和は、これに耐えることが出来なかった。
右腕が取れかけ、血と煤で汚れる。次の瞬間、大和は力なく崩れ落ちた。
なんか急ぎすぎてしまったでしょうか?
というわけで、悠介くん死亡です。