偽り続ける日々、その先に 作:木沢芥子太
第1話
「
ホームルームの後、荷物をまとめていると隣の席の子が話しかけてくる。最近は毎日のように誘ってくれてるのだが、つまり毎日のようにカラオケに行ってるのだろうか。そんなわけないだろうけど。
「ごめん、私は部活があるから」
そして毎日のように断る私、いや
「ああ、アイドル研究部だっけ?」
部活。その言葉を口にした瞬間、彼女の表情が曇った。それはそうだろう。一年生の時、この人はアイドル研究部の部長を裏切ったのだから。だからこそ、俺はこの人とは仲良くできない。一緒にカラオケに行くことはありえない。気付けよ、いい加減。心の中で俺は舌打ちをする。表には一切出さないけど。
「うん」
この2年の間に培われた俺の仮面は相当厚い。テレビで見るようなアイドルの笑顔。それを常に顔に張り付けて過ごす。ただ、どうしても仮面は外れかけることもある。
「いつも思うんだけどさ、矢澤さんと二人きりって大変じゃない?あの人、あざとすぎ」
俺は手を止める。全意識を集中させて心の奥からふつふつと湧き上がってくる感情を抑える。自分の境遇を考えろ。嫌われたら終わりだぞ。この女子校で生きていくには多少のご機嫌取りは必要なのだ。本心を隠してでも。
それでも、目の前の女の言葉は聞き捨てならない。
「私はそうは思わないけど」
これが限界。この手の話だけは、俺には女子みたいに偽りの仮面を被って『だよね〜』なんて言えない。それだけはできない。
「えー?分かんないかなー」
「うん、分からない」
一見すると、たしかに彼女はあざといのかもしれない。それは言えてる。でも。
「奏!」
教室の入り口から俺を呼ぶ女子生徒。黒くてツヤツヤした髪をツインテールに結んでいる、幼い顔立ちの彼女。背も胸もその童顔にぴったりなくらい未発達。制服に赤いリボンをつけた彼女は、俺を見つけると笑顔を見せる。彼女が矢澤にこ。俺と同じアイドル研究部に所属する生徒だ。いや、こう言った方がいいだろう。彼女はアイドル研究部の部長である。
「噂をすれば」
ボソッと目の前の女子が呟いた言葉に治まりかけていた怒りが再び起き始める。気付けば、俺は椅子から立ち上がって女子を睨んでいた。
「奏ちゃん?」
変なものを見たかのように動揺を見せる目の前の女子。ああ、やってしまった。ついに俺は感情を抑えきれなかったみたいだ。
「ごめんね、
慌てて用意した作り笑顔を顔に張り付けてその場から離れる。これ以上この場にいると、この二年間で作り上げた
「お待たせ」
「本当よ。このにこを待たせるなんて」
「さ、行こっか」
「……ドライね」
そうだろうか。俺はけっこう感情的なタイプだと自負している。先程もそれで失敗したわけだから。
二人で廊下を歩いていくと、様々な生徒とすれ違う。それでも、だいたい全ての生徒の挨拶は同じ。
「またね、奏ちゃん。……あと矢澤さんも」
取って付けたような矢澤さんもというフレーズ。どうせ俺がいなかったら彼女に挨拶なんてしなかったのだろう。今すぐ殴ってやりたいという感情を殺す。俺はここではお淑やかな優等生で通っているのだ。今さらそんなことはできない。
代わりに俺はぎこちない笑みを浮かべながらスカートの上から自らの太腿を抓り、女子生徒をやり過ごす。けれど、その手を誰かに掴まれた。
「にこ?」
「その癖、やめなさいよ。せっかくの綺麗な足が傷付くわよ」
「あー、うん」
褒められている。そう思うのだが素直に嬉しいとは思えない。それは俺が男だからだろう。綺麗な足と言われてもどう反応すればいいのやら。俺にはこんな時、どんな顔をしたらいいのか分からないんだ。えっ、笑えばいい?ご冗談を。
「もうすっかり春本番ね」
「そうだね」
廊下の窓から外を眺める。校庭の木々はすっかり桜色に染まっている。毎年同じ光景を見ているはずなのに、なぜか感動できる。それは、実は同じ光景ではないからだろう。物理的な話ではない。二年前、一年前、そして今。俺の心理的には、この三回の桜は随分と違う。
「もう二年経つのね」
二年。その時間を短いと感じるか長いと感じるかは人それぞれだろう。俺にとっては長いようで短い。
この二年の間にはいろいろあった。彼女と出会ってアイドルになって、そして
本当の自分を。自分の本心を。或いは、別の何かを偽り続けながら。