偽り続ける日々、その先に   作:木沢芥子太

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第2話

 目の前に置かれた青い生地で作られたヒラヒラした物体。それと睨めっこをすること数十分。俺の出した結論は。

 

「履けねえだろ、こんなもん」

 

「はひなさいよ(履きなさいよ)。ひほふふるはよ(遅刻するわよ)」

 

 洗面所の方から声がした。でも、歯ブラシを咥えているのかその声ははっきりしない。俺は何も理解できなかった。彼女の言いたいこと?さっぱりわからない。わかりたくもない。

 

「奏人。いい加減諦めなさい」

 

「叔母さん、そりゃない痛だだだだだだだ⁉︎」

 

 洗面所からリビングへとやってきた叔母さんに頭をグリグリされる。それも指がめりこむんじゃないかというくらいの強さで。頭がかち割れそうである。割と本気で。割れるだけに。……本当に頭がおかしくなったかもしれない。

 

「あのね、奏人君。私のことはお姉さんと呼びなさいといつも言っているわよね?」

 

 人の頭を痛めつけながら笑顔でそう言うこの人は蒼井暮葉(くれは)。本人はお姉さんと呼ばれたがっているが俺の母さんと一回り以上歳の離れた妹という血縁関係的に俺の叔母さんであるという事実は揺るがない。29歳のアラサーだが、現役のアイドル。でもバラエティやドラマに出たり、危険なロケをしているあたり、アイドルというよりマルチタレントと言った方が合ってると思うけど。ただ、本人はアイドルだと断言している。幼い頃に両親を亡くした俺はこの叔母さんに世話になっている。よくよく考えてみるとその時叔母さんはまだ10代のはずなのだが。

 

「分かったら奏人君、早く履こうね、スカート(・・・・)

 

 にっこり微笑みながらわけのわからないことを口走る叔母さん。頭がおかしいのは俺だけではないらしい。もう一度あの時の総合病院入院し直した方が良い、絶対。今度は精神科医にお世話になれば良い。

 

「絶対似合うって。奏人君可愛いもん」

 

「嫌だよ!」

 

 叔母さんがスカートを持って俺を追いかける。俺は家の中を必死に逃げ回る。捕まったが最後、あれを履かされるに違いない。そんなの御免だ。

 

「第一、可愛いって何だよ!俺は男だ!」

 

「そうだね、可愛い男の娘だもんね〜。誰に似たのかしら?やっぱりこの私?」

 

 男の娘じゃない。どうすればあんたの遺伝子を受け継げるんだ。そんなツッコミをしたいのをこらえ、俺は逃げる。なぜこんな事態になったのか。それは数ヶ月前に遡る。

 

 

 

 ←

 

 

 

「うー、寒っ。ただいまー」

 

 雪が降るんじゃないかというくらい今日は寒い。遠い私立中学に通う俺はだいたい帰宅時間は9時前。叔母さんが仕事を終えて帰ってきている方が多い。叔母さんは絶対に9時以降に仕事をいれない。美容と健康のためだとか。でもそれでも人気アイドルをやっていられるってすごいな。

 

「おかえりー」

 

 今日も例にもれず家にいた叔母さん。俺は叔母さんの目の前に学校でもらった書類を置く。

 

「とりあえずこれにサインしといて」

 

 俺の通う学校は中高一貫校である。つまり、受験の心配はない。進学のためのテストがあるらしいが噂によると大したレベルじゃないとか。とにかく、受験を恐れる必要がない。俺にとってこの冬は他の人よりも暖かくなりそうだ。

 

 ソファに横になりながら携帯ゲーム機の電源を入れる。さて、厳選厳選。

 

 俺がゲームを始めて数分後。突然叔母さんが話しかけてきた。

 

「ねえ、奏人君。高校、別のところ行こっか」

 

「えっ?」ガタッ

 

 衝撃すぎる叔母さんの言葉にゲーム機を落としてしまった。画面がブラックアウト。あー、レポート書いておけばよかった……。いや、それどころではない。今何と?

 

「ほら、この学校飽きちゃったでしょ?別の学校行ってみようよ」

 

「飽きてないよ⁉︎というかどういう神経してんの⁉︎」

 

 そもそも今から受験勉強とか絶対に受からない。最近小学校の元同級生が出願が如何の斯うのという話をしていた。そう、もうすぐ受験本番なのだ。今から受験モード?受からないだろ。

 

「国立でさ、私や私のお姉ちゃんの母校なの。歩いて通える距離だし、奏人君にもオススメだよ」

 

 2人の母校か。それならそれなりの学校ではあるのだろう。だが、何度も言うが、今現在何も勉強をしていない俺がそう簡単に受かるわけはないだろう。

 

「でも受からないでしょ」

 

「大丈夫よ、裏口だし」

 

「不正か⁉︎不正なんだな⁉︎」

 

 国立の学校で裏口?不正そのものじゃないか。贈収賄の罪に当たるぞ。バレなきゃ良い?なるほ、違うだろ!納得するな、俺!

 

「あー、言い方が悪かったわね。定員割れなのよ。だから何の心配もなし」

 

「ああ、定員割れ」

 

 納得。たしかにそれなら入試で点が取れなくても受かる。今からの進路の変更。少し不安だけど意外と何とかなりそうだ。別に特別今の学校に思い入れがあるわけではないし、家から通うには少し、いやだいぶ不便。近場の高校にするのも悪くない。……裏口って全然違うじゃん。言い方の問題じゃないし。

 

「まあ、それでもいいんじゃない?」

 

「よし、じゃあ理事長に連絡しとくね。手続きは私がやっておくから」

 

 あ、でも定員割れの学校ってことは生徒数は少ないのか。まあ大して気にすることでもないだろ。それよりも今の中学の友達になんて言おう。あいつら、俺が別の高校に行くなんて絶対思ってないだろうし。サプライズだな。

 

 

 

 →

 

 

 

「まさか女子校だったなんて誰も思わないでしょうが……」

 

 蒼井奏人、15歳。結局スカートを着用して国立音ノ木坂学院に登校。入学式を終えた今現在も未だに誰にも男子だとバレていない。どんな奇跡だよ。

 

 教室の廊下側一番前。蒼井という苗字のおかげで俺は常にこの席である。そしていつものことながら。

 

 教壇に立った担任の先生が俺を見る。

 

「それじゃあ出席番号1番、蒼井さん。自己紹介お願いしますね」

 

 出た出た出た出た。これだよこれ。この苗字の宿命である。相原さんとか相澤さんとかいればいいんだけど、未だに同じクラスになったことはない。

 

「あの、蒼井さん?」

 

「はい」

 

 椅子から立ち上がる。スカートがふわっと揺れる感覚が気持ち悪い。明日からは下に体操服を履いておこう。

 

「蒼井(かなで)です。よろしくお願いします」

 

 声変わりをしていない高めの声が俺の口から出る。昔っから変わらない中性的な容姿と相まって小学生の頃はよく女子と間違えられた。中学になり、制服を着用するようになってからはさすがにそういうことはなくなったけど。

 

「あの子可愛い〜」

 

「ボーイッシュな感じ?ショートカットが似合ってるよね〜」

 

 なぜだろうか。素っ気ない態度で不人気を得ようと思ったのだが、うまくいかない。ならば方向転換、優等生タイプを演じるか。勉強もできる、運動もできる、お金持ち。妬まれまくって目指せぼっち。

 

「じゃあ、次は……」

 

 出席番号2番の人が自己紹介をする。彼女の名前を何度も頭の中で繰り返し、暗記する。単語テストとかは得意な方だ。名前だってきっとすぐ覚える。

 

 ……と思ったんだけど。

 

「次の子ー」

 

「はい!私は……」

 

(えっと、彼女が……な、何だっけ?名簿、名簿……。あった、今はたしか……。あれ?前の人こんな名前だったかな?)

 

 パチパチパチパチ

 

 いつのまにか拍手。あれ、もう終わったの?結局この子の名前確認できてない。

 

「それじゃあ最後ですね。矢澤さん」

 

 俺の席から1番遠い席でガタッと誰かが立ち上がる。けど悲しいかな、彼女は背が低いらしく、俺の位置からだとあまり見えない。黒いツインテールがピョコピョコ揺れ動いているだけ。

 

「矢澤にこです。アイドルが大好きで、1番好きなアイドルは蒼井暮葉さんです。よろしくお願いします」

 

 吹き出しそうになるのをこらえる。蒼井暮葉?どこかで聞いた名前だな。それに彼女の名前はにこというらしい。覚えやすくて助かる。

 

 自己紹介を終えた矢澤さんが着席する(音がした)。直後、パンパンと手を叩いた先生に注目が集まる。

 

「この後は各委員を決めていきたいと思います。まずは学級委員ですね。誰かやってくれる人いませんか?」

 

 静まり返るクラス。それはそうだろうな。学級委員なんて面倒な役割、誰が好き好んでやるか。中にはそういうのを率先してやる人もいるみたいだけど、少なくとも俺は無理だな。

 

「えっと、誰か……」

 

 先生が困ったようにクラスのみんなを見る。それでも誰も手をあげたりしない。そろそろ先生が可哀想になってきた。誰か学級委員をやってあげて!

 

 と、先生と目が合った。縋るような目をする先生。でも、残念。俺は学級委員をやらない、やるつもりはない、一応視線で『頑張ってください』というエールを送っておく。しばらく俺を見ていた先生は、やがて顔をパァっと輝かせる。こちらのメッセージに気付いたみたいだ。俺は頷く。頑張れ、先生。

 

「そうですか!蒼井さんがやってくれるみたいです!皆さん拍手!」

 

「え⁉︎ちょっと待ってください!」

 

 何が起きた。俺はそんなこと一言も言ってない。椅子から立ち上がると、クラス中の視線が集まってきた。みんながみんな期待の視線を送ってきている。うわぁ、女子ばかりだ。端の席で全然気にならなかったけど、こうしてみると実感させられる。とんでもない場所に来たな、と。

 

 でも待てよ。学級委員は真面目生徒路線を驀進するには絶好のポストじゃないか?

 

 頭の中で今後の学校生活のプランを立てる。学級委員をやることで優等生っぷりをアピール。次第に俺は真面目な面白くない奴という認定を受けて絡まれることが減る。ナイスだな。

 

「わかりました、やります」

 

 蒼井奏はやりたくもない学級委員をやることになった。

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