偽り続ける日々、その先に   作:木沢芥子太

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この作品のメインヒロインは矢澤にこです。
もう一度言います。この作品のメインヒロインは矢澤にこです。


第3話

 ピンポーン

 

 学校の帰り、俺は南と書かれた表札のある家のインターホンを押す。ここは南家。ただし、三姉妹はいないのであしからず。代わりと言ってはなんだが、可愛い一人娘がいる。

 

 閑話休題。この家に住む南おばさん、実はこの人、音ノ木坂学院の理事長なのである。さらにこの家とは昔から家族ぐるみの付き合いがある。南おばさんは蒼井奏人を知っている。つまり、今回の女装をしての女子校入学にはこの人も一枚噛んでいたということだ。どういうつもりなのか問い詰めないと気が済まない。

 

「は〜い」

 

 甘い声が家の中からした。玄関へと誰かが駆けてきて、ドアが開く。

 

 ひょっこり顔を覗かせた女子中学生。風呂上がりなのか、パジャマを着た彼女の髪は少し湿っている。それでも特徴的なトサカのような前髪はそのまま。未だにこの髪の謎は解けそうにない。

 

「こんばんは、ことりちゃん」

 

 南ことり。中学三年生の彼女は南おばさんの娘。俺より一つ年下の幼馴染である。

 

「えっと、どちら様……?」

 

 首を傾げることりちゃん。可愛らしいけど、そこを気にしている場合ではない。どちら様って、俺を忘れたの⁉︎

 

「ひどいよ、ことりちゃん!俺だよ、俺!蒼井奏人!幼馴染だよね⁉︎昔っから一緒に遊んだよね⁉︎」

 

「で、でも奏人君は男子だし……」

 

「あ」

 

 自らの失態に気付く。女子の制服を着ている自分を見る。スカートを穿いていて、その下には生足が伸びている。なぜ直接来てしまったのだろう。一度帰って着替えればよかった。

 

「ごめん、出直してくる」

 

「ううん、いいの!わかってるから!奏人君だっていうのは声でわかるから!」

 

 帰ろうとした俺を慌てて引き止めることりちゃん。なんだ、からかってただけか。

 

「中に入ってね」

 

「お邪魔します」

 

 ことりちゃんに促されるまま家の中へと入る。家の中に入ったのは久しぶりな気がする。懐かしい家具がちらほら。

 

 案内されたリビングのソファに腰掛けると、ことりちゃんはお茶を淹れるために台所へと向かう。

 

「そういえば、声で気付いたってすごいね」

 

「だって奏人君の声だから」

 

 弾むような声で話すことりちゃん。やっぱり幼馴染に久しぶりに会うのは嬉しいのだろう。俺も嬉しいし。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう、ことりちゃん」

 

 可愛らしいコップを渡される。冷たい麦茶を一口で飲み干してから、俺の隣に座ったことりちゃんを改めて見る。

 

 どこか落ち着きがなくあっちを見たりこっちを見たりしている彼女は昔と比べてだいぶ背が伸びた気がする。俺よりも大きいような。

 

 さらに、成長しているのは背だけではないみたい。ゆったりとした寝巻きからでもわかるくらいに膨らんだm……いや、俺は今まで決してそんな目でことりちゃんを見たことはない。ない。ない。

 

「大きくなったね、ことりちゃん」

 

「奏人君も……ぁ」

 

 俺を見たことりちゃんは口を閉ざす。代わりにぎこちない笑みを浮かべながら。わかってるよ、俺は成長してないんだよ。唯一昔と変わっている点といえば髭が伸びるようになったことくらい。

 

「あれ、おばさんいないの?」

 

「うん。まだ仕事があるって」

 

 ああ、そっか。音ノ木坂学院の生徒になったのだから、理事長室に直接行けば良かったか。でもそれだとことりちゃんに会えなかったわけだから、やっぱりこっちに来て正解だったかも。

 

「その」

 

 俺を見たり、視線をそらしたりしていたことりちゃんが話しかけてくる。彼女ははにかみながら囁いた。

 

「奏人君、可愛いね」

 

 ズキュゥン、なんて効果音が俺の耳には聞こえた。幸せそうな顔をすることりちゃんの背後には花畑が見える。ことりちゃんの方が数倍、いや数百倍可愛いよ!と言いたいのをぐっと堪える。

 

「えっと、一応俺は男なんだけど」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 慌てて頭をさげることりちゃんに顔を上げるように言う。別にそこまで気にしてない。だってもう慣れたもん(泣)。

 

 気にしてないよと言っても、ことりちゃんは弁解を始める。別に止めないけど。だって必死なことりちゃん可愛いし。

 

「可愛いっていうのは制服のことなの!奏人君が女の子みたいって言ってるんじゃなくて!あ、ほら!ことりもそんな制服着てみたいな〜って思うな」

 

「似合うと思うよ。見てみたいな」

 

「じゃ、じゃあ!ことりは来年音ノ木坂を受験するね!穂乃果ちゃんと海未ちゃんと一緒に」

 

 出た。ことりちゃんの幼馴染の穂乃果ちゃんとンミチャ。2人とも俺との面識はない。そして毎回思うのだけれど、ンミチャってどこの国の人なんだろう。ことりちゃんの話によれば、大和撫子を具現したような人らしい。しかも、いつも敬語で話すのだとか。素晴らしい日本愛だな。

 

「奏人君、聞いてた?」

 

「あ、ごめん。聞いてなかった」

 

「もう!ことりの話を聞いてください!」

 

 ぼうっとしていたらことりちゃんに怒られた。でも迫力は皆無。むしろ頬を膨らませた感じが可愛すぎてもっと怒らせてみたい。

 

「それでね、穂乃果ちゃんが」

 

 飽きることなく穂乃果ちゃんとンミチャの話を続けることりちゃん。彼女の話を聞いていると2人に会ってみたいなと思う。しかし、以前それをことりちゃんに言ったところ、全力で拒否された。理由を聞いたら「ライバルが増えたら困る」とのこと。お兄さん、最近本気でことりちゃんがあっち系なのではと思っているんだ。別に否定はしないよ?でもことりちゃんくらい可愛い子が女の子にしか興味がないのは世の中的にもったいないな、なんて。

 

 と、ドアが開いた。

 

「はぁ、ただいま。あら、奏人君。来てたのね」

 

「お邪魔してます」

 

 疲れた様子で帰ってきた南おばさん。俺を見た途端に笑顔を見せる。

 

「今日は夕食をうちで食べてくの?」

 

「いえ、大丈夫です。それよりも、南おばさんに話があるんです」

 

 俺はことりちゃんを一瞥する。彼女はここにいない方がいいかもしれない。どんな話の展開になるのか想像もつかないし。

 

「あら、もしかしてことりが欲しいの?良いわよ、ことりをよろしくね」

 

「違います!どうしてそういう話になるんです!」

 

 瞬間、背筋がゾクッとした。振り向くと笑顔のことりちゃん。でもどこかその笑顔は不自然で、ちょっと怖い。

 

「わかってるわよ、入学の話よね。ことり、悪いけど少し席を外してくれる?」

 

「うん」

 

 頷いたことりちゃんはリビングから出ていった。それを確認した後、俺は話を切り出す。

 

「どうして俺が蒼井奏として音ノ木坂学院に入学することを認めたんです?」

 

 昔から叔母さんは俺によく分からない悪戯を仕掛けてきた。ひどいものだと、女の子の服を着させられたり、叔母さんと2人でデート紛いのことをさせられたり。そうしたことがさすがにここまでくるとやり過ぎな気がする。

 

「それは私が頼んだのよ」

 

「南おばさんが?」

 

「そう。音ノ木坂学院は現在、生徒数が急減しているの。UTXとかにみんな流れてしまうのよ。そこで共学化にしようかと考えたのだけれど、すぐにやるのはまずいでしょう?」

 

「だったら男として入れれば良いじゃないですか。わざわざ女装させる必要はないでしょう?」

 

「暮葉ちゃんに頼まれたの。それだけは譲れないって」

 

 なんだ、結局は全部叔母さんのせいじゃんか。許すまじ。なんて言いつつも、両親が死んでからずっと俺の面倒を見てくれているだけにそこまで強気に出れない。少なからず恩義を感じてはいるからな。

 

「それにね、今後の生徒数の推測をしてみたら三年後には一クラス分も集まらないみたいなの。そうなったらもう廃校ね」

 

 一クラス分も?それってかなり深刻じゃないか。今年は三クラス。年々一クラス分ずつ減っていく計算だ。

 

「俺に何かできないんですか?」

 

 これでも一応音ノ木坂の生徒になったわけだ。それなりに愛着のようなものはある。それにことりちゃんが音ノ木坂学院に行きたいと言っている。後輩のいない高校生活なんて味気ないだろう。

 

「気持ちはありがたいのだけれど、一生徒が頑張っても……」

 

 そうだよな。理事長がここまで苦労しているのに、特に得意なこともないただの男子—ただし女子生徒—に何かできるわけないよな。

 

「このことはことりには言わないで欲しいの。あの子、真剣に音ノ木坂に入るつもりらしいのよ。私がまだ進路を決めるのは早いんじゃないかって言っても聞く耳を持たないくらいにはね。それなのに、入学する前から廃校になるかもしれないなんて……」

 

「わかりました」

 

 いずれわかってしまうのに、それを言わない。偽る。親心というものが、南おばさんにそれを強要している。少しでも、娘に将来に希望を持って生活してほしいという気持ちから、彼女は嘘をつく。

 

 では、俺は?俺はなぜ偽っている?どうして偽りながら生きることを決めた?今俺がつけている、音ノ木坂学院女子生徒という仮面は何が作ったのだ?

 

 分からない。原因なんて分からない。ただ、一つだけはっきりしているのは。

 

「お邪魔しました」

 

「いいのよ。また顔を出してちょうだいね」

 

 外に出ると、思ったより風が強くて寒い。素足に吹き付ける風が気持ち悪い。この感覚にも早く慣れないと。

 

 唯一明確なのは、俺はこのまま偽り続ける必要があるということだろう。もう戻れそうにない。

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