○月γ日
“地球は1000年前に滅ぼされている”
俺の事情聴取を担当したセイイと名乗る人物から聞かされた一言である。俺は最初何かの冗談なのかと思った。故に何度も聞き返した“そんなはずはない”と。
だが何度聞き返しても彼は同じことしか言わなかった。“地球はガウナに滅ぼされた”と。ガウナとやらが何なのか知らないがおかしな話である。だって俺はつい1週間ちょっと前まで冥王星軌道上の軍が兵器の試験場に指定している宙域の巡洋艦の中で地球のニュースをリアルタイムで見ていたしバイドだってつい最近殲滅されたばかりである。そんなどこぞの馬の骨とも知らない存在に滅ぼされてたまるか。
俺が酷く動揺しているのを察してくれたのかセイイさんは何個か簡単な質問をしてからまた来るといって部屋を出て行った。彼には少し悪いことをしてしまった。今は彼が来るまでの合間に日記を書いている。
事情聴取の時は動揺して現状を把握できていなかったが、彼から得た少ない情報から仮説を二つほど考えた。
“平行世界への漂流もしくはタイムスリップ”
千年後という単語から一番想像しやすい仮説がタイムスリップだ。もともと俺が漂流した原因は異層次元断裂に飲み込まれたからだ。異層次元というのは酷く不安定なものでタイムスリップや平行世界に弾き出されたってなんら不思議ではない。
俺が昔乗ったことがあるR-9Leo2も平行世界から漂流してきた機体を解析して開発された機体の改良型だ。あれは強かったな。調子に乗ってはしゃいでたら壊して降ろさせられたけど。
話がそれた。セイイさんが出ていく前に俺はバイドという言葉に聞き覚えがあるか?と尋ねた。彼は首を横に振っていた。例え千年が経過しようとも地球が滅びようともバイドがこの世界に存在したのならば必ず知っているはずである。軍属の人間ならばなおさらだ。あの災厄の悪魔を知らないわけがないのだ。
そのことから察するに俺は平行世界への転移とタイムスリップを同時に成し遂げた奇跡の男なのだろう。
こんな突拍子もないことをどう説明しろというのだろうか?これじゃまるで素人が書いたSF小説の設定みたいじゃないか。
「俺は22世紀の平行世界から来た戦闘機のパイロットです。突然の次元断裂に飲み込まれてここにやってきました。あてがないので保護してください」
俺がこんなこと言われたら即刻精神病院にぶち込むところだ。キチガイ扱いされて最悪機体だけ奪われて殺される可能性だってある。今、俺がこうして日記を書けているのもここの責任者の気まぐれのお蔭なのだ。
今、俺に残されているのは最新鋭の異層次元戦闘機一機とその知識だけである。要はあれが俺の国であり領土であり財産なのだ。
俺を救助しに来た人型ロボット。あれはどう見ても軍用だった。格納庫にも同じ機体が何十機も並べられていた。何かに備えているのだろう。恐らくはセイイさんが言っていた“ガウナ”とやらに対してだろう。そうなれば自ずと道は見えてくる。
今俺がやることはただ一つ“価値を示す”ことだ。どのみち俺にはそれしか道が残されていないのだやるだけやってやる。
ドアの外から足音が聞こえてきた。どうやら彼が戻って来たようである。今はここで終わるとしよう。
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現在の時刻は夜の8時。今は部屋の中で返された煙草の紫煙を燻らせながら日記の続きを書いている。が、今朝まで居た部屋とは別の部屋だ。監視がいるのは変わらないが明らかに部屋のグレードが上がっている。
恐らく俺に対する警戒のレベルが下がったのだろう。まあ、それは置いておいて彼が戻って来たところから続きを書くとしよう。
あの後部屋に戻って来た彼に対し俺は自分の所属と今までの経緯を事細かに伝えた。最初は俺が地球出身だということや事故でここにやって来たことなどは全く信じてもらえなかったがガウナなんて聞いたことがないということや訓練生時代に習った知識を総動員して自分がどうしてここにいるのかを事細かに説明したら一応ではあるが信じてもらうことができた。
その後、俺の機体や地球連合軍そしてバイドに関することを質問された。とくにバイドに関しては根掘り葉掘り質問され骨が折れた。
俺はバイドの発見からラストダンス作戦までの歴史をざっと教えた。その時の彼の何とも言えない表情が印象にのこっている。次に彼は自分の所属やシドニアに関すること、そしてガウナと呼ばれる生命体について教えてくれた。
“ガウナ”彼らがそう呼ぶ生命体は共通紀元2109年(恐らくは西暦2109年)太陽系外宙域で発見され2371年には地球に降下、人類の健闘虚しく地球を破壊。人類は播種船と呼ばれる超大型移民船を500隻建造し太陽系外に脱出するも、現在はその全てと連絡が途絶しているらしい。最後に交信したのは8世紀も昔のことでシドニアは文字通り人類最後の拠り所だそうだ。
どうして人類がここまで追い詰められたのかというと、奇居子(こう書くらしい)が殆ど不死に近い存在だからだという。物理的な攻撃は“エナ”と呼ばれる外殻を削るだけしか効果がなくその外殻も時間と共に再生してしまうらしく“カビ”と呼ばれる物質で本体核を直接攻撃するしか倒す方法がないらしい。
しかも厄介なのはそのカビとやらがシドニアに28本しかないそうだ。故に銃弾にして撃つこともできないので、驚いたことに棒の先端にくっ付けて槍として使っているらしい。何とも時代錯誤な攻撃方法である。だから人型なのだろうか。幸い奇居子はここ百年姿を現しておらず今のところは平和だという。
ガウナの説明を聞いた後は俺の乗っていた機体について聞かれた。俺はR戦闘機の概要を一般公開されている範囲で説明しカーテンコールに関しては “軍事機密のため答えることはできない。しかし条件次第によっては情報を開示する予定がある”と答えた。
当然の如く条件とは何かと聞かれ、俺はこの船の責任者に伝えてくれと前置き昨日から考えていた条件を提示した。内容は、俺と機体の安全と不用意に身柄を拘束しないこと。
ありきたりと言えばそれまでだが俺にとっては死活問題だ。この要求が受け入れられるか否かによって俺の未来が決まる。いわば分水嶺なのだ。
俺の要求を聞いたセイイさんは“艦長に伝えておく”と言ってくれた。そして俺の機体は今、トウア重工という名の企業の施設で厳重に保管されていて手は出していないということも教えてくれた。
それを聞いて安心した俺は付け加えるように“機体には機密保持のため自爆装置が組み込まれている。無理に解析しようとすると周囲を巻き込んで爆発するので手は出さないように”と言った。セイイさんは表情を引きつらせながらもそれを承諾した。勿論、嘘である。
彼には悪いがこうでも言っておかないと俺のアドバンテージが失われてしまう可能性もあったのだ。まあ自爆装置が組み込まれているのは本当だが……。
フォースとビットについて彼に聞いていみたが知らないと答えられた。てっきり俺と一緒に拾われていると思ったが違うようである。大変危険な代物なので見つけたら絶対に教えてくださいと忠告しておいたから大丈夫だろう。バイド係数も低くDose値も0だったのでそこまで心配する必要はないだろうが念には念をだ。
その後は、軽い情報交換をしてお開きとなった。彼は中々気さくな人物で人付き合いが苦手な俺でも割とすんなり話すことができた。その時分かったことだが彼は司令補佐官だった。思わず立ち上がって敬礼してしまった俺は悪くないと思う。彼はあまり畏まらなくていいといっていたが、そういうことは初めに説明してほしい、割と切実に。
そしてこれも驚いたがシドニア人(便宜上そう呼ぶことにする)は遺伝子操作により光合成ができるらしく食事は週に1回で充分なのだそうだ。だから昨日食事を持ってきてくれた警備兵が珍しそうにしていたのだろう。
確かに食料が限られてくる宇宙船では合理的な処置だと思うがなんとも寂しいものである。そういえば昔軍でもナノマシンを兵士に投与して同じことをやろうとしていたと聞いたことがある。だが、試験運用した際に兵士たちから苦情が殺到して結局一部の特殊な任務に従事する兵士にだけナノマシンを投与することになったそうだ。
当然、俺は光合成できないのでその旨を伝えると毎日三食支給してくれることとなった。昨日くれたおにぎりから察するに食事には期待してもいいだろう。少し楽しみだ。米中心の食事にはまだ慣れないが軍の味気ない飯に比べたら何十倍もマシだ。
そんなこんなで事情聴取はお開きとなり、続きはまた明日となった。部屋を移る際に真新しい服と没収された所持品を渡された。相変わらず武器類は返してくれなかったがこればかりは仕方がないことなのだろう。というか所持品を返してくれるとは思っていなかったので驚いた。
日記も没収されなかったことといい少し弛んでいるのではないだろうか?まあ、つい最近までバイドという超凶悪な敵と血みどろの戦争を繰り広げていた俺らと100年間平和だった彼らを比べるのは酷というものだろう。
セイイさんの態度や所持品をかえしてくれたことを鑑みるに、そう悲観する必要はなさそうだと判断した。だが油断は禁物である。下が良くても上が腐っている場合なんていくらでもある。後ろ盾がない以上、自分の身は自分で守るしかない。恐らく明日にはセイイさんのいっていた“艦長”と呼ばれる人物と直接会うことになるだろう。交渉なんてしたことはないが何とかするしかない。でなければ待っているのはこの身の破滅だ。
“ガウナ”と呼ばれる生物に関することは殆ど分かっていないそうだ。一体どこからきて何のために人類を襲うのか何一つ分かっていない。数少ない分かっていることは、カビで殺せることと彼らがどうしようもないほどの敵であることだけ。
地球が破壊されていることもそうだが、随分とハードな世界に迷い込んでしまったものである。俺らの世界もかなりハードだったが流石に地球が破壊されるような事態にはなっていない。地球にかなりの被害がでたことは事実だが俺たちはそれに打ち勝った。それが何よりの違いであろう。この世界の人類はガウナ出現から1000年が経過しても未だに彼らに打ち勝つことができないでいるのだ。
ガウナとバイドどちらも人類に対して仇なす存在である。だがしかし、凶悪さで比べるのなら間違いなくバイドに軍配が上がる。断言してもいい。
26世紀の人類が作り出した人工の悪魔、この世のありとあらゆる存在に侵食し、汚染し、貪る。物質のみならず空間までも侵食する有様は正に究極の破壊生物。
そんな最凶最悪の敵に俺たちが勝てたのは偏に狂気の度合いが段違いだったからだろう。バイドを倒すためにバイドを知り尽くしバイドを武器に仕立て上げバイドを滅する。狂っていないと誰が言えるだろうか?
ここまで書いて気づいたが、セイイさんにガウナと思わしき生物に襲われたことを伝え忘れた。情報を得るのに夢中でうっかり忘れてしまった。あのガウナっぽい何かは波動砲で細胞一つ残さず蒸発させてやったから襲ってくる心配はしなくていいだろうが、それとこれとは話が別である。明日ちゃんと伝えよう。
そういえばガウナってシドニアにあるカビでしか倒せないはずだったよな。だとすると俺、実はとんでもないことをやらかしてしまったのではないだろか?こんなんでこの先生き残れるのだろうか……。
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