それでは最終話をどうぞ。
Ω月A日
目の前に光の輪が見えた。“アイツ”との死闘を終え、一人宇宙に取り残されてから8日目のことである。
この時既に手持ちの食糧と水は底をつき助けが来なければ死ぬしかないという状況だったため遂に幻覚でも見たのかと思った。しかし、何度目を擦っても頬を抓っても光の輪は消えるどころかどんどん大きくなっていくではないか。
俺は有り得ないと思いつつも震える手でヘイグス通信機の電源を入れた。聞きなれた声が聞こえてきた。通信機の画面には見慣れた顔、スピーカーからは散々聞いた声。俺がここに来て初めて会話した操縦士。そうサマリだ。
“助けにきたぞ”画面越しにそう言った彼女の顔を見て泣きそうになってしまった俺は悪くないだろう。やがてはっきりと見える距離まで近づいてきた衛人隊を見て俺は度肝を抜かした。俺を助けに来てくれた衛人。その数なんと256機!
この256機の中にはナガテ君やイザナ君。ホノカちゃん達やアカイ達。今まで知り合ってきた操縦士が勢ぞろいしていた。皆、俺のことを心配してくれていたのだ。俺は、そんな彼らに自分の無事を伝え、サマリの指示に従い彼女の機体のコックピットに乗り込んだ。
コックピットのハッチを閉めた途端、俺はサマリに思い切り殴られた。その威力はヘルメット越しでも頭がグラグラするほどだったが、俺はそんな痛みさえ酷く愛おしく感じたのであった。
“もう二度とあんな無茶はするな”サマリのその一言を聞いた瞬間、俺は自分の間違いを悟った。俺は独りではなかったのだ。俺は独りになったつもりの大馬鹿野郎だった。みんなとっくの昔に俺のことを仲間だと思っていたのだ。もう異邦人などではなかったのだ。
それを理解した俺は涙が止まらなかった。殴られた途端に泣き出した俺を見てサマリはいつも通りドン引きしていたがそんなことはどうでもよかった。ただただ嬉しかったのだ。
そして今、俺はサマリの乗る衛人のコックピットの中でこの日記を書いている。ここからシドニアまでは約1週間ほどの距離があるらしい。つまり彼らは戦闘が終わってからすぐに迎えに来てくれていたのだ。誰だよ、見捨てられるとか考えた奴は……俺だったな。
俺の乗っていたR-100は衛人に運ばせている。ついでに近くを漂っていた“アイツ”ことR-99も持ち帰ってもらうことにした。俺が破壊したR-99については言うまでもないが俺のR-100も凄まじい壊れっぷりだった。機体は穴だらけでミサイルが命中した箇所なんかもう酷い有様だ。正直なんで死ななかったのか分からないくらいだ。きっと帰ったらササキに文句を言われるだろうなあ。
しかし、文句か……。文句を言ってくれるのがこんなにも待ち遠しいのは初めてだ。今は何もかもが待ち遠しい。コバヤシの気味悪い仮面もやたら迷う街も意味の分からない重力と名のついた料理も全てが懐かしい。
そんな状況で安堵したのか俺はいつもの癖で煙草を吸おうとしたのだが部屋に置き忘れていたのを失念していた。思えばあれが俺をシドニアに連れ戻してくれたのかもしれない。もし忘れずに持ってきていたらきっと俺は、一人で煙草を吸いきってとっとと自殺していたことだろう。
あれは元の世界に対する未練のようなもの。今までは色々理由を付けて吸わずに残しておいたが、もう必要ないかもしれないな。未練がないと言ったら嘘になるがここを離れるのはもっと嫌だ。ここには帰りたい場所がある。別れたくない仲間がいる。俺の気づかないうちに俺の中で大切なものになっていたのだ。
52機中、帰還したのは僅か15機だったそうだ。ベニスズメは俺の予想通りナガテ君のパイルバンカーで撃破されたらしい。失ったものは多いが何時までも下を向いているわけにはいなかい。
とりあえず今は帰ろう。俺達のシドニアへ……
R月T日
あれから1週間後、実に15日ぶりのシドニアで俺を待っていたのはいつぞやの検疫と精密検査だった。あの水責めにされたような感覚は何回やっても慣れないだろう。検査の結果は異常なしだった。あんな目にあってもピンピンしている自分の悪運の強さに我ながら呆れてしまう。
検疫のあと、俺は直ぐにR-100の下へと向かった。R-100の損傷は酷いらしくもうエンジンを丸ごと取り替えた方が効率がいいくらいだそうだ。折角の未知の技術の塊をボロボロにされたことにササキは怒り心頭といった様子であったがきっとあれは俺に対して敢えてそう接してくれたに違いない。だからいきなり殴られたこととか全然気にしてないのだ。気にしてないったら気にしてないのだ。
そして俺達を追い詰めたR-99ラストダンサー。コックピットの中にはミイラ化したパイロットが乗っていた。まあ、俺がコックピットに何発もレールキャノンを撃ちこんでしまったので中はグチャグチャで酷い有様になっていたがな。
俺がレールキャノンを撃ちこんでしまったせいで情報は殆ど失われてしまったがそれでも分かったことが二つあった。一つ目は、修復用ナノマシンが暴走していたことだ。これが自壊寸前での超機動や波動砲を連射。そして異常なまでの耐久力の仕掛けだったのだ。そして二つ目に分かったことは、このR-99がサイバーコネクトで動いていたこと。グチャグチャの座席の首の辺りに接続端子があったことから分かった。
俺はこの二つのことからある仮説を考えた。何が何でもバイドを滅ぼすという怨念染みた感情がサイバーコネクトを通じてコンピュータに流れ込みナノマシンが暴走。パイロットが死してもその怨念は機体を動かし続け目に写る全てのものを敵と認識していたのではないだろうか?
もう殆どオカルト染みた仮説だが俺はきっとそうだと思っている。死んでも敵を倒す。その一念だけでここまでのことをしたのだと思うと何故だがとてもしっくりくるのだ。その証拠に何とかサルベージしたコンピュータのデータもバグが発生していて読めたものではなかった。
とはいえこれはただの仮説だ。結局、真相は異層次元の彼方。もう確かめる手段もない。だが俺は死んでも尚、執念で戦い続けた彼に敬意を払いたい。ホシジロちゃんやたくさんの操縦士を殺した憎い奴でもあるのだがそう思ってしまうのであった。
そんなこんなで無事にシドニアに帰還した俺であるのだが一つ問題が生じていた。何故か俺がシドニア内で英雄の様な扱いを受けているのだ。テレビでも連日のように俺の帰還を報道しているわ、街では人に囲まれるわで大変面倒なことになっている。
一体、俺のいない間にどんな風に伝わったのか定かではないがちょっと、いや、これはかなり恥ずかしい。そのことをナガテ君とイザナ君に愚痴ったら無茶した罰だと切り捨てられた。というかその後説教された。半分くらいの年の子に説教されるオッサン。うん、いつも通りだな。
ついでに衝撃的な事実が判明した。ホノカちゃん達はなんと実年齢が5歳だったのだ。俺のお見舞いに来てくれた彼女達の口から判明したことである。クローンだということは知っていたがまさか5歳児だとは思いもしなかった。シドニアの闇は深い。俺は改めてそう思った。あと、俺がいない間にクナト君が操縦士を辞めてしまったそうだ。何故辞めてしまったのか気にならないわけではないが彼の選択したことだ。俺が口を出すことではないだろう。
とまあ、そんな感じで色々なことがあったのだが今から書くことが一番衝撃的かもしれない。この度、なんと俺は正規操縦士になることが決定した。何を言ってるのか分からないって?大丈夫、俺もあまり理解していない。何でも俺のR-100の損傷が酷すぎて直すのに時間が掛かりすぎる。なら正規操縦士にしてしまえとのことだそうだ。
訓練校も通ってないないのにそんなことしていいのかと思ったが俺の衛人の操縦技術は申し分ないらしく今までの戦果から特例で正規操縦士になることが認められたそうだ。どうやら俺の今までの仮象訓練装置の記録は全て見られていたようである。
しかも、驚いたことに俺の専用機まで作られているそうだ。まだ完成はしていないが一八式をベースに小型化されたザイオング慣性制御式推進機関や波動砲を装備したハイエンド機になる予定らしい。しかもご丁寧にパイルバンカーまで搭載されるとのこと。まあ、かっこいいからいいか。
今日はその任命式があった。勲章の授与式とかで慣れていたので別段、緊張はしなかったが俺一人はやめてほしかった。公開処刑じゃないんだからさ。とは言えこれで本当の仲間になれたと思えば悪くないか。
ついでに今日限りで禁煙することにした。煙草はその辺にあったゴミ出し用の有機転換炉に放り込んでおいた。まだ4本残っていたがもう未練はない。というか既に月に数本しか吸ってなかったのですぐにでも禁煙できるだろう。
今は、自分の部屋の中でこの日記を書いている。でももうすぐ出かけなければならないだろう。何故ならこのあとねぎくじらで飲みに行くからだ。それも一人ではないサマリ達やアカイ達、ナガテ君とイザナ君。そしてホノカちゃん達。俺の知り合いの操縦士を全員呼んでの大規模なものだ。
費用は全部俺が払うことになっている。金は今まで全然使わずに貯めておいたものがかなりの金額になっているので全く問題はない。一応、全員来てくれるらしいから楽しみだ。普段の俺ならこんなこと絶対しないと断言できるが今は少し思うところがあるのだ。ちょっとくらい気まぐれを起こしたっていいだろうに。
ガウナとの戦いに終わりは見えないしR-100だって壊れてしまった。あのあと地球がどうなったのかも分からないままだ。でも俺には仲間がいる。帰る場所がある。俺の世界の兵器の研究だって順調だ。これから何が起きてもまあ、何とかなるだろう。
そんな適当でいいのかと思わなくもないが必要ない場所で力んでいても仕方がない。今はこの瞬間を楽しもう。こんなことを書いているうちに時間が来てしまったな。日記はこの辺で中断してねぎくじらに行こう。あそこの料理は美味いからな、実に楽しみだ。
そう言えば、ずっと前から日記に俺の名前を書くのを忘れていたな。自分の日記に自分の名前を書いても意味ないかもしれないが誰かがこの日記を読んだときに困るだろうから一応、書いておこうと思う。
そう、俺の名前は────
シドニアの「R」 完
これにて物語は完全に終了です。最後まで付き合って下さった皆さんに改めてお礼を申し上げます。
最初はこんな大勢の方に読んでもらえるなんて想像しませんでした。ここまで書くことができたのも偏に皆さんの応援があってこそです。本当に感謝の言葉もでません。
誤字脱字、その他おかしな点がございましたら報告して下さると嬉しいです。