我が筋肉に喝采を!   作:壟断

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終わりから始まる筋肉の宴!

 YGGDRASIL――。

 

 それは、とある男が半生を掛けたDMMO-RPGという世界。

 サービス開始から12年の歳月が過ぎ、日本という国において一時代を築いたこの世界は他の世界と同じように終わりを迎えようとしていた。

 

 

 ユグドラシルを構成する九つの世界のひとつであるムスペルヘイムに構築された最初期のイベントダンジョン、絶炎城塞ムスペルエッダ。

 恒常的に体力を削る火の粉が雪のように舞い散り、最強化されて配置された炎属性のモンスターたちは火属性完全無効化を有してようやくダメージ軽減が可能という壊れ仕様。

 ユグドラシルに存在する幾多の運営狂気の産物は、イベント終了後に一般開放されると同時にひとつのギルドが運営が投入した公式チートであるワールドアイテムを使用することにより、自らのギルドホームとした。

 

 ユグドラシルの黎明期に名を馳せた戦闘系ギルド――筋肉美神(マッスルビューティーズ)

 

 

 大気を歪める陽炎の世界を眼下に眺めながら肺の中から焦げ付きそうなエフェクトに彩られた住み慣れたギルドホームの最上階、その頂に築かれた巨大な玉座に座す男が天を仰ぐ。

 全身を鎧の如く覆う筋肉は大きく隆起しており、その男を実際の設定身長より何倍も大きく魅せている。

 かつて凶悪なダンジョンとして多くのプレイヤーを飲み込んできた炎の城塞の玉座にある男こそ、筋肉美神(マッスルビューティーズ)最後のギルドマスターにしてムスペルヘイムの頂点に立つ最強の魔王、ラグナッチ。

 

「この世界もあと数分か……」

 

 天を仰ぐモーションを繰り返しながら外見からは想像もつかないほど弱弱しい声でラグナッチはつぶやく。

 逆立った赤髪は炎のように揺らめき、浅黒い肌は灼熱の鋼のように蒸気を散らしている。

 プレイヤーでありながらダンジョンボスとしての属性を手にしたラグナッチは、ギルドホームの天蓋たる玉座の頂に座する限り、1対1ならば世界最強のプレイヤーたるワールドチャンピオンすら叩き潰すことが可能な規格外の存在と化している。

 

「結局、誰も戻ってこなかったか」

 

 プレイヤーキャラクターとして最強の一角に立つ男は、今にも泣きだしそうな声音をこぼし続ける。

 

「テラマッソーさん、裸王さん、ベリードロップさん、桃筋隆さん、金ボッ筋さん……みんなどうしようもない変態ばっかりだった」

 

 その圧倒的な戦闘力と変態性で黎明期のユグドラシルに阿鼻叫喚の地獄絵図(スクショ)をいくつも残している歴代ギルドマスターを思い浮かべながらラグナッチは嘆く。

 ユグドラシルの歴史を歩んできた仲間たちとの思い出は、絵面的にどれも失笑モノばかりだった。

 千差万別の種族や職業のプレイヤーが集まっているにも関わらず、そのすべてが筋骨隆々のマッスル集団にしか見えないのが、筋肉美神(マッスルビューティーズ)の特徴。

 ラグナッチの仲間たちは、人間種も亜人種も異業種もすべてが筋肉祭り!

 男性キャラはもちろん、老人設定のキャラや子供設定のキャラ、女性?設定のキャラも漏れなく筋肉祭り!

 ファイターやナイトなどの前衛職はもちろん、マジックキャスターやヒーラー、スナイパーにアサシンなどの後中衛職、メイドやアイドル、ストーカーなどに至るまで筋肉祭り!

 筋肉のどこに惹かれたのか不明なマッスル集団は、ユグドラシルのプレイヤーたちに多大なネタとトラウマを提供し続けた。

 

「ま、俺みたいなリアルがモヤシだからって理由の人はそんなにいなかったみたいだけど」

 

 玉座から揺れる灼熱の大気を越えた先を見つめるラグナッチの現実は、最強の筋肉魔王というキャラクターに合わないモノだった。

 幼いころから自らの力で生きることが困難だった男は、仮想世界において初めて己の足で世界を回ることを覚えた。

 心許せる友や互いを高め合ったライバル、許しがたい仇敵。

 現実で得ることができなかった他者との関係性をユグドラシルの中で手にした男にとってこの世界こそが本物だと思えた。

 

「次の世界でも同じような人たちに巡り合えるかな……」

 

 すべてを賭した世界が終わりを告げるこの日、帰らぬ友を待ち続けた魔王は変わることのない肉体美を惜しげもなくさらしながら最後の時を待つ。

 灼熱の蒸気を散らしながら内から漲る筋肉の隆起が男の呼吸に合わせて脈動する。

 

 

 ―― 23:55:00

 

 

「……最後に一人ってのも寂しいな」

 

 最強の魔王と恐れられた姿形に不似合いな呟きとともに手元を動かす動作でコンソールを開いていくつかの操作を行う。

 

「単なる自己満足でしかないが……」

 

 魔王の指先から紡ぎ出された事象は、孤高の玉座に戦闘系ギルドの最後にふさわしい彩を齎す。

 

「我が血肉より生まれし、四天獣(フォー・ビースト)……姿を見せよ!」

 

 それまでの気弱な声音を消し去った男の口から魔王の荘厳な命令が響き渡り、世界が歪み始める。

 陽炎に揺れる大気が捻じれ狂い、四つの巨大な影が玉座の頂に降り立つ。

 

「偉大なる王の右腕、死滅の右腕(デッド・オブ・ライト)、此処に!」

 

 暑苦しさの中に機械的な色を含む声音で叫ぶのは、異様に隆起し過ぎた右腕を持つ体長5メートルを超える竜人(ドラゴニュート)

 純白の鱗は金属質の光沢を放ち、その威容な巨躯は鮮やかな真紅の鎧を纏い、両の拳には同じく真紅の篭手を嵌めている。

 明らかにダンジョンボスクラスの覇気を纏う巨大な蜥蜴人は、忠義に厚い騎士の如く男の前に傅く。

 

「同ジク偉大ナル王ノ左腕、終焉ノ左腕(エンド・オブ・レフト)、ココニ」

 

 抑揚のない機械音そのままな凍てつく声音で囁くのは、禍々しい紋様が描かれた鎖と呪符で構成された拘束具に身体を覆い尽くされた体長3メートルほどの狼。

 仄暗い水底のような深い青の毛並みは凪ぎの海を思わせるが、自然の冷酷さを体現するかのような大狼の左前足だけが武骨な金属で構成されていた。

 右に並ぶ蜥蜴人と同じく、この大狼もまたイベントボスのような威容を纏っている。

 

「おなじくいだいなるおうのみぎあし、破壊の右足(ブレイク・オブ・ライト)、ごごに!」

 

 やはり機械的な色を含みながらも幾分か幼さが混じった声音で現れたのは、10メートルを超える巨大な牛魔人(ミノタウロス)

 灰褐色の体毛に覆われた巨躯は、それに見合う威圧的な筋肉が鎧のように全身を覆い尽くしているが、右足のみは金剛石のような輝きを持っている。

 この牛魔人もまた規格外の闘気を纏った異形だった。

 

「偉大なる王の左足、消滅の左足(ヴァニシング・オブ・レフト)、ここに」

 

 艶やかな声音を発するのは、2メートルに満たない細身と思われる身体を頭の先からつま先まで闇を纏うかのように外套で覆っている異形。

 他の者たちと比べると明らかな矮躯だが、そこに儚さを感じ取ることはない。

 外套に覆われた闇の奥に灯る六つの眼から人間種でないということだけは確定している。

 

四天獣(フォー・ビースト)、召致に従い御身の前に』

 

「うむ」

 

 ―― 23:59:30

 

 孤高の玉座へ集った異形の魔神たちの姿に最強の魔王を演じる男は、全身から灼熱の蒸気を他を隔絶した闘気と共に解き放つ。

 

「貴様らに最後の褒美だ! 筋肉美神(マッスルビューティーズ)最強の王たるラグナッチ、真の姿をその目に焼き付けよ!」

 

 そう言い放ったラグナッチは玉座より立ち上がると同時に沸き立つ蒸気をさらに激しく全身から噴出させて自身が纏っていた装備品をすべて吹き飛ばす。

 ユグドラシルのシステム的には、戦意高揚系スキル<我が身に喝采を>と身体強化系スキル<超鋼筋(スーパーメタルマッスル)>を併用しただけに過ぎない。

 スキル<我が身に喝采を>は、周囲にいる味方の精神系状態異常を解除し、士気を高め、味方の人数に応じて自身の攻撃力を上昇させる。

 デメリットは、武器装備が強制解除されることと敵対値(ヘイト)の上昇率が桁外れということ。

 スキル<超鋼筋(スーパーメタルマッスル)>は、物理攻撃および物理防御を30秒間3倍にする。

 ステータス的なデメリットはないが、例外なく外装が筋骨隆々の筋肉魔人になるという地味に不評な遊びがある。

 スケルトン系異形種であってもムッキムキの骨格になるということからその絶大な効果のわりに使用者は多くない。

 

「おおぉ! 偉大なる王の筋肉美をこの目にする日がこようとは!?」

 

 ―― 23:59:40

 

「オオォ。偉大ナル王ノ筋肉美ヲコノ目ニスル日ガコヨウトハ……」

 

 ―― 23:59:45

 

「おおぉ! いだいなるおうのきんにくびをこのめにするひがこようとは!!」

 

 ―― 23:59:50

 

「ああぁ❤ 偉大なる王ノ筋肉美をオカズに出来る日がくるなんて❤❤」

 

 ―― 23:59:55

 

 

 ラグナッチが魅せる筋肉美神(マッスルビューティーズ)歴代最強の筋肉を前に異形の魔神たちは、設定された定型文をもって自らの王に賛美の声を捧げる。

 

 

 ―― 23:59:59

 

 

「我が宝! 我が友! 我が命! 我が人生(ユグドラシル)に一遍の悔いなし!!」

 

 それまでの半生を費やした世界に対し、ラグナッチを演じ続けた男は万感の思いを込めて感謝の言葉を世界の終わりで叫びあげる。

 

 

 

 

 ―― 00:00:00……01

 

 

 

 

 最後の時を迎えたはずの世界が途絶えない。

 

「……ん?」

 

 人生で最大の覚悟を持って迎えたはずの終焉が長続きしていることに疑問を感じたラグナッチは天を仰いだ視線を再び自身の血肉たる四大獣へ向けると――

 

 

「ああぁん❤ もう、我慢できませんわぁぁ❤❤❤」

 

 

 黒光りする強靭な外骨格を筋肉のように隆起させた蜘蛛女(アラクネ)?が八本の手足を広げて飛び掛かってきていた。

 

「ギィャアアアッ! 貫通拳(パイル・バスター)!!」

 

「ああああああぁぁんんん❤」

 

 最強魔王の一撃に貫かれ、鉄をも溶かす溶解液を撒き散らしながら絶頂を迎える蜘蛛女(アラクネ)?の姿とその後ろで狼狽する三体の魔神たちにラグナッチは一時的な狂騒状態へと陥ったのだった。

 

 

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