地上本部とつながる転送ポートのあるフロアから、エレベータに乗り、スバルは人事部のある階へやってきた。
「人事部はこの辺のはずなんだけど。 あ、あれかな?」
廊下をきょろきょろしながらスバルは目的の場所へやってきた。
スバルが見つけた扉の横には『人事部』と書かれたプレートが掲げられており、一目でわかるようになっていた。
「うん、ここだ。 どうしよう、勝手に入ってもいいのかな?」
扉のそばで立ち止まり、どうしたものかと考える。
同じ組織内とはいえ、部署が違えば勝手も違う。
いきなり入って、『ユーノさんの所属部署を教えてください』などと聞いても良いものだろうか。
何か必要な手続きがあるだろうか。
そのあたりのことをスバルは全く知らず、扉から少し離れたところで人事部の雰囲気を伺ってみる。
その間にも人がその扉を出入りし、ドアが開く際にちらりと中を見ようとするスバルは完全に不審人物である。
そうして悩んだまま十数人が扉を行き来したとき――
「そこのあなた、そこでなにをしているの」
不意に後ろから声を掛けられた。
「へ?」
振り返ると、いつの間にいたのか一人の女性が立っていた。
メガネをかけていて、額には何かの模様がある。
ツリ目がちでちょっとキツ目の性格をしていそうな顔立ちをしている。
「へ? じゃなくて何をしているのかと聞いているのよ」
「あ、いや! 私は別に怪しいものじゃ――」
とスバルは言い訳をしようとするが。
「怪しいわよ。 さっきから見てればなんだか中をのぞこうとしているし、それにあなた地上本部の人でしょ? はっきり言って相当目立っているわよ」
「いやだから、怪しいものじゃなくてですね」
「じゃあ、こんなところで何をしていたの?」
「ちょっと人探しを」
「人探し?」
「そうなんです。 部隊長にたのまれて、書類を届けるようにと」
「届ける人が人事部にいるの?」
「それが・・・名前は聞いたんですけど、所属部署を聞くのを忘れてしまって」
「……」
スバルの答えに女性は沈黙するが、スバルは説明を続けた。
「そ、それで部隊長には書類を届けるついでに本局の見学でもしてきたらどうかといわれたので、見学ついでに書類の届け先のその人を探そうかと」
「で、人事部にやってきたというわけね」
「そ、そうです」
「ずいぶんいい加減そうな部隊長ね。 届け先の部署名も伝えないなんて」
納得したのかしていないのか、その女性はスバルをじっと見つめていた。
品定めするようなその視線に、スバルは居心地の悪さを感じる。
そして、その目がすっと下がり、スバルが抱えていた書類封筒に向けられた。
「その書類はなんなの?」
「えっと、中身は私も知りません。 ただ、機密書類なので直接渡すようにと」
「ふぅん、ちょっと見せてみなさい」
「えっ?」
思いもよらぬことを言われスバルは驚く。
「その書類を見せなさいといったの。 あなたが不審人物だという疑いはまだ晴れていないのよ。 その書類だって人事部から盗み出したものかも知れないじゃない。 中身を確認しないことには疑いは晴れないわ」
もっともなことを言われ、スバルは困る。
しかし、部隊長からは機密書類なのでユーノという人物に直接渡すようにといわれている。
それを他の人に見せるわけにはいかないだろう。
「いや、でもこれは機密書類で」
なんとか機密だということを盾に取ろうとするが――
「私は人事部所属の『提督』よ。 その私にも見せられないというの」
権力という名の剣を振りかざされ、さらに追い詰められていく。
「えっと、えっとでも、これは部隊長が機密だから直接その人に渡すようにって」
「誰にも見せるなとは言われていないわけよね。 なら私が見てもいいんじゃない?」
あれ? そういえば、と一瞬納得しかけるが、いやいやいや、機密ということ自体関係者以外には見せるなという意味である。
例え自分よりずっと階級が上の人間でも、見せてはいけないだろうと思い直す。
「やっぱりダメです」
きっぱりとそう告げる。
「どうしても?」
「どうしてもです」
意思を固めたスバルはしっかりと相手の目を見つめ、断固として見せないと言葉だけではなく態度でも示した。
「そ、ならいいわ」
「え?」
あっさりとそう言われ、スバルは意表を突かれた。
それと同時になんとか助かったと安堵する。
「――じゃあ今回の騒動についてあなたの上司に直接文句を言うとしましょうか」
安堵したのも束の間、思わぬ方向に切り返されスバルはまたも揺さぶられる。
「え!? 部隊長にですか?」
「だってあなたが書類を確認させてくれないんだもの。 『あなたの部下が人事部の前で不審な行動をとっているのですが、これはどういうことでしょうか?』ってあなたの上司に文句を言うしかないじゃない」
「いや、でもそれは……」
書類を見せるのを回避できたと思ったら、今度は上司を盾に取られた。
今回こんなことになっているのは届け先の部署を聞かなかった自分のミスなわけで、そんなことで部隊長に迷惑をかけたくはない。
しかし、今のスバルにはこの状況を回避できる術が浮かばなかった。
「じゃあ、連絡するわね。 所属部署は?」
「え、えっと……」
レティが端末を開き、スバルに所属部署を問う。
部隊長に連絡が行ったらどうなるのだろう、部下の監督不行届で処分を受けるのだろうか。
何やら大事になりそうな気配がするが、もはや為す術がないと諦めレティに所属部署を伝えようとしたところで――
「その辺で勘弁してあげたらどうです? レティ提督」
横から声が届いた。
「あら、クロノ君じゃない。 久しぶりね」
レティ提督と呼ばれた女性が、声を掛けてきた男性にそう告げる。
「お久しぶりです。 あんまり若手をいじめるのは可哀想ですよ」
「いじめるなんて失礼ね。 この子がちゃんと機密を守れるか試してみただけじゃない」
開いた端末を閉じながらレティがクロノにそう伝える。
どうやらスバルは真面目半分、遊び半分で試されていたらしい。
「そういうのは端から見ていると、いじめているように見えるんですよ」
「クロノ君、どこから見ていたの?」
「その子が人探しをしてるって言っていたあたりですかね」
「ずっと見てたの?」
「お二人に道をふさがれていたもので」
「あらま、失礼したわね」
自分達が廊下を塞ぐ形で立っていることを確認すると、特に悪びれた様子も見せずにレティはそう答えた。
「レティ・ロウラン提督ともあろう人が、ずいぶんと意地の悪いことをしていましたね」
「だってこの子不審なんだもの。 陸士の制服着て、人事部の中を覗こうとして」
その女性がレティ・ロウランと呼ばれたとき、スバルの口からつぶやきが漏れた。
「ロウラン……、グリフィスさんとおんなじだ」
彼女の顔を改めて見たスバルの脳裏には、はやての補佐として機動六課に所属している同僚の顔が浮かぶ。そして、その顔を見れば見るほど面影が重なってくる。
「あら、グリフィスを知っているの?」
「はい、同じ部署で、ってレティ提督ってひょっとして」
「えぇ、私はグリフィスの母親よ」
と息子とそっくりな顔でそう言った。
「グリフィス君と同じ部署ってことは――」
「はい、古代遺物管理部機動六課スターズ分隊所属スバル・ナカジマ二等陸士であります」
「やっぱり機動六課か」
「ということはあなたの言う部隊長って八神はやて?」
「そうですけど」
「なるほどね。 どおりで」
何かに納得したようにレティがつぶやく。
「何がなるほどなんですか?」
「さっきあなたに言ったでしょ、ずいぶんいい加減な部隊長ねって。 それがはやてだから納得しただけよ」
「そうなんですか?」
「あなたが届け先の人の部署を知らないのは、あなたが聞かなかったっていうのもあると思うけど。 おそらくあの子、わざとあなたに教えなかったわね」
「まさか、そんな」
あの優秀な部隊長がそんなことをするだろうかとスバルは思うが、横からも肯定の声が上がった。
「たしかに、はやてならあり得ますね。 というかほぼ間違いないでしょう」
「でもでも、なんでそんな」
スバルにしてみれば、はやてがそんなことをする理由が見当たらない。
「そのほうが面白そうだからよ。 別にあなたのことが嫌いだとか、嫌がらせとかそんな理由じゃないから安心しなさい。 まったく、おとなしそうな外見しておいて、イタズラ好きだから質が悪いわ」
「まぁ、仕事に関しては真面目で優秀ですし、それでトントンじゃないですかね」
なにか思うところがあるのだろう。
二人はそう言って、そろってため息をついた。
「――それで、君は誰にその書類を届けにきたのかな」
クロノと呼ばれていた男性がスバルに向き直る。
「えっと、八神部隊長はユーノ君に届けてっておっしゃっていたので――」
「あぁ、フェレットもどきか」
「え? フェレット?」
人の名前を言ったのになぜフェレットという言葉が出てくるのか。
「あなた、まだそんな呼び方してるの?」
「いえ、つい昔の癖で」
罰の悪そうな顔でクロノが弁解する。
「まさかなのはさんの使い魔だとかも言ってないわよね」
(使い魔? なのはさんの?)
フェイトにはアルフという使い魔がいるが、なのはにはそういう使い魔はいなかったはずである。
スバルの頭にハテナマークが次々浮かぶ。
「大丈夫です。 関係者以外の前では言ってません」
「まったく、それを言うとユーノ君が怒ると知っているくせに。 仲が良すぎるのも困り者ね」
「否定したいところですが、確かに悪い仲ではありませんね」
「あら、そういうところは認められるようになったのね」
「まぁ、ユーノとの付き合いも長いですし。 結構無理を聞いてもらっていますからね」
「人間関係が良好なのは良いことよね。 でも、ユーノ君てことはその子の行き先は無限書庫かしら」
「はやての知り合いでユーノと言うと奴しかいないでしょうし、
奴があそこから出歩くことも少ないですから、まずはそこでいいでしょうね」
二人の間ではスバルの告げたユーノと言う名前だけで、その人物は無限書庫にいると確定したようだった。
「それでナカジマさん、無限書庫の場所わかる?」
「はい、地図があれば」
「……それは『わかる』とは言わないわよ」
「あはは……」
白い目で見られ、乾いた笑いをこぼすスバル。
「でも困ったわね、案内しようにも私はすぐに会議があるし」
「いえ、そこまでしていただかなくても。 ホントに案内板見ながら行けば大丈夫ですから」
「本当に?」
不安だわ~という目でレティがスバルを見る。
そして、それを見ていたクロノから声がかかった。
「僕が案内しますよ」
「あら、いいのクロノ君。 無理してない? なんならうちの若いのを付けてもいいし」
「いえ、今日長期の航行から戻ってきたところなんで、しばらくは暇なんですよ」
「え、でもそれなら疲れているんじゃ」
長期航行というと数ヶ月以上戦艦に缶詰の生活になる。
その間ほぼ外に出られないとしたら、かなり窮屈だったろうと思いそう声を掛けたスバルだったが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「次元航行船は長期航行の間は家代わりだからね。 快適性にはかなり気を使われている。 長期航行だからといって疲れがたまるようなものじゃないよ」
実際次元航行船というものは内部も快適に作られている。
前世代の「アースラ」でもその内部が狭く、窮屈ということはなかったし、
それが最新鋭の航行船ともなれば、むしろ艦にいるほうが快適といっても過言ではなかった。
「じゃあ、無限書庫までの案内、お願いしちゃおうかしら」
「はい、任されました。 それとレティ提督。 これ、先ほど言った長期航行の記録とクルーの勤怠記録です。 お渡ししてもよろしいでしょうか」
「えぇ、良いわよ。 後は処理しておくわ。 それでこんなところにきたのね」
「えぇ、じゃあ僕は彼女を無限書庫まで案内してきますよ。 行こうか」
「はい」
「ちゃんとエスコートしてあげるのよ」
「それは、エイミィに怒られそうな気が」
「あら、ちゃんと女性をエスコートしないほうがエイミィは怒るんじゃないかしら」
そう言われ、クロノは少し考える。
そして『確かに』と思うのだった。