夢喰いドレミー   作:アルキメです。

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素晴らしきかな彼の世界。
窮屈なるかな其の世界。
我ら来たりてほくそ笑む。
これは夢ぞと駆け出して。
ついに夢とは気づかぬままに。
(C・コッペリウス「語る世界のどこそこに」より抜粋)


REM0 秘封倶楽部

 それは日常であり、また非日常の開幕であった。

 

「ゆめしょーしつ?」

「そそ、夢消失!」

 

 いつもどおり、行き着けの喫茶店の中、その一角の席に座っている宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーン(愛称はメリー)。

 二人は最近、巷で話題になっている“とある病気”についての話をしていた。

 事に関して、最初に切り出したのは宇佐見蓮子。

 トレードマークとも言える、白いリボンを巻きつけた黒くて丸っこい中折れ帽を目深に被り、いかにも何かそれらしい雰囲気をつくろった、日本人然とした外見の、ちょっと変わった女子大生。

 服装はだいたい白のブラウスと黒のスカートのツートンカラー。

 例外として日替わりで柄の変わるネクタイ。

 今日はやけにリアルな笑みを浮かべる表情をした人面太陽柄だった。

 

 ―――流石にそのセンスはどうかと思うの。

 メリーはカップに注がれたコーヒーを一口、味わいながら思うのであった。

 蓮子の切り出しを聞いているのは、このメリーことマエリベリー・ハーン。

 白くて丸っこいナイトキャップによく似た帽子を被った、蓮子と同じ女子大生。

 金髪碧眼の外国人然とした可憐さをもつが、それしかないのかと言わんばかりに紫のワンピースばかりを着用し、帽子を頭に乗せたように浅く被り大学構内をうろつく、ファッションセンス的に残念なところがある。

 なので、メリーが蓮子のネクタイセンスにとやかく言えるほどではなかったりするのだが。

 

「その、夢消失? って確か、時どきニュースとかでやってる、ある種のうつ病のことだっけ?」

「そうそう、そーなのよ!」

 

 うんうん。

 力強く頷き、蓮子は言葉をつなげる。

 

「社会では“夢無くし”って呼ばれるらしいんだけどね。なんでも、自分の抱いていた夢に関して、唐突にただひたすら無関心、無気力になっちゃうってやつ」

「だから“夢消失”ってことなのね。―――なるほど。不気味ね。自分の夢にゾッとしなくなるなんて」

「だからね、メリー」

「うん?」

「私たちで、その夢無くしついて調査しようと思うの」

「えっ、なんで?」

 

 蓮子の突然の宣言に、メリーはカップを置こうとした手を止めた。

 わずかに驚きに目を見開く。

 しかし、今では半分ほど慣れていた。

 すぐさま、ふっと落ち着き払った表情を繕う。

 

「蓮子がそう言うのなら、何か根拠というか、あるんでしょ? “私には裏表ルートがあるのよ”って」

「さっすが、わかってるじゃない!」

 

 パチン。

 指を鳴らして、蓮子は笑んだ。

 

「いったい何年、貴方と秘封倶楽部をやっていると思ってるのよ」

 

 苦笑して、コースターに置きかけたカップを持ち上げ、飲んだ。

 秘封倶楽部。

 それが蓮子とメリーの所属しているサークルの名前である。

 表向きはオカルト―――霊能者サークル。

 サークルメンバーは二人しかいないし、普通みたいに降霊とか降霊、除霊を生業とするものではない。

 むしろ、それらはあまり好きではなかった。

 それゆえに、周囲からは“まともな霊能活動を行っていない不良サークル”とも呼ばれることもしばしば。

 しかも半ば事実であるからこそ、否定はできない。

 だが、裏向きはこの世に張り巡らされた結界を暴く、さながら秘密結社めいたサークルである。

 下手すれば均衡を崩しかねないこともしかねないため、二人のことを知る“朝倉理香子教授”から程ほどに禁止するように忠言されてしまっているのだが、それはまた別の話。

 蓮子の星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる眼。

 メリーの結界の境目を視認できる眼。

 この奇妙かつ不気味な眼の能力をもって、今日まで活動してきたのだ。

 きっとそれはこれからも変わらないだろう。

 何故なら、時として結界の境目は、おのずと向こうから暴かれにくることだってあるのだから。

 それに、秘封倶楽部の実権は、実質蓮子が握っているようなものなのだから。

 喉をつたってコーヒーの苦味が胃の中へ流れていくのを感じながら、メリーは蓮子に視線を移した。

 

 ピキリ。

 そんな幻聴とともに、メリーはそれを見た。

 蓮子の周囲に、境界の境目―――否、亀裂がはしったのを。

 ―――あれ?

 瞬きは一瞬。

 次に見た時には、そこにはなにもなかった。

 ―――気のせい、かしら?

 

「……夢を、見たのよ」

 

 先ほどの一瞬だけ見えた境界に、いぶかしむように目を細めるメリーに気づかないまま、一拍子ほどの間を空けて、蓮子がそれを告げた。

 

「―――え、なに、夢?」

 

 一瞬、それが蓮子の言葉だと認識するのが遅れた。

 慌てて、メリーはハッとして聞き返した。

 メリーの反応に、蓮子は気にする風もなく「そうっ!」と小さく頷いて、さらに言葉をつなぐ。

 

「街の夢よ。正確には、街の中を散策する夢。

 誰もいないし、何も動かない。何だか霧ががったように白くぼやけた感じなんだけど。

 そんな街を、一人称視点でゆっくりと歩き回るの。

 初めて訪れる場所、初めて見る景色。何もかもが初見。

 なのに、まるで、そこがどこか知ってるような既視感。

 そもそも、その時の一人称視点が、はたして私自身だったのか、それとも別人なのかってことだけどね」

「……珍しいわね。普通、見るなら私のほうなのに」

「ふふん、今回は私が、その珍妙奇天烈摩訶不思議な体験をする羽目になったってわけよ!」

「う~ん、まったく羨ましく思えない」

「なんで?」

「だって、私のほうが、もっと神妙奇天烈奇想天外な夢を見てるじゃない」

「確かにそうだけどさ~。夢も希望もない返しで、蓮子ちゃんショック」

「それで、その夢が、今回の調査と関係があるのね?」

「おっと、そーだったそーだった。勿論、あるわ。

 何てたって、その夢の中で見た街は―――」

 

 言いかけた蓮子の言葉を、

 

「実在していたから」

 

 メリーが遮って、はっきりとそうつなげた。

 突然の台詞に、蓮子は目を見開いて、しかし冷静に尋ねる。

 

「―――知ってたの?」

 

 メリーは、口につけかけたコーヒーカップを揺らした。

 

「―――えっ? あ、いや、ただ、あの流れなら、そんな感じかな~って」

「……メリー」

「な、なぁに?」

「物語の主役が決め台詞を喋るときは、邪魔しちゃ駄目なのよ?」

「あら、ここは夢物語ではなく、れっきとした現実だし、蓮子は主役ってわけではないでしょ?」

「あら、ここは現実ではなく、きっと夢物語かもしれないし、人生の主役はそれを往く全てなのよ?」

 

 互いに芝居がかった口調で言葉を交える。

 蓮子は帽子のツバをつまみ、不敵に笑む。

 メリーはコーヒーカップを口元に、怪しく微笑む。

 先に言葉をつむいだのは、蓮子であった。

 それに続くように、メリーが言葉を滑りこませる。

 

「されとて人は夢を活き、現に生きるものこそなれど」

「逆らば現は夢であり、夢こそ現と騙るなかれと」

「証なくてはかしましき、証あれとてあさましき」

 

 右手を、自身の顔についた目元の高さまであげる蓮子。

 伸ばした人差し指を、韻を踏むようにして左右に振るった。

 

「シーザー・コッペリウス。半世紀前に活躍したまさに“語る生きた化石の詩人”の書いた一節ね」

「語る言葉に意味はなく、とにかくそれらしくと言葉をつなげるだけで詩はできる」

「意味がない、っていうものの極端系ってやつね」

「憶えても意味がないのに、何だかんだ憶えてるんだから、天才とはよく言ったものよねぇ」

 

 言いながら、布のおしぼりで指先を拭うメリー。

 蓮子は、そこで咳払いをひとつ。

 懐から携帯端末を取り出して、

 

「それで、話を戻すけど、……これを見て」

 

 言って、端末の画面をさらす。

 そこには見慣れない街の画像。

 察するに、蓮子が夢で見たという、実在する街だろうか。

 画像を見て、蓮子を見て、その後方を見る。

 

「えっと、これがさっき言っていた?」

「そのとーり! 見たことも行ったこともない街を夢で見て、しかもそれが実在する場所!

 まさに正夢! これは行かない理由はないわよね!?」

「え、……そ、そうね。でも蓮子、朝倉教授のことはどうするの? レポートは?」

「あ~、あの人にはあんまり言いたくないしいっそ無視で……、それにレポートは一回や二回くらいすっぽかしてもへーきへっちゃらだし!」

 

 グッと人指し指を立てて鼻を鳴らす蓮子。

 そんな彼女の肩に、そっと触れる手があった。

 

「―――ほう、なるほどなるほど」

 

 腹の底に響くような低い声。

 言葉の主は、もちろんメリーではない。

 メリーはといえば、虚空に視線をかたむけて、コーヒーをすすっている。

 ギリギリギリ。

 蓮子の首がゆっくりと回る。

 表情は宣告を受けた死刑囚のように青褪めて。

 肩に乗せられた手の主。

 いやな重圧を感じる声の主。

 背後に存在する人物。

 蓮子の瞳は、その現実をいやがおうにも認識せざるを得なかった。

 青紫がかった長髪。

 ホワイトカラーのリボン。

 胸元に結んだ黄色いネタイ。

 縁なしのまん丸眼鏡。

 春夏秋冬、変わらない変わることのない白衣姿。

 

「あ、朝倉、教授……」

 

 その人物の名を、蓮子は震えたままの消え入りそうな声音で、呟いた。

 朝倉教授。

 本名、朝倉理香子。

 蓮子とメリーの通う大学に勤める教授にして、秘封倶楽部の顧問であり、二人の秘密を知る協力者。

 旧世代のオカルト分野に並々ならぬ時間を費やす奇人。

 マジシャンと名乗るに遜色のないほどマジックを極めた変人。

 現代においては邪教とさえ呼ばれる魔法学に精通した狂人。

 それが、朝倉理香子という偏屈で偏見で、俗世の好奇心で凝り固まったような人物なのである。

 朝倉教授は、レンズに反射した光で眼鏡の奥の瞳を隠して、一言。

 

「わ・た・しの存在よりも優先すべき事象とは、何とも気になるじゃないか」

「あ、あ、あのですね、先ほどの言葉はものの例えというか、比喩表現というか揶揄表現というか……」

「良いじゃないか。サボり抜け出し大いに結構。ただなぁ……」

 

 チラリと、蓮子は視線をメリーに向けた。

 助けて。

 メディック。

 ヘルプミー。

 エスオーエス。

 縋るように震える瞳だった。

 しかしメリー、これを華麗にスルー!

 ―――諦めなさい。

 肩を竦めて、メリーは細めた双眸でそうと返した。

 

「そのようなことを、そのような場所を、私を差し置いて行こうなどとは、よもや思うまい?」

「ひぇぇ~」

「言っておくが、君たちの活動は下手を打てば、“こちらとあちらの”均衡を崩しかねないことでもある。

 今までは大丈夫であったかも知れないが、今後がそうとは決しては限らない。

 だからこそ、私に報告なく活動するのを禁じたはずだ」

 

 ということなので、

 

「その正夢の街とやら、私も同行しようではないか。ちなみにこれはまごうことなき本音だ」

 

 そういうことになった。

 こうして、今年の夏休みを利用して、秘封倶楽部+アルファは、蓮子の見た夢の街へ赴くことになった。

 そこでは何が起きていて、何が渦巻いているのか知る由もなく。

 

 見えざる門は、門番不在のまま、大口を開けて彼女たちを迎え入れた。

 どこかで誰かが、拍手を打って。




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