仮面ライダー龍騎 ~EPISODE Kanon~ 作:龍騎鯖威武
夢から覚めた世界…
夢は都合の良いまどろみに揺られる…
心地よかった…
でも夢に身を委ね続けることはできない…
現実…
それは悲しくて…
それは冷たくて…
でも…
それならもう一度…
夢を見ることはできるかな…
2019年。
雪の街の隣町にある小さな個人病院。「美坂クリニック」
これを営んでいるのは美坂香里だ。看護師として、香里の彼氏である北川潤や妹の美坂栞も勤めている。
香里は医療の知識を極め、自分の過去の悲しみを、後悔を繰り返さないために、病に立ち向かい続けている。
潤と栞は、そんな彼女を心から尊敬し、彼女のもとで働きたいと願い、必死に着いてきたのだ。
「美坂さん、患者のカルテは書きあがりましたか?」
「出来たよ、お姉ちゃん」
他者には無理強いしていないが、香里は公私を分けており、仕事の時は栞を「美坂さん」、潤を「北川さん」と呼んでいる。彼女のポリシーなのだろう。
「なぁ香里。高野さんの容態、結構安定してるし、退院の時期も早めたらどうだよ?」
「そうですね、検討してみましょう。本人との十分な相談も必要ですし」
時刻が12時を過ぎ、病院の休憩時間になると…。
「休憩だ!香里、栞ちゃん、飯食いに行こうぜ!」
「潤がご馳走してくれるならね」「潤さん、ありがとうございます!」
香里もいつもの調子に戻り、栞と一緒に外に出て行く。
「お、おい!そりゃ無いって!」
それについていく、情けない男が1人。
「あ、いけない。ひとつ済ませておかなきゃいけないことがあったわ。栞、潤、先に言ってて」
休憩に入る前に、香里はどうしても済ませたい用事を思い出し、栞と潤を送り出した。
「潤くん、栞ちゃん…。すごく…会いたかったよ…」
そんな2人を見つめる少女がいた。
雪の街に出来た、初の小さな法律相談所。
パソコンに向かって首を捻っているのは久瀬シュウイチ。
「シュウイチさん、お茶を入れましたよ。休憩しましょう」
「ありがとう、佐祐理さん。じゃあ、お言葉に甘えて」
彼は駆け出しの弁護士だ。秘書兼恋人は倉田佐祐理。久瀬を一生懸命、支え続けている。
2人はどちらも裕福で由緒ある家系の生まれだったが、その家から離れたのだ。
決して駆け落ちというわけではなく、お互いが双方の両親等を必死に説得した結果なのだ。最初は猛反対をされた。家を継がずにやりたいことだけをやることが身勝手で大変なことだということを、お互いの両親が知っていたからだ。だが同時に、その夢を果たせなかった事を引きずっていた。故にその夢を子供に託す形で許したのだった。
「そうだ、シュウイチさん。明日は営業が無いんですよね?」
「休日だし、ここ最近は働き詰めで、佐祐理さんも辛いかなと思って…」
相変わらず久瀬はお堅い性格のためウブで、佐祐理に対しての親切をしたとき、顔を背けてしまうくらいだ。
それは佐祐理も理解しており、時には彼女のほうから大胆なアクションを見せたりする。
未だにデートをするときは佐祐理から申し出る。
「あはは~、わたしのことを考えてですか!うれしいです」
「そ、そうか。それは、良かった…」
満面の笑みを浮かべて、久瀬を見つめる佐祐理。当の久瀬は顔を赤らめて下を向いた。
「ここの佐祐理さんと久瀬さん…恋人なんだね…」
2人の姿を見つめる少女がいた。
WATASHIジャーナル。
今は休憩時間で、人が少なくなった編集室で斎藤ミツルが台本に目を通している。
そこにやってきたのは沢渡真琴、水瀬名雪、虎水サトル。
「ミツルぅ~お腹すいたよぅ~」
「斉藤君、ご飯食べようよ」
「今日は僕の知ってる、おいしいラーメン屋さんを紹介するから!」
「3人で行け。おれはこれで忙しい」
ミツルは竜也達の結婚式の司会進行を任されているのだ。竜也の新たなスタートを自分の持てる最大の力でサポートしたいと思い、自ら申し出たのだ。
なので、昼食を食べる暇も惜しみ、司会用の台本を覚えているのだ。
「あう~!お腹すいた~~~~~~~!」
「うるさいっ!」
真琴は、とりあえず目先の空腹を満たしたいので、ミツルにせがむ。
「あらあらミツルさん。腹が減っては、戦はできませんよ」
「編集長、お疲れ様です」
そこに現れたのは編集長の水瀬秋子。ミツルは上下関係をしっかりと持ち、秋子の姿を見た途端、椅子から立ち上がり、背筋を伸ばして挨拶をする。
「休憩中ですよ。いつもの調子でどうぞ、ミツルさん」
「…ありがとうございます秋子さん。しかし、竜也とあゆの結婚式をなんとしてでも成功させたいんです。昼食など呑気に食べている暇すら、おれには惜しいです」
彼は憎しみに囚われ、友と愛する者の思いに気付けなかった。そんな自分を救ってくれた竜也に心から感謝し、同時に大きな借りができたと思っていた。
借りは返した。
7年前の戦いを最後にミツルは竜也に告げたが、それでも感謝の気持ちは忘れていない。だからこそ、竜也が幸せを掴み取るための協力は惜しみたくなかった。
そんなミツルに対して、ほんの少しだけ厳しい口調で秋子は言う。
「それで無茶をして倒れたら、悲しむのは竜也さんですよ」
「あう~…真琴だって…」
真琴も涙目になってミツルに抱きつく。すこし気を落としたミツルを見て、秋子はいつもの優しい微笑みに変わる。
「だからこそ、しっかりと栄養を取って、しっかりと休んでください。昔から平気なフリをして無茶をしすぎるのは、ミツルさんの悪い癖ですよ」
ミツルは若い年齢で、様々な仕事への熱意やリーダーシップなどを秋子に買われ、副編集長となった。まだ日は浅いが、さらに仕事への熱意と責任を持ち、時に秋子のサポート、時に部下であり同僚の名雪、サトル、真琴のフォローなどにも精を出していた。
だが、故に誰にも気づかれないように疲弊し、2ヶ月ほど前に一度、倒れている。その時も、秋子から強く注意をされていたのだ。
「…そうですね。以後、気をつけます」
「うん。ご飯食べてから、ふぁいと、だよ!」「さ、行こう!」
癖はまだ抜けていない。そんな自分に青さを感じながらも、気に掛けてくれる人々に囲まれた幸せを噛み締めた。そのきっかけをくれた一人である竜也に恥じない友でありたいと改めて強く願った。
「みんな幸せなんだね…」
そんな5人を見つめる少女がいた…。
雪の街から少し離れた町にある小さな動物園。
大きくない故に客足は少ないが、そこでは動物たちに飼育員たちが精一杯の愛情を注いでおり、ちょっとしたデートスポットにもなっている。竜也とあゆもデートに利用したことが何度かあった。
そんな動物園で働いているのは、相沢祐一と川澄舞。
周りからは結構有名な「美男美女カップル」の扱いを受けている。舞は獣医であり祐一は飼育員。動物の心身の健康を特に配慮した業務をこなす舞に、祐一はなんとなく頭が上がっていない。
「祐一、ケージの掃除…」
「やったって言って…」
「だめ。汚れが残ってる」
そう言いながらデッキブラシを手に取り、白衣を脱いで祐一よりも先に掃除に取り組み始めた。
衛生面に関しても舞は特段気を使っており、祐一だろうとそうでなかろうと、常に厳しい言葉を浴びせる。だが、指図だけにとどまらず、必ず自分も掃除や動物たちの食事などに積極的に参加しており、彼女を悪く言う者は誰一人としていなかった。
そしてなにより、彼女はこの動物園で最も動物たちに懐かれている。愛情が動物たちにも伝わっているのだろう。
「おう、お疲れさん。じゃあ、おれはこの辺で…」「祐一」
「…冗談だよ。気づかなくて悪かったな。おれにもやらせてくれ」
苦笑いしながら祐一は残るデッキブラシを手に取り、改めて気づいた汚れを落とし始めた。
それが全て終わり、2人は帰路に着こうとしながら、竜也とあゆの結婚式の話を始めた。
「そういえば、竜也達の式にいく服、決めてなかったな」
「佐祐理に借りようと思ってる」
舞踏会の時の衣装だ。もともと、祐一も舞も、当時から身体的に成長しきっていた事もあり、両者ともあのときの衣装を着ることはできる。
「いや、それはダメだろ。いくら佐祐理さんが良くても、すこしは自分で買わないと。明日、休みだろ?一緒に買いに行くぞ」
「わかった」
舞は以前よりも朗らかになり、笑顔もよく見られる。これが本来の彼女なのだ。
どこに買いに行こうかと買い物の予定に話を膨らませていた2人に…。
「こんにちは、祐一くん、舞さん」
幼い少女の声が聞こえた。
「ん…?おぉ、あゆ」「こんにちは、あゆ」
振り返ると、そこにはあゆが立っていた。普段と変わらない挨拶をする祐一達。
働いている場所は雪の街から離れてはいるものの、祐一と舞は雪の街に小さなアパートの一室を借りており、あゆと会うこともしばしばある。
それゆえに…
「あゆ…おまえ、なんか急に縮んでないか?」
違和感を感じた。
目を覚ましてから7年。その間にあゆは幾分かの身体的成長を果たしていた。止まっていた時が動き出したかのようにゆっくりと、彼女の体は女性的なモノへと変わっていった。変化は激しくないために、祐一から時折からかわれたりもしていたが。
ちなみに度が過ぎたとき、竜也が本気で怒ったことが一度だけあり、それ以降、祐一はあゆの身体的特徴についてからかう事を控えていた。
その変化しつつあるあゆが、再び7年前の目覚めて間もない頃のような体型に戻っていた。
進んだ時が再び戻ったかのように。
成長したあゆは服装の好みが大きく変わったわけではないが、以前と比べても様々な服装に身を包むことが多くなった。名雪や栞にコーディネートしてもらったのもあるが。
今着ているダッフルコートは、7年前からのお気に入りであり、時期もあって未だに使い続け、赤いカチューシャは彼女の思い出のモノであるため、どんな時も身に付けているが、それ以外の服装は…ミトンの手袋やブーツに羽の生えたリュックと、本当に7年前のそれである。
「うぐぅ…縮んでないよぉ…これから成長するもん」
困ったように拗ねてみせるが…直後に彼女は涙を流した。
「ぐすっ…うぅ…」
「す、すまん、あゆ。そんなつもりは…」
祐一は彼女の泣く姿を見て焦る。
何を隠そう、竜也が本気で怒ったとき、凄まじく怖かったのだ。普段優しい人間を怒らせたら怖いとよく言うが、竜也は典型的なそれだった。
しかし、今回はあゆをからかうつもりではなく、確かに違和感を感じたからだ。
「ううん…祐一くんの言葉で泣いたんじゃないの。2人に会えたから…」
ミトンの手袋で涙を拭って、あゆは儚く笑った。
その直後、ずっと黙っていた舞は、祐一よりも一歩前に進み、あゆに問いかけた。
「あゆ…あなたは…誰?」
あゆは舞の力で自分の正体が見破られたことを察すると、とても嬉しそうに…だが、悲しそうに笑った。
「ふふ…さすが舞さん。すぐに気付いたね」
「やっぱり、祐一くんと舞さんが最後のひとつ前で正解だった。最後は竜也くんだから…」
数日後。
「やっぱり消えたの?」
名雪、香里、佐祐理、美汐は百花屋に集まっていた。開口一番は香里。
理由は一つ。彼女たちの周りにいる人々がことごとく消えたからだ。
祐一、舞、潤、栞、久瀬、真琴、ミツル、サトル、秋子。
それぞれに全て共通することが有り、それらを改めて確かめるために集まった。
「うん…あの龍騎に似た怪物…」
一つ目は、全員が仮面ライダー龍騎に似た怪物に襲われたのだ。
戦いが終わって7年、この雪の街はおろか世界のどこにも、怪物が現れたという話はなかった。NoMenの香川達とも定期的に連絡を取っており、そんな情報があればすぐに耳に入るだろう。政府組織すら掴めていない怪物の横行。本当に急な出現なのだろう。
さらに気になったのは…。
「それに、ミツル君やサトちゃんが全く歯が立たなかったなんておかしいよ」
「やっぱりそうですか…。シュウイチさんも同じみたいでした…」
「潤も…まるで攻撃が通じてなかったみたいだった」
二つ目の共通点は、龍騎に似た怪人にはどんな攻撃も通用しなかったこと。
彼らは仮面ライダーとして、怪物に対抗しうる手段を持ち合わせている。たしかに7年というブランクがあり、戦闘技術の衰えは多かれ少なかれあるかもしれない。だが、そんな様子ではなく、まるで攻撃が全く当たっていないかのように、ダメージを与えられていなかった。つまりほぼ無抵抗の状態で龍騎に似た怪人に蹂躙されたと言えよう。
祐一と舞は連絡が付かず、目撃者がいないだけだが、それでもここまで共通していればおそらく同じ結果だったのだろう。
そして最後の共通点は…。
「7年前のあゆさん…いましたね」
彼らが襲われる直前、7年前と同じ姿をしたあゆが、それぞれの前に現れていたのだ。
「あのあゆちゃんが…龍騎みたいな怪物の正体なのかな…」
名雪は複雑な表情で俯く。
あゆの生い立ちは、彼女たちもよく知っている。とても辛い人生を送ってきたのだ。思春期を眠りの中で過ごし、竜也の助けがあったとは言え、社会に馴染めるように猛勉強に励んだ。彼女はそんな逆境に負けず、社会で生きていくことができ、ようやく竜也と結婚するという幸せをつかもうとしている。
だが、それでも怪物として暴れまわっているなら止めなければならない。
「竜也さんに…相談しなければなりませんね…」
結婚式の準備で大忙しの2人…。竜也とあゆには再び大きな困難が降りかかろうとしていたのだ。
2019年1月3日。
竜也とあゆの結婚式1ヶ月前。
式場の準備などは秋子が手回しすると言っていたが、あえて全てを竜也とあゆの2人だけで準備した。もちろん大変だったが、これだけは譲れなかった。
これから2人で歩む道のスタートラインを、自分たちで作りたかった。
そんな準備が年末になんとか終わった次の日である今日、2人は名雪達に呼び出されていた。
「祐一くん達がいなくなった!?」
百花屋のテーブル席をバンと叩くあゆ。横に居る竜也もその事実に狼狽えている。
「やっぱりあゆちゃんじゃないよね…。あのあゆちゃんは7年前の姿だったし…」
あゆは嘘をつくことが下手である。全く嘘を言わない性格ではないが、咄嗟に吐いた嘘は誰相手でもすぐにバレる。ゆえに本人は意識せずとも表裏のない性格であった。そんなあゆの様子を見た4人は落胆する。
この様子だと、あゆはあの龍騎に似た怪人とは無関係なのだろう。
「実は…龍騎そっくりな怪物が出てきて、潤や栞、久瀬さん達を攫っていった。仮面ライダーの攻撃も全く通じなかった…」
「そんな…あのオーディンと同等の強さってことなのか…!?」
竜也達にとって全く歯が立たなかった強大な敵として最初に思い出すのは、仮面ライダーオーディンだ。凄まじい強さを秘め、強い意志と明確なビジョンを持つライダー。竜也達と城戸真司達を始めとした多くの仮面ライダーが協力し、やっと止めることの出来た存在。
彼は最後にあゆによって救われ、共存できなかった少しだけの後悔を残してこの世から消えた。ただ倒すだけではなく、心を救うことができたのは他でもないあゆだけが出来たことだった。
そんな強大な存在と同等の脅威が再びこの世界に現れた。
なんとしても止めねばならない。
「でも…祐一達は仮面ライダーだからなのかもしれないけど、どうして栞ちゃんや真琴ちゃんまで…?」
攫っていく人々の共通点がわからない。
栞、真琴、秋子も仮面ライダーの周りにいる人々ではあるが、それなら名雪、香里、佐祐理、美汐、この4人を見逃す理由に矛盾が生じる。
「とにかく…あの7年前の姿をしたあゆさんが、龍騎のような怪人なのは間違いないです」
腕を組んで推測する美汐。佐祐理は懇願するように竜也に言った。
「今、攫われていない仮面ライダーは竜也さんだけです。結婚式が近くて大変なのは承知していますが…どうか力を貸してくれませんか?」
断る理由はない。
竜也にとって攫われた人達は大切な存在である。仮面ライダーとして戦ってばかりだった竜也が一人の人間としての生活に戻れたのは、その人々のおかげでもあるのだ。
そんな人々が攫われたとあっては、黙っているわけには行かない。
「もちろんだよ、必ずみんなを連れ戻す。それに…みんな結婚式にも参加して欲しいから」
そう言って、竜也とあゆは顔を見合わせて微笑んだ。
杞憂だった。
きっと2人なら事件を解決し、自分の幸せも掴み取れる。4人はそう確信した。それは理由のない根拠などではない。2人は最後まで笑っていられる強さをしっかりと持っているのだから。
既に大きな困難にいくつも打ち勝ってきた過去を持つのだから。
ここは別世界『龍騎とKanonの異世界』。
煤けた切り株のある約束の場所で、あゆはティードと会っていた。彼の横には2体の異形「アナザーダブル」と「アナザー電王」が付き従うようにいた。しかし、2体とも会話らしい会話をしようとはしない。まるでそこにあるオブジェのように立ち尽くしていた。
「どうだ、アナザーライダーの力は?」
「力の強さは重要じゃないよ。…でも、キミのお陰で、みんな幸せになってる。ありがと」
あゆは素直にティードへ感謝の言葉を述べる。
少し前。
「落ち着け、あゆ!」「目を覚まして!」「あゆちゃん…なんでこんなことを…!?」
「ボクの世界のみんなの為だよ」
アナザーライダーの力で仮面ライダー達を捩じ伏せ…。
「オマエ達には、この世界で生きてもらう」
ティードの持つ、洗脳の力。
あゆによって連れ去られた人々は、この世界の自分の記憶を埋め込まれ、この世界の住民へと変えた。
その儀式が済み、あゆはティードと別れ、悲しみに暮れる人々の元に向かう。
水瀬家
「名雪さん!サトル君と秋子さん…帰ってきたよ!」
「…!」
顔を上げ、もう二度と会えないと思っていた大切な人の顔を見た瞬間…。
「サトちゃん…!お母さん…!うぅ…!うああああぁん!!!」
彼女の心の氷は溶け、光が差し込んだ。
「なゆちゃん…ただいま!」
「名雪、心配かけたわね。もう大丈夫よ。こんなに痩せて…さぁ、今日は名雪の大好きなもの作りましょう」
「美汐ちゃん!」
「あゆさん、わたしはもう貴方とは…」
美汐は嫌悪感を剥き出しにして振り返る。だが次に見た光景で、その表情は消え去った。
「あうぅ…美汐…」「天野、すまなかったな…」
「真琴…ミツルさん…!」
戻ってきた大切な人々。美汐は涙を流しながら、2人を抱きしめた。
「香里さん!悲しまないで…!」
総てを拒絶していた香里。だが彼女もまた、愛していた人々との再会によって鮮やかな世界が取り戻された。
「お姉ちゃん!」
「よぉ香里!おれと栞ちゃん復活記念だ!デート行こうぜ、デート!」
「…!!も、もう!大学の勉強で忙しいの!デートはまた今度!行くわよ、栞…!」
あの頃のような他愛ないやりとり。それこそが奇跡であり愛おしい日々だったことを知った。
「佐祐理さん!…奇跡が起こったよ!」
苦しみながらも強く生きようとしていた佐祐理の前に、祐一、舞、久瀬を連れたあゆが現れる。
「舞…!祐一さんに久瀬さんも…!」
「ただいま、佐祐理」
「佐祐理さん。また一緒に弁当、食べよう」
「僕も…混ぜてはくれませんか?」
命を絶とうと考えていた自分を強く恥じると同時に、その間違いを侵さなかったことに安堵した。そこには確かな安らぎがあったのだ。
「ぐす…!はい!佐祐理が腕によりをかけて、美味しいお弁当、作りますよ!」
あの頃の幸せな日常。
それが少しずつ取り戻されていく。その事実が悲しみを埋もれさせ、心を満たしていった。
「龍崎竜也の父親と母親はオリジナル世界においては存在しない。残るのは龍崎竜也…仮面ライダー龍騎のみだ」
ティードは相変わらず澱んだ瞳で、あゆを見据えながら伝える。
「だが…ここからが一番厄介だ。アナザーライダーは対象となったライダー以外の攻撃は無効化されるが…その対象となったライダーの攻撃は通じる。真の龍騎との戦いにおいて、オマエは無敵ではない」
その言葉にあゆは顔を伏せた。
それはいずれ来る真の龍騎である竜也との戦いへの不安ではない。いや、勝てなかった場合の末路に不安は感じてはいるが、重要なのはそこではない。
きっとこのままでは、あゆ自身の心は満たされない。竜也の両親は取り戻すことはできないが、それ以外のすべての人々を取り戻すことで、幸せになれる。その為に、きっと竜也が一番嫌悪する「悪」とも言えるであろう、アナザーライダーの力を手にしたのだから。
だが、自分の世界の竜也は死んだわけではない。目覚めないだけだ。
死ぬまで目覚めないという呪いに囚われ、今でも病床にいる。そんな彼を見捨てて、別世界の竜也を連れ去ったとしても、それは真の幸福と言えるのだろうか。
竜也を…命を賭けて自分を目覚めさせた愛する人を、裏切ってはいないのだろうか。
「うぐっ…!?」
そんなあゆの心の迷いを見透かしたのか、ティードは彼女に近づき、前髪を掴んで前を向かせた。引き抜かれそうな髪の痛みにあゆは涙目になる。
「何を迷っている?」
「ぼ、ボクは迷ってなんかない…!痛いから離してよ!」
ティードの力を借りていることには、後ろめたさがあった。眠り続けている竜也は、人の幸せを何より願っていた。もちろん、あゆがアナザー龍騎の力を行使しているのは、ライダー同士の戦いから取り残された人々を幸せにしたかったからだ。それは嘘偽りのない本心。
だが、別の世界の名雪、佐祐理、香里、美汐…そして別世界のあゆ自身は、この計画を果たすと同時にかつての自分達と同じように悲しみに暮れることになる。
誰かの幸せを奪った幸福は…果たして真の幸福なのだろうか。
そんなあゆの葛藤など気にせず、ティードは前髪を掴んだまま伝えた。
「良い事を教えてやる。オリジナルの龍崎竜也を連れ去ったら、奴の命をオマエの世界の龍崎竜也に移してやろう。オマエが愛する龍崎竜也を見捨てるという迷いが、これで無くなったな」
それだけ言うと、ティードはあゆの前髪から手を離した。乱れた髪を少し気にしながらあゆは彼を見つめる。
契約した時は涙でよく見えなかったが、今は分かる。
ティードの瞳には、この上ない闇が潜んでいる。
きっと自分にアナザーライダーの力を与えたのも、あゆの願いを果たす以外に別の大きな理由があるはず。きっと多くの人々を悲しませる企みなのだろう。
それに加担していることも理解できていた。
しかし今のティードの言葉で、再びあゆは善良な判断が出来なくなっていた。
「じゃあ…竜也くんはまた目覚めるんだね…?」
「最初に言った筈だ。オマエが手にするのはそういう力だと」
きっと間違っている。
この計画を進めていく間にも、何度もその思いが脳裏をよぎった。
もし有り得ない奇跡が起こって竜也が目を覚ましたとき、きっと彼は自分を非難するだろう。こんなことは間違っていると。
それでも…正しくない行いでも…偽りであっても…
あゆは皆と幸せになりたかった。
「わかったよ、ボクは負けない。オリジナルの世界の竜也くんに必ず勝ってみせる」
改めて決意したあゆは、ティードの用意した銀色のオーロラを使い、『龍騎とKanonの世界』へと向かった。
「ボクって…こんなに醜い心を持ってたんだね…」
<RYUKI>
その言葉に呼応するかのように、彼女の姿は醜悪な怪物へと変貌する。
自分の手を見つめると、その体は人のモノではなくなっていることが分かった。
鏡で見た自分の姿は、その名の通り確かに竜也の変身する龍騎によく似ていた。それでも醜く、真の龍騎のような人々を救っていた誇り高き紅い騎士の姿とは言えなかった。
あぁ…そうか…。
ボクの心が醜いから…こんな姿になったんだね…。
「ティード、良いのか?あの月宮あゆとかいう小娘…」
あゆが離れたあと、アナザーダブルが立ち尽くしていたティードに尋ねる。
彼女の心に葛藤や迷いがあることは、アナザーダブルにもよく分かった。故に心が揺らぐ彼女を味方のままにして良いのかどうか…。
「良いんだよ。シンゴも手に入れたうえに、不安要素の一つだった久永アタルも此方の手にある。オレ達の勝利は揺るがない」
そう言いながら、アナザー電王を見つめる。その仮面が外れると、そこには光を失った目をした少年がいた。
「月宮あゆは、あくまでも戦力の増強だ。仮面ライダーは奇跡を起こす厄介な連中。用心に越したことはないが…万が一不要ならそこで捨て駒だ。だが…」
「罪に苛まれ、悩み苦しみ、それを乗り越えた仮面ライダーは…確実に強い」
「だからオマエをオレの手元に置いてるんだよ、ダブル」
「ヘッ…」
アナザー電王は既に再び仮面を被り、沈黙を貫いている。
残る二人の人影は互いに笑い合う。
「月宮あゆの変身するアナザーライダーは特殊だ。アナザーライダーやライドウォッチを生み出せば元来の仮面ライダーの歴史が消滅するというのに、彼女の世界の龍騎の物語は消滅しない。この前例は、世界の破壊者であるディケイドと特異点の電王のみだ。その理由も…何か意味があるはず」
「仮面ライダークウガから始まった、平成ライダーの歴史のオワリは…もうすぐだ」
その内の一つが…醜悪な巨蟲に変わった気がした。
『龍騎とKanonの世界』。
4人と別れ、竜也とあゆは街を散策する。
「この街に潜んでるのは間違いないと思う。皆この街で攫われてるから…」
「でも、7年前のボクって…どういうことなんだろう…?」
過去の自分なのかもしれないとふと考えたが、そんな記憶はない。
2人の抜け落ちていた記憶は全て7年前に取り戻した。
だとしたら、残る可能性は…
「別の世界の…あゆってことなのか?」
かつてこの世界には、門矢士をはじめ様々な別世界の仮面ライダーや人々が集まった。その経験からすれば、その結論に行き着くのも自然なことだった。
「そっか…別世界の人が前に来たのなら、すぐに気付かれるよね」
あゆと竜也がその声に振り向くと、そこにはあゆがいた
「うぐぅ…!ぼ、ボク!?」「やはり話の通りなんだ…!」
おそらく彼女は龍騎に似た怪人。竜也は咄嗟に身構える。
しかし、目の前にいるあゆ(以後Aあゆ)は、戦う素振りを見せず、竜也とあゆをジッと見つめる。
「ふぅん…7年後のボクって、こんな感じなんだ。祐一くんやミツルさんからよく子供体型とか、小学生の男の子みたいとか言われてたけど…ちゃんと成長できるんだね」
昔を懐かしむような表情でAあゆは呟く。
そして、祐一達と邂逅した時のように、涙を流し始めた。
「会いたかったよ…!竜也くん…!」
「君は…」
その涙は決して嘘偽りのない涙だった。目を覚まし動いている竜也を見るのは、Aあゆにとって実に約一年ぶり。成長し少し大人っぽい見た目になっているが、それでもAあゆのあたたかい思い出の中の竜也が現れたことに感極まった。
それを見ている2人も戸惑いながら、彼女の悲しみを感じていた。辛かった戦いと記憶にまつわる経験。その中であゆは幾度も泣き、竜也は枯れ果てた涙を取り戻した。悲しみにはとても敏感だったのだ。
「ぐすっ…いけない…しっかりしなきゃ…!」
ミトンの手袋で涙を拭って、竜也とあゆを見据える。
その時の表情は…悲しみに暮れた表情ではない。怒りと嫉妬に染まった表情だった。
「羨ましいな…」
「え?」
「聞いたよ、ティードさんに。キミはこの世界で戦いを見届けて、その戦いに終止符を打った竜也くんと幸せそうに暮らしてるって」
笑顔だったが、そこに喜びなどの感情はこもっていない。
自分と同じ顔をしているのに…あゆは恐怖を感じた。
「ボクは見届けることもできなかった…。それだけの違いでキミは、ボクの欲しかった総てを持ってる…!」
拭き取った涙が再び流れ出す。溢れる感情は…もう止まらない。
「どうしてキミだけが…幸せになれるの!?オリジナルって、そんなに偉いの!?」
「だから決めたんだ。幸せなボクがいる世界から…全て盗っちゃおうってね」
「どうせ竜也くんを頂戴って言っても、渡してくれないでしょ?話し合いは無駄だね」
Aあゆは右手を左斜めに突き出す。それはかつて、竜也や城戸真司が龍騎に変身する際にとっていた動作と寸分の狂いもなかった。違うのはカードデッキを左手に持っていないかどうか。
「変身」
<RYUKI>
低い電子音声がなったかと思うと、Aあゆの姿は変異した。
それは赤い皮膚に銀色の鎧を纏った異形。右手には巨大な青竜刀を握り、左手には龍の頭を携えていた。歪で醜いが…名雪達の話通り、龍騎の面影をどことなく感じた。
「あゆが怪人に…!」
「うぐぅ…酷いよ竜也くん。…まぁ、こんな見た目じゃ、仕方ないか」
「これでも立派な仮面ライダー龍騎なんだよ」
「アナザー龍騎って言うのが、本当の呼び方なんだけどね」
「アナザー…龍騎…!?」
そう言いながら、アナザー龍騎は二人に襲いかかった。
「ヤアアァッ!!」
「あゆ、あぶないっ!」「うぐぅっ!?」
竜也はあゆを抱え、アナザー龍騎の攻撃をかわした。
青竜刀から繰り出される攻撃は凄まじく、地面には大きな亀裂が走っていた。
竜也があゆを守った。その事実はアナザー龍騎にさらに嫉妬の炎を燃え上がらせた。
「本当に羨ましいよ…。キミが竜也くんをくれないと、ボクはそうやって竜也くんに守ってもらうことも出来ないんだよ!?」
「仕方ない…!」
7年ぶりだ。
その相手がまさか別世界とは言え、あゆだとは思わなかった。
それでも戦わなければならない。きっと彼女が祐一達を攫った張本人。取り戻すためにも…竜也はカードデッキを構えた。
あの日と変わりなく、Vバックルは現れ腰に装着される。
「変身っ!」
そう言ってデッキを装填する。
仮面ライダー龍騎の復活だった。
アナザー龍騎はその力を手に入れて間もないのか、動きには拙さを感じる。
大振りでとにかく相手にダメージを与えることだけを考えた攻撃。技術をあまり感じない。故にブランクがあっても竜也にとって避けることも躱す事も容易だった。
「…はあぁっ!」
「うぐっ!」
その拳がアナザー龍騎に炸裂する。やはり未熟だ。本当に戦いにおいては初心者なのだろう。
ならば何故、祐一達はアナザー龍騎に敗れたのだろうか?
「うぐぅ…痛いよぉ…!ホントに無敵じゃないんだね…」
そう言いながら、アナザー龍騎は拳を受けた脇腹をさする。
「く…!」
たとえ別世界でも、あゆを傷つけることは竜也の戦意を大きく喪失させていた。
その心の優しさと隙を、アナザー龍騎は見過ごさなかった。
「やっぱり優しいね…!」
「ぐぅっ…!」
龍の頭から放たれる灼熱の炎が、龍騎の体を焼く。
そんな戦い方をするアナザー龍騎に、あゆは抗議する。
「酷いよ…!竜也くんの優しさを利用するなんて!」
「キミみたいな温もりの中だけで生きてきた人は黙っててよ。どんなに卑怯でも…酷くても…ボクは勝たなきゃいけないの…!」
青竜刀を構え、龍騎にさらなる攻撃を畳み掛けようと近づくアナザー龍騎。
きっと躱す事も防ぐことも龍騎には出来た。
だがアナザー龍騎の…別世界のあゆから滲み出る悲しみと苦しみから、動くことが出来なかった。
「だめっ!!竜也くんっ!」
そう言って、あゆは龍騎を庇おうとアナザー龍騎の前に立ち塞がった。
「邪魔。退いてよ」
「退かないっ!キミもこんなこと間違ってるって…分かるはずだよ!?」
必死にアナザー龍騎を説得する。
だが、彼女の心は既に決まっている。
青竜刀を振り上げ、あゆの頭上めがけて振り下ろそうと…
「よせっ!!!あゆっ、やめろぉっ!!!」
<<SWORD VENT>>
その凶刃は、防がれた。
目を閉じていたあゆが再び目を開くと…。
「龍騎…サバイブ…!」
紅い炎のような鎧を身に纏った龍騎、仮面ライダー龍騎サバイブがいた。
竜也とあゆが知る龍騎Sに変身する者は、ただ一人。
尊敬し憧れ、目標にしたあの青年。
「真司さんっ!」
そう、城戸真司だ。
「あなたまで…ボクの邪魔をするの?…ボクらが死ぬほど苦しんでた時には、助けてくれなかったくせに!!!」
「…っ!!」
アナザー龍騎の怒りの罵倒を振り払うように、龍騎Sはドラグブレードを使って青竜刀を弾き飛ばした。
「竜也、月宮あゆ、話は後だ。一旦、退くぞ!」
そう言って、龍騎Sはオーロラを呼び出し、2人をその中に誘っていった。
続く…
次回
一体、何が起こってるんですか!?
彼女は…総てを龍騎の物語の中で奪われたんだ
じゃあ、アナザー龍騎を倒したら…!?
だが彼女を倒さなければ、2人の世界の人々は…
おれは…どうすれば…!?
ボクの…願いは…
後編「風が吹き続けるなら」
キャスト
龍崎竜也=仮面ライダー龍騎
月宮あゆ
月宮あゆ=アナザー龍騎
相沢祐一=仮面ライダーナイト
川澄舞=仮面ライダーファム
北川潤=仮面ライダーライア
美坂香里
美坂栞
久瀬シュウイチ=仮面ライダーゾルダ
倉田佐祐理
水瀬名雪
沢渡真琴
天野美汐
虎水サトル=仮面ライダータイガ
斉藤ミツル=仮面ライダーインペラー
水瀬秋子
水瀬名雪
倉田佐祐理
美坂香里
天野美汐
???=アナザー電王
アナザーダブル
ティード=???
城戸真司=仮面ライダー龍騎サバイブ
あとがき
如何でしたか?
今回、さらに周りの人々のその後にもスポットライトを当てつつ、平成ジェネレーションズFOREVERの裏話も創作してみました!
ティードは本編中、アナザー電王を擁立して2018年に向かっていましたが、その途中でこの物語があったという設定にしてます。
そしてなにより、ジオウ本編でアナザーリュウガが登場し、アナザー龍騎が登場しないということになりましたので、これを利用しない手はない!と思い、アナザー龍騎を主軸にしています!
感想や質問、お待ちしています!
次回もお楽しみに…