放課後りぼん   作:こじかシステム

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#1 私はこれからもアイドルを続ける。

「ラブライブ!」

 

 夕暮れの秋葉原。

 カメラのフラッシュがパッと光って、私達のこの瞬間は切り取られた。

 きっとみんな素敵な笑顔に違いない。

 

「うーん、終わったわね」

 

 私は目の前を流れる神田川に向かって、手を組んで大きく伸びをする。

 秋葉原で行われた、私達スクールアイドルのためのライブは大成功のうちに終わった。

 三月の終わり。川沿いを吹く風はまだまだ冷たいけれど、ライブが終わったばかりのみんなの温度は下がらないみたい。さっき集合写真を撮ったばかりだというのに、今度は自分のカメラやスマホを取り出してお互いの写真を撮り合ったりしている。

 私は川沿いの手すりにもたれ掛かったまま、そんなみんなの楽しそうな声を聞いていた。

 

「にこちゃん!」

 

 突然、後ろからズシリと何かが覆いかぶさってくる。 

 

「うわぁ凛!? 重い! 重いわよ!」

 

 私の頭の上でくすくすと小さく笑う声が聞こえる。

 必死に訴える私の声も意に介していないようだ。凛は「よっ」と私の肩をポンっと突いて私から離れる。

 

「にこちゃんお疲れ様!」

「もう、まったく……凛もね」

 

 振り向いた私の目の前に、全然お疲れって感じじゃない凛の笑顔。

 

「凛、まだライブの片付けが残っているのですよ」

 

 凛の後ろから呆れ顔の海未が言う。

 

「うん、分かってるよ。海未ちゃん!」

 

 凛が拳をギュッと握って両腕を上げると、海未は本当に分かっているのかと訝しげに首を捻る。

 

「でも、始める前はどうなる事かと思ったけど、終わってみるとあっと言う間だったわね」

「ええ、無事に終えられてよかったです」

「でもさあ……」

 

 ホッとした様子の海未に対して、凛は少し不満そうな顔。

 

「これで本当に最期なんだよね」

「楽しかったけど、やっぱり寂しいよね」

 

 気付いたら隣に花陽がいた。

 うつむく花陽に私が「そういう話は……」と言おうとしたら、

 

「もう、そういう話はしない約束やろ」

 

 希に先に言われてしまった。

 絵里が花陽の肩に手を置いて、それに続く。

 

「そうよ。μ'sでなくたって私達の関係は変わらないんだから」

「だって、卒業しちゃったんだよ」

 

 まるで自分が卒業してしまったかのように、凛は口を尖らせた。

 

「絵里ちゃん達と毎日学校で会えなくなるのは、それだけで寂しいよ」

 

 そう言ってくれるのはうれしいけどね。

 寂しいのは私達だって一緒なのよ、だから……。

 私は凛の前に歩み寄って、

 

「いいい、痛いよにこちゃん!」

 

 凛の両頬をキュッと引っ張った。

 

「そんな染みったれた顔しないの」

「ふえぇ!?」

「アンタ達はこれからもスクールアイドルを続けるんだから。笑顔よ笑顔」

 

 そう言ってパッと両手を離すと、凛は「笑顔どころじゃないにゃー」と大袈裟に頬をさすった。

 

「そうだよね。にこちゃんもアイドルを続けるんだもんね」

 

 そう言う花陽は満面の笑みで、その曇りの無さになぜか私は少し怯んでしまいそうになる。

 

「当然でしょ」

「うん!」

 

 そう、私はアイドル。

 スクールアイドルになる前からずっとね。

 μ'sが終わったって、にこにーがアイドルである事に変わりはないんだから。

 

「皆さん! 水を差す様で申し訳ありませんが、まだ後片付けが残っています。急いで衣装を着替えて頂きますようお願い致します!」

 

 海未が全体に向かって申し訳無さそうに呼びかけた。

 思いの外時間が押してしまったせいで、空は今にも日が落ちそうな赤。皆は「ハーイ」とそれに答えると今日の為に更衣室を提供してくれたUTXへと三々五々歩き出す。

 私もそれに続こうと足を踏み出した時、こちらに向けられた2つの視線に気付いた。

 絵里と希だ。

 

「な、なによ?」

「なーんか、にこっちが一番寂しそうだな―と思って」

 

 そう言って希はいじわるそうに笑う。

 私は心を見透かされているような気がして、フンと目を逸らした。

 

「何言ってんの。アンタ達の方がよっぽど寂しそうよ」

「えぇ、寂しいわ」

 

 絵里が間を置かずに毅然と答える。そう言う割に、その表情には陰りが全然ない。

 

「自信満々に言う事じゃないでしょ。まったく」

「まあね。でもやり残した事もないもの」

「ええ」

 

 頷く私も、きっと絵里と同じ顔をしてる。

 

「にこっちは……平気?」

「え?」

 

 突然、希が真剣なトーンでそう問いかけるものだから、私は絵里の様にすぐには答えられなかった。心配と期待の入り混じった複雑な瞳は、なぜか私を急に臆病にさせる。

 

 ただ私には、希がその問いを投げかけた相手が、μ'sの終わり高校生活の終わりに対する寂しさを抱えた『スクールアイドル矢澤にこ』にではなく、これからの『アイドル矢澤にこ』に対して向けられたものだとすぐに分かった。

 

 進学に伴って、アイドル活動を終わりにする事にした絵里や希と違い、私はアイドル活動を続ける事を選んだ。それは、スクールアイドルを始める前から自分がアイドルだと自覚していた私にとってはごく自然な事で、続けるとか終わりにするなんて迷いすら、頭を過る事もなかった。

 μ'sは終わってしまったけれどそこで得た経験は本当に大きくて、今後の私のアイドル活動にもきっと活きるに違いない。

 だから、ソロになった私はこれからもっともっと大きくなって、いつか世界中の人を笑顔にするのよ。

 

「もちろんよ。その為に頑張ってきたんだから」

 

 希の真意も確認せずに私は答える。

 私はいつだって『アイドル矢澤にこ』を信じている。

 疑いを持った事なんてない。

  

 ――本当に?

 

 本当に疑った事はなかった?

 

 閑散とした初ライブの時に、

 アイドル研究部の部員が私一人になってしまった時に

 その後のライブさえままならない日々に、

 穂乃果達がμ'sを始めた時に、

 6人なったμ'sが少しずつ人気を集めだした時に、

 

 そして、μ'sが9人になって、

 ラブライブ!に優勝して、

 このスクールアイドルのためのライブでμ'sが終わりになるこれまで、

 

 本当のにこは何度も疑ってこなかった?

 

 心を覆いそうになった影。

 私はそれを振り払うように歩き出す。

 絵里と希はまだ何かを言いたそうにしていたけれど、気づかないふりをした。

 

「さあ、行くわよ。早くしないと片付け終わらないでしょ」

 

 私はこれからもアイドルを続ける。

 だって、こんなに大好きなんだから。

 

 私達がUTXで着替えを終えた頃には、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 街中ではすでに撤収の作業は始まっていて、私達もあわててそれに加わる。

 どうなる事かと思ったが、今日中に必要な分の作業は程無く終わりそうだった。

 

「でもね」

 

 花陽は街路樹に立てかけられたハシゴを抑えながら、その上に立つ凛に向かって話しだす。

 

「もし、音ノ木坂に廃校の話がなかったらと思ったら怖いよ」

「んー? 何が怖いのかよちん。はい、これで終わり!」

 

 凛は街路樹の飾りを取り外して、下にいる花陽に手渡す。

 

「穂乃果ちゃん達がμ'sを始めてなかったら、きっと私、スクールアイドルになってなかったと思うんだ」

 

 聞いているのかいないのか、凛はピョンっとハシゴから飛び降りた。それを「もう、危ないよ」と花陽がたしなめる。

 私は花陽から渡された飾りを袋に詰めながら、その会話をなんとなしに聞いていた。

 

「そうだね。そう考えるとお母さんには悪いけど、ちょっとだけ廃校の事には感謝しちゃうかも」

 

 すぐ側で路上の紙吹雪を集めていたことりが言うと、それに絵里が呆れた様子で応じた。

 

「もう、私はあの時本当に辛かったんだから」

「でもそうじゃなかったらμ'sもなかっただろうし、私達9人がグループになる事もなかったんだと思うと、よかったなぁって」

 

 花陽は言いながらハシゴを畳む。

 それを聞いて、なぜか私の心はチクリと痛んだ。

 もし、μ'sが無かったとしたら、私のアイドル活動は花陽に届いていたのかしら。

 

「みんなー! そろそろ終わりそう!?」

 

 穂乃果が道路を挟んだ対岸から、よく通る声で呼びかけてきた。凛が「終わったにゃー」と手をぶんぶん振ってそれに答えると、同様にあちこちから「終わったよー」とか「もうすぐでーす」と声が上がる。

 ついさっきまでメインステージがあった辺りはもうすっかり跡形もない。

 あちこちで皆が袋を片手にゴミや紙吹雪を集めている様子は、いくら秋葉原のネオンが明るいと言っても、いかにも祭りのあとといった感じで淋しい。

 

「にこちゃん、そっちは終わった?」

 

 真姫と希が歩道の向こうから、こちらにやってくる。

 

「ちょうど今終わったところよ」

「そう、私達も終わったから、そろそろ駅前に行こうと思ってるんだけど」

 

 私達は今回のライブ全体の締めとして、作業が終わったら駅前の広場に集まることになっていた。周りにいた他校のスクールアイドル達も、チラホラと駅の方に向かい出している。

 

「そういえば海未は? 一緒だったんじゃないの?」

「海未はUTXよ。あっちで借りた機材とかセットを片付けるのを手伝ってる」

「ふわーあ、片付けの方がライブより大変な気がするにゃー」

 

 ハシゴを抱えた凛が大きなあくびをしてボヤく。

 

「凛ちゃん。みんなこれから電車に乗って帰るんだよ。地元の私達が一番頑張らなきゃ」

 

 凛の後ろで一緒にハシゴを抱えていた花陽がそう言うと、凛はハッと気付いた様子でうなだれた。

 

「そっかぁ、そうだよね」

「でも、遠くの学校から来てくれた子はもう帰っちゃったりしてるよね。ちゃんと挨拶したかったなぁ」

 

 残念そうに眉を下げる花陽。

 

「仕方ないわ、また改めてメールでお礼をしましょうよ。それにスクールアイドルを続けていれば、これから会う機会なんていくらでもあるわ」

 

 真姫がそう言って花陽の肩に手を置くと、凛と花陽がバッと真姫の顔を見つめて目を輝かせた。真姫はそんな二人に顔を引きつらせてたじろぐ。

 

「何よ、二人して……」

「真姫ちゃん、凛は感動だよ……」

「うんうん、真姫ちゃんもすっかりスクールアイドルだね!」

 

 ハシゴを持ったまま真姫にグイグイ近づいていく二人。

 真姫は二人の圧力にたまらず、両手でそれを押し止める。

 

「もう当たり前でしょ! 始めた日だってあなた達と一緒なんだから」

 

 プイッと顔を逸らす真姫を、凛と花陽がくすくす笑う。

 私達卒業生はそんな後輩達を微笑ましく見ていた。

 

「頼もしい後輩やね」

「ええ本当に。ね、にこ?」

 

 絵里に言われて、知らず知らずの内に笑顔になっていた自分に気付いた。

 あわてて顔を戻して、照れ隠しに素っ気なく答える。

 

「まあ、そうね」

「にこちゃん、何か言いたいことでもあるの?」

 

 そんな私に、真姫が何を勘違いしたのか不服そうな顔。

 凛と花陽も不安気に私の顔を伺う。

 

「にこちゃん……やっぱり私が部長じゃ不安なの?」

「え?」

「にこちゃんが指名したのにひどいにゃ!」

 

 何も言ってないのに随分ひどい言われようだ。私は呆れた顔も隠さずに3人に言う。

 

「何も言いたいことなんて無いわ。部はもうアンタ達に任せたんだからしっかりやりなさいよ」

 

 本当に全然心配なんかしてない。

 あなた達はもう立派なスクールアイドルだもの。

 私達がいなくたって、きっとちゃんとやっていける。

 

 私は三人がそれぞれの形で納得した様子なのを確認すると「じゃあ行くわよ」と足元のポリ袋を拾い上げる。顔を上げるとことりと目が合った。

 

「うん、にこちゃんが作った部だもん。もちろんだよ」

 

 不意を付かれて目の奥が思わず熱くなる。私はどんな顔をしたらいいか分からなくて、みんなの前に急いで立って歩き出した。

 

 * * *

 

 私達が駅前の広場に付く頃には、もうだいぶ人が集まっていた。

 残念ながら時間の関係で帰ってしまった子もたくさんいるが、それでもかなりの人数。

 私とことりは、そこで絵里達と別れ、ライブに使った小道具や飾りを返しに一緒にUTXに向かう。

 

「にこちゃん」

 

 一人二つずつ、両手に荷物を持ちながら広場からUTXへと続く陸橋に登ると、ことりが口を開いた。

 

「ん?」

「ありがとう」

「何よ急に」

「なんかちゃんと言ったことなかったなぁ、と思って」

「そう。私も……感謝してるわ」

 

 私が言うと、ことりがうれしそうにふふっと笑う。

 

「にこちゃん、私もスクールアイドルを頑張るね」

「私? 私達じゃなくて?」

「うん、私。私達の中の私」

 

 分かるような分からないような。

 でも私にはなんだかそれがことりの決意表明にも思えて、思わず横目でことりの顔を伺った。ことりは真っ直ぐ前を見たまま。陸橋の上を吹く強い風がその長い髪を撫でる。

 

 ことりの印象が変わったのはいつからだろう。

 私がμ'sに入った頃のことりは、穂乃果と海未という、それぞれ種類は違うけれど、しっかりと自分を主張するタイプの二人に隠れた控え目な子という印象だった。

 それが今では、そんな二人より頼もしいとさえ感じる時がある。

 

「そっか、頑張りなさいよね」

 

 と、私が言ったか言わないか、ドンっと後ろから何かがぶつかって来た。

 

「わー! 疲れたー!」

 

 そう吐き出すように言って、私とことりの間からぐいっと顔を出したのは穂乃果。その勢いで両腕を私達の肩に回してきたものだから、私はズシリとかかったその体重によろけてしまう。

 

「ちょ、穂乃果! 危ないでしょ!」

「わわっ、穂乃果ちゃん」

「えへへ、海未ちゃんを呼びに行こうと思ってこっちに来たら二人が見えたから」

 

 穂乃果はそういうと袋を持った私達の手をそれぞれ握る。

 

「穂乃果も手伝うよ」

 

 まったく仕方ないわね。

 私はことりと顔を見合わせてくすくす笑った。

 

「あれ、何かおかしかった?」

 

 思えば、穂乃果にはたくさん振り回されたものだ。

 このライブのことを最初に思いついたのも穂乃果だし、廃校を阻止しようとμ'sを始めたのも穂乃果、アイドル研究部に強引に入ったかと思えば、絵里達もμ'sに引き込んで……そういや、ラブライブ!に出ないって言い出した事もあったわね。でもきっと穂乃果が言い出さなかったら、起きなかったであろう奇跡がたくさんあった。

 

 穂乃果が音ノ木坂を廃校から救うために始めたアイドル活動は、廃校を阻止しただけじゃなくて、ラブライブに優勝する事になっただけじゃなくて、本人が気づかない内にたくさんの人達に影響を与えたと思う。

 元気を、感動を、笑顔を、与えてくれた。

 それはμ'sのみんなにも、

 私にもそう。

 

「ううん、ありがとう」

 

 袋の端を握る私の手を、穂乃果の手がキュッと包む。

 

 ――私はそういうスクールアイドルになりたかった気がするのよ。

 

 もちろんスクールアイドルにこちゃんだって、そんなμ'sのメンバー。

 みんなが応援してくれて、笑顔を与えて、笑顔をもらって、それは穂乃果と変わらない。

 でも、ふと思う事がある。

 私一人でそんな事が出来たのかと。

 穂乃果一人で起こせた奇跡じゃないのは分かっているけれど、

 これからの私は起こせるのだろうかと。

 

 そこにあるのは、嫉妬とか劣等感みたいなものじゃ無くて、

 大きな疑問と、少しの不安。

 いや、逆かもしれない。

 

「あら、どうしたのですか?」

 

 3人で手を繋いだままUTXの前まで歩くと、ちょうど海未が中から出て来たところだった。私達はバンザイするように海未に向かって荷物を見せる。

 

「なるほど、それではこちらに」

 

 私達は、荷物を1つずつ分け持つと、海未の先導するままUTXの中に入った。海未はもうUTX内にすっかりなれた様子で、迷わず奥へどんどん入っていく。

 

「ごめんね。海未ちゃん、なんか色々任せちゃって」

 

 穂乃果が両手で荷物を抱えたままうなだれて、体全体で感情を表現する。

 確かに今回のライブで、海未は穂乃果の手がまわらない部分をよくフォローしていた。もちろん私達の中でもそれぞれ役割があったけれど、穂乃果の事まで気を回して、さり気なくサポートに入ったりというのはやはり長年の経験というか……海未にしか出来ない事かもしれない。

 

「なんですか突然」

 

 前を歩く海未はそんな穂乃果を知ってか知らずか振り返らずに答える。

 

「だって、今回のライブは穂乃果が言い出した事でしょ。それなのに全然細かいところまで気が回ってなくて……」

「量才録用」

「りょうさい? え?」

「人にはそれぞれ向き不向きがあります。私には私の、穂乃果には穂乃果の成せることをやればいいのです。それに……」

「それに?」

「私だけではありませんよ。にこやことりも、μ'sやA-RISEや他のみなさんも含めた全員が、このライブの為にと思って頑張ってやってきたから成功できたのです」

 

 海未はそう言って立ち止まると、穂乃果の方に向き直る。

 

「違いませんか?」

「うん……そう、そうだね!」

 

 海未は穂乃果の答えに満足そうに微笑むと、目の前にある扉を開けて「ここに荷物を置くように」と指示した。私達は荷物を降ろしてようやく身軽になる。

 

「それじゃあ、戻るわよ。みんなが待ってるし」

 

 部屋を出た私がそう言って3人を促すと、海未が「一ついいですか?」と聞いてきた。

 

「何よ。まだ何かやる事があるなら、手伝うわよ」

「いえ、にこ……その髪飾り、そのままでいいのですか?」

「え?」

 

 私は慌てて、頭の左右を手で抑える。

 首を捻る海未に、穂乃果は今始めて気付いたのか驚いた顔。

 そして、少し罰が悪そうな顔で苦笑いすることり。

 

 あれ、これって……。 

 手で触れただけで分かる、この形は今日の衣装の髪飾りだ。

 

「外すの忘れてたみたい」

 

 なんで誰も言ってくれないのよ。

 明らかに気付いてなかった穂乃果はいいとしても。

 自然と視線がことりに映る。

 

「なんか気に入ったから付けててくれたのかなーって、嬉しくなっちゃって……」

 

 まったく仕方ないわね。

 

「もう衣装は衣装。にこのトレードマークはあのリボンなんだから」

「そうだよね。ごめんね、にこちゃん」

 

 そう言って悲しそうに肩を落とすことりに、なぜか私の心がキュッと絞まる。

 

「もう! これはこれで好きだってば。気に入ってるわよ!」

 

 パッとことりの顔が明るくなって、その隣ではなぜか穂乃果がうんうんと頷いていた。

 

「本当に似合ってるよ。にこちゃん」

「何言ってんのよ。今海未に言われて気付いたクセに」

「なんで分かったの!? にこちゃんって、もしかして……」

 

 ワナワナと震える穂乃果を制して海未がため息を付く。

 

「エスパーではありませんよ。まったく、それくらい穂乃果の顔を見ていれば分かります」

「えぇ、なんでー?」

「とりあえず私、衣装室にこれ置いてくるわね。リボンもそこにあるはずだから。先に行っててくれる?」

 

 私は言うが早いか手を振ると3人と別れて衣装室に向かった。

 

 * * *

 

 衣装室に着くと中にはもう誰もいなかったが、暖房がついていたせいか室外と比べてかなり暖かい。私はさっき着替えたばかりの自分の衣装の前に向かう。

 

 うーん、ないなぁ。

 私がいつも付けている赤いリボンは、衣装と一緒にハンガーに掛けてあるはずだった。 最後に結ぼうと思って、ここに掛けて置いたはずなんだけど。

 私はとりあえず頭の髪飾りを外して、ハンガーに引っ掛けた。

 側にある鏡には、髪を下ろした私が映っている。これはこれでもちろん完璧なんだけどリボンがあると気が引き締まるというか……リボンを結んだ私がいて、解いた私が活きるってところもあるしね。

  

 私はもう一度よく調べようと、衣装をハンガーごとラックから取り出して、全体が正面から見えるように掛け直した。

 トランプをモチーフにした今回の私の衣装は赤と白が基調。差し色の黄色が胸元なんかに入ってて、μ'sや他のみんなと混ざると見ているだけでも楽しくなっちゃうような、今日のライブにピッタリの衣装だ。

 

 私は衣装を調べる手を止めて思う。

 今日は楽しかった。

 スクールアイドルためでもあるけれど、μ'sとして立てるライブが一つでも増えた事が嬉しかった。

 決勝大会のアンコールとか、海外のライブを考えると、オマケのオマケのオマケくらい?

 スクールアイドルでいられるギリギリまでμ'sでいられて幸せだった。

 

 もうすぐ私はスクールアイドルではなく、アイドルになる。

 何かが変わるんだろうか?

 まだ実感はないけれど、

 何もかも変わってしまう気もする。

 これからもこの衣装に恥ずかしくないアイドルでいられるかしら。

 

 それにしても色々な衣装を着たわ。

 ことりの作る衣装がなかったら、μ'sがこんなに成功する事もなかったかもしれない。

 曲もダンスもそう。

 メンバーも、誰一人欠けたってこうならなかった。

 

 私はどうだろう?

 私はこれから……

 

 突然。

 フッと部屋が真っ暗になった。

 

「わっ、何!?」

 

 停電?

 ちょっと、勘弁してよ……。

 

 慣れない場所での停電は、私を急に心細くさせる。

 しばらくじっとしてみたが灯りが戻ってくる様子もないし、特に物音も聞こえない。

 私がそろそろ誰か呼んだものかと思い始めた時、どこからか、聞き慣れたチャイムの音が聞こえた。

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