フロム脳を稼働させているので、いろいろ憶測が混じっています。
赤い月。
白い輝きを放っていた月は、その色を朱色に変えた。
「……アンタの所為さね、これは」
ヤーナムの下水道で出会った新入り。
あたしがもう見ることの無くなった “夢”を、まだ見ている狩人。
きっとあいつの仕業だ。
今回の獣狩りの夜はいつもとは違う。自分がまだ夢を見ていたときにだって、こんなのは無かった。
「教会の連中は、まだあんなことをやってるのかねえ」
獣から血を採りながら、ごちる。
教会は、旧市街を焼き棄てたときと同じように、今度はヤーナムそのものを棄てかねない。
だが、それを止めるのは自分の仕事ではない。
とうに夢を見なくなった自分には関わりのないこと。そんな英雄じみた真似は、それこそあの新入りにこそ相応しいだろう。
あたしの仕事は、獣を狩る人間を狩ること。狂気に囚われ、正気を無くすその前に。あるいは無くしてしまった後に。
どちらでも同じことだ。過程は問題ではない。狩れるのなら、それがヒトであれ獣であれ、問題ない。
そう、思っていた。
ガスコインの一件は想定外だった。
「あいつならまだ、保つと思っていたんだけどねえ」
どうも、ヴィオラが先に逝ってしまったらしい。一人娘を置いたまま、彼は獣になった。
「うん? あの娘、姉が居たんだっけか? まあ、どちらでも同じか」
それを、あの狩人が先に狩った。
狩人狩りなどは、自分の仕事だ。狩人が人間を狩ってはならない。狩人が狩るのはあくまで獣であるべきだ。
狩人を狩って良いのは、一代に一人だけだ。
例外など許されない。
―――あれはあたしの誤算だった。
ガスコインの獣化も。
それを狩ったあいつも。
だから、ヘンリックにまで手を出されたときには頭にきた。あいつがガスコインを狩っていなければ、あるいは手を出さなかったやも知れない。
けれどそうは出来なかった。見過ごすことなど出来なかった。
あたしが介入しても、それでもあの新人は行動を変えなかった。
粛々と、獣を狩るように、ヘンリックを殺そうとしていた。
だからきっと、あたしの知らないところで、狩人を狩っているのかもしれない。
でも。それでも。
それでも、あたしが見ているところでは、狩人狩りなんて真似はさせない。
狩人狩りの証、
だから、これはあたしの仕事だ。
赤い月。
ここまで夜が深まれば、狩人だって正気を保てなくなる。
あたしだって、いつ気が触れるか分かったもんじゃない。
その前に。
“カインの流血鴉”は、あたしが狩る。
放っておけば、あの流血鴉は暴れまわる。そして、その鴉を、
それはだめだ。
それは、いけないことだ。
「よいせ、っと」
振りかざされる杖を避け、右手の刃を走らせる。
喉、腕、腹、眉間。右手と左手の刃を交互に刺し、白いコートの木偶の坊を真紅に染め上げる。
返り血が暖かい。
頬にかかるその赤が、自分の精神を昂ぶらせる。
「……っと、いけないいけない。あんまりやりすぎちゃ、体が保たないね」
うずくまり、男から流れる血を汲み取る。
「こんなもんか。これだけあれば、まあ足りるさね」
あの鴉は、他の狩人とは違う。
詳しい素性なんて知らないが、少なくともあの城と関わりがあるらしい。
あたしより前の狩人狩り。
獣を狩る人間を狩る、なんて馬鹿げたことを専門にした酔狂な男。
とうに死んだものだと思っていたが、どういうわけか生きていた。
居場所は突き止めてある。きっとあの男も、自分を探しているあたしに気づいている。
その姿を幻視する。
鴉の羽をその身に纏い、
銀の兜で
鉄の具足で地に立って、
あの大聖堂で待っている。
「…………」
石畳を歩く。
赤い月が、道を照らす。
門を越え、歩を進める。
大聖堂へと続く大階段。
何度見ても荘厳な造りだ。壁も手すりも燭台も、複雑な彫刻を細かに施してある。
いつもなら白く輝いて見える。けれど、今日は朱に染まっている。
血の色か。月の色か。
まあ、どっちでもいい。
顔を上げる。
行く手を阻むはずの、あの大きな斧を持った教会の大男が居ない。
どこぞで寝ているのか。
どこぞで狩られたのか。
まあ、どっちでもいい。
関わりのないことだ。
あたしが用のあるのは、あの分厚い門の向こう。
既に開けられた巨大な門。ここからでは、まだ中は見えない。
教区長が居たはずだが、どうせとうに狩られているだろう。
鴉にか。
あの狩人にか。
まあ、どっちでもいい。
大聖堂に踏み入る。
自分の足音以外、何の音もしない。
まるでここだけ、別の世界のように。
まるでここだけ、夢の世界のように。
まるでここだけ、しあわせなせかいのように。
「ふん」
がつん、と足音を立てる。
これで気づくだろう。
気づかなければ……。
まあ、どっちでもいい。
幻視した姿と、目に映る姿が一致する。
銀の兜。鴉の羽。鉄の具足。
「変わんないね、あんた」
……返事はない。
元からそんなもの、求めていない。
異邦の剣を持った、鉄の手が動いた。
相変わらず妙な武器を持っている。あんな薄っぺらい剣で、一体何が斬れるというんだろう。
「って、そりゃこっちも同じか」
両手に持った薄い刃を構える。
慈悲の名を持つ、旧い武器。
誰が創ったんだか知らないが、よくもまあこんな単純な仕掛けを思いついたもんだ。
隕鉄で出来ているこの刃は、二枚を貼り合わせることでひとつの剣となる。特徴はただそれだけ。あとは、薄くて軽くてよく切れる、くらい。
目前の流血鴉が、一歩、踏み込んできた。
こっちも準備はできている。
―――さあ。
狩りを、はじめよう。