《非常事態発生、非常事態発生――》
耳に喧しい警報が周囲に響く。
場所は大きく創られた広間で、そこには人ひとりが入ることの出来るようなポッドが幾つも並べられていた。
その中の一つ、正面に『Ⅶ』と書かれたポッドだけが開き、中から一人の少年が顔を出していた。
蒼いウェーブ掛かった髪の毛、服の上からでも解る、スラリとした鍛えられた体つき。
だが未だ年若く、15~16歳程度の容姿をしている。
少年は「ッ……!」と小さく呻くようにすると、左右に頭を振って意識を覚醒させようとする。
すると徐々にハッキリとしてきたのか、目頭を押さえるようにしてからゆっくりと視線を周囲へと向けていった。
時間にして数秒間、そうやって一頻り周囲を見渡すと、少年はグッと身体に力を込めて立ち上がるのだった。
だがその少年の表情は険しく、眉間には皺が造られている。
耳に聞こえる警報、そして自身の目に映る風景。
彼はそれらに対して、現在の状況に対する答えを得ようと思考を広げているのだ。
「……どういう事だ? 非常事態と言うことは理解できるが、何故俺のポッドだけが」
言うと彼は、周囲にある自身の入っていた物と同型のポッドの中を覗き込むようにして眺めていく。
ポッドの正面にある窓から見える先……要はポッドの中だが、その中には性別や年齢は様々だが彼と同じような蒼い髪をした者達が入っている。
それも、どことなく似た雰囲気を持った者達が……。
「俺は……俺はザイン。……ザイン・バルシェム」
少年は手の平で顔を覆うように掴むと、苦しそうに表情を歪めた。
そして呟くように自身の名前(?)を口にする。
ザイン――ヘブライ語で『7』を意味する言葉である。
ポッドに書かれていた『Ⅶ』と言うのは、恐らくそういう意味なのだろう。
ザインは『名前』を口にすると、そのまま続けて自分自身の事について頭を巡らせていった。
耳には警報が聞こえているが、それ以上に自分の事に付いて考える必要性を感じているからだ。
そして程なく、ザインの脳裏には『自身の産まれ』、『存在理由』、『造られた訳』などが次々と浮かんでくる。
それと同時にあらゆる知識も浮かんできたのだが、それは今はどうでも良い事だろう。
ザインは自分の事が解るに連れてその表情を曇らせる。
その理由は『自分の存在理由が気に入らない』と言うことだった。
ザインは苦々しそうに顔を歪めると、口汚く「クソッ……」と言うのだった。
「何時までもこうしていても仕方が無いか。いい加減に――」
ズンッ――!!
「――クッ!?」
現在の状況について思考を働かせようと試みるが、その瞬間部屋全体を襲うような激しい揺れが発生した。
突然なことに、ザインはバランスを崩してヨロけてしまう。
慌てて隣のポッドに手を突き転倒を免れるが、ザインは小さく「チッ」と舌打ちをした。
《非常事態発生、非常事態発生――》
依然として喧しく響きわたっている警報。
ザインは高速で脳を回転させ、自身の『持っている知識』の中から今のような事に成り得る可能性を考える。
「可能性としては地球人達によって攻撃を受け、『ヘルモーズ』が轟沈寸前といったところか? ……考え難いことだが」
轟沈――等と、何とも物騒な言葉を言っているが、今現在の状況は正しくその通りだったりする。
現在ザインが居る場所は、そのヘルモーズと呼ばれる艦……要は、戦艦の中なのだ。
正確には『ゼ・バルマリィ帝国辺境銀河方面監察軍・第七師団旗艦ヘルモーズ』。
ある目的のため、本星から遠く離れた太陽系第三惑星地球に侵攻をしてきた……所謂宇宙人の艦である。
それは表向きとして、『銀河系の中でも特異な能力を持つ者が多く、また類まれなる闘争本能を持つ地球人を支配下に置く』為にであった。
無論、それ以外の理由なども有りはするのだが、それは一先ず置いておく。
つまりだ、ゼ・バルマリィ帝国は地球人を戦闘兵器として欲っしていたのである。
その為、帝国は自身の有する戦力の一部である師団を派遣し、数年間に渡って調査をしてきたのだ。
だが――
「フ……どうやら、地球人たちによって手痛い反撃を受けたようだな」
と、ザインは言った。
先程から流れ続ける警報、そしてそれと同じく続いている微振動。
先ず間違いなく、ヘルモーズは攻撃を受けているのだろう。
とは言え、ザインはそれも有る意味では当然の事であると思っている。
何故なら地球人達の特徴である『特殊な能力』、『類まれなる闘争本能』の二つ……それはつまり、戦闘に特化している事を差す。
それも、遥かに文明の進んだ帝国がわざわざ支配下に欲しいとまで思うような連中なのだ。
そんな連中が、他所からやって来て好き放題している異星人に、そうそう簡単に頭を垂れるわけがない。
「それにアウレフ――いや、イングラムが上手く立ち回ったか」
フフ……と笑いながら彼は言うと、一瞬だけその目を細めた。
イングラム――イングラム・プリスケン。
ザインと同じくゼ・バルマリィ帝国側の人間であり、人造人間(バルシェムシリーズ)1号体である。
しかし、その正体は別次元から転移をしてきた人物で、実際は帝国で造られた人造人間では無い。
とは言え、そのイングラム・プリスケンを1号体『アウレフ』とし、そのアウレフの遺伝情報を基にして2号体『ベート』を、
そして3号体『ギメル』と言うように次々と製造されていったのだ。
因みに、名前の由来は其々がヘブライ語数字で名付けられている。
大きな広間に並ぶポッドの数々、そして『Ⅶ』と書かれたポッドから出てきたザイン。
そう、彼自身もそのバルシェムの一人なのである。
帝国が――いや、ユーゼス・ゴッツォと言う一人の男が、己の野望を達成するために造り上げた人造人間。
それがバルシェムシリーズである。
彼はそのⅦ番め……『Zayin(ザイン)』なのだ。
だがまぁ、それが本名か? と問われれば、『そんなモノは唯の認識番号と変わらない』と、彼は言うだろう。
1号体であるアウレフや2号体であるベート等は地球の軍に潜入するといった任務を受けていた性質上、
『イングラム・プリスケン』や『ヴィレッタ・バディム』といった名前を持っていたが、
当然他のバルシェムにはそのような名前など存在しない。
なので便宜上、彼はザインでしか無いのだ。
まぁ、イングラムというのも言わば偽名のような物で本名ではないかも知れないが、ザインは自身の中に『植え付けられている記憶』から、アウレフでは無くイングラムと呼ぶべきだと思ったのだ。
「……ヘルモーズが地球人の攻撃を受けていると言うことは、このままでは俺の身も危ういか。
こんな状況だ、何故俺だけが眼を覚ましたのかは解からんが……とは言え、これは運が良かったと割り切るべきだな」
ザインは現在の状況に一応の納得を見せるような言葉を口にした。
次いで周囲に並ぶ同じようなポッドを一瞥すると、手近にあった隣のポッドに縋りつく。
そして開閉用のコードを端末に打ち込むと、周りのバルシェムを救おうと動き出したのだ。
『確かに自分達はゼ・バルマリィ帝国側の人間かも知れないが、何もしていない状態でそのまま死ぬなどゴメンだ』
恐らくそう思ったのだろう。
自身の入っていたポッドの隣、6番『Vav(ヴァヴ)』のポッドをザインは操作すると、ポッドは空気の抜けるような音を出してアッサリと開いていった。
ザインは開放されたポッドを覗き込むようにして見た。中にはザインと同じ青い髪をした女性(?)が入っている。
「女か……まぁ、ベートの例も有る。バルシェムでも女は居るが……だが」
ザインはポッドに眠るヴァヴを見ながら、そう呟くように言った。
ポッドに入っていたのは確かに『女』である……そう、生物学的には。
だがザインの目の前に居るヴァヴが、ベート・バルシェム――要は、ヴィレッタ・バディムのような『女』かと言うとそうではない。
ヴァヴの見た目は精々が13~14歳。
それなりに身体の凹凸は有るものの、未だ成長しきっていないような肢体をしている。
とはいえ、それなりにあるからこそ女だと判断できたのだが、それはヴィレッタと比べると可哀想な程度のものだった。
また、ヴァヴはザインと同じく蒼い髪をしているのだが、ザインのそれとは違ってクセのない真っ直ぐな髪質をしている。
恐らくは、ヴィレッタに近い調整を受けているのかも知れない。
「まだ子供……。確かに、俺たちバルシェムは製造過程で多少の肉体年齢を操作できるがな……」
ザインは、自分の事を棚にあげて(ザインの見た目は15~16)そんな事を口にする。
「兎も角次だ。他の奴らも出してやらねば――ッ!?」
――ドガアアアァァァンッ!!!
一瞬の事だった。
ザインが言葉を口にしようとした瞬間、今まで以上の激しい振動が発生した。
あまりの揺れの強さに、ザインは思わず蹈鞴を踏む用にバランスを崩す。
いや、それはもう振動などと生易しい状態ではない。
それはもう――
「ヘルモーズが……崩壊する!?」
咄嗟の判断で、ザインはポッドに入っていたヴァヴを抱きしめるようにして抱え込んだ。
瞬間、二人の居る部屋は眩い光に包まれるのであった。
耳を劈くような大音量。
それは恐らく、外部からの攻撃だったのだろう。
時間にすれば数秒にも満たない時間。
だがそれは、部屋を滅茶苦茶にするには十分すぎるほどの破壊をまき散らしていった。
「――……う、くぅ」
呻くようにして言葉を漏らすザイン。
破砕、破壊の爆音を鳴らす中、縮こまるようにしていたことが幸いしてか、どうやらザインとヴァヴの二人は無事なようだ。
だが――
「他のポッドが……」
周囲を見渡したザインは、唇を噛んでそう言った。
爆発により天井は落ち、壁は崩れ、周囲にあったポッドは破壊されてしまっている。
ある物は上からの落下物で、ある物は衝撃で投げ出され、また、ある物はポッド自体の不具合で。
まぁ、一言で表すのであれば『メチャメチャ』な状態へとなっている。
微かにではあるが、ザインの鼻に血と肉の焼ける匂いが漂ってきた。
調べるまでもないだろう、どうやら他のバルシェム達は揃って死んでしまったようだ。
いや、もしかしたら生きている者達が居るのかも知れないが……とは言え、
「それを探している暇はない……か」
依然として続いている艦の揺れ、どうやら本格的に沈み始めたようである。
ザインはギュッと強く拳を握ると、一言
「すまない」
と、そう口にしてヴァヴを背中に負ぶさると、一気に部屋から駈け出していくのであった。
2
《非常事――生、非――態発生――ッ!!》
ノイズの混じったような警報が響く廊下を、現在一人の人物が走っていた。
いや、その背中に負ぶさっている人物も含めれば二人だろうか?
兎も角、その人影とはザインのことだ。
そして背中に乗っているのは当然ヴァヴである。
ザインは振動が続くヘルモーズ内の通路を、ただひたすらに走り続けている。
目標地点は格納庫。
轟沈寸前のヘルモーズから脱出をするためだ。
人間を一人運んでいるというのに、ザインの呼吸は落ち着いたもの、
特に荒れることもなくかなりの速度で走り続けている。
ヘルモーズは唯の戦艦ではない。
遥か遠く離れた宙域へと向うための艦であり、当然人が生きていくために必要なもの――娯楽を可能とした艦なのだ。
言っている事が判りにくいと思うが、詰まりは艦内に街があると言うことである。
ヘルモーズの全長は27,800 m、約30kmになろうかと言う大きさだ。
その巨大な艦内には街や工場などが複数存在し、この艦自体が一種の移民船のようなモノなのである。
まぁ、なんだ……要は何が言いたかったのかというとだ。
ヘルモーズはひたすらにデカイのだ。
ザインが背中にヴァヴを乗せて走り始めてから、恐らくは10分程経っただろうか?
途中で降り注ぐ天井や、割ける通路を華麗に移動していくシーンがあったのだが……まぁ今はそれは省くとしよう。
格納庫まであと少しと言うところまで来たところで、ザインは背中に居るヴァヴにほんの少しだけ変化を感じとった。
今までグッタリとしてるだけだったヴァヴが、僅かではあるが動きを見せたのだ。
ザインは脚を前に駈け出しながら、背中のヴァヴに声を掛ける。
「オイ、ヴァヴ! 眼を覚ましたのか? オイ!!」
ザインは走る脚を止めることは無かったが、それでも必死に声を掛けた。
先程、目の前で他のバルシェムが死んでしまったことが、少なからず影響しているのであろう。その表情は苦く、眉間には皺が寄せられている。
だがザインの声が聞こえているのか、徐々にではあるがヴァヴの反応が強くなっていく。
僅かづつだが、身体の反応が増えているのだ。
ザインは再度「ヴァヴ!」と名前を強く呼んだ。だが、そのザインの必死さとは裏腹に……
「――……ん……お母さん、あと五分」
と言った答えが、ヴァヴの口から返ってきた。
その答えに、ザインは一瞬躓き転げそうに成る。
そして今まで動かしていた脚を止めると、怪訝そうな表情を作って後ろに首を回した。
「……ヴァヴ?」
今度は呼ぶようにではなく、尋ねるような口調で名前を呼んだ。
呼んだのだが
「……んー、後五分だってば……」
と、ヴァヴはザインの肩に掛けるようにしてあった腕に力を込めると、そのまま背中に顔を埋めるようにして擦りつけてきた。
今まで必死に走ってきたためにザインも特に気にすることはしなかったが、背中に居るヴァヴは未だ子供といえどもそれなりに凹凸の有る身体をしている。
ふくよかな部分は少ないが、それでも胸には二つほど明らかに他とは違う柔らかい部分が存在するのだ。その二つの部分が、ヴァヴが腕に力を入れたことでザインにもより感じ取ることが出来る。
だが、ヴァヴのその一連の行動にザインは『ピクリ』と眉を動かすと、ヴァヴの脚を抱えていた手をパッと手放し、そして即座に肩に廻っている腕を掴んで無理矢理に離させた。
すると瞬間、支えを失ったヴァヴはヘルモーズの人工重力に引かれて落下する。
ドターーンッ!
「――ッたーい! なんなのよ一体!!」
落下の衝撃で一気に目覚めたようで、ヴァヴは打ち付けた尻に手を添えて文句を口にした。
だがザインは、そんな文句を無視するかのようにヴァヴを睨みつける。
「な、何? えっと……あなたは」
正面から覗き込むように視線を向けられたからか?
それとも、単純に状況が把握できていないからだろうか?
ヴァヴは睨んでくるザインに対して、困ったように視線をさ迷わせる。
だがザインは、そんなヴァヴを変わらず見つめ続けていると
「目が覚めたな? 細かい説明をしている暇は無い。先ずはこのまま格納庫に行って、それからヘルモーズを脱出するぞ……良いな?」
と、そう告げて、クルッと反転して再び格納庫を目指すべく移動を――
「ちょ、ちょっと待って!」
――する前にヴァヴに止められてしまった。
ヴァヴはグイッと引っ張るようにして、ザインの腕を掴んでいる。
「……何だ、ヴァヴ?」
引っ張られた腕を逆に引き返して振り解くと、ザインは再び強い視線をヴァヴへと向けた。腕を掴んだのは咄嗟の行動だったのだ。
ヴァヴは自身の事が理解出来ていない、その為もっとも近くに居たザインに縋りたかったのかも知れない。
ザイン自身、目覚めて直ぐには混乱していたのだ。ヴァヴも同じ様に、混乱していたとしても可笑しくはない。
だからザインは、可能な限りヴァヴに対してマトモに接しようとは思っている。
誰だって、不意な状況や状態にに陥れば、多少なりとも混乱することを『知っている』からだ。
とは言え、時間がないのもまた事実。
ここで納得の行くまで説明をして、その結果として時間切れで死んでしまっては元も子もない。
それが焦りとなって、若干視線が強くなってしまったのだ。
さてヴァヴはと言うと、ザインから向けられた視線にたじろぎ、やはり動揺しているように見える。
言葉につまるように言いあぐねていると、
「あっとその……何が何だか解らなくて……えっと――」
と、やっとソレだけを口にした。
ザインはその様子に一瞬、『コイツは本当に、俺と同じバルシェムなのか?』と思ったが、
バルシェムのポッドから出したのは紛れもなく自分自身である。
その上、自身とも似通った容姿をしている以上、ヴァヴは間違いなくバルシェムの一人なのだ。
ザインは目元を揉みほぐすようにして指を当てると、少しだけ間を開けて眼を開く。
「――良いかヴァヴ、お前が目覚めたばかりで、状況の把握が出来ていないことは解っている。そして、それに不安を感じることも重々承知しているつもりだ。……だが残念なことに、今お前の疑問を一つ一つ説明している暇は無い。必要ならば移動しながらでも説明をしてやるし、ことが済んだら幾らでも時間を割いてもやる。だから今は……俺を信じて兎に角走れ」
言ってザインはヴァヴに手を差し出すと、手を掴んでグイッと力を込めて引っ張り立たせた。そして一言「行くぞ」とだけ言うと、今度は本当に前へ向かって走りだすのであった。
ヴァヴはそのザインの後ろ姿を暫く見ていると
「――お、置いて行かれる!?」
と口にして走り始めるのであった。
ザインを追い、全力で走りながらヴァヴは頭を悩ませていた。
目覚めたばかりのヴァヴにとって、今現在の状況は解らないことばかりだからだ。
とは言え、激しく揺れる通路、壊れたように警報を鳴らすスピーカー。
何故このような状況になっているのか理解は出来ないが、それでも直感的に今の状況がマズイ事は解る。
だが、だからこそ悩むのだ。
何故こんな事になっているのか? ……と。
ヴァヴは先程のザインの言葉を、『少なくとも嘘ではない』と判断した。
とは言え、それでも解らないことが無くなるわけではない。
『移動しながらでも説明をしてやる』とのザインの言葉に従い、
ヴァヴは少しでも情報を手にするために追いかけるのであった。
「ちょっと、ちょっと待ちなさい!」
全力でザインを追いかけ、ほんの数m後方まで追いついたところで、ヴァヴはザインに声を掛ける。
その声に合わせるようにザインは速度を落とすと、ヴァヴと並びあうようにして並走した。
「――来たか」
ザインはヴァヴの横に並ぶと、短く言う。
だが心なしか、表情は優しげなモノに見えなくもない。
ヴァヴは一瞬だけその表情にドキッとしたが、直ぐにザインの顔が強い視線を向けているように見えて勘違いだと頭を振った。
「えぇ……確かに此処はマズイみたいね。でもどうして?」
「俺自身、確認を取った訳ではないから確証は無いが……とは言え先ず間違いなく、
このヘルモーズが地球人からの攻撃を受けて沈む寸前なのだろうな」
「ヘルモーズ? それに地球人って……」
ザインの説明で出てきた単語、『ヘルモーズ』と『地球人』の二つに反応をするヴァヴ。
その態度はまるで『一体何を言っているの?』とでも言いたげな様子だ。
だがザインはそのヴァヴの反応を、『未だ頭が混乱しているのだ』と判断して言葉を続ける。
「目覚めてから考える暇も無かったのだ、直ぐに理解ができなくても仕方がない。だが……ふむ、そうだな。お前、自分の名前が何なのか解るか?」
「私の名前?」
「そうだ。――走る速度は緩めるなよ」
ザインは自分自身、最初に思い出したのは自分の名前(と、言うよりは製造番号)だった。ならばヴァヴもそこから思い出すほうが良いだろう――と、そう思ったのだ。
「私の名前……名前は」
ヴァヴは首を傾げ、悩むようにして呟いている。
とは言え、それも今だけだろう。
人間、記憶喪失でもない限り、そうそう自分の名前を思い出せなく成ると言うことは無い。喩えそれが、『名前とは名ばかりの製造番号』で、人格形成のために与えられた知識が元であってもだ。
だが当のヴァヴは、そんなザインの考えとは少しだけ違った言葉を口にする。
それは――
「私の名前は……三村――」
「ふむ、ミムラ……何だと? ――待て、お前はいま何と言った?」
ヴァヴの口から発せられた聞き覚えのない発音に、ザインはすかさず聞き返した。
だが当のヴァヴはその意味が解らず、首を傾げながら「? 何が?」と聞き返してくる。
「聞き違いか? 俺には今……『ミムラ』と言ったように聞こえたが?」
「え? ……言ったけど。何か問題があるの?」
よほど不思議そうな顔をするヴァヴ。
だがザインは、そのヴァヴの反応に不安を覚えてしまう。
今まで走っていた脚を止め、ザインはヴァヴの肩を掴むと正面から見つめた。
「な、なに?」
「良いか、よく聴け。……お前はヴァヴだ。ヴァヴ・バルシェム。
アウレフであるイングラム・プリスケンを元に造られた、6番目のバルシェム(人造人間)だ」
「バル……シェム? でもそれって――」
言い聞かせるように言うザインの言葉に、ヴァヴは瞬間『ドクン』と脈打つものを感じた。
『イングラム・プリスケン』『バルシェム』その言葉が頭の中で響くのだ。
そしてそれを機にヴァヴの頭部に痛みが走る。
「ッつ!」
ヴァヴは表情を歪めると、痛みの走った場所へと手を当てた。
瞬間、少し前のザインと同様に大量の知識が流れこんでくる。
それによってヴァヴは、
『ヘルモーズ』『イングラム・プリスケン』『バルシェム』などの言葉を本当の意味で理解していった。
だが、突然のことで脳が追いつかないのか、その表情は辛そうで眉間には皺を寄せている。
「おい、ヴァヴ」
「………………うぅっ」
「――っ仕方が無いか」
すぐれない表情のまま、呼びかけに答えを返そうとしないヴァヴを見たザインはそう言うと、
「ちょ、ちょっと。急に何を? ――キャッ!?」
と、すかさずヴァヴの事を抱き上げた。
このまま只でさえ危険な状況なのだ、ここでこれ以上時間を割く訳にも行かないといった判断からだ。
まぁ、ヴァヴが今のような状態に成ったのは、誰がどう見たとしてもザインの所為だろう。
ザインとしても、コレで死なれでもしたらかなり後味が悪い。
「黙っていろ。今は呼吸を整えることだけを考えておけ」
急に抱き上げられたことで驚きの声を挙げたヴァヴだが、それに対してザインは返答するより速く走りだす。
そして『気にするな』といった類のことを口にした。
痛む頭部に手を当てながら、ヴァヴは一言
「……ありがとう」
とだけ呟くのだった。