『中国大陸に謎の大型機動兵器あらわる』
なんとも馬鹿らしい言葉であるが、これは列記とした事実であった。
ハイブから漏れ出したであろうBETAの一団、それを迎撃していた中国軍。
劣勢を強いられていた中国軍を、まるで援護するかのようにその大型兵器は現れたらしい。
そう、言葉のとおりにまさに『現れた』のだ。
それも突然。
その兵器の乱入に半ば呆然としている中国軍兵士たちは、通信機越しに一言
『さがれ』
とだけ言葉を聞いたらしい。
もっともその後は一切の言葉を交わさず、圧倒的火力……光学兵器のような物で、BETAを駆逐していったとのことであった。
当初、現場からの報告を受けた者たちは
『何を馬鹿な』
と、一笑に付したらしい。
だがそれもそうだろう。
彼らのレーダーは、そんな存在を捉えては居なかったのだから。
そのため最初にその報告を受けた将校は『現場の緊張による、一時的な混乱だろう』との判断を下した。
まぁ、誰だってそう判断するだろう。
真に受ける人間がいるとすれば、そのことを知っている人間かもしくは頭のネジが数本飛んでいる天才、そして余程の馬鹿くらいだ。
だから、この時の将校の判断はある意味では正しい事になる。……無論、結果として当たっているかどうか別問題なのだが。
それを裏付けるかのように、同じような事件が続けざまに発生する。
中国軍内ではまるで、神話の神が救いに来たとでも言わんばかりにそのことが知れ渡り、
そして立て続けにそのような自体が起きては流石に国外への情報流出を抑えることもできない政府は、
例の兵器のことを中国軍の新型戦術機として発表してしまったのだ。
今は違くとも、いずれ味方に引き込めば――との判断だったのかもしれない。
だが、まるでそれを見透かしたかのように、それ以降は例の大型兵器は姿を消してしまった。
最後の出現から既に3ヶ月が経過し、中国国内をBETAに蹂躙される現状の中未だに姿を見せない新型兵器に、
国内外ではその兵器が中国に開発されたものではない――との見解を強めていった。
突如現れては消える、そして今回は本当に消えてしまったその大型兵器を、中国では『幽霊』、つまりは『居ないもの』との暗号名で呼ばれるようになった。
そしてその『居ないもの』……幽霊の話は日本でも聞くようになる。
もっともそれは一般には知られることは勿論なく、軍内や軍需産業内に留まりはしたのだが。
とはいえ、それでも彼らに与えた衝撃はかなりのモノだっただろう。
それは彼――日本の一企業である、河崎重工会長も例外ではなかった。
「幽霊戦術機か……」
ここは河崎重工本社ビル、最上階にある会長室である。
そこで日本が誇る戦術機開発の雄、河崎重工会長である河崎源治は小さく呟くように言った。
既に初老に指しかかろうかと言う年齢の彼だが、その雰囲気はしわがれては居らず、未だに生き生きとした色をその瞳は宿している。
手には数枚の紙資料が握られていて、どうやらその資料には例の『幽霊』についての報告が書かれているらしい。
BETAと呼ばれる地球外生命体との戦争状態に突入してから今まで、川崎重工は今までの兵器開発のノウハウを元に、対BETA用戦術機械歩兵――通称『戦術機』の開発に取り組んできた。
もっともそれは、とても開発に取り組んだ……と言える内容ではなく、実際は他国他企業の開発したものをライセンス契約により製造、改良をするに留まっている。
源治はこの状況、他国に大きく水を開ける状況になっている自国――日本の状況に憂いを感じていた。
『一刻も早く高性能な戦術機を、一刻も早く純国産の戦術機を』
それが彼の願いであった。
そんな中、彼の元に届いた報告書は彼の心を揺さぶるのに十分な内容を秘めていたのだ。
中国大陸に謎の大型機動兵器あらわる
だ。
僅か一機で戦場に現れ、BETAをその圧倒的な戦力で駆逐する。
それは正に、正義の味方のようなモノにも思える。
源治は報告書の内容を読みあさり、『こんな兵器を我が国で作れたら』と思ったのだ。
もっとも
「このフォルムはいただけないがな……」
と、歳相応の声で源治は言う。
その視線は資料の一つ、戦術機のモニター画像を引き伸ばして撮影した写真に向けられていた。
そこに写っているのは一体の巨人である。
四足の脚をした非人型のフォルムと白黒のボディ……。
源治は思う。
こうして資料がある以上、この機体が存在しないということはないだろう。
だが、それが中国政府の作った物だ――というのはデマである……と。
これがもし中国の作ったモノだというのなら、数カ月前から姿を見せない理由が解らないし、
それに中国軍の戦術機に、何らかの技術進歩が見られないのも理解ができないからだ。
となると、この幽霊は中国とは関係がない代物と言う事になるのだが、それなら一体どこの国が、どこの企業が創り上げたものなのだろうか?
もしこの機体があれば――いや、この機体に使われているだろう技術の一部でもあれば、河崎重工も日本も大きく変わることができる。
彼はそう思わずには居られなかった。
さて、ここで彼とは少し違う目線で物を見てみよう。
要は神の視点……ネタバレと言うやつだ。
まぁ、ここまで読んだ者ならば容易に想像が付くだろうが、幽霊とはアンティノラのこと、そしてこれがヴァヴの言っていた『いい考え』であった。
アンティノラだけで世界を救えるとは思ってはいない、だが力を魅せることならば十分すぎるほどに出来るはずだ。
ザインとヴァヴの二人は話し合いの結果、己のもつ技術知識を活かすことで世界の平和を取り戻そうと考えた。
だがそれには、それを活かすための場所が必要になる。
それを手にするために第一段階が、あの幽霊騒ぎなのであった。
BETAとの戦闘地点に現れ、手当たり次第に暴れて回る。
そうすることでアンティノラ――この場合は幽霊だが、その機体の存在を世間に強く印象づけたのだ。
そしてそれから数ヶ月、『幽霊とは中国軍のデマではないか?』との憶測が出始めたところで時期が来る。
軍需関係者に十分に知れ渡ったという時期が……
PIPIPIPI――!!
「む?」
突如部屋中に響くようなコール音、電話が鳴り響き、川崎源治は唸るようにして電話を睨む。
考え事の最中(妄想とも言う)に邪魔をされたのが気に入らないのであろう。
彼は軽く息を吐くと、緩慢な動きで受話器を手にとった。
「もしもし」
「……」
強めの口調で相手に電話を受けた源治であるが、それがいけなかったのか?
相手側からの返事は聞こえない。
無言で待つこと数秒、源治が苛立ったように声をあげようとした瞬間
《お話があります。河崎会長》
電話口から、機先を制する様に言葉が放たれた。
だがその声は
(変声機……?)
妙に声高で抑揚のない、なんとも機械的な音声だった。
源治は直感的に、この電話の相手はイタズラの類では? と考えた。
彼は仕事の立場上……というのも変な話だが、この手のいたずら電話を受けるのは初めてではなかったのだ。
そう考えると沸々とした思いがこみ上げ始め
(くだらんイタズラならば他所でやれ!)
と、言おうとしてしまった。
だがそれも
《切らないほうが良いですよ。私は、幽霊についての話を持ってきたんですから》
再び、声の主によって遮られてしまった。
なんとも奇妙な相手である。まぁそれでも、『巫山戯るな』と言って切ることは簡単なことだ、
しかし今この相手は、河崎にとって気になる言葉口にした。
「幽霊についてだと?」
そう幽霊――アンティノラについてである。
《そろそろ会長のところにも、ある程度の資料が届くのではないか? と、思いましてね。 こうして連絡をした次第です》
電話の向こうから源治の様子が解るのだろうか? まるで楽しんでいるような口調で相手は返してきた。
だが今の源治にはそれに文句を言う余裕もない、なにせ今しがた、丁度今しがた思っていたモノと合致する話なのだから。
それが、どんな内容なのか知ってみたい。
たとえイタズラだとしても、本来『幽霊』に関しては一般には出まわってはいない。
それを知っているということは少なくとも業界関係者……または軍関係と言う事になる。
ならば、自身の手元にある資料とは違う情報を持っているのかもしれない。
源治は逸る気持ちを抑えこみ、出来うる限り落ち着いたような口調で口を開いた。
「――それで? 話の内容とは何だ?」
《ふふふ、いい食いつき方ですね? そう言うのは嫌いではありませんよ》
「勿体ぶるな……頼む」
それは本心からではないのかも知れないが、少なくとも源治は見たこともない、怪しい人物に願いを口にした。
電話向こうで相手はまた小さく《ふふふ》と笑みを口にし
《では、よく聞いてください》
そう前置きをしてから話し始めるのだった。
河崎源治と話をしている相手は……ヴァヴであった。
ヴァヴは中国に現れた機体は幽霊ではなく、アンティノラと言う名前だということ、そしてそれを創ったのは自分たちであること、自分たちは自身の能力を活かす場所を求めていると言う事を伝えた。
「ほう……能力を活かす場所ね」
ここまで聞いた段階での源治の反応は――やはり幾分冷たいものであった。
話に託けて、自分を売り込もうとしている二流、三流の人間か……と思ったのだ。
もっとも、ヴァヴも電話口から相手側の心境の変化を感じてはいる。
そのため
《証拠として、河崎重工の指定工場にアンティノラを持って行きましょうか?》
と言ってやった。
川崎源治はこの言葉に、驚き半分喜び3割、そして馬鹿にしてるのか? といった思いが2割といった状態になっていた。
だが自身が手にした資料にも、『突然に現れて、突然に消える』とあった。
馬鹿馬鹿しい。
なんとも馬鹿馬鹿しい話ではあるが――
「よかろう。ならば――」
少しだけその話を間に受けてみよう。
彼はそう思うのであった。
4
「場所は、川崎重工本社内にある15番格納庫……ですって」
「聞こえていた」
笑うようにして言ったヴァヴの言葉に、ザインは呆れたようにして返事を返す。
現在の二人はアンティノラのコックピット内。
先程の会話も、この場所で行われていた。
ザインに話を聞くなという方が無理というものだろう。
現在、アンティノラはその機体を新潟と佐渡ヶ島の中間地点……日本海の海の底に足を降ろしていた。
ザインとヴァヴがこの世界にやって来てから既に3ヶ月。
『世界を救う』という名目のもと、二人は着々と下準備を進めてきた。
その第一歩が、今回の河崎重工への接触である。
世界への梃入れを決めたザイン達だが、その為の場所として選んだのが河崎重工なのである。
これはヴァヴがザインに言ったことではあるが、
河崎重工は他の企業――例えば富嶽、光菱、遠田、大空寺重工などに比べると影が薄……シェアが少ない。
そのため、それらの企業の中では比較的こちらの話に乗りやすいだろうとの判断だった。
ザインはコンソールを操作して、例のシステム――クロスゲート・パラダイム・システムを起動させようとしている。
ヴァヴは座席の傍らに立ちながら、ザインに軽く声をかけた。
「通信越しからだけど……随分と横柄な態度を取る人物だったわね」
「そうか? それ程でもないだろう。組織のトップに居るからといって、皆がビアン・ゾルダークのような人物とは限らん」
「ビアン博士か……何もそこまで期待をした訳ではないのだけれどね。とはいえ、せめてマクロスのグローバル艦長くらいの人物を期待したかったわ」
「十分に期待しすぎだ」
軽い苦笑を浮かべていう二人、だがその間にシステム起動は済んだらしく、ザインは「よし」と声に出して言った。
そして
「さて、行くとするか?」
「この世界での第一歩……ね」
二人は互いに言い合うと、アンティノラはその場から姿を消していた。
・
・
・
・
「本当に、来た……!?」
驚いてそう言ったのは、河崎重工会長の河崎源治である。
場所は自社敷地内にある15番格納庫。
彼がアンティノラの呼び出しに指定した場所であった。
今現在、この場所には彼しか居ない。
交渉の際、ヴァヴは一人で来ることを強制したためだ。
本来ならば一人で行動をするなど考えられないところだが、その場所が自社の敷地内であること、そしてボタン一つで警備を呼ぶことが出来ることから源治は了承していた。
とはいえ冗談半分での遣り取りであったのだが、彼はその場所に足を運んできていた。
内心ではもしかしたら――との思いも有ったのかもしれない。
だが、それがこうして目の前に現れるとただただ呆然とするしかできなかった。
源治の目の前には、資料で見たばかりのアンティノラの姿が映っている。
彼の知っているどの戦術機とも一線を画すようなフォルム、そしてその巨体。
今現在、彼の頭の中には『どうやって、この機体と開発者を会社に取り込むか?』その事で頭が一杯だった。
すると一瞬、アンティノラの瞳がキラリと光った。
だが「何事か?」と、そう思う間もなく格納庫内に大きな声が響き渡る。
《良く来てくれましたね。河崎会長》
その声に、源治は一瞬ビクリと体を震わせた。
そしてシドロモドロに辺りを見渡すと、それが目の前の機体から発せられた声であることに気がつく。
「あ、あぁ……言われたとおりにな。私一人だ。……出て来て顔を見せてくれないか?」
『あぁ、良いだろう』
ザインとヴァヴの二人は、カメラ越しに映る源治の反応に声を出して笑い出したい気持ちになっていた。
とはいえ、そんな事をしては明らかにこの後の交渉事に支障を来すだろう。
マイクのスイッチを切った二人は、それぞれお互いに顔を見合わせると、「ふふふ」と軽く笑みを浮かべるのであった。
対して、アンティノラを目の前にしている河崎源治は、正直気が気ではない心境だった。
これからどんな人物が現れるのか? 交渉はうまく出来るかどうか? そんな事をグルグルと頭の中で考えているのである。
その表情はまるで、欲しがっていた玩具を前にした子供のようだった。
だが、その表情もアンティノラの中からザイン達が顔を出すと一転した。
困惑の表情へと。
源治は、一体どんな偏屈な人物が顔を出すのか? と、身構えていたのだが、それに反して顔を表したのは年端も行かない様な少年少女だったのだ。
半ば肩透かしを食らったうような源治は
「あの二人が……交渉の相手か?」
と、眉根を顰めて言う。
これから交渉事をしようかという、そのうえ一組織のトップとしてはかなり問題のあるような反応だが、
まぁ……それも仕方がないだろう。
それくらいに、彼にとっては予想外だったのだから。
その証拠に、ザインとヴァヴはこの反応も考慮に入れていたのか、特に気にした様子もない。
コックピットハッチから伸びるワイヤーを伝いスルスルと降りてくると、二人は真面目な表情を源治へと向けた。
「はじめまして、河崎源治会長。私たちがこの機体――アンティノラの持ち主です」
スッと一歩前に出て、その口を開いたのはザインだった。
表情は引き締められ、些かも緊張していないように感じられる。
源治はそんなザインに「あ、あぁ」といった、返事のような言葉を返していた。
恐らくは、ザインの放っている普通ではない感覚を肌で感じたのだろう。
「早速ですが話し合いを始めましょう。まどろっこしいのは苦手ですからね」
そう言うと、ザインは後方に控えていたヴァヴに手を上げて促した。
するとヴァヴはツカツカと源治へと歩み寄り、その手に持っていた紙資料を手渡した。
「どうぞ」
「う、うむ」
源治は少年(ザイン)と同じような容姿をした少女(ヴァヴ)に目を向け、幾分緊張感が高まるのを感じた。
兄妹? 双子?
だがその疑問も、手渡された資料に目を落とすと次第に感じなくなる。
「『相互支援提案書』?」
源治はヴァヴに手渡された資料に目を落とし、そこに大きく書かれていた文字を声に出して言っていた。
だが『相互支援?』と、源治は首を捻っていた。
ザインはそんな源治に
「その通り、支援です。……お互いのね」
薄く笑みを浮かべて言った。
源治は「む……」と口にしながらも、その資料に目を走らせていく。
そして
「……これは本気なのかね?」
しばらく資料に目を通していた源治であったが、ひと通りに目を通し終えるとそんな風に聞いてきた。
書かれていた内容とは何か?
それは一つに、自分たちの持つ技術力――この場合は単純に知識となる訳だが、それを河崎重工で買って欲しい……と、いった内容だ。
その為の場所、そして地位を用意すれば、必ずや河崎重工の益になって見せる。
そして業界のトップにして見せる……と、あるのだ。
なんとも馬鹿馬鹿しい話だが、とは言えそれもザイン達の背後に立っているアンティノラが現実味を増大させる。
だが――
「我々からの要求は……一つ目、我々専用の研究室を作ること。
二つ目、コチラで研究開発した物は、優先的に製造可能な状態に持っていくこと。
三つ目、我々のいずれかに人事権――そうですね、副社長の席を用意していただきたい」
とても『はい、わかりました』と言えるような内容ではないだろう。
特に最後の三つめ、これはあり得ないと言わざるを得ない。
幾ら何でも、いきなり現れた人物に……それも年端も行かない子供に人事権を与えるなどとあろう筈がない。
あまりの内容に言葉を失う源治だが、ザインは変わらずに不遜な態度を崩そうとはしない。
「流石にこのアンティノラを量産することは出来ないでしょうが、それでも現行の戦術機を遥かに凌駕する機体の製造……それを河崎重工が主導で行うことが出来るようになる。……それは、とても魅力的な話ではありませんか?」
ザインの口にする内容に、源治は僅かに心が揺れるのを感じた。
魅力的な話――たしかにその通りなのだ。
河崎重工は日本という国において、たしかに戦術機開発のメーカーとして動いてはいる。
この1992年現在でも、激震、陽炎、海神のライセンス生産をしており、帝国軍はもちろんのこと国連軍にもパーツの受注受付を行っている。
だがそれは他のメーカーである富嶽や光菱、それに遠田よりも一~二歩遅れをとっているのが現状であり、正直陰が薄いと言わざるを得ない状況である。
だがここで、このアンティノラを持っている二人を取り込めば、その状況から一歩――いや、はるか先まで足を踏み出すことが出来るかもしれないのだ。
だがそれでも……で、ある
(こんな子供たちに、そんな条件を?)
可能性は魅力的でも、それが絶対の保証が欲しい。
困ったような表情を浮かべ、言葉を濁す源治。
もっとも彼のその反応も、ザインとヴァヴからすれば当然のこと。予想通りのことであった。
「貴方の葛藤はよく解る。私たちのような子供にそんな事をして大丈夫なのか? そう思っているのでしょう?」
今まで薄く浮かべていた笑みをなくし、ザインは射抜くような視線で相手を見つめた。
「まずは最初の一つ目、専用の研究室……これを確約してくれれば結構。
あとは私達が使えると思ってくれれば、その都度に他の希望を満たしてもらいたい」
「研究室だけ? それだけで良いのか?」
「えぇ。何でしたら保険として、この先数ヶ月たっても成果がないようでしたらこのアンティノラをお譲りしますよ。とはいえ、直ぐに何らかの成果を出す準備は出来ているので無意味な約束事になりますがね」
自信満々になって言うザインの言葉は、子供の言だというに源治の頭の中にこびり付いた。
そうだ、たとえ怪しくても、いい方へ転がる可能性がない訳ではない。
そう考え、源治はただ一言
「解った一先ずは君たちを信用してみよう」
そんな風に言ってしまうのだった。
その言葉を受けてザインとヴァヴは小さく笑みを浮かべ、
それを背後のアンティノラがまるで見つめるようにカメラ部分を光らせるのだった。
なぜ、こうもあっさりと信じてしまったのか?
まぁ、解る人間には解るだろう。
オイシイ話に聞こえたから? いや、そうではない。
それはもっと解りやすいことが理由になっている。
(便利だが……クロスゲート・パラダイム・システムの使用は、これで最後にした方がよさそうだな)
ボソリと呟くように言ったザインの台詞は当然のように河崎源治の耳には届かないのであった。
「それでは、早速だが君たちの部屋を用意させよう。あー……っと、すまんが君達の名前を伺ってはいなかった?」
足早に出て行こうとしていた足を止め、ザイン達に目を向けて源治は言った。
その言葉にザインは一瞬だけ眉根をしかめ、「む、名前か?」と口にした。
『名前』
バルシェムである二人には、本当の意味での名前はない。
【ザイン】という呼び名も、【ヴァヴ】という呼び名も、二人にとっては名前ではなく、個体識別番号でしかない。
だから、それを名前として使うのは少し違うのではないか? ……と、急に思ったのである。
本来ならば余計なことを考えないように調整されているはずの人造兵士――バルシェム。
だがザインは『イングラム』の記憶が、そしてヴァヴは『三村玲子』の記憶が、それぞれに個性を持たせていた。
ザインとヴァヴは互いに顔を見合わせて、互いに軽い笑みを浮かべた。
そして
「そうだったな、自己紹介がまだだった。俺は……俺の名前は、イングラム・プリスケンだ」
「私はヴィレッタよ。ヴィレッタ・バディム」
二人はそう名前を名乗るのであった。
二人にとって、特別な意味合いを持つその名前を……。