1993年
「技術力は兎も角として、この世界の地球人達のヤル気は大したものだな」
「本当ね」
約半年、イングラムとヴィレッタの二人がゲシュペンストの量産計画を提出してからそれだけの月日が流れた。
河崎重工会長の河崎源治は、僅かな時間で傘下企業や下請け工場に話を纏めさせ、ゲシュペンスト製造の準備をさせたのである。
当然必要な部品やパーツを製造するための設備は必要になったが、イングラム達はそれらの技術指導や開発などにも着手をしていったのだ。
最初の2ヶ月は準備期間、さらに1ヶ月が部品の生産で、開発スタッフへの技術講習に1ヶ月、そこから更に2ヶ月を費やして組み立てることで、こうしてゲシュペンスト完成となった訳だ。
元から完成する設計図を用意してあったとは言え、それでも半年という短期間で新型の兵器を造りあげてしっまたことに、イングラムとヴィレッタは本気で驚いていた。
今現在、河崎重工の格納庫には3体のゲシュペンストが並んでいる。
右から順番に拡張性特化型のTYPE-R、内蔵兵器を搭載して火力を上げたTYPE-S、そして表向きはセンサー系強化型となっているTYPE-Tである。
TYPE-Tには一応は目眩ましとして新型のセンサーを搭載してはいるが、実際はT-LINK SYSTEMのテスト用として作られている。
もっとも、それを使うときが来るかどうかは解らないが……。
さらに言えば、この三体がそれ以外は同じか? と言うと、決してそうではない。
元々は不知火との競合――トライアルに出す予定の機体はTYPE-Rで、TYPE-Sの方はどちらかというと強化型高性能機である。
その証拠に、TYPE-RとTYPE-Tに搭載されている動力炉は当初に予定していたプラズマジェネレーターではなく、若干発電効率の劣る小型の核融合ジェネレーターが使われている。
まぁそれでも、現行品と比べれば冗談のような出力を叩き出すのだが。
「イングラム主任、遂にやりましたね!」
ふと、ゲシュペンストを見上げていたイングラム達に、声をかけてくる者が居る。
イングラムとヴィレッタはその声に反応して視線を向けると、そこには歳若い一人の少年が立っていた。
まぁ歳若いと言ってもイングラム達よりは少なくとも2~3歳程は年上で、17~18程度の年齢ではありそうなのだが。
「あぁ、藤田か。そうだな、やっと完成だ」
上下合わせのツナギを来た少年に、イングラムは返事を返した。
彼――
年齢は18歳と若いが、15歳の中学卒業と同時に河崎重工に就職をして、現在まで技術者として働いてる一人であった。
年が若いからか、それとも元々の才能か、新しい技術の塊であるゲシュペンストの製作に際しても柔軟に知識を吸収している若者だ。
また、他の年配技術者達とは違ってイングラム達に年が近いからだろうか?
中々に打ち解けない他のスタッフとは違って、率先してイングラムやヴィレッタに声をかけてくる。
「今回ロールアウトした3機のうち、TYPE-RとTYPE-SはOS修熟用のテストに回される。時間の掛かる作業だ。君たち技術スタッフには、まだまだ面倒をかけるな」
「い、いえ。この機体は人類の希望ですよ。概略スペックだけでも、富嶽や光菱の開発している不知火が霞んで見える。 そんな機体の製作に関われるんだから、俺はラッキーです」
イングラムの社交辞令的な言葉に対し、藤田は興奮したような口調で返してくる。
とは言え、「はは、そうか?」なんて軽口をイングラムは返しながら、内心では『こんなモノでは、そうは成り得ないがな』と、酷く冷めたような考えをしていた。
もっとも、それは隣で聞いていたヴィレッタも同様である。
二人はこの世界に来た当初、アンティノラを使って戦場に出たことがある。
アンティノラは流石にユーゼス・ゴッツォが造った高性能機なだけあって、BETAの大群を物ともしない戦力を有してはいた。
だがそうして戦場に出ていたことで、BETAの粗方の戦力をも二人は把握していたのである。
結論として言うのなら、並の兵器では太刀打ち出来ない――であった。
「イングラム、時間が惜しいわ。今日からでもTC-OSへのモーションパターン入力を始めましょう」
「ん、そうだな。確かに時間が惜しい。――藤田、他のスタッフ達にも話して起動準備に入るように言ってくれ」
「え? あ、はい。それは良いですけど……パイロットは誰が?」
「俺達がやる」
「へ? 今なんて――」
「聞こえなかったのかしら? 私たちがやる――と言ったのよ。早く準備をしなさい」
「で、でも……」
強めの口調で言うヴィレッタだったが、藤田は尚も渋るような返事を返した。
時間が勿体無いと言う、二人の意見は本当である。
今現在、既に不知火は粗方の開発が進んでいて完成まであと少し……と、聞いている。
ある意味では現行の兵器の延長である不知火は、そのまま今までのモーションパターンを流用することが出来る。
だが、このゲシュペンストはそうも行かない。
元々が新技術の塊で、当然中に搭載されている機体制御用のハードも、そしてOSも別物なのだ。
規格が変われば、新しく入力をしなければならなくなる。道理であった。
それにゲシュペンストのモーションデータ作成は、オリジナルのイングラムが所属していた特殊戦技教導隊が行っていたのだ。
時間はかかるが、元々の知識と記憶から短時間での作業を可能とするだろう。
いや、そもそもこの世界のパイロット――所謂『衛士』と呼ばれる者達だが、彼らでは真っ更な状態のゲシュペンストを動かすことなど、到底出来はしないだろうから。
「――――いやぁー、イングラム君にヴィレッタ君、二人とも良くやってくれたな」
イングラムを初めとした3人の元に、一人の男性が姿を現す。
河崎重工会長の河崎源治である。
イングラムなどは「あぁ、これは会長」と落ち着いた対応を見せるが、藤田などは慌ててしまい「か、会長!?」なんて、上ずった声を挙げている。
「まだまだ最初の一歩目ですよ。これからまた、更に先へ進む予定ですからね」
「ふふふ、そうだな。……どうかね、出来の方は?」
「悪くはない、ですね。正直ここまで注文どおりに出来上がるとは思ってもいませんでした」
「フハハハ! 我社のスタッフも捨てたものではない、と言うことか」
会長である源治の登場に、技術スタッフの藤田などはカチコチに固まってしまっているが、そんな彼の状態など他所にしてイングラムとヴィレッタは源治との会話を続けた。
「しかし、どうしたのだ? なにやら揉めていたように見えたが?」
幾らかの儀礼的な会話をした後、源治は先程までのイングラム達のことを尋ねてきた。
言いながら源治がチラリと視線を藤田へと向けると、藤田は思わずビクっと身体を振るわせてしまう。
「いえ、組み上がって早々ですが、機体へのモーションデータ入力を済ませてしまおうかと思ったのですよ」
「モーションデータ?」
「会長には以前資料を御見せしましたが、このゲシュペンストは今までの戦術機とは一線を画するものです。外見は勿論、中身も今までとは全く違うのです。そのため激震や斑鳩、陽炎などで蓄積されてきたデータが殆ど使えない」
「なにっ!?」
「……ですから、早急にデータを構築して入力をする必要があります」
「なら帝国軍に打診して、一刻も早く衛士を送ってもらわねば――」
「いえ、それには及びませんわ。会長」
面白そうに笑みを浮かべて言うヴィレッタに、源治は「なに? 既に衛士を呼んでいるのか?」と、疑問を投げかける。
だがヴィレッタはその言語に軽く首を振ると
「アレの操縦なら、私たちが出来ますので」
「基本パターンだけでしたら、一週間もあれば我々だけでも可能です」
と、イングラムもそれに合わせて口を挟む。
しかもその口調はどこか楽しげで、
「何でしたら、今から模擬戦でもお見せしましょうか?」
などと軽口まで合わせて言ってくる。
だが源治はその言葉にピクリと眉を動かして反応をした。
「模擬戦? OSも整っていないのに出来るのかね?」
その反応は、これまた楽しそうな……玩具を前にした子供のような表情である。
まぁ、それも仕方が無いだろう。
半年という急ピッチで造りあげた機体ではあるが、それでも初の自社製品。
しかも完全なオリジナルと来ていれば、直ぐにでもその姿を目にかけたいと思う。
イングラムは目ざとく、そんな源治の反応を見て取ると
「まぁ、簡単なものでしたらね」
そう言うのであった
※
『ヴィレッタ、操作は完全手動操縦《フルマニュアル》になるが……大丈夫か?』
「なんら問題ないわ。そちらこそ出力の低いTYPE-Rなんだから、機体操作を誤って誤爆しないようにね」
『いらん世話だ』
互いに軽口を言い合いながら、二人はそれぞれゲシュペンストのコックピットに座っていた。
イングラムがTYPE-R、ヴィレッタがTYPE-Sに搭乗している。
装備はペイント弾使用のM950マシンガンと背部コンテナに格納されたスプリットミサイル、それと出力を抑えたプラズマカッター。
場所は河崎重工所有の拓けた荒地である。
ヴィレッタは慣れた手つきでコックピット内の計器を操作していた。
自分たちで設計した兵器とは言え、実際ここに居るヴィレッタ自身はゲシュペンストの操作をしたことがない。
PT(パーソナルトルーパー)の操縦方法を、『常識』として刷り込まれてはいるものの、そのことが初めてであることには違いないのだ。
逆にイングラムの方はと言うと、当然自分自身での操作経験はないだろうが、それでもオリジナルのイングラムからの記憶により、ヴィレッタよりは幾分マシになっている。
『――こちらの準備はOKだ。そっちはどうだ?』
ヴィレッタがある程度の計器のチェックを終えると、まるでそれを見計らったかのようにイングラムが声をかけてきた。
その言葉にヴィレッタはコクリと頷くと
「いつでも良いわ」
そう返事を返す。
現在のゲシュペンストは、互いに向かい合う形で対峙している。
それを多数のカメラを使ってモニターし、また現地で視認によって確認もしている。
因みに源治はモニター側で見学をしており、先程の技術者である藤田などは現場にいる。まぁもっとも、単純に指揮車担当とも言えるのだが。
二人の会話をモニターしていた藤田は指揮車にあるマイクを使い、二人に「では合図をしますよ?」と声をかける。
その声は些か緊張しているようで、若干に上ずった様になっていた。とは言え、何を緊張しているのかまでは解らないが。
指揮車担当と言うところだろうか?
『では、カウント始めます! ……5,4,3――』
カウントが進むに連れて、ヴィレッタは自身の操縦桿を握る力が強くなっているのを感じた。
そのことに苦笑し、『緊張しているのか?』と、自分で自分を嗜める。
そしてコックピット内のモニターに映っている敵機(TYPE-R)を見つめて、
「どうせやるなら、勝たなくてはな」
と、そう呟くのとほぼ同時に
『1――0ッ!』
スピーカーから開始の合図が鳴らされた。
ヴィレッタは早速操縦桿を操作すると、自身の乗るゲシュペンストを操作していく。
基本戦術は遠距離からの射撃、そして機を見計らってからのトドメ。
ヴィレッタは、イングラムはそう選択をするだろうと考えたのだ。
基本的にヴィレッタの乗るTYPE-Sは、イングラムが動かすTYPE-Rよりも出力周りが向上している特別機だ。
まともに正面から遣り合えば、まず間違い無くTYPE-Rはパワー負けをする。
ならば機動で引っ掻き回して隙を窺うのでは? との判断である。
ヴィレッタのゲシュペンストは足元から僅かに浮かび上がると、ブースターを吹かしながらTYPE-Rに向かって突き進んだ。
相手が距離を取るのなら追い立てる……その為の判断である。
だが
「ッ!?」
機体が動き出してから、ヴィレッタは小さく息を飲んだ。
モニターに映るTYPE-Rは自身の予想とは違って前進してくる。
詰まり、こちらに向かって高速で駆け寄ってくるのだ。
ヴィレッタはM950マシンガンを構えさせると無造作に引き金を引いていく。
元々当てる為ではなく牽制程度の目的だ。
バラ蒔かれるようにして発射された銃弾が、TYPE-Rの行く手を阻むようにして飛来する。
TYPE-Rは若干に進行速度を鈍らせると、その銃弾を嫌って動きに横の変化をプラスしてきた。
左右に機体を振りながら、しかしそれでも前進を止めようとはしない。
TYPE-Rが動きを変えると、ヴィレッタはそのまま前進を続けることにした。
勿論、散発的にではあるがM950マシンガンでの射撃も忘れない。
(最初のイングラムの動きには驚かされたけど、今は大丈夫。上手い具合に距離も取れたし、このまま隙を見つけられれば――ん?)
そうやって上手い具合に距離を取っていると、ヴィレッタは一つのことに気がついた。
(距離を取った? 何故だ? こちらのゲシュペンストは向こうのTYPE-Rに出力負けはしない。逃げてもいつか追いつかれるならば、いっその事距離を詰めての格闘戦の方がまだ――――)
と、そこまで考えたところで不意にTYPE-Rの動きに変化が見られる。
機体を滑らせながら移動しているのは変わらないのだが、背部に積んであるコンテナが開閉すると、
「クッ! ミサイルか!?」
多数のスプリットミサイルを射出してくる。
ヴィレッタは思わず機体を後方に下げると、飛来してくるミサイルに照準を合わせて引き金を引いた。
本来はただのペイント弾であるので撃墜など出来はしないのだが、近接信管の作用でミサイルは自ら自爆するように爆発をする。
空中で破壊されたミサイルは爆音をあげ、周囲に噴煙をまき散らしながら煙を作った。
ヴィレッタはその煙に巻き込まれるのを嫌い、機体を更に移動させよと試みたが――
バババッ――
瞬間的に、ゲシュペンストが持つM950マシンガンに赤色の斑点が付着する。
煙の向こう側から、正確に着弾させたのだろうか?
スピーカーから『TYPE-S、自動小銃破壊』との言葉が伝わる前に、ヴィレッタはそれを放り捨てた。
「流石にやる。 ……だが、まだ!」
己を鼓舞するかのように口にすると、ヴィレッタは感覚を広げるようにして周囲に注意を向けた。
もし、イングラムがこの視界の悪い状況でもこちらの動きを理解できると言うのならば、こうして留まっていることは悪手でしかない。
だが幾ら何でも、そんなことは有り得ないだろう。
T-LINK SYSTEM搭載のTYPE-Tならば可能かもしれないが、現在のTYPE-Rでは有視界戦闘以外の方法はない。
ヴィレッタはそう結論すると、銃弾が飛んできたと思われる方向へと視線を向けた。
すると一瞬、大きな黒い物体が動いたように見えたのだ。
ヴィレッタはプラズマカッターを引き抜くと、その黒い影に向かって機体を走らせる。
そして、その影に向かってカッターを振り下ろすが、
「なんだとッ!?」
振り下ろした先に有ったのは、切り離されたミサイルコンテナだったのだ。
ヴィレッタが驚いたのも束の間、煙を掻き分けるようにして横合いから腕が伸びてくる。
ゲシュペンストTYPE-Rの腕だった。
「イングラム!」
姿を表したTYPE-Rの腕にはプラズマカッターが握られている。
思わず名前を叫ぶようにして言ったヴィレッタは、機体を操作して自身のプラズマカッターとぶつけ合った。
ギャリィッ!!
金属音とも違う、まるで鉄でも焼ききるような音が周囲に響く。
TYPE-SとTYPE-Rのプラズマカッターが、互いに鍔迫り合いをしているのだ。
ヴィレッタは機体を動かしてイングラムが操るTYPE-Rを押し返そうとするがそれも上手く行かず、その場で両機は互いに何度も体を入れ替えるようにしていた。
『どうしたヴィレッタ? そのままでは蜂の巣になるぞ?』
不意にモニターに通信が開き、含み笑いを浮かべたイングラムがそんな事を言ってくる。
その言葉にハットしたヴィレッタが後方に機体を跳躍させるとほぼ同時に、
TYPE-Rは片手に持っていたM950マシンガン乱射してきた。
後方への跳躍後、直ぐ様機体をランダムに走らせて距離を取ることで辛うじてダメージを受けることがなかったヴィレッタだが、
その額には汗がウッスラと浮かび上がっていた。
「機体条件は私のほうが上なのに……これが実戦経験の差か?」
思わず口走った言葉がヴィレッタ自身に重く伸し掛る。
この実戦経験とは、何もアンティノラでの戦闘を指しているのではない。
単純に個々人が持っている記憶の違いであった。
二人は人造人間、バルシェムシリーズである。
男女の違いはあれ、それ以外の部分での調整は同じと言っても良いだろう。
目覚めたのも同時期であり、またそれからも殆どずっと一緒に居る。
そんな状態で、極端な違いが出ることなど有り得無いのである。
ならば互いの性別以外での相違点が、その原因に成っているとしか言えないだろう。
つまりは個人だけが持つ記憶の差。
イングラム・プリスケンと三村玲子の差であろう。
ヴィレッタは歯噛みをしながら、機体をホバリングで移動させている。
そして次の一手を、負けない為の行動を考えていた。
(勝ち負けでどうなる訳じゃないけれど……ただ負けるのは性に合わないわね)
と言うことだ。
どうやら思いの外に、彼女は負けず嫌いであるらしい。
「現在のTYPE-Sに有って、TYPE-Rに無い武装は……スプリット・ミサイルとブラスターキャノンか。少なくとも、火力だけならば圧倒的ね。……けど」
少しだけ、自嘲するような呟きをヴィレッタは口にした。
スプリット・ミサイルでも、当然ブラスターキャノンでも、それが当たればTYPE-Rを撃破することは可能である。
だが、それをただ撃って当てることが出来るのか? となると、答えはNOだろう。
ならばどうするのか? それは当然――
「当然、当てられる状況を作るしかない」
ヴィレッタはそう言うと、ゲシュペンストに入力されている周辺地域のマップを呼び出した。
モニターには平面図ではあるが、現在の自分がいるマップが映しだされる。
ヴィレッタはそれを見つめていると、
「そうだな。常識的に考えれば、この状況で私が負けることなど無いな」
と、そう口にするのであった。
2
「マズイな、こんな所で機体の性能差が出るとは……」
逃げるようにして遠ざかるTYPE-Sを見つめながら、イングラムは唸るようにして言った。
イングラムが操るTYPE-Rとヴィレッタの動かすTYPE-S。
先にも言ったことだが、この二機は全くの同型ではないのだ。
積んであるジェネレーター、またはブースターなど、TYPE-SはTYPE-Rよりも高性能な物を積み込んでいる。
だからこうして逃げの一手になってしまった場合、TYPE-RではTYPE-Sを追いかけることが困難なのだ。
特に現在のような、遮蔽物の少ないところでは尚更に。
当然、イングラムは機体の性能差は理解していた。
だからこそ最初のうちに奇襲をかけ、一気に勝敗を決しようと思っていたのだが――
「思っていたよりも上手くやるものだ……ヴィレッタめ」
どこか楽しそうに呟くイングラムの表情は、ほんの少しだけ笑顔のようになっていた。
そしてコンソールの操作をすると、現在のマップを表示させる。
「……ん? このまま進むと作戦範囲外に出てしまうな。流石にその前に行動に移すとは思うが――」
ふと、イングラムがマップから視線をTYPE-Sに移すと、次の瞬間TYPE-Sが反転してきた。
そして一直線に加速して迫ってくる。
「特攻か? いや、しかし」
迫るTYPE-Sに照準を合わせ、引き金を引こうとするイングラムだったが。
それよりも若干早く、TYPE-Sが行動にでた。
ブースターを吹かして跳躍すると、その後に機体を制御して後退。間を作ってスプリット・ミサイルを発射してきたのだ。
イングラムは視線を上空へと向けると、自身に目がけて飛んでくるミサイルにペイント弾をお見舞いする。
ヴィレッタが先程にそうしたように、イングラムの放つ銃弾に反応したミサイル群は、次々と爆発を繰り返して空中に花火のように散っていく。
イングラムはヴィレッタの狙いを、この煙幕を使っての攻撃だろうと判断した。
この状況で来るとすれば――
「やはり、ブラスターキャノンか――」
と口にした瞬間。
イングラムは勿論、周囲も唖然とするような声が辺りに響いた。
『ターゲット、TYPE-R。――究極! ゲシュペンスト・キック!!』
それは突然の声だった。
イングラムは「何を言っている?」と口にするまもなく、思わず機体を体半分だけ捻るようにする。
すると上空から急降下してきたTYPE-Sのケリが、今迄TYPE-Rの立っていた場所に打ち下ろされた。
ゴシャアンッ!
という破壊音を鳴らし、TYPE-Rが手にしていたマシンガンが粉砕される。
よもや格闘戦を仕掛けてくるとは思いもよらなかったイングラムだが、そこはそれ。
素早く機体を立て直すと、ゲシュペンストの右腕を振り回すようにして外側へと放つ。
すると追撃をかけようとしていたのであろう、TYPE-Sの裏拳と合わさり『ガギィン!』と金属音が響いた。
辛うじて相手側からの攻撃を防いだイングラムだったが、蹴り足や拳を捌きつつ何とか間を取ろうとしている。
とは言え、それはヴィレッタも理解しているのだろう。
マニュアル動作のため難しいものだが、ヴィレッタは可能なかぎり間を置かずにゲシュペンストで拳や蹴りを繰り出し続けている。
取っておきを使う、その瞬間のために。
「そこッ!」
TYPE-Sの拳をスウェーで避けたイングラムは、そのまま機体をスライドさせるようにして横へとホバー移動をした。
そして現在残されている唯一の武装であるプラズマカッターを抜くと一閃。
だがヴィレッタのTYPE-Sは、それを見事に避けて見せる。
しかし、今までと違い間合いが伸びたイングラムである。そのまま踏み込んで返す刃を――と考えたのだが……
TYPE-Sから伸ばされた腕が、TYPE-Rの腕を掴んで拘束する。
「クッ!? しまった」
TYPE-Sは本来ならば、TYPE-Rにパワー負けしない。
『貰った! イングラム!!』
スピーカー越しにヴィレッタが声を挙げると、TYPE-Sの胸部装甲が展開する。
開いた場所は一種の穴――砲になっていて、その場所に光が集まっていく。
「ゼロ距離でのブラスターだと!?」
『そういう事よ。これで私の――』
"勝ち"という予定だった。
だが、その時のイングラムの行動は素早い。
残った腕を振るうようにすると、掴まれている右腕――より正確に言うと肘関節を強打して破壊したのだ。
そして一瞬にして体制を整えると、今度は横合いからTYPE-Sに蹴りをお見舞いする!
『ぐぁっ!』
激しい横揺れと衝撃を受けたTYPE-Sは、地面を滑るように弾かれるとイングラムは残った腕でプラズマカッターを抜いた。
そして一気に
『そこまでーーーッ!!』
袈裟懸けに斬りつけようとしたところを、外部からの通信がそれを邪魔する。
イングラムは小さく「ム……」と口にして言ったが、その声の主が自分達の上役である河崎源治であると知ると
「……なんでしょうか?」
と、不承不承に返事を返した。
その返答に、源治は思わずヒクリと頬を引きつらせた。
『なんでしょうか? じゃない! ボロボロじゃないか!?』
怒鳴るような言葉を受けたイングラムは、自身の機体状況を思い起こしてみる。
そして
「あぁ、成るほど。確かにボロボロではありますね」
と、まるで人事のように言う。
だが脚は二本とも付いているし、左腕は健在なのだ。
大破した訳ではないので問題はないだろう……と、イングラムは考えている。
そしてそれはヴィレッタも同感であるようで
『ですが、腕一本とせいぜい胸部装甲がヘコんだくらいですよ?』
「その通りです。――藤田、データの方はどうだ?」
『えっ!? そりゃ、随分と色々なデータが集まりはしましたけど……』
急に話を振られた指揮車の藤田は、困ったように表情を顰めながらも返事をする。
確かに出来上がったばかりの機体がこうも壊されては良い気もしないが、しかし必要なコマンドパターンが一気に蓄積されたのも、また事実である。
もっとも、例えそうだとしても源治からすれば堪ったものではない。
何せやっと完成した新型が、いきなり酷く破壊されていっているのだから。
だと言うのに二人は
「まぁ、ダメージの受けたパーツを取り替えれば問題はない」
『この調子で行けば、1週間も必要無くデータの蓄積は終えるかもしれないわね』
なんて言ってくる。
源治は二人の言葉をスピーカー越しに聞きながら、頭痛でも感じたかのようにコメカミを抑えるのだった。