なんとか船への侵入を果たした私たちは今、物陰に隠れながら静かに船の中を球磨さんを探して移動している。電探によると、球磨さんの居場所は確実にこの船の中。怪我による体力低下のために少々バテ気味のシュウくんのフォローをしながら、私たちはひたすら球磨さんがいるであろう区画へと進む。
「姉ちゃん」
「ん?」
「秦野が言ってたこと、気にしなくていいから。朝潮ちゃんが戻ってくれば、秦野も落ち着くから」
先ほど、朝潮さんが消える一連の様子を、私たちの後をつけてきたと思しき秦野さんに全て見られた。秦野さんは、すぐそばにいた私のせいだと思ったようで、私に必死に朝潮さんを返すように懇願し、責め続けた。
「私は大丈夫。今は球磨さんを探すことに集中しようシュウくん」
「うん」
このセリフは、実はシュウくんよりも私自身に言い聞かせるために言ったセリフだ。私の心には今、先ほど秦野さんから言われた言葉が、グサグサとナイフのように胸に刺さり、抉り続けていた。
――あなたはッ! 私から先輩だけでなく!! 朝潮ちゃんまで奪うんですか!!
私から妹まで奪わないと気が済まないんですかッ!!
――返してよ!! 朝潮ちゃんを返して!! 先輩を返して!!!
この悲鳴が、耳にこびりついて離れてくれない。少しでも油断し集中が途切れると、私の心をかきむしり、引っ掻いた後の傷がヒリヒリと痛む。私はシュウくんと出会えて幸せだ。幸せなのだが……それが私達の周囲に不幸をまき散らしているのだとしたら……私たちが笑顔でいられるその代償として、秦野さんをはじめたくさんの人たちが悲しみで泣いているのだとしたら……
「姉ちゃん!!」
不意にシュウくんに両肩を掴まれ、私は我に返った。
「どうしたの姉ちゃん!」
「ご、こめんシュウくん……なんだっけ?」
「球磨の居場所! ここからどの方向にいるか分かる?」
「あ、うん……ちょっと待ってね……」
「しっかりしてよ姉ちゃん……」
いけない。集中が途切れていた。しっかりしないと……私は電探で改めて球磨さんの位置を探った。わたしたちが今いる区画のちょうど真下あたりにいるようだ。
「私たちの下にいるみたい」
「そっか。ならそこの階段から降りよう」
「うん」
「姉ちゃん、大丈夫?」
「うん……大丈夫」
気を取り直し、私とシュウくんはすぐそばの階段を駆け下りた、降りた先は営巣のようになっており、いくつかの部屋に分かれていた。小部屋はそれぞれ小さな窓のあるドアで仕切られており、その中の一つに球磨さんがいた。
「球磨!」
「……シュウ……クマ……?」
球磨さんは、拿捕された時のボロボロになった服ではなく、囚人服のような簡素な服を来ていた。服は所々赤黒く染まっており、それが球磨さんの血であることはひと目でわかった。球磨さんはぐったりしており、こちらからの呼びかけへの返答もハッキリしない。
「球磨さん! 今助けるから!!」
「おお……比叡……待ちわびたク……マ……」
「姉ちゃん、ドア開けられる?」
「任せてシュウくん」
私は渾身の力を振り絞り、ドアを力で捻じ曲げて破壊した。ドアを壊した瞬間、血なまぐさい小部屋の空気が部屋から漏れ出し、球磨さんが相当な深手を負っていたことがわかった。
「球磨さん! 大丈夫ですか!」
「ゆ、揺らすなクマッ……痛いクマ……」
「海上保安庁は治療してくれなかったの?」
「手当てしようとがんばってたみたいクマ……でも……」
確かに包帯や止血の痕跡はあったが……やはり鎮守府でないと根本的な治療は不可能だったようだ。
「艤装は?」
「気がついた時にはもう……単装砲は切断されて取られてたクマ……だからデバイスは……自分で外したクマ……」
クマさんが、震える右手で部屋の片隅を指さした。その先には、砲塔がカッターで切断されて無残な姿になっていた球磨さんの艤装が転がっていた。私はその無残な艤装を見て、球磨さんがどんな辛い気持ちで助けを待っていたのかを想像し、涙が溢れてきた。それはシュウくんも同じらしく、シュウくんも必死に涙をこらえていたようだった。
「球磨さんごめんね……遅くなってごめんね……」
「助けに来てくれたんだから……許すクマ……待ってた甲斐があった……クマっ」
シュウくんが球磨さんを抱きかかえ、肩を貸して立たせる。
「いだだだ……いたい……クマ……」
「ごめん球磨。我慢して」
「了解だクマ……」
その間、私は部屋の外を見て、周囲に人影がないか監視する。大丈夫。今なら誰もいない。
「シュウくん! 今なら行けるよ!!」
「分かった! 行こう球磨。ここから逃げよう」
「了解だ……クマ……」
部屋を出たあとは、私が先頭にたち、少し後からシュウくんと球磨がついてくる。私が安全を確認した後に、二人がついてくるという算段だ。
「?! お前あのときの……!!」
途中、何度かこの船の船員と思しき人間に出くわしたが、その都度私は朝潮さんと同じように、相手の腹をえぐり、後頭部を殴って気絶させた。そうやって安全を確保しながら進み、甲板に出た時だった。
『そこまでだッ!!』
突然、私たち3人に強烈なフラッシュライトが浴びせられた。あまりの強烈な眩しさに私は頭が一瞬くらっとするほどだった。
「……?!」
「わっ……?!」
「クマッ……」
たくさんの人間の足音が聞こえた。逆光でよく見えないが、私たちの周囲には、どうやら十数人の船員たちが、手に銃を持ち、こちらに照準を合わせているようだった。『ウィーン』という機械音が鳴り、あの日ワタシ達ににらみを効かせていた機関砲が、再度私達に狙いを合わせていたのが分かった。
『抵抗はするな! そうすればこちらも危害は加えない!』
この前わたしたちに勧告をした人と同じ声だ。以前と異なり、微塵の緊張も感じられない。以前の戦闘で球磨さんを拿捕できたことで、私達艦娘との戦闘に自信をつけたようだった。
「球磨の艤装をぶち壊しといて……よく言うクマ……」
球磨さんがそうつぶやくが、その声にはいつもの力強さや余裕がまったくない。球磨さんは限界に近い。
私はシュウくんを見た。シュウくんは、いつものまっすぐな瞳で私を見つめ、力強く頷いた。私とシュウくんの意思は、統一されている。
「このまま行かせて下さい! 私たちは仲間を助けたいだけです! このままでは彼女は……球磨さんは死んでしまいます!」
「だからその前に私達に事情を説明しろと言っている!」
「事情ならこの前説明しました! 信じないのはそっちじゃないですか!!」
「あんな説明を信じろというのか!!」
私は必死にに説明をするが、相手はまったく聞く耳を持たない。そうやって押し問答をしつつ、私達は少しずつ船の艦首に移動する。シュウくんと球磨さんを船の艦首に立たせ、私はちょうど二人の盾になるように皆に立ちはだかった。
「もう一度だけ言う! 抵抗せず、我々に素直に従え!!」
「イヤです!!」
次の瞬間、一発の銃声が聞こえ、私の右肩に衝撃が走った。肩を見ると、服が焼け焦げ、小さな穴が開いている。カランという音が聞こえ、何かが甲板に落ちた。それは一発の銃弾だった。
「発砲ぉおお!!」
その声を合図に、私たちへの容赦無い銃撃が始まった。私はシュウくんと球磨さんに銃弾が当たらないよう、自分の身体を盾にして立ちはだかる。
「やめろぉおおおおお!!!」
けたたましい銃声に紛れて、シュウくんの叫びが聞こえた。出来るならシュウくんの元に行きたいが、私がここを動けば、私が受け止めている銃弾の嵐が二人にも飛んでいく。この場を離れるわけには行かない。二人を守らなければいけない。
「シュウくん! 大丈夫?!」
「姉ちゃん! 姉ちゃん!!」
「お姉ちゃんは艦娘だから大じょ……」
突然、硬い金属で頭を思いきり殴られたかのような衝撃が走った。あまりの強烈さに一瞬気が遠くなり、意識を失いかけるほどの衝撃だ。私の電探カチューシャが壊れて甲板に落ち、同時にガランという音と共に、足元に変形した巨大な弾丸が落ちたのが分かった。
「?! 姉ちゃん!!!」
シュウくんが私の異変に気付いて悲痛な声を上げた。未だに頭がグラグラとし、意識が遠くなりそうなのをなんとかこらえ、私は前を見据えた。船員が一人、ものすごく大きなライフルを構えている。そうか。あれが今私の頭に衝撃を与え、球磨さんを失神させた犯人か。
さらにもう一発、その巨大なライフルの弾丸が私の眉間に命中した。ある意味では深海棲艦の砲撃よりも強烈な衝撃が、私の頭にピンポイントで襲い掛かってくる。身体への銃撃はまだ耐えられる。だがこの頭部への強烈な一撃は、もらい続けると洒落にならない。そしてもしこの狙撃がシュウくんを狙ったら……もしシュウくんに当たったら……
「ねえちゃん!!」
「お姉ちゃんは……大丈夫……! 絶対に二人を守る!!」
銃弾の雨は止まない。それに加え、『ウィイイイイ』という低いモーター音が鳴り響き、機関砲が火を吹いた。機関砲がばら撒いた弾が私の身体に襲いかかり、その弾の一発一発が私の身体をえぐり、肉をそぎ落としていくのが感じられた。
「姉ちゃん! 飛び降りるよ!! だから姉ちゃんも早くこっちに来て!!」
続けざまに三発目のライフルの弾が私の額をかすめた。かすめただけなのに相当な衝撃が私の頭に襲いかかり、私の頭の皮膚が破れ、周囲に私の血が飛び散った。
「シュウ……早く飛び降りるクマ……」
「いやだ! 姉ちゃん置いていけない!! 姉ちゃん!! 姉ちゃん!!」
「球磨たちがここにいるから比叡は動けないんだクマ……早く飛び降りないと……」
球磨さん、それは外れです。確かにシュウくんと球磨さんを守るためにこの場に立っているけど……秦野さんから奪ってしまったシュウくんを守りたいんですけど……でも、今はもう立ってるのがやっとなんです……これしかできないんです……
「なんで倒れないんだッ?!」
そんな叫びと共にさらにもう一発、ライフルの弾が私のこめかみに直撃した。いけない……世界が遠くなってきた……
「撃ち方やめーッ!!」
何か遠いところでそんな声が聞こえた。私の元にシュウくんがかけよってきた。私はもう立ってられなくて、駆け寄るシュウくんに向かって倒れてしまう。シュウくんは私の身体をしっかりと支え、強く抱きしめてくれた。
「姉ちゃん! 姉ちゃん!!」
船員たちが私とシュウくんの元に迫ってきた。シュウくんは必死に私を呼びながら、私をきつく抱きしめてくれる。こんなに力を込めてだきしめているのだから、傷だらけの身体が痛くなるはずなのに、全然痛くならない……
「そのまま動くなッ!!」
船員たちが、ゆっくりとにじり寄ってくる。それに気付いたシュウくんが私から手を離し、立ち上がって私達の前に立ちはだかってくれた。私はそんな危険な真似をするシュウくんを制止したくてシュウくんの服の裾に手を伸ばすけど、裾を掴んだ手に力が入らず、シュウくんの裾は私の手からすり抜けていった。
「動くなと言ったはずだッ!!」
「何が動くなだッ! これだけやって、姉ちゃんがあんたたちに何かしたかッ?! 球磨が何かしたのかッ!!」
「こちらの放水銃がお前たちに破壊された! 我々に対して先に攻撃したのはお前たちだ!!」
「僕は見てないけど……球磨は自分からは絶対に射たない!! 姉ちゃんだって、あんたたちにこれだけやられたのに、それでもなにもやり返さなかったじゃないか! 逃げるために何人かは気絶はさせたけど、命は奪わなかったじゃないか!!」
船員たちの銃口が、シュウくんに向く。後方の巨大なライフルと機関砲がシュウくんに照準を合わせるのが見えた。いけない。守らないと……立ち上がってダンナ様を守らないと……でも身体が言うことを聞かない……
「それでもまだ姉ちゃんたちを撃つというなら! 僕を撃て!!」
そんなこと言ったらダメだよシュウくん……でも……シュウくんごめんね……どうやら私は……もうこれ以上、あなたを守ることが出来ません……
突如、ズドンという重量を感じる爆発音が聞こえ、周囲がまばゆい光りに照らされた。
「?!」
「何事だッ?!」
私はぼんやりとしてきた視界を必死に開いた。見ると、艦橋が爆発し炎上している。気のせいだろうか……馴染み深いプロペラ音が、爆発の轟音に混じって聞こえる気がする。
「シュウ……球磨も比叡を……まも……!」
球磨さんもフラフラになりながら私の元に来ると、私を守るように倒れこんできた。
「球磨さん……あれは……?」
「加賀の……艦載機だクマ……!」
ぼんやりした頭で、必死にクマさんが放った言葉の意味を考える。加賀さんの艦載機? なんで? なんでこの世界にいるはずのない加賀さんの艦載機が?
艦橋は続けざまに何度も爆発を繰り返していた。目を凝らすと、確かに艦攻が周囲を飛び回り、爆弾を投下している。見間違うはずがない。私は何度もあの艦攻を何度も見た。何度もあの艦攻とともに戦った。本人の姿こそ見えないものの、あの艦攻は、確かに加賀さんの艦載機だ。
甲板の船員たちは、私達に銃を向けているものの、皆浮き足立っている。燃え上がる艦橋を前にして、大パニックに陥っている。
その喧騒の中、私達の頭上から聞き覚えのあるプロペラ音が聞こえてきた。この音は、シュウくんが私とケッコンしてくれた時……シュウくんが空から私を迎えに来てくれた時に聞いた、カ号観測機の音だ。
「遅くなってすまん!」
プロペラ音に紛れて聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。司令だ……私たちの司令が来てくれた。司令がカ号からぶらさがるタラップに足をかけた状態で、私達のもとに降り立ってくれた。
カ号のタラップから降りた提督は、未だ私達を守ろうと必死に立ちふさがるシュウくんに走りより、正面に立って肩を掴んで、シュウくんを揺さぶった。気が張り詰めるシュウくんの身体は硬直し、司令が揺らしてもびくともしない。
「シュウ! 落ち着け!! もう大丈夫だ!!」
「……?! て、提督?!」
「そうだ俺だ! シュウ! 安心しろ!! もう大丈夫だ!」
「姉ちゃんは……提督!! 姉ちゃんは?!!」
「大丈夫だ! お前の姉ちゃんは無事だ! お前が守ってくれたおかげで、比叡も球磨も無事だ!!」
もはやシュウくん自身ですら動かし辛くなってしまった自身の身体を懸命に動かし、シュウくんは振り返って私たちの方を見た。シュウくんの顔はひきつっていたが、私達を見るやいなや、その顔と体中から力が抜け、その場に倒れそうになりながらも私たちの方に走り寄ってきた。私もシュウくんの元に走り寄りたかったが、身体が言うことを聞かず、立ち上がることができない。そんな私をシュウくんは、泣きながら抱きしめてくれた。球磨さんもそんなシュウくんに寄りかかりながら、シュウくんと一緒に私を抱きしめてくれた。
「姉ちゃん……無事でよかった……よかった!!」
「シュウくん……さっきみたいに危ないことするのはもう……やめて……」
「勝手なこと言う姉ちゃんは……帰ったら張り倒す! そのあといっぱいチューしてやる……!!」
「やめて……はずかしい……から」
「く、球磨もいるんだから……恥ずかしいこと……言うなクマっ……」
私達3人に、やっと笑顔が戻ってきた。もっとも、3人ともボロボロで血まみれの状態だけれども…… そんな私たちの様子を見守っていた司令は、私たちのもとに来ると、片膝をついて私たちまで目線を下げてくれた。
「提督……なんで……ここまで来れたクマ……」
「説明はあとだ。それよりも……」
司令は私たちの様子を見て、なんだか泣き出しそうな笑顔を浮かべ、目にうっすら涙が溜まっていた。そのままの表情で私たち3人を抱き寄せ、力をこめて抱きしめてくれた。
「司令……服が汚れちゃいます……」
「比叡、球磨、シュウ……こんなになるまで……痛かったろ……」
「ごめん提督……旗艦なのに二人とも守れなかった……」
「姉ちゃんも球磨も生きてるじゃないか……ちゃんと守ったじゃないか!」
「そうだ……クマ……ちゃんと助けに来てくれた……ク……」
「3人とも……よくがんばってくれた……俺たちが来るまで、よく耐え続けてくれた……ッ!!」
司令はシュウくんの頭をくしゃっと撫でた後、私達を囲む船員たちをギンと睨み、自身の帽子に手をかけながら立ち上がった。いつも穏やかで親しみやすい司令の、こんな険しい表情は初めて見た。
「下で岸田たちが特殊艇“かぐら”で待機してる。キミたちは先にカ号で下に降りろ。あとは俺達が引き継ぐ」
自身の帽子を深くかぶり直した司令は、握りこぶしを作りワナワナと震えながら、私達の前に立ち。船員たちに立ちはだかった。私たちですら容易に感じられる、目に見えるほどの強大なプレッシャーを周囲に放ちながら。
「ぅう、動くなッ!!」
混乱に陥ってはいるが、それでも私たちに警戒を向けるのを船員たちはやめない。船員たちは今度は司令にその銃口を向ける。
「司令……ダメです……!!」
「何者なんだ!! お前たちはぁあッ!!」
「何者だと……?」
司令が拳をあらん限りの力で握りしめているのが分かった。初めて見た。司令がここまで怒りを露わにしている様を、私は初めて見た。
「お前らこそ……一体何様のつもりだぁあああアアアアッ!!!」
司令の極限の怒号が周囲にこだました。船員たちがビクッと身体をこわばらせ……萎縮したのは船員たちだけではない。司令のそのあまりの凄まじさに、味方であるはずの私たちですら呑まれ、言葉を失い、恐怖で身体が震えるほどの怒気だった。
「俺のかわいい娘たちを……大事な娘のムコ殿を……ここまでズタボロにしてくれやがった礼は熨斗をつけて返してやる! 覚悟は出来てんだろうな!!!」