私の[ダンナ様/先輩]   作:おかぴ1129

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11.本当の助っ人 〜比叡〜

 カ号のタラップで下に降りた私たちには分からなかったが、その後の甲板は大混乱に陥ったようだ。無線を通して、司令の容赦無い命令と艦娘たちの返答、そして船員たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

『船員には一切危害は加えるな! その分船を沈没寸前まで追い込め!』

『了解!』

『金剛! 徹甲弾で船の側面に穴を開けろ!!』

『オーケイ! 比叡たちの分、ペイバックするネ!! ファイヤァァアアアア!!!』

『加賀は引き続き艦橋を爆撃!』

『了解。仲間への酷い仕打ち……許さないッ』

『キソーは雷撃でスクリューシャフトを折れ! 航行不能にしろ!!』

『任せなッ!!!』

『やめろッ! やめてくれッ!! 船が沈む!!』

『……お前たちはやめたのか? うちの娘たちやシュウがやめてくれと懇願したその時、お前たちは銃撃をやめたのか?』

『わ、我々はただ……職務を全うしただけだッ……!』

『俺達も職務を遂行しているだけだ。娘二人とムコ殿を救出するのに障害となりうるこの船を、実力で排除しているにすぎん』

『……ッ!!』

『喜べ。俺達の目的は船の無力化だ。お前らに直接手は下さん。死にたくなければ今の内に退艦しろ』

 

「提督……お前たちの様子を見て誰よりもキレてたからな」

 

 新たな特殊艇“かぐら”を操縦しながら、岸田くんがそう言った。司令の怒りっぷりは、無線からもよく伝わってくる。司令が私たち艦娘のことを大切に思ってくれていたのか知っているつもりではいたが、今日の司令を見て、いかに自分たちが司令に大切に思われていたのかがよくわかった。

 

「アンタだってこっちに来る時、今の司令官に負けないぐらいキレてたじゃない。初対面からしていささかウザかったわね」

「うっせー! 仲間がピンチだって知ったら誰だってキレるわッ!!」

 

 同じくこの特殊艇“かぐら”に同乗していた叢雲さんにそうからかわれ、岸田くんは顔を真っ赤にしてそう怒鳴っていた。

 

 私とシュウくんは互いに寄り添って船尾に座り、二人で球磨さんを抱きしめていた。球磨さんは“かぐら”に乗り込んだ時点から一言も発することなく、ただただ苦しそうに浅い息をしているだけだった。

 

 私はというと、先程に比べて少し体調が改善されてきた。確かに体中傷だらけだが、先ほど立ってられないほどの厳しい状況になったのは、頭部への度重なる狙撃のためだったようだ。強烈な衝撃による脳震盪が治まってきた今、私はだいぶ体調が改善されてきていた。

 

 シュウくんはシュウくんで、先ほどと比べるとだいぶ緊張もほぐれてきたようだった。“かぐら”に乗り込み、お互い手を繋いだときは、手がこわばって上手く開くことが出来ず、私がシュウくんに頼まれ、力ずくで彼の手のひらを開き、その手を握ったほどだった。

 

「姉ちゃん……球磨が……」

「大丈夫。きっと助かるから……」

「ったく……艦娘だからって無茶しすぎなのよ……アンタたちはッ! ケッコンの時といい今といい……シュウも人間のくせに無茶しすぎ!! ……そこがいいとこでもあるけど」

 

 岸田くんと叢雲さんの話によると、球磨さんが捕らえられ、私とシュウくんがその救出に向かったことが鎮守府に伝わると、即座に救援隊が組まれ、こちらの世界に渡航してきたとのことだった。渡航の仕方は、提督と岸田くんが最後の切り札として取っておいた艦娘、叢雲さんだった。

 

「迷惑な話よね。勝手に人の名前を鎮守府名にするわ知らない内に切り札にされるわ……おかげで今まで私ただ一人だったわよ。岸田に会ったことなかったのは」

 

 叢雲さんは髪をファサッとかきあげ腹立たしそうにそう言いながら、岸田くんを睨んだ。

 

「叢雲たん、おれに会いたかったの? ねえねえ会いたかったの?」

「そんなわけないでしょ! 自分が知らないところでそういう話になってたのが納得いかなかったのよ!!」

 

 岸田くんにからかわれた叢雲さんは、手に持つ槍の穂先で岸田くんの尻をべしべしと叩き、その度に岸田くんは『ぉうッ?!』という島風ちゃんの声をどす黒くしたような悲鳴を上げていた。

 

 以前に岸田くんが世界を渡った時の目的……それは『叢雲さんに会うこと』だった。岸田くんと司令はそのことを逆手に取り、いざという時……渡航施設が手元にない状況で世界を渡らざるを得ない時の切り札として、わざと岸田くんと叢雲さんが遭遇しないようにしていたとのことだった。言われてみれば、確かに鎮守府内で二人が会っていたところを見たことがなかった。……全然気付かなかった……。

 

 そしてもうひとつ、私とシュウくんが驚いたことがあった。

 

「比叡さん! シュウ先輩!! 無事でよかったです!!」

 

 そう言いながら、球磨さんを抱きかかえる私とシュウくんに、シャキッとした顔ながらどこかうれしげで、それでいて涙の溜まった眼差しでこちらに敬礼をしてくれた女の子は、さっき私たちと秦野さんの目の前から消えた、朝潮さんだった。

 

 私たちは一度護岸に“かぐら”を停め、陸に上がった。私とシュウくんはお互いに寄り添うように浜に座り、返事が出来ないほどに衰弱し切っている球磨さんを二人で抱えた。朝潮さんも私の横に座り、岸田くんは波打ち際に立った。

 

「私は一応海上で監視するわ。誰も来ないとは思うけど、念の為ね」

 

 叢雲さんはそういい、槍を持ったまま海面に立った。遠くの海上ではまだ船が炎上しており、無線機からは司令たちが報復をしている様子が聞こえてきている。しかしもうすぐそれも終わりそうな雰囲気だ。

 

 叢雲さんの後ろ姿をうっとりした眼差しで眺め続ける岸田くんの話によると、鎮守府に私たちのことを伝えたのは朝潮さんらしい。世界を渡った朝潮さんは、運良く鎮守府のそばに転移できた。その後鎮守府に一人で趣き、司令や岸田くんに事の次第を伝えてくれたとの事だった。

 

「あの時はビビったよ。“比叡さんとシュウ先輩を助けて下さい! 私の任務なんです!!”て言いながらキソーと張り合ってたもんなぁ」

 

 鎮守府に辿り着いた朝潮さんの相手をしたのは、どうもキソーさんだったようだ。はじめはイタズラだと思って憤慨したキソーさんだったが、必死に訴える朝潮さんの雰囲気に呑まれ、司令と岸田くんの元に案内したとのことだった。

 

 結果として、朝潮さんは鎮守府のみんなに私たちの危機を伝え、心強い味方を連れてきてくれ、私たちを助けてくれた。今回の本当の助っ人。それは紛れもなく、この朝潮さんだ。

 

 だけど、私にはたった一つだけ疑問があった。私の隣で自分の姉さんに、自分が無事であることを伝えるメッセージを送っている朝潮さんにたずねてみることにした。

 

「朝潮さん、一つ聞いていい?」

「はい! なんでしょうか比叡さん?!」

「なんで私たちのことを鎮守府に知らせてくれたの?」

「姉さんにそう命令されましたから! おふたりのお手伝いが私の今日の任務ですから!!」

 

 朝潮さんはハキハキとそう返事したが、なんとなくそれだけではないことが直感で分かった。

 

「朝潮さん。それだけじゃないでしょ?」

「……」

「教えてくれる?」

 

 しばらく恥ずかしそうにもじもじしていた朝潮さんだったが、ほんのりと顔を赤くして答えてくれた。

 

「……私は、ずっと自分と同じ艦娘と会いたかったんです。比叡さんは、私が初めて出会った艦娘の人なんです。初めて出来た艦娘の仲間だから……絶対に助けたかったんです」

「そっか」

「鎮守府で岸田さんや司令から“目的達成”が世界を渡る条件だと聞きました。でも私はきっと、比叡さんが以前にこの海で倒した敵から生まれた艦娘です。……ひょっとしたら、その敵の艦娘も私と同じように、こちらの世界に来る時『仲間の元に戻りたい』と思っていたのかも知れません」

「……」

「でもそんなことよりも、私は比叡さんとシュウ先輩を助けたかったんです。私の初めての仲間ですから」

 

 この子にとっての初めての仲間となれたことが、私にはとてもうれしく、そして誇らしく感じられた。まだ深海棲艦と戦ったことすらない……生まれたばかりで鎮守府の存在すら知らなかった駆逐艦の子が、私たちの命を助けるために必死に走り、心強い仲間を連れてきてくれた。そんな勇気ある朝潮さんの初めての仲間になれたことが、私にはとてもうれしく、誇らしかった。

 

「シュウくん、ちょっとごめんね」

「ん? ……うん。分かった」

 

 私と手を繋いでいたシュウくんは、私の気持ちを察して、手を離してくれた。私は自由になった両手で、朝潮さんをギュッと抱きしめた。今はこんなことしか出来ないけれど……今回の本当の助っ人で、命の恩人に対するお礼として。そして何より、彼女にとってのはじめての艦娘の仲間として。

 

「?! ひ、比叡さんどうしました?!」

「朝潮さん、あなたのおかげで私と球磨さんと、私のダンナ様は助かったよ。ありがとう。本当にありがとう!」

「いえ……私こそ、艦娘としてのはじめての友達が比叡さんでうれしいです! 本当にありがとうございます!!」

「よろしく! これからよろしく!!」

「はい! これからよろしくお願いします!!」

 

 ひとしきり朝潮さんを抱きしめた後、私は海上を見た。私たちが乗ってきた“かぐら”のはるか彼方には、炎上する海上保安庁の船が見えた。司令の逆鱗に触れたあの船は、完膚なきまで破壊されたようだ。沈没寸前の状態で、かろうじて浮いている状態だ。

 

『叢雲、お前たちはどこにいる?』

「アンタたちの海域からちょっと離れたところにいるわよ」

『比叡たちは無事に保護出来たな?』

「もちろん。あとはアンタたちの癇癪が収まれば作戦終了ね」

『オーケーだ。これで球磨・比叡・ムコ殿救出作戦を終了する。各員そのまま待機。じきに渡航現象がはじまるだろう。比叡たち3人は叢雲たちの渡航現象にくっついて帰還しろ。家帰ったら腹いっぱい飯食って寝るぞー!』

『『了解!(デース!!)』』

 

 司令との通信が終わり、叢雲さんの身体が光り始めた。体中から光の粒が立ち込め、私達の鎮守府に戻る準備が始まったようだ。

 

「ほら! ボサッとしてないで早く私の手を握る!! 岸田! ほら握りなさい!!」

「フンハーッ!! 叢雲たんの手を握る機会が訪れるとはなんという僥倖!!」

 

 波打ち際まで戻ってきた叢雲さんにそう促され、いつも以上にキモい岸田くんが叢雲さんの手を握り、フーンフーンと言っていた。

 

「シュウくん、私達も帰ろう」

「うん。……球磨、戻れるよ。帰ったら入渠しよう」

「……その前にキソーを張り倒してやるクマ……」

『聞こえてるぞ! なんでだ球磨姉ッ?!』

「今回の功労者は朝潮クマ……その朝潮とやりあったのなら……この球磨が確実に七回轟沈させるクマッ……」

『仕方ないだろうがー!!』

 

 無線からキソーさんの悲鳴が聞こえ、私とシュウくんと朝潮さんは顔を見合わせてクスクス笑った。私は立ち上がって球磨さんを抱え、岸田くんの元まで歩き、その後岸田くんの手を握った。すでに身体が光り輝いていた岸田くんと叢雲さんと同じように、私と球磨さんの身体も光り輝き始めた。シュウくんは少し疲れているのか、まだ立ち上がらない。隣には、朝潮さんがいる。

 

「朝潮さん」

「はい! なんでしょうか?」

「朝潮さんはどうする? 残る? それとも私達と行く?」

 

 朝潮さんは少し考える素振りを見せ、やがて立ち上がり、シュウくんの隣から私の元まで来て、笑顔で敬礼しながら、少し名残惜しそうに、だけどハッキリとこう言った。

 

「私は……姉さんと一緒にいようと思います」

 

 朝潮さんは、少しだけ言いづらそうにそう答えた。彼女にとってみれば、今日出会ったばかりの鎮守府のみんなとよりも、姉である秦野さんとの関係の方が何倍も強いのだ。それは当たり前だし、秦野さんとの時間を優先することは当然といえた。私も彼女の意向は正しいと思うし、尊重したいと思う。たとえ艦娘といえど、大切な人の隣で過ごしたいという彼女の気持ちは、私にも痛いほどわかるから。

 

「分かった。じゃあここでお別れだね」

「はい。比叡さん、お元気で」

「朝潮さん、また会おうね。絶対に」

「はい!」

 

 朝潮さんは笑顔でそう返事した後、シュウくんの方を振り返ってシュウくんの元に走り寄っていった。シュウくんも笑顔で立ち上がり、朝潮さんに敬礼をしていた。

 

「シュウ先輩! 今日はお疲れさまでした!」

「んーん。ありがとう朝潮ちゃん。キミがいたから、僕らは無事帰ることが出来る」

「いえ! それが今日の私の任務でしたし……私は、初めての仲間を助けたかっただけですから!!」

 

 そんな朝潮さんのシャキッとした一言に、シュウくんはプッと笑った後、笑顔で朝潮さんと握手をしていた。朝潮さんも、そんなシュウくんの右手を両手でギュッと握っていた。

 

「そだね。朝潮ちゃん、任務完遂、お疲れ様でした!」

「シュウ先輩も、どうか比叡さんとお幸せに!」

「いあ……ぁあいッ?!」

 

 そんなことを言われると思ってなかったようで、シュウくんは途端に顔を赤くし、目に見えてうろたえていた。さっきは私にチューするとか言ってたくせに……私を球磨さんの前で辱めた罰だッ。

 

「比叡、余裕そうに振る舞ってるけど、あんた今、耳まで真っ赤よ?」

「ひぇぇえええええッ?!!」

 

 た、確かに私も今、顔から火が出るほど恥ずかしいです……それはさておきシュウくん、そろそろ私の手を取らないと帰れなくなるよ?

 

「うん。……やっと帰れるね。姉ちゃん」

 

 シュウくんが私の元に歩いてくる。朝潮さんが私の元を離れた。朝潮さんとの距離とシュウくんとの距離が入れ替わり、シュウくんがあと十歩ほど歩けば、私と手を繋ぐことが出来る……それぐらいの距離まで迫ってきた。

 

「ほらシュウ! さっさと来なさい!! 置いてくわよッ!!」

「シュウくん、疲れた? 大丈夫?」

「大丈夫。……ちょっと疲れただけだから。すぐ行くよ」

 

 ここ数日、慣れない戦闘の連続と体調が本調子ではなかったことが手伝って、シュウくんは体力の限界が近いようだった。歩くスピードも遅く、一歩一歩の歩幅も狭い。

 

 この季節、夜明けまではまだしばらく時間がある。周囲には明かりがなく、目を凝らして見て、初めて人影が確認出来るほどに暗い。私は体力が戻ってきていたとはいえ、先の戦いでの体力の消耗と危機を脱したという気の緩みのため、周囲の異変に酷く鈍感になっていたようだった。そのため、秦野さんがこの時シュウくんのすぐそばまで近づいていたことが、私には分からなかった。シュウくんの背後にお母様がいたことに、私は気づくことが出来なかった。

 

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