私の[ダンナ様/先輩]   作:おかぴ1129

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15.私のダンナ様 〜比叡〜

 世界を渡った私たちは、気がつくと神社にいた。私とシュウくんが初めて出会った、この小さな神社。以前に来た時は、球磨さんの救出を急ぐ必要もあってこの神社に訪れるヒマがなかったが、久々に来て懐かしさを感じた。私が今立つこの場所は、私にとってもシュウくんにとっても、思い出深い場所だ。

 

「比叡さん、まずはシュウ先輩の家に行きますか?」

「うん。……あ、でもちょっと待って」

 

 不思議と勘が働く。理由は説明出来ないのだが、私は今、シュウくんは家にいない気がした。シュウくんが今いるのは……

 

「朝潮さん、先にこっちに行こう!」

「はい!」

 

 理由のわからない確信に導かれ、私は朝潮さんと共に走る。指輪が教えてくれているのか、それとも以前に岸田くんが言っていた絆が教えてくれているのか……それは分からないが、断言出来る。シュウくんはこっちの方角にいる。

 

 導かれるままに走った私たちの目の前にあったのは、大きな病院だった。なんとなく覚えている。この病院は、家でシュウくんを診察してくれたお医者様の病院のはずだ。

 

「比叡さん。シュウ先輩、ここにいるんですか?」

「分からない……でも、ここにいる。そんな気がする」

 

 全速力でここまで走り、肩で息をしながら、私と朝潮さんは二人でそんな不思議な会話をした。根拠なんかまったくない。でも、シュウくんはここにいる。確信を持って言える。

 

「分かりました。行きましょう!」

「うん!」

 

 病院の正面玄関に向かいドアを開けようとするが、すでに玄関は施錠されている。玄関の脇を見る。守衛室が見える。私と朝潮さんは守衛室に向かい、中で寝ぼけている守衛さんに話しかけた。

 

「すみません! 中に入りたいんです! 開けて下さい!!」

「……んお? おお? お見舞い?」

「そうです! ここに橋立シュウくんって子は入院してませんか?」

「んー……ちょっと待ってね……」

 

 寝ぼけ眼の守衛さんは、のんびりと名簿を確認している。その緩慢な動きがまだるっこしい。早くして。早くして!

 

「んー……確かにいるね」

 

 やはりシュウくんはここにいた。私の確信は間違ってなかった!

 

「んじゃこの名簿に名前書いて」

 

 名簿を渡された私と朝潮さんは、迷うことなく『橋立ひえい』『秦野朝潮』と書いた。

 

「んー……変わった名前だねぇ。おたくら、患者さんとどういう関係なの?」

「嫁です」

「そしてシュウ先輩の知り合いの妹です」

「ふーん……まぁあれだ。入るならこっちの裏口から入れるから」

「はい! ありがとうございます!!」

 

 守衛さんに案内された裏口から病院内に入る。病院の中は夜中で静まり返っており、1回の待合室もすでに消灯されていて、非常灯がついている以外は暗い。

 

 そういえば、さっきの守衛さんにシュウくんの病室の位置を聞くのを忘れた……

 

――姉ちゃん……!

 

 シュウくんの声が聞こえた気がした。目の前の階段を見る。私を呼ぶように、階段が少し明るく見えた。

 

「朝潮さん、こっちに行こう。階段を登ろう。シュウくんは上の階にいる気がする!」

「分かりました! 比叡さんのこと、信じます!!」

 

 私は階段を駆け上がり、2階に辿り着いた。……ここではない。この階ではない。もっと上の階な気がする……でも分からない。

 

「シュウくん!!」

 

 湧き上がる気持ちが抑えられず、私はシュウくんの名を叫んだ。シュウくん、どこにいるの? 聞こえたら返事して! 私のダンナ様!!

 

――姉ちゃん……

 

 さらに上の階から声が聞こえた気がして、私は上を見た。

 

「シュウくん! どこ?!」

 

――僕は……ここにいる……ここにいるよッ……

 

 聞こえる。シュウくんの声が聞こえる。そして私の声もシュウくんに届いている。シュウくんは上の階にいる。

 

 更に階段を駆け上がる。足がもつれそうになり、階段の段差に足を取られそうになるのを必死にこらえ、私は上で待つダンナ様の元に向かう。だがシュウくんがどの階にいるのか、まだはっきりしない。

 

「どこ?! シュウくんどこ?!」

『ここだ……僕はここにいる……!!』

 

 またシュウくんの声が聞こえた。朝潮さんを見ると、彼女も今の声が聞こえたようだ。ならばきっと、シュウくんは近いところにいる。きっと、すぐ上の階にいる。

 

「今行く!!」

 

 疲れきった足に鞭打って、私と朝潮さんは階段を駆け上がった。一段一段上がるごとに、シュウくんの存在を強く感じられた。3階に到着し、私は廊下に出た。

 

「シュウくん!!」

 

 そこにシュウくんはいた。やせ細り弱りきり、その場で力尽きて倒れてしまったのか、廊下で倒れながらも、階段のほうを真っ直ぐな眼差しで見つめていた。

 

「姉ちゃん……!!」

 

 私を見るなり、シュウくんは渾身の力で立ち上がり、一歩一歩こちらに向かって歩きはじめた。

 

「姉ちゃん……姉ちゃん……ッ!!」

 

 ダンナ様、私が行きます。私がダンナ様の元に行きます。

 

 私はシュウくんの元に駆け寄り、我慢出来ず、シュウくんが弱り切っているのを分かってて、渾身の力を込めて抱きしめた。シュウくんは私の顔を自身の顔に抱き寄せ、私の唇を奪ってくれた。まるで私が今ここにいるのを確かめるように、何度も何度も、必死に私の唇を求めてくれた。

 

「嘘つき……ずっと捕まえててって言ったのに……」

「うん……ごめんねシュウくん……!」

「いい……また捕まえてくれたから……」

「今度こそ逃さないから! 今度こそ捕まえてるから!!」

「うん……」

 

 やがて私を実感できたのか、シュウくんはやっと安堵の表情を浮かべた。顔の雰囲気が激変するほどやせ細ってはいるが、この眼差し、この安堵の表情は、私のシュウくんだ。

 

 やっと会えた。やっと本当の意味で捕まえることが出来た。もう逃がしません。どこにも行かせません。ずっと手を離しませんダンナ様。

 

「う……あ……姉ちゃん……」

「?」

「ちょっと……力はいりすぎ……痛いかも……」

「ごめん。でもちょっと我慢して。それだけうれしいんだから」

「うん。いい。もっと力入れてくれて構わない。姉ちゃんだから」

「うん」

 

 はじめてキスをした夜の私のようなことをシュウくんが言う。やっぱり私達は似た者夫婦なのかな。そんなことを考えてると、またシュウくんは私の唇を求め始め、私もそれに応えた。球磨さんの前で言ってたもんね。“いっぱいチューしてやる”って言ってたもんね。やっと会えたんだもんね。それぐらいいいよね。

 

「シュウくん?!」

 

 突然、シュウくんの身体から力が抜けた。この様相のシュウくんだ。私が思っている以上に具合が悪かったのか。シュウくんの手首で脈をとるが、脈が弱くてあるのかないのかハッキリしない。シュウくんの胸を直に触ってみる。弱り切ってはいるが、確実な心臓の鼓動を感じる……

 

「よかった……」

「大丈夫だと思いますよ。先輩、安心して気が抜けたんだと思います」

 

 すぐそばで私たちの様子を眺めていた秦野さんが、私にそう声をかけてくれた。目に涙が溜まってはいるが、シュウくんを見る彼女の眼差しは、とても優しい。

 

「? そうなの?」

「はい。先輩……ずっと比叡さんを待ってましたから。“おいしいごはんは姉ちゃんと食べたい”って言って、ご飯もずっと食べてなかったですから」

「そうだったんだ……シュウくん、だからこんなに……」

 

 そうだ。私のダンナ様はそういう人だ。……でも、私とご飯食べられなくても、ちゃんと食べてよ……気持ちは嬉しいけど、こんなになるまで意地を張らなくていいんだよ。

 

 シュウくんを右手で抱きながら、空いた左手で頭を撫でてあげた。シュウくんの髪が私の手に優しくからまる。まるで私に撫でられるのを待っていたかのように……私の手が離れるのを嫌がるように、私の指にからまっていった。シュウくんは、全身で私を求めてくれた。

 

 だから私は、シュウくんのその気持ちに応える。

 

「秦野さん」

「はい。なんですか?」

「私は、シュウくんを連れて帰ります」

「私たちから先輩を奪うんですか?」

「はい」

「先輩をあの狂気の世界に引き戻すんですか?」

「私がシュウくんを守ります。絶対に」

「先輩にとってそれが最善だと思いますか?」

「最善かどうかは分かりません。でも、シュウくんはきっとそれを望んでる」

 

 シュウくんをめぐる話を秦野さんとする時、これまでの秦野さんはとても刺々しく、私に対する黒い感情を隠さずにぶつけてきていた。だが今の秦野さんは違う。とてもやわらかい瞳で、私とシュウくんを見守ってくれている感じがした。

 

「……なぜ、そう言い切れるんですか?」

 

 字面だけをみれば、きっと私を非難する言葉になるのだろう。でも、秦野さんの優しいまなざしを見ると、決して私を非難するためのセリフではないことがわかった。

 

「私がシュウくんとケッコンしたからです。シュウくんを幸せに出来るのは、私しかいない」

 

 私はきっぱりとそう答えた。シュウくんは私を選んでくれた。ならば、シュウくんを幸せに出来るのは私しかいない。彼を幸せにするのは私の責任だし、ダンナ様を幸せに出来るのは、ダンナ様とケッコンした私だけなのだから。

 

 秦野さんは私の答えを聞いて、目を閉じ、小さく頷いた後、私とシュウくんの元まで歩いてきた。そのあと、穏やかなシュウくんの寝顔を見た後、彼の頭を優しく撫でてくれた。

 

「先輩……私は先輩が好きでした。……でも私じゃ、先輩を幸せには出来ないみたいですね。比叡さんしか、先輩を幸せに出来ないみたいですね。私じゃ……ダメかぁ……」

 

 2,3回撫でた後、秦野さんはシュウくんの頭から手を離した。手を離す時、私の時とは異なり、指に絡まったシュウくんの髪はするっと抜け、秦野さんは少しだけ名残惜しそうな顔をした。彼女は、きっとこれがシュウくんとの最後のふれあいだと確信したのだろう。

 

「比叡さん……先輩が気がついたら伝えてくれませんか?」

「?」

「“最後まで私の気持ちを受け止めなかった超絶鈍感クソ野郎なんかこっちから願い下げだ!”って」

「分かった。伝える。……秦野さん、ごめんなさい」

「謝らなくていいです。私こそ……すみませんでした」

 

 秦野さんはそういい、私に頭を下げた。きっと彼女は、たった一人で、シュウくんをここまで追い詰めてしまった自分を責め続けていたんだ。でなければ、私に対して謝罪なんてしなかったはずだ。

 

 でも私は、彼女を責めるつもりは無い。彼女もシュウくんを取り戻し、シュウくんのために必死になっていたことを、私は知っているから。

 

「んーん。秦野さんのおかげで、私は覚悟が出来た。だから私は、秦野さんのことを責めない」

「先輩の、この様子を見ても?」

「うん。許せないけど……ダンナ様をここまで追い詰めたあなたは許せないけど、取り戻せたから。あとは私が、ダンナ様を幸せにすればいいから。私ならできるから」

 

 許せないというのは本音だ。だけど、私がずっとシュウくんに会うために戦ってきたことと、秦野さんがあの日、私から無理矢理シュウくんを奪ったことは、根本の出発点は同じだ。私がここで彼女の行動を否定すれば、私自身の行動を否定したことになる。それは出来ない。ダンナ様を幸せにする覚悟を持つものとして。

 

 だから私は、彼女を責めない。彼女が出来なかったことを、私が成せばいいだけだ。私ならそれが出来る。そしてそれは、私にしか出来ない。

 

「ありがとうございます。比叡さん」

 

 そこまで言うと、秦野さんは私たちから離れ、背中を向けた。私たちに顔を見せてはくれないが、彼女は泣いているのだろう。そして私達に、その顔を見せたくないんだ。きっと彼女は、シュウくんに泣き顔を見せたくなかったんだ。別れ際の顔が泣き顔というのが、彼女には我慢がならなかったのだろう。

 

「ほら。早く行って下さい。先輩の体調も心配ですから」

「でも……」

「行って下さい! じゃないと……」

「秦野さん……」

「似た者夫婦なんですね。あなたも超絶鈍感クソ野郎なんですか?」

 

 私たちの様子をずっと横で見ていた朝潮さんが、私の元に来た。彼女ともこれでお別れだ。名残惜しいけど、それが朝潮さんの決断なんだ。それが朝潮さんの望んだ形なんだ。

 

「比叡さん、あとは私が」

「うん。分かった。ありがとう……本当にありがとう、朝潮さん」

「私こそ……今までありがとうございました」

「それじゃ、あとはお願い」

「はい。比叡さんも、お元気で」

「うん。朝潮さんも」

「はい。……また会いましょう」

「うん」

 

 私とシュウくんの身体が輝き始めた。私の目的『ダンナ様を取り戻す』は達成された。

 

 私が見た最後の朝潮さんは、涙を浮かべながらも、私達に向かって笑顔で敬礼をしている姿だった。最後の最後まで変わらなかったね、朝潮さん。

 

 秦野さんはどんな表情をしていたんだろうか……

 

 元の世界に戻ってからが大変だった。シュウくんは私の想像以上に衰弱しており、気がついてもすでに自力で立ち上がるのが困難なほど弱り切っていた。身体もよく見るとガリガリにやせ細っており、肩や腕の血管部分には何度も何度も傷つけたと思しき生傷ができていた。

 

 叢雲さんたちが私の帰還を待っている間に救援部隊と防衛部隊が到着していた。私とシュウくんは叢雲さんの指示で、先に鎮守府に戻ることになった。私は艤装を外し、シュウくんをおんぶして鎮守府に運ぶ。護衛には叢雲さんを除く球磨さん、加賀さん、ビス子さんの3人がついてくれ、私たちは全速力で鎮守府に戻った。

 

「すみません皆さん!」

「いいのよ。レーラァに何かあったら、私とアカツキのレッスンはどうするのよ」

「球磨も早く元気になったシュウに、この前の礼を言うクマッ!」

「私はまだシュウとセッションしてません。一緒に合わせる前に何かあっては困りますから」

 

 みんなが口々にシュウくんへの気持ちを教えてくれた。私のダンナ様は、いつの間にか私の鎮守府になくてはならない存在になってしまったようだ。私はシュウくんを運びながら、かつて自分がこの素晴らしいダンナ様と別れる決心をしたことを心から恥じた。

 

「姉ちゃ……みんな……ごめ……迷惑……かけて……」

「そんなの気にしなくていい! しゃべったら舌噛んじゃうよシュウくん!」

「うん……ありが……」

 

 そこまで言うとシュウくんは再び気を失った。さっきから意識が戻ったり再び失ったりを繰り返している。体力の限界が近いのか……

 

 鎮守府に戻ると、岸田くんと司令、大淀さんや金剛お姉様が待っていてくれた。皆、シュウくんの様子を見るなり絶句していたが、説明しているヒマはない。

 

「シュウくん……なんでこんなに……」

「説明は後ですお姉様! 早くシュウくんを医務室で休ませないと!!」

「お、おーけい! 準備はしてあるから早く運ぶデス!!」

 

 医務室に入ると、叢雲さんから連絡が入っていたのか、すでに準備が整っていた。シュウくんをベッドに寝かせると、常駐するナース姿の妖精さんたちと、白衣姿の妖精さんたちが力を合わせて、シュウくんに点滴を刺し、モニターを取り付けていった。

 

 しばらくして、医務室内に定期的にビープ音が鳴り響き、シュウくんに必要な処置が終わった。シュウくんの胸に乗っかったナースの妖精さんがシュウくんの顔色を見ながら書類に何かを記録し、別の妖精さんがシュウくんの頭を撫でていた。シュウくん、やっぱりいろんな人がシュウくんの頭を撫でたくなるみたいだね。

 

 診察した妖精さんによると、命に別状はなかった。ただ極度の栄養失調のため当面の間は絶対安静とのことで、しばらくの間はベッドに寝たきりの状態になることは覚悟しておいて欲しいとのことだった。

 

 処置が落ち着いたところで、私はシュウくんの手を握ってあげた。以前に握った時は、確かに触れると男っぽいゴツゴツした手だったのに、今ではやせ細り、まるで細い骨を握っているような感覚に囚われる。こんなになるまで私のことを待ってたんだシュウくん……ごめんね。待たせてごめんね。シュウくん……。

 

「落ち着いたデスカ?」

 

 私がシュウくんの手を握って寝顔を眺めていると、お姉様が医務室に入ってきた。先ほどシュウくんを見た時のお姉様は取り乱していたが、今はさすがに落ち着いている。

 

「はい。お姉様」

「まったく……ワタシの妹とムコ殿はお騒がせカップルデース……」

「ひぇぇ……すみませんお姉様……」

 

 ここまでシュウくんを追い込んだ原因の半分は私だ。金剛お姉様のこのツッコミには私は何も言い返せない……

 

「まぁいいデス。無事に帰ってきたし」

 

 お姉様はニッコリと微笑みながらシュウくんの頭を撫でた。その撫で方が私と違ってとても優しいためか、シュウくんの髪がお姉様の指にからまることはない。

 

「比叡?」

「はい」

「もう逃げちゃダメですヨ? ダンナ様をちゃんと幸せにしてあげるデスヨ?」

「はい。お姉様。シュウくんはもう、逃がしません。私ももう、逃げません」

「おーけい。じゃあそろそろおじゃまインセクトは出ていきマース」

「?」

 

 お姉様は微笑みながらシュウくんの顔を指さした、見ると、目が少し開いている。どうやら意識が戻ったようだ。

 

「シュウくん?」

「あれ……ここは……」

 

 重そうなまぶたをゆっくりと開き、シュウくんが目を覚ます。お姉様は静かに医務室から出て行ってくれた。医務室に今いるのは、私とシュウくんの二人だけ。さっきまでシュウくんをモニターしていた妖精さんたちも、いつの間にかいなくなっていた。

 

「鎮守府だよシュウくん。叢雲たんチュッチュ鎮守府だよ」

「ぶふっ……」

「?」

「ごめん……ぶふっ……それ、何度聞いても笑っちゃう……」

「くすっ……岸田くんが聞いたら怒るよ?」

「怒らせとけばいいんだよ……そっか……んじゃさっき姉ちゃんが迎えに来てくれたのは……夢じゃなかったのか……よかった……」

「うん。夢じゃないよ。ちゃんと戻ってこれたよ」

「疑ってごめんね……最近、ずっとふわふわしてて……自分が起きてるのか寝てるのかもよくわからなくなってて……」

「ちゃんと食べないから……私がいなくてもご飯食べなきゃダメだよ?」

「だって……ご飯は姉ちゃんと食べたいし……ご飯は姉ちゃんと食べないと意味が無いから……姉ちゃんいなかったら食べても意味ないから……」

 

 私は頭を撫でてあげながら、今口を尖らせていじけているダンナ様を諌めた。ほんとにこのダンナ様は……私がいないと何も出来ないんじゃないかと思わせるような甘えっぷりに呆れてしまう。

 

「気分はどお?」

「悪くないよ。さっき姉ちゃんに一杯抱きしめてもらったし、たくさんチュー出来たし。姉ちゃん分はある程度補給出来た」

「ひぇぇ……お姉ちゃんは栄養じゃないよシュウくん……」

 

 思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしい。確かに気持ちが盛り上がっていたけど、あんなにお互い激しく求め合ったことなんてなかったから……

 

 不意に、私が握っているシュウくんの右手に力が入り、私の手から逃れようとした。だがその力はあまりに弱々しく、私の手から逃れることが出来ない。シュウくんを見ると、なんだか必死な形相で、右手を必死に動かそうとしているのが分かる。

 

「〜〜ッ! 〜〜ッ!!」

「?」

 

 しばらくがんばっているシュウくんだったが、やがて疲れたのか、小さなため息を付き、力を抜いた。

 

「んー……ダメだ……まだ力が入らない……」

「そこまで弱ってるんだよシュウくん。今は無理しちゃダメだよ?」

「えー……だって姉ちゃん分がまだ足りない……」

 

 まったく、甘えん坊で仕方のないダンナ様だ。ここまで言われたら私の方からいくしかない。私はシュウくんの顔に自身の顔を近づけて、軽くキスしてあげた。

 

「んー……もうちょっと」

「もうダメ。あとは元気になってから」

「ひぇぇぇ……」

「私の真似してもダメ」

 

 おでことおでこを重ねたまま、私はシュウくんと言葉をかわす。シュウくんはこんなに変わり果てたのに……この一ヶ月会わなかっただけなのに、とても懐かしい感じだ。このおでこも、握った手の感触も、唇に残る余韻も……

 

「姉ちゃん」

「ん? なーに?」

「やっとね。思い出した」

「何を?」

「はじめてこっちに来た時の、僕の目的ってやつ」

 

 そういえば、シュウくんの目的は不明だったんだよね。『私を助ける』って目的で来たはずだったけど、ケッコンして私を助けてくれても元の世界に戻らなくて、一時期不安になってたもんね。

 

「確かに『姉ちゃんを助ける』だったんだけど、その先があったんだよ」

 

 シュウくんは、弱り切った自身の左手を、私の首に回した。

 

――助けたら、死ぬまで一緒にいる

 

 そっか。死ぬまで一緒にいて、はじめて目的達成なんだね。

 

「うん。きっとね……」

「だったらもう私たちは離れられないね」

「うん。逃すつもりもないけど……」

「私も。もう絶対シュウくん逃さないから。どこにも行かせないし、私の隣にずっといてもらうから」

「うん……」

 

 シュウくん、安心してね。私ももう、ずっとシュウくんの手を離さないから。本当にどこにも行かないし、逃さないから。どこに消えても見つけてみせる。どこにいても必ず捕まえる。それが、あなたと私の幸せだから。

 

 私があなたを幸せにします。そして私も、一緒に幸せになります。

 

 

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