私の[ダンナ様/先輩]   作:おかぴ1129

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1.帰ってきた先輩 〜秦野〜

 帰りの会が終わり、今日も私は晴れない気持ちを引きずって部活に顔を出す。季節は2月。そろそろ卒業式に向けて演奏する楽曲の準備と練習に入らなければならない。顧問の先生が言うには……

 

『卒業式の定番といえばやはり“仰げば尊し”だろう』

 

 ということで、今年の演奏曲もやはり仰げば尊しとなった。私は、確か去年もこの曲を演奏した記憶があった。まぁ定番曲なので外れはないだろうけれど。

 

 しかし今年は去年と訳が違う。顧問をはじめ部員全員が、今年の卒業式関連に関しては動揺が隠しきれていない。

 

 理由は、橋立シュウ先輩が消息を断っているからだ。

 

 先輩が友人と消息を断って、もう一ヶ月以上経過する。警察の懸命の捜索にも関わらず、未だ手がかりすらつかめてない状態だ。ご両親も張り紙やネット上での呼びかけなど、懸命に先輩の足取りを捜索しているが、こちらも効果がないと聞いている。

 

 私もご両親の力になるべく、SNSでの呼びかけや休日のビラ配りなど、できる事を手伝った。それでも、冷やかしやイタズラを除けば有力な情報が何も得られてないのが実情だ。

 

 憂鬱な気持ちが晴れないまま、“仰げば尊し”の通し練習を終わらせ、私は帰宅の途に着く。ここ一ヶ月、毎日気が晴れない。先輩はどこに行ってしまったのだろう。わたしが好きな先輩は、今どこで何をやっているのだろう……嫌な想像だけが頭に浮かぶ。テレビのニュース番組を見るのに勇気が必要になるだなんて思っても見なかった。ネット上の行方不明者情報サイトを眺める毎日だなんて、年明け前の私には、想像も出来なかった生活だった。

 

「姉さん。迎えに来ました」

 

 晴れない気持ちを引きずりながら校門前まで来たところで、私は校門前で姿勢よく立っている朝潮の姿をとらえた。先輩が消息を断ったのと前後して、彼女はあの小さな神社で行き倒れになっていたところを、その日偶然神社で考え事をしていた私が見つけ、そのまま保護したのだ。それ以来、行く宛のない彼女は、我が家で居候をしている。

 

「ぁあ、朝潮ちゃん。ありがとう」

「いえ。私もちょっと用事があったので、ついでに一緒に帰れればと思ったもので」

 

 私の謝辞にも眉一つ動かさず、まるで軍人であるかのような生真面目一辺倒の返事を朝潮は返してくる。私と彼女は外見がよく似ている。そのためなのか、彼女は私のことを姉さんと呼び、私も自然と彼女のことを妹だと思うようになってきていた。

 

「用事? 何かあったの?」

「お母様に買い物を頼まれたのです。お醤油が残り少なくて心許ないと言われまして」

「そっか。お母さん、ちょっとおっちょこちょいだから」

「姉さんが好きなキャラメルもこっそり買っておきました」

「ホント? ありがとう」

「いえ、私も好きですから」

 

 そんな会話を朝潮としながら、私達は家路を急ぐ。

 

 朝潮は、見た目は小学6年生ほどに見える。私とそっくりな顔立ちをしてはいるが、やはり私と比べると、顔立ちがどこか幼い。キッとした意思の強い眼差しをしてはいるが、どこかまだ幼さの残る目をしている。最近はこの時間になると夕方にはもう暗くなる。このご時世、夕方から夜の間に小さな女の子が外を出歩くのは危険極まりない。にもかかわらず、母さんが朝潮をこの遅い時間に一人での外出を許すのには、ワケがある。

 

「朝潮ちゃん、もう暗いけど、怖くなかった?」

「大丈夫です! 普通の人相手だったら誰に襲われても平気ですし、夜はむしろ私達の時間です!」

 

 朝潮は強い。それが理由だ。身なりは小学生だが、朝潮は力も強く、走るスピードも速く、身のこなしも素早い。本人はその辺を余り話してくれないが、格闘技か何かをやっていたはずだ。

 

 以前に一度だけ、夜に朝潮と二人で外出し、3人の不良の男性グループに襲われたことがある。その時朝潮は3人の不良のうちの一人の腹部に強烈な蹴りを入れ、気絶させた。

 

『この時間帯で、普通の人が私に勝てるなんて思わないで下さい』

 

 朝潮はいつもと変わらぬ調子でそう言うと、残り二人の不良も簡単に気絶させ、私達は急いでその場から離れた。外見こそ幼いが、いざという時は自分自身を守るすべを彼女は心得ている。そのため、遅い時間での外出を許し、私の帰宅が遅れれば、朝潮を迎えに寄越した。

 

「姉さん……一つ、お願いがあります」

 

 朝潮が真っ赤な顔をして、もじもじと恥ずかしそうにそう言う。年上の不良の男性を簡単にのしてしまうような彼女でも、このように恥ずかしそうにもじもじとされると、とてもかわいい。年頃の女の子という感じだ。

 

「うん。どうかした?」

「どうか、私のことはちゃん付けではなく、“朝潮”と呼び捨てでお願いします。なんだか……ちょっと恥ずかしくて……」

 

 朝潮はそういうと、真っ赤な顔を隠すようにうつむいてしまう。かわいい。こういうことを言われてしまうと余計にちゃん付けで呼びたくなってしまう。そう思う私は意地悪だろうか。

 

「分かった。朝潮“ちゃん”」

「姉さん! やめて下さい!」

 

 朝潮にしては珍しく、歳相応にほっぺたをふくらまし、ぷんすかという擬音が似合いそうなかわいい憤怒を見せてくる。まぁ本人がやめて欲しいというのなら、無理にちゃん付けをすることはないだろう。次からは呼び捨てで呼べばいい。

 

 そんな会話をしながら、私たちは手をつないで家に帰る。自身がちゃん付けで呼ばれることには抵抗しながらも、私と手をつないで歩くことには抵抗しないんだ……やっぱり朝潮はまだかわいい子供なんだな……と思いながら。

 

 家に着き、夕食を食べた後は、朝潮と共にお風呂に入り、その後自分の部屋でネットの情報を閲覧するのが、私の最近の日課だ。ネットの情報といっても、大半は行方不明者情報や、先輩に関する有力な情報を探すのが主なんだけど……私がネットで情報を探している間、朝潮はいつも私の隣で気をつけの姿勢で、私と一緒にタブレットの画面を眺める。

 

「姉さんが探してらっしゃる方ですよね……シュウ先輩でしたか。やはり今日も情報はありませんか?」

「うん」

「そうですか……」

 

 今日も先輩の情報を入手出来なかったことに私も落胆したが、同様に朝潮も落胆してくれているようだった。朝潮は本当にいい子だ。こうやって私と感情を共有してくれて、私と喜びを分ち合おうとし、悲しみを半分抱えようとしてくれる。

 

 ここでいつもなら、私の『そろそろ寝よっか』という一言に朝潮が『はい姉さん』と答え、就寝しているところだった。

 

 私のスマホに着信が入った。着信相手を確認すると、相手はシュウ先輩のお母様だ。先輩が消息をたち、ご両親が情報を求めて私を訪ねてきてくれてから、私はお母様と時々親交を深めさせてもらっていた。といっても大半は、情報の有無の確認がメインのやりとりだったが……それでも最近は、世間話のたぐいの会話も増えてきている。今日もそんな感じの話になるだろうと私は思い、着信に出た。

 

「はい。お母様、こんばんわ」

『秦野さん! あ、あのね! 落ち着いて聞いてね!!』

 

 お母様の声に焦りというか緊迫感というか、何か切迫したものを感じる。

 

「はい。どうされました?」

『えとね。いつも手伝ってもらってたから、あなたにはすぐお伝えしなきゃと思ったの』

 

 焦っているのか、お母様が中々話の核心に触れてくれない。朝潮も異変に気付いたのか、私の顔を覗きこんでくる。

 

「姉さん? どうかしましたか?」

「ううん大丈夫。お母様? 落ち着いて話してくださいませんか?」

 

 お母様のこの慌てぶりやその発言から、お母様が何を私に伝えようとしているのかががなんとなく読めてきた。しかし、ここで浮かれてはいけない。喜んではいけない。今まで嘘情報や勘違い、偽情報に踊らされ、糠喜びをさせられたことが数えきれないほどあった。確信が持てるまで、喜んではいけない。糠喜びはもうごめんだから。

 

『あのね秦野さん! あのね!』

「はい」

『シュウがね! 帰ってきたの!!』

「え?!」

 

 これは喜んでいいのか。私は喜んでいいのか。嘘情報ではなく、目撃証言でもなく、先輩本人が、突然ご自宅に帰ってきたというのか。

 

「先輩、帰ってきたんですか?!」

『ええ! 帰ってきたの! でも全身傷だらけで……ヒエイちゃんと一緒で……』

 

 ヒエイ? 誰だそれは……しかも傷だらけ……しかし、先輩がご自宅に戻ったのは確実なようだ。緊張で胸がバクバクと高鳴り、心臓が痛いほどに鼓動を強めていくのを感じる。気持ちがはやる。気持ちが抑えきれない。

 

「お母様! これからお伺いしてよろしいですか?! 先輩に合わせて頂いてよろしいですか?!」

『ええ。でもシュウ、ちょっと体中怪我してて、今寝ちゃってるけど……』

「それでもいいです! ひと目だけでも逢わせて下さい! お願いします!!」

『わかったわ。でももう夜も遅いし、うちのダンナが帰ってきたら迎えによこすから……』

「大丈夫です! 今から行きます! すぐ行きます!!」

 

 私はお母様の返事を待たずに電話を切り、すぐに着替えて外出の準備をした。先輩に逢える。久しぶりに先輩に会える。気持ちが逸る。着替えもおぼつかないほどに全身が緊張してくる。

 

「朝潮ちゃん!」

「はい!」

「今から出かけるからついてきて!」

「はい! 了解です!!」

 

 ついいつものクセで『朝潮“ちゃん”』と呼んでしまったが、本人は気にしてないようで、いつものように敬礼してくれていた。私の切羽詰まった様子を見て、ただごとではないということを察してくれたのだろうか。

 

 私は母さんに事の次第を説明し、大急ぎで朝潮と共に家を出た。私の家から先輩の家まで、走っておよそ10分前後。私はその間、全速力で走った。朝潮も私の全力のスピードについてきてくれる。途中、足が何度ももつれて転げそうになったが、その度になんとかこらえ、私は先輩の家の前に辿り着いた。

 

 呼吸を整えるのも忘れ、ドアノブを回す。当たり前だが鍵がかかっている。私はインターホンを鳴らした。何度も何度もしつこく鳴らした。先輩がドアの向こうにいる。先輩に会える。やっと先輩に会える。

 

 恐らくは、人生で最も長く感じた数十秒だっただろう。その後、ドアの施錠が解除される音がなり、ドアが開いた。先輩のお母様がそこにいた。いつもは生気のない泣きはらした顔をしてらっしゃることが多かったが、今日は幾分生気が戻っている気がする。

 

「秦野さん……」

「お母様! 先輩は! 先輩は本当に戻ってきたんですか?!」

「ええ。戻ってきたわよ。さあ上がって」

 

 私は逸る気持ちを抑えきれず、部屋に上がらせてもらうことにした。玄関に置いてあった金属製の巨大な靴が少々気になったが、そんなことよりもまずは先輩だ。やっと会える。先輩が戻ってきた。先輩が戻ってきたんだ。

 

「先輩は……先輩は、どこの部屋にいるんですか?!」

「シュウの部屋にいるわよ。ほら、そこ」

 

 お母様が指差す先に、『シュウ』と書かれた立て札がかけてあるドアがあった。私は意を決し、そのドアを開いた。

 

「先輩!!」

 

 ドアの向こう側は、スッキリと整頓され、片付いて生活臭がまったく感じられない部屋が広がっていた。そしてそのベッドには、体中に包帯を巻いた痛々しい姿の先輩が寝かされていた。先輩の頭には、片目を隠すように包帯が巻かれていたが、それでもひと目で、先輩だと分かった。

 

 「先輩! 先輩!!」

 

 ベッドのそばにいる女性を押しのけ、私は先輩のそばにかけよって呼びかける。先輩は眠っているようで、そばに来るとスースーという静かな寝息が聞こえた。巻かれた包帯が痛々しいが、とりあえず命に別状はなさそうだ。よかった。

 

 一ヶ月行方不明だった先輩。私にとって誰よりも大切な先輩。やっと会えた。やっと会うことが出来た。今まで何度も諦めかけた。何度も挫けそうになった。その度に自分の気持ちを奮い立たせ、探し続けてきた……やっとあえた。諦めなくてよかった。もう逃がしません。先輩……。

 

 フと、先ほど私が押しのけた女性が目に入った。その女性は神社の巫女さんのようなふざけた服装をしており、金色の目立つカチューシャをしている。

 

「……あなたは?」

「はい。私は、……ヒエイといいます」

「はぁ……秦野です」

 

 どこかで見覚えのある人だと思っていたら……思い出した。この人は、夏のコンクールの日、演奏前に先輩に大声でエールを送っていた、あの人だ。そして恐らくは……先輩が、ずっと追いかけていた女性だ。

 

 あの時は……この人を、とても素敵な女性だと思っていた。人の目が気になるあの状況で、しかも音楽コンクールという舞台で、あそこまで大声であからさまに一人の人間にエールを送ることなど、そうそう出来ることではない。そんなことが出来る彼女は、とても素敵な人なのだろうとずっと思っていた。

 

 しかし今は、その非常識な服装が私の鼻についた。そして直感で分かった。この人は、先輩が消息を断っている間、ずっと先輩といっしょにいたはずだ。そして彼女は……『ヒエイ』という冗談としか思えないふざけた名前を名乗ったこの女性は、自身のことを先輩の姉だといい、さらに私の神経を逆撫でした。

 

「私は、シュウくんの姉です。そして……」

「ふざけないでください。先輩に姉はいません。あなた誰ですか?」

「ですから私はカンムスで……シュウくんの……」

「カンムスってなんですか? 意味わからないです。その服、ふざけてるんですか?」

 

 こんなふざけた女性に先輩が盗られたことが悔しかった。

 

 コンクールで見た時は、確かに素敵な女性だと思った。

 

 だが今……私は、このふざけた女性が嫌いになった。彼女の頬を平手打ちしたい気持ちをこらえるのに精一杯だった。

 

 

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