私の[ダンナ様/先輩]   作:おかぴ1129

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3.比叡という女性 〜秦野〜

 しばらくの間先輩の寝顔を見守った後、私は先輩のお母様と朝潮、そして比叡さんの待つ居間へと移動した。さっきは気付かなかったが、比叡さんのふざけたコスプレはズタボロの状態だったようで、彼女は私が知らないうちに服を着替えていた。なんでも、以前にこの先輩の家で居候をしていたことがあったらしい。なるほど。先輩の機嫌がよかったのは、この人が居候していたからか……と妙に合点がいった。

 

「あ、姉さん」

 

 私が居間に入るなり、朝潮が私のもとに来た。居間の空気が重い。理由はなんとなく分かる。この比叡さんがまた意味のわからない説明をして、お母様を煙に巻いているのだろう。

 

「ですから、私とシュウくんは以前ご説明した叢雲たんチュッチュ鎮守府に今までいたんです。シュウくんは私を助けに鎮守府まで来てくれたんです。岸田くんと一緒に」

「岸田くんと? というよりチンジュフってどこなの? 何するところなの?」

「鎮守府があるのは、こことは別の世界なんです。シュウくんと岸田くんは……」

 

 私が見た所、この比叡と言う人は20代ぐらいだ。どれだけ若く見積もっても、少なくとも先輩や私よりも年上だろう。そんな良識ある大人であるはずの人が、臆面もなく別の世界とか助けに来たとか、そんなくだらないウソを大真面目に話していることに、私は怒りを通り越して呆れ返っていた。

 

「……朝潮ちゃん」

「はい」

「あの人、ずっとあんな調子なの?」

「……えっと……わかりません。私はずっと席を外していたので」

「そっか……」

 

 もはや哀れみすら感じる。いい年をした大人が真面目な顔をして語ることではない。そんなことを至極大真面目に、真剣な表情で語るこの比叡という女性には、もはや怒りや呆れを通り越した感情しか沸かない。

 

「朝潮ちゃん、ちょっと先輩の様子を見ててくれる?」

「はい。別に構いませんけど……姉さんは?」

「私はちょっとあの人の話を聞きたい」

「……分かりました」

 

 私もその話に同席させてもらった。私だってずっと先輩を探し続けてきたんだ。この比叡さんの説明を聞く権利は、私にだってあるはずだ。先輩の看病を名目に朝潮に席を外してもらったのは、おそらく私は、これから嫌な女になるだろうから。朝潮には見せたくない私を、これから見せることになるだろうからだ。

 

 お母様と比叡さんが差し向かいで座っている。私もお母様の隣のソファ……つまり比叡さんの向かいに座った。

 

「えと……すみません。秦野さんはシュウくんとは知り合いなんですか?」

 

 比叡さんが、改めて私の素性を確認してくる。反射的にカチンときたが、こちらも彼女の素性を問いただした以上、彼女にも私のことを聞く権利はあるだろう。

 

「私は、シュウ先輩とは部活の先輩後輩の関係でした」

「部活って……あの吹奏楽の?」

「それ以外に何があるんですか?」

「す、すみません……」

 

 私はあなたとは違う。ウソはつかないし、つく意味もない。あなたとは違うんだという気持ちが、自然と私のセリフに棘を生やしていく。

 

「私にもはじめから聞かせて下さい。あなたが先輩とどういう関係で、今までどこで何をやっていたのか」

「はい。……半年ほど前です。私はこっちの世界に来ました。そして神社でシュウくんと出会い、お父様とお母様、そしてシュウくんと共にこちらでお世話になりました」

「その辺のことは話さなくていいです。私が知りたいのは、先輩が行方不明になったあとのことです」

 

 自分の態度がトゲトゲしいのは自覚出来る。しかし彼女がずっと先輩と一緒にいたということ……その間まったく私たちに連絡をしてくれなかったこと……そしてなにより、この状況下でふざけた説明しかしないこと……すべてが私の癪に障った。

 

「あきつ丸さんと一緒にこっちの世界に渡る任務中、私たちは敵に襲われました。私が敵に囲まれてたのを知ったシュウくんが私たちの世界に来てくれて……」

「敵って何ですか?」

「あ、し、シンカイセイカンです」

「そのシンカイセイカンって何ですか?」

「シンカイセイカンってのは……」

「そもそも“私達の世界”って何ですか? チンジュフって? あきつ丸って何ですか? 誰ですか人ですか?」

「あきつ丸さんは私と同じく艦娘で……」

「カンムスって何ですか? あなた人じゃないんですか? だったら何なんですか?」

「あ、あの……」

 

 比叡さんが話す内容があまりに疑問点が多すぎて……というよりもあまりにも下手なウソ過ぎて、今の私ならいくらでも話の腰が折れるし、いくらでも刺々しい態度が取れる。お母様も私の変貌ぶりに若干引いているようだし、比叡さんも私の質問攻めにほとほと困っているようだが、そんなことは知らない。そもそもこんな作り話をこの状況でする彼女が悪い。とことん追い詰めて化けの皮を剥いでやる。

 

「ひ、ひぇぇ……」

「ひええってあなたふざけてるんですか? この状況でよくそんなふざけたこと言えますね」

「す、すみません口癖でして……で、シュウくんたちが私を助けてくれて……」

「何からですか? そのシンカイセイカンとかいう敵からですか?」

「そうです」

「あなた、先輩がケンカとか争い事が苦手なの知らないんですか? 先輩がそんなこと出来るわけないじゃないですか。ウソつかないで下さい」

「う、ウソなんかじゃないです! シュウくんは私を助けてくれました!!」

 

 まぁそんなことはどうでもいい。どうせこれもウソなんだから。相手のウソに付き合ってあげている辺り、私はまだまだ人がいいと自分でも思う。皮肉だが。

 

「そもそもそれが本当だとしたら、あなた先輩を戦いに巻き込んだってことですか?」

「……」

「てことは今日にしても、あなたが先輩をあそこまで痛めつけたってことですか? あの怪我は何なんですか?」

「あれは今日、今まで出会ったことのない敵と戦って……」

「ほら。あなた先輩を戦いに巻き込んでるじゃないですか。あなたのせいですよ先輩のあの怪我は。あなた、先輩をあそこまで傷だらけにした責任は感じないんですか?」

「……」

 

 比叡さんは口をつぐみ、苦い顔をして俯いた。話している内容の信ぴょう性はどうあれ、自分が先輩を傷だらけにしたという罪悪感があるあたり、根は悪い人ではないのかもしれない。

 

「話の腰を折ってスミマセン。で、先輩はどうやってあなたを助けたんですか?」

「特殊艇てれたびーずに乗って……」

「特殊艇って何ですか船ですか? 先輩は船舶免許持ってませんよ?」

「てれたびーずは岸田くんが運転してました」

「岸田先輩だって中学生ですよ。船の運転なんか出来るわけないじゃないですか」

「ホントです! てれたびーずに乗ってお姉様たちと一緒に助けに来てくれたんです!!」

 

 前言撤回だ。呆れも果ても尽き果てる。よくもまぁこれだけのウソを思いついてスラスラと言えるものだ。この状況で、それだけのウソを思いつき、臆面もなく話せるその度胸だけは感心するけれど。

 

「そもそも“テレタビーズ”って草野球チームの“大滝川テレタビーズ”のことですよね。確かあなたがいたことのある……」

「そうです。私を迎えに行くのにふさわしい名前だからってシュウくんがつけてくれて」

「都合の悪いことは全部先輩のおかげ……いや先輩のせいですか。あなた最低ですね」

 

 私は覚えている。この人が去年、テレタビーズの試合で特大ホームランを放ったことを。私の気持ちが、はじめて彼女の存在に脅かされた日だ。こんな人を家に送り届けるために……こんな人と一緒に帰るために、先輩はあの日、私に後始末を全て任せたのか。

 

「……もういい加減ウソつくのやめて下さい。本当のことを話してください」

「私が話していることは全部本当です」

「あなたの話が本当なのかどうかは知りませんが、あなた以外にあなたの話を信じる人なんて誰もいませんから」

「……」

「最後に聞かせて下さい。あなた、シュウ先輩の何なんですか? あなた誰なんですか?」

 

 私が彼女に贈る最後のチャンスだ。ここで本当のことを話さなければ、金輪際私は彼女の話を信用することはない。

 

 だが比叡さんは最後までウソを突き通した。それも、『私はウソをついてない』といわんばかりに、意志の強い眼差し……私が大好きな、まっすぐに前を見据える先輩の眼差しとまったく同じ眼差しで、こちらをまっすぐに見据えながら。

 

「私は高速戦艦、コンゴウガタ4姉妹の次女、比叡です。そして、シュウくんは私の弟で、私のダンナ様です。世界で一番大切なダンナ様です」

「最後までウソをつき通すんですね。分かりました。もうあなたのことは信用しません」

 

 さらに言うに事欠いて、彼女は先輩のことを『私のダンナ様』とまで言い切った。ふざけきっている。先輩をとられたことも腹立たしいが、それ以上に、この状況でそこまでふざけきったことを言うその神経が信じられない。あんなに大真面目な顔で、そこまでふざける事ができるだけの神経の図太さだけは感心する。だがそれだけだ。

 

 その後私は朝潮を連れて帰宅した。先輩の家を出る時、お母様に呼び止められ、

 

「私もね。比叡ちゃんの言ってることがよく分からなくて……でもあの子、すごくいい子なのよ。ウソをつける子じゃないし、本当にいい子で……」

 

と何やら比叡さんの釈明のようなことを聞かされた。そうやって困惑しながら話すお母様を見て、私はますます比叡さんへの怒りが込み上げてきた。

 

 先輩のご両親は、本当に素晴らしい人だ。先輩がいない間、どれだけお父様が街を駆けずり回って先輩を探し続け、お母様がどれだけ心を痛めていたのか……私はご両親を隣でずっと見てきていたから知っている。

 

 しかし、比叡さんはそのことを知っているのか? 知っていて、あえてあんなふざけたウソをついているのか? だとしたら許せない。本当に許せない。ご両親を隣で見てきた者として、先輩を隣で見続けてきた者として、断じてあんな人を認めない。言うことも信用しないし、たとえ同居していた事実があるにせよ、先輩の姉とも思わない。

 

 先輩は渡さない。絶対にあんな女から先輩を取り返す。先輩が選ぶ相手がたとえ私でなくてもいい……少なくとも、あの女から先輩を自由にする。

 

 

 

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