私の[ダンナ様/先輩]   作:おかぴ1129

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5.ダンナ様、覚醒 〜比叡〜

 あれから一晩、私はシュウくんの隣に布団を準備してもらって眠った。シュウくんは一晩中気がつくこともなく、ひたすらに眠り続けていた。それだけあの戦いが異質で、慣れないシュウくんには負担の大きい戦いだったようだ。傷自体は深手でなかったのが幸いだ。昨日ここに戻った段階で一度お医者様に傷の具合を見てもらったのだが、今日、シュウくんが目覚めたあと、もう一度お医者様に見てもらうという話になっていた。

 

「とりあえずこれまでの話のことは置いておいて、しばらくはゆっくりするといい。話の整理が出来ないってんなら、落ち着いてから話してくれればそれでいいから」

 

 お父様にそう言われ、私は再びこちらの橋立家でお世話になることになった。正直なところ、シュウくんの家以外に最寄りのない私には、このご提案は本当にありがたい。お礼の意味合いもあって朝食は私が気合を入れて作ろうと思ったのだが、ご両親に必死に止められたのは残念だった。何か他にお役に立てればいいんだけれど……

 

 そんなことを考えつつ朝ごはんをご両親と一緒に食べていると、ピンポンとインターホンが鳴った。こんな朝早くから来客なのだろうか……

 

「はいはーい。ちょっと待ってねー……」

 お母様がエプロンをつけたまま玄関に向かう。その後ドアが開く音が聞こえ……

「あら! 朝潮ちゃん!」

「お母様! おはようございます!!」

 

 というやりとりが聞こえた。どうやら、昨日あの秦野さんといっしょにいた女の子、朝潮さんという子が来たようだ。秦野さんが一緒ではないことに、私は少しホッとした。朝潮さんは食堂で朝食を摂っている私たちの前まで来ると、気をつけの姿勢でビシッと敬礼をした。

 

「お父様! ひえいさん! おはようございます!!」

「はいおはよ〜。朝潮ちゃんは真面目だね。今日はどうしたの?」

「姉さんから、こちらでみなさんのお手伝いをするようにと言われまして」

 

 なるほど。多分に私の監視もあるのだろうか。悪く受け止めたくはないけど……それにしてもこの『朝潮』という子、私の勘が正しければ恐らく艦娘だと思うのだが……

 

「あの……朝潮……さん?」

「はい! なんでしょうか!」

 

 本当は『あなたは艦娘ですか?』と聞いてみたいのだが……どうもこの子の背後に昨日の秦野さんの姿が見えてしまい、問いただす勇気が出来ない。

 

「……いえ、なんでもないです」

「はぁ……?」

 

 私はこんなに意気地なしで度胸のない性格だっただろうか……すべては昨日、秦野さんに言われた言葉が胸に突き刺さっているせいだ……。

 

 その後話し合いをした結果、お仕事のあるお父様を除いた私とお母様と朝潮さんの3人でローテーションを組み、シュウくんの看病を行うことになった。看病といっても特にすることはなく、シュウくんが目覚めた時に誰かがそばにいてあげられるようにするためだったのだが……まず最初は朝潮さんがつくことになった。

 

「それじゃみんな。シュウを頼むよ」

「はい。お父様もお仕事頑張って下さい」

「ホントはおれも仕事なんかほっぽり出したいんだけど、そうも言ってられんしな」

 

 お父様は笑顔でそう言い、明日まで帰ってこれないとボヤきながら仕事に向かった。その後朝潮さんがシュウくんのそばにいてくれ、私はお母様に再度事情を説明することにしたのだが、やはりこちらの説明には今一納得してくれない。

 

「比叡ちゃんごめんね。あなたのこと信用してあげたいんだけど、本当に信用出来ないのよ」

「申し訳ありませんお母様。でも信じていただくしかないんです。私が話したことは、全部本当のことなんです」

「でもねぇ……別の世界とか、シュウが音楽隊の隊長とか……」

 

 音楽隊の隊長の件は置いておいて、私だって突然『別の世界』とか聞かされても、きっと信用できなかっただろう。でもお世話になったシュウくんのお母様には、ウソをつきたくなかった。ダンナ様のご両親に対しては、ウソをついてごまかしたりはしたくなかった。シュウくん、分かってくれるよね……

 

 そんなわけで私がお母様への説明に四苦八苦している時、朝潮さんが部屋にやってきた。

 

「お二人共! シュウ先輩が目を覚まされました!!」

 

 その知らせを受けた私とお母様は、共に弾かれるようにシュウくんの部屋に向かった。

 

「シュウくん!!」

 

 部屋のドアを勢い良く開け、シュウくんの様子を伺う。シュウくんは上体を起こしており、私の呼びかけに少々緩慢な反応をしていたが、問題ない。あれは調子が悪いのではなく、単に起き抜けで少々頭がぼんやりしているだけだ。毎日一緒に寝起きしている私には分かる。

 

「……ぁあ、姉ちゃん」

「気分はどお? 大丈夫?」

「うん。よく寝た。体中は痛いけど、気分は悪くないよ」

「よかった……心配したんだよダンナ様……」

「ん。ごめんね姉ちゃん」

 

 よかった。寝起きのせいで多少ぼんやりとはしているけれど、特に異常はないみたいだ。私のダンナ様は私に軽く微笑んでくれたあと、部屋の中を見回し、キョトンとしている。

 

「姉ちゃん……ここひょっとして……」

「あなたの部屋よ。シュウ」

「……母さん?」

 

 私の背後にいたお母様と、シュウくんの目が合った。私は二人から少し離れ、ドアのそばにいる朝潮さんのそばにのいた。

 

「……母さん、久しぶり」

「まったくこの子は……連絡ぐらいよこしなさい」

「ごめん。連絡出来なくて……」

「話はあとで聞くわよ。……シュウ、おかえり」

「うん。ただいま」

 

 お母様がシュウくんの頭を優しく撫でる。シュウくんも、私に撫でられた時とはちょっと違う顔をお母様に見せた。シュウくんは私たちの世界に渡った後、ご両親に連絡が取れず無事を伝えることが出来ないことを、とても気にしていた。それが今、やっと叶った。ダンナ様の懸念が払拭できたことは、私も純粋にうれしかった。

 

「シュウ、おなかすいてない? 朝ごはん食べる?」

「ん。久しぶりに母さんのご飯食べたい」

「いっぱい食べなさい。たくさん作ってあげるから」

「うん」

 

 お母様から朝食を促され、ベッドから立ち上がろうとするシュウくん、すぐさま朝潮さんがシュウくんのそばに駆け寄り肩を貸す。

 

「お手伝いします!」

「あ、ありがとう。さっきもいてくれたけど、キミは?」

「はじめまして。朝潮といいます」

「この子はね。あなたの後輩の秦野さんのとこで居候してる子なのよ。今日はお手伝いに来てくれたんだって」

 

 “居候”という言葉を聞いて、シュウくんの顔色が若干変わったのを、私は見逃さなかった。シュウくんも彼女が艦娘ではないかと思っている。

 

「そっか。ありがとう朝潮ちゃん」

 

 その後、朝潮さんから肩を借りて居間まで来たシュウくんは、久しぶりのお母様の朝食をひと通り堪能したあと、今まで自分がどこにいて何をやっていたのかを説明するのだが、やはり説明する内容が内容だけに、お母様に今一信用をされなかった。

 

「……分かった。母さん、姉ちゃんと二人で話をさせてくれないかな」

「それはいいけど」

「ありがとう母さん」

 

 シュウくんはそう言うと、私の腕を引っ張って自分の部屋まで引き返した。部屋に入るとシュウくんはドアを閉め……

 

「ふぅー……」

 

 と少し疲れたようなため息をついた。

 

「どうしたの? 疲れた?」

「その前に姉ちゃん」

「ん?」

「んー……ちょっとだけ……」

 

 シュウくんはそう言うと、私をギュッと抱きしめてくれた。いや確かに抱きしめてくれるのはすごくうれしいけど……なんで今?!

 

「んー……」

「ん?」

「姉ちゃん分が足りないから。目が覚めた時、そばにいたのが姉ちゃんじゃなかったから……」

 

 本人が自覚しているかどうかは分からないが、時々シュウくんは甘えたがりな一面を見せることがある。今だってこんなこと言って私にくっついてくるし、私を見る目は、頭を撫でて欲しい時特有の目だ。正直なところ、ダンナ様の将来を考えて甘やかすのもどうかと思うのだが……

 

「まったく……私のダンナ様は甘えたがりだなぁ」

「んー……」

「おはようシュウくん」

「ん。おはよう姉ちゃん」

 

 こうやって、ついつい頭を撫でて甘やかしてしまうあたり、私もまだまだダンナ様に甘い。

 

 その後、シュウくんはやはりまだ体力がまだ完全には戻ってなかったようで、ひと通り私にくっついたあと、ベッドに戻り上体を起こした。シュウくんが私と二人で話をしたいといった目的は、私に抱きついて頭を撫でてもらうためではなく、もっと別のことにあった。

 

「姉ちゃん、球磨は?」

「うん。球磨さんは……あの船の人たちに拿捕された」

 

 昨日、私が最後に見た球磨さんは、こめかみに強烈な一撃をもらって意識を喪失し、海上に浮かんでいたところをあの海上保安庁の面々に拿捕されていた姿だった。轟沈には至ってなかったのでその点に心配ないのだが、拿捕されたときの球磨さんは大破判定の損傷を受けていた。彼女の体調が心配だ。

 

「そっか……助けなきゃいけないね。一刻も早く」

「そうだね」

「球磨の居場所は分かる?」

 

 シュウくんにそう言われ、私は電探を起動させる。私の電探であれば、通信は不可能だが球磨さんの大まかな居場所ぐらいは探知可能だ。

 

「……港から動いてないみたい。あの船の中にいるのかな」

「海上保安庁に逮捕された人は船の中で拘束されるって聞いたことがある。上陸してないなら、まだ僕達で助けられるかも」

「もちろん助けないといけないけど、シュウくんは体力は大丈夫なの?」

「僕は大丈夫。夜になるまで少し眠る。夜になったら動こう」

 

 ……そういえば、昨日シュウくんを治療してくれたお医者様が、お昼前に一度シュウくんの様子を見に来ると言っていたことを忘れていた。

 

「だったらそのあと眠るよ。球磨を助けて、早く鎮守府に帰らなきゃ……」

 

 そう話すシュウくんの眼差しはまっすぐパッチリと前を見据えており、揺るぎない意思を感じる強いものだった。その目には迷いはない。だがそのシュウくんの眼差しを見ながら同時に私の頭の中によぎったのは、シュウくんを見る、お父様とお母様の優しい眼差しと、眠っているシュウくんにすがりついた、昨晩の秦野さんの姿だった。

 

「……シュウくん」

「ん?」

「こっちの世界に未練はないの?」

「え……なんで?」

「なんでって……」

 

 私を見るシュウくんの表情が、困惑と呆気にとられた表情をしていた。元々こちらの世界の人なんだから、あなたのご両親や大切な友人はこちらの世界にいるんだよ……と問いかけようとした時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

『シュウ? 比叡ちゃん? ちょっと入っていい?』

「姉ちゃん、その話はまたあとで。いいよー」

「うん。どうぞお母様ー」

 

 ドアが開き、そこにはお母様と朝潮さんが立っていた。予期せぬ人物の登場で話の腰をおられてしまったが、これは昨晩から少し気になっていたことだ。お母様たちと秦野さんは、シュウくんがこちらの世界に帰ってきたことをとても喜んていた。シュウくんはもはや私たちの鎮守府の一員といえる存在となったが、シュウくんの家族や友人をつらい目に遭わせてまで、私たちの鎮守府に繋ぎ止めておいてもいいものなのだろうか……。

 

「話の途中にごめんね。今日シュウの様子を見に大滝町の中村医院とこの先生が来てくれるんだけど、ちょっと予定変更で、出来れば夕方頃に予定を変更して欲しいらしいの。いい?」

「ぁあ、中村医院とこのお医者さんかぁ。分かった。大丈夫だよ」

「じゃあ夕方の四時頃に変更ってことでいいわね」

「うん。僕は先生が来るまで一旦寝るから。……来たら起こして」

「どうしたの? 疲れた?」

「うん。ちょっと」

「……わかったわ。先生にはそう伝えておくから。比叡ちゃん、あと頼める?」

「はい。分かりましたお母様」

 

 お母様はシュウくんの言葉を聞いて少し残念そうな顔をしたが、あまり引きずることもなく部屋をあとにした。朝潮さんも『それではシュウ先輩! おやすみ下さい!!』とシャキッとした敬礼をした後、部屋を後にする。お母様の残念のそうな横顔が、私の脳裏にこびりついて離れない。きっとお母様は、久しぶりに再会できたシュウくんと、もっと時間を共有して話をしたかったはずなのだけど……

 

 シュウくんは二人が部屋から出て行ったあと、大きくため息をついた。怪我は問題ないようだが、やはり体力がまだ戻ってないようだ。疲労の色が表情から隠しきれていない。

 

「ふぅ……」

「疲れた?」

「うん。ちょっと……それよりもさ。あの朝潮って子は……」

「うん。多分、朝潮さんは艦娘だと思う」

「別の鎮守府の子なのかな」

「分からない。まだ朝潮さんとちゃんと話をしたことなくて……」

「秦野のところで居候してるって言ってたよね」

 

 “秦野”という言葉に過敏に反応してしまった。どうも私は昨日の一件以来、彼女に対して苦手意識を持ってしまったようだ。

 

「う、うん」

「ん? どうかした?」

 

 いけない。秦野さんはシュウくんの大切な友人で後輩だ。苦手意識を持っているだなんて思われたくない。

 

「なんでもないよ。大丈夫」

「そっか。……でも、一度秦野や朝潮ちゃん本人にも聞いてみた方がいいかもね」

「うん……」

「それはともかく、今晩球磨を助けに行こう」

「シュウくんは大丈夫なの?」

「うん。大丈夫。鎮守府に戻れないとしても、せめて球磨を助けてあげなきゃ……」

 

 その後、体力の限界が近いシュウくんを寝かせ、私は居間に戻った。その後は特にシュウくんの看病も必要がないだろうということで、朝潮さんと一緒にお母様の家事の手伝いをすることになったのだが……途中、何度か朝潮さんに艦娘かどうかどうか問いただそうと思ったものの、やはり中々思い切って聞くことが出来ず、結局問いただすことは出来なかった。

 

 お医者様がシュウくんの様子を見に訪ねて来られ、シュウくんが眠りから目覚めた頃、学校帰りの秦野さんもウチにやってきた。彼女は診察中だったシュウくんを見るなり喜んでいたが、その後私に向けられた彼女の眼差しに篭っていたものは、敵意以外の何者でもなかった。

 

 

 

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