私とシュウくんが小田浦港に着いた頃、すでに1時半になりつつあった。私にとってこの小田浦港は、以前にシュウくんと一緒にレ級に立ち向かった、とても思い出深い場所でもある。改めて今日、あの頃の面影を今も残す小田浦港を見て、私は少し懐かしい気持ちを抱いた。
「……ここでレ級と戦った後、シュウくんと別れたんだよね……」
「うん。でも、今はもう、ずっと一緒だから」
私の言葉を受け、ダンナ様は私の手を強く握ってくれた。そうだ。私達はもう離れることはない。ずっと一緒にいられるのだ。
――あなた先輩を戦いに巻き込んでるじゃないですか。
あなたのせいですよ先輩のあの怪我は。
「? 姉ちゃん? どうしたの?」
「ん? なんでもないよ?」
今は思い出したくない秦野さんのナイフのような一言が、再度私の胸に刺さった。
「ほら姉ちゃん、あそこに泊まってる」
シュウくんが一隻の船を指さした。あの船は忘れもしない。昨日ハ級との戦闘後に遭遇し、球磨さんを拿捕した海上保安庁の船だ。電探を起動させると、具体的な箇所まではまだ確定出来ないが、少なくともあの船内に球磨さんがいることは確実なようだ。
「……姉ちゃん、どお?」
「やっぱり、あの船に球磨さんいるみたい」
「やっぱりそうか……」
不意に、私たちの背後から足音が聞こえた。人数は二人。その足音は私たちのすぐそばまで来て止まると、ちゃりちゃりという何か工具のような音を鳴らしていた。
「あんたら、ここで何をやってるの?」
「へ?」
「私達……ですか?」
声のした方を振り向くと、そこにいたのは二人の警官だった。ちょっと離れたところにはパトカーがとめられ、赤いパトランプが点灯している。しまった……たとえ球磨さんのことで頭が一杯だったとはいえ、警官が近づいてくることにまったく気が付かなかった……私とシュウくんは共に警官たちの方を向き、つい動揺する素振りを見せてしまった。
「へ? じゃなくて。ここで何やってるか聞いてるの」
「へあっ……いやあの……私達、夜景を……見ていて……ですね?」
「ここ昨日のお昼からから立入禁止になってるよ?」
「ぅぁああ〜……そ、そうだったんだ。ご、こめんねシュウくん〜」
「そ、そっか〜……じゃあ仕方ないね姉ちゃん〜〜」
私たちのたどたどしい演技で果たしてごまかせるかどうかは怪しいのだが……なんて余計な心配をしていたとき、二人の警官が小声で話し合いをはじめた。その内容は、私たちのキモを冷やすのには充分過ぎる内容だった。
「どうするよ……不審人物見つけたら連絡しろって海上保安庁に言われてるだろ?」
「この子たちなら別にしなくてもいいような気がするけど……バレたらあとで面倒だ。とりあえず連絡はしとこうぜ」
いけない。今海上保安庁に連絡されたら……シュウくんも表情に焦りの色が見え始めている。こうなったら、二人を気絶させてでも……ッ!!
そう思い、私が両手に力を入れたその瞬間、小さな影が警官二人を襲った。
「?!!」
その小さな影は二人の警官の背後から急に回りこみ、一人の腹部に強烈な蹴りを入れて気絶させた。背の高さから子供のようにも見えるが……
「ガフッ?!」
「な、なんだぁあッ?!」
つづくもう一人の警官は警棒で影に殴りかかるが、その影は巧みにその警棒を避け、やはり腹部に蹴りを入れ、うずくまったとこを後頭部に強烈な蹴りを入れて気絶させた。
「比叡さん! シュウ先輩!! ご無事ですか?」
動きを止めたその小さな影の正体は、さっきまで部屋でかわいい寝息を立てていたはずの、朝潮さんだった。
「朝潮ちゃん?!」
「なんでここにいるの?!」
「お二人が外に出る時、私も偶然目が覚めたんです。それでお二人の会話が聞こえてきまして……どこへ行くのかと思いまして、失礼ながらついてきてしまいました」
そういえば、私たちが家を出る時、私と朝潮さんと秦野さんの3人が寝ていた部屋から物音が聞こえてきたのを思い出した。あれは気のせいだったのではなく、朝潮さんが犯人だったのか。
「ついては、私にもお手伝いをさせて下さい!」
「え……朝潮ちゃん」
「はい!」
「僕達が何をしようとしているのか、分かってる?」
「具体的には……でも、お仲間の方を助けに行くんですよね?」
「うん。危ないよ?」
シュウくんの制止を聞いても、朝潮さんの眼差しは変わることなく、意思のこもった眼差しで私とシュウくんを見ていた。
「大丈夫です! この時間帯なら、私は誰にも負けません! それに……」
「それに?」
「今日の私の任務は、みなさんのお手伝いですから!!」
そっか……そういえばそうだったね。朝、家に来た時に『姉さんにお手伝いしてこいと言われました』って言ってたもんね。姉さんとの約束を守ろうとしてるんだね。
さっきの警官相手の立ち回りを見る限り、本人に聞くまでもなく、恐らく彼女は艦娘だ。夜に強いというのなら、駆逐艦の子なのだろう。この時間帯、駆逐艦ほど頼もしい存在はいない。ならば……
「シュウくん」
「ん?」
「手伝ってもらおう。朝潮さんが駆逐艦の艦娘なら、心強いよ」
「そうだね……」
決まりだ。私は朝潮さんに近付き、目線を下げて、彼女にこう言った。
「朝潮さん」
「はい! なんでしょうか比叡さん!!」
「私達は、あの船で囚われてる仲間を助けなきゃいけないの。朝潮さん、お手伝いをお願いします。その代わり、もし危ないことになったら、私達のことを置いて行っていいから、絶対に逃げること。そして必ず、姉さんの元に帰ること。それが任務だよ」
「はい! 朝潮、任務を完遂します!!」
心強い味方が出来た。私たち3人は、物陰から夜の闇にまぎれて、海上保安庁の船に少しずつ近づいていった。船周辺は数人の見張りがいて、終始見回りを行っていたのだが……
「私にお任せ下さい! 夜は私達の独壇場です!!」
朝潮さんがそう言い、闇に紛れて見張りを一人また一人と始末していった。始末といっても気絶させただけだったが……おかげで見張りは全滅。私たちと船の入り口の間の障害物はなくなった。
「朝潮ちゃん、ありがとう。おかげで僕らも助かった」
「いえ! 姉さんからの任務ですから!!」
シャキッと気をつけの姿勢をした朝潮さんが、私たちに敬礼をしてくれた。しかしこの子、子供っぽいところがあるかと思えば、今みたいに任務に忠実な軍人のようなところを見せたり……色々な側面のある子だ。
「こんな時に何だけど……朝潮さん、ひとつ聞いていいかな?」
「はい! なんでしょうか比叡さん!!」
「朝潮さんは、艦娘?」
一瞬、彼女の顔色が変わった。だが、秘密を看破されたときのような、『しまった』という雰囲気ではない。図星をつかれて、ドキッと驚いた顔とでも言うべきか……とにかく、ちょっと驚いたような顔だ。
「……はい! 私は朝潮型駆逐艦のネームシップ、朝潮です!!」
「やっぱり……どこの鎮守府にいたの? どこの泊地に所属してるの?」
「チンジュフ……ですか?」
私が所属の鎮守府を確認した途端、今度はまゆをひそめ、困ったような顔をする朝潮さん。この顔は見覚えがある。私が鎮守府の説明をはじめてシュウくんたちにしたときの、“鎮守府”という言葉を初めて聞いた時の顔だ。
艦娘なのに、鎮守府を知らない……どういうことだろう?
「朝潮ちゃん」
「はい! なんでしょうかシュウ先輩?!」
「……なんで僕のこと先輩って呼ぶのかな……」
「姉さんがシュウ先輩のことを先輩と呼んでらっしゃいましたから!!」
「そっか……うん。まぁいい。“鎮守府”って言葉は聞いたことない?」
「はい! ありません!!」
「そっか……」
シュウくんは少し考える素振りを見せた後、何かひらめいたかのように、私の顔を見てこう言った。
「姉ちゃん、深海棲艦を倒した時って、時々仲間の艦娘を見つけることがあるよね」
そうだ。敵と戦った後、なぜかは分からないが……その海域で仲間の艦娘を見つけることがある。場合によっては、敵に囚われていたかのように、敵の身体の中から見つけることもある。そういった状況で艦娘が発見される現象のことを、私達は便宜的に『ドロップ』と呼んでいる。
「うん。それがどうかした?」
「朝潮ちゃん、僕達がレ級を倒した時にドロップした艦娘なんじゃないかな」
なるほど。それなら合点が行く。たとえ艦娘だったとしても、どこかの鎮守府に所属しているわけではないどころか、聞いたことすらないことも説明がつく。
「朝潮さん。この世界に来る前はどこにいたのか覚えてる?」
「実は私……自身が艦娘であること以外は記憶がないんです……」
「じゃあ、秦野さんに会うまでのことは?」
「姉さんに会うまでのことですか? んー……気がついたら、私、あの神社にいたんです。で、しばらくの間はなんとか食いつないでいたんですが……ある日ちょうどその神社で行き倒れになっていたところを、その日偶然神社に来た姉さんが助けてくれました」
「そっか……」
本当に、あの時のレ級を倒した結果ドロップした艦娘なのかどうかはわからないが、艦娘であることは確実なようだ。やはり、私やシュウくんの見立ては間違いではなかった。
「ちなみに秦野はこのことは……」
「いえ。出会って間もない頃、何度か説明はしてみたんですけど……」
「信じてくれなかった……か」
「はい。今ではその話をしたことすら覚えてないと思います。……でも、それでも姉さんは……とても優しく接してくれましたし、信じてくれなかったのは悲しいですけど、大好きな姉さんですから……」
言葉を選びながら、たどたどしく朝潮さんはそう答えていく。秦野さんは、私に対して辛辣な言葉を浴びせてくる。恐らく私への恨みもあるだろうが、常識で考えて私の話が信用出来てないからだ。別の世界の話なんて、普通は誰も信用しない。秦野さんは、極めて常識的な理性の持ち主なんだ。
それでも……大好きな人に、自身の出自を信じてもらえない悲しみというのは……あるだろうけれど……。
それにしても、もし本当に彼女がドロップ艦なら驚きだ。あの時のレ級を倒した結果ドロップした艦娘の朝潮さんが、今はこうやって私のことを気に入ってくれ、私達を助けてくれている。私たちがレ級を倒したことは、こんなところにも結果を残していたんだと思うと、なんだかあの日頑張ってレ級を倒せたことが、とても誇らしい気持ちになれた。
「私もお二人に質問があります! よろしいでしょうか?」
「うん。いいよ」
朝潮ちゃんが、変わらない勢いでそう質問し、シュウくんが気さくにそう答え、私も頷いた。しばらく言うか言うまいかとまごついていた朝潮さんだったが、意を決したのか、私の方を向いて敬礼をした。
「比叡さん! 質問してよろしいですか?」
「うん」
「比叡さんは艦娘なんでしょうか?」
どんな答えづらい質問が来るのかと思えば、えらく拍子抜けした質問だった……これなら私も気兼ねなく、正直に答えることが出来る。
「うん。改めて自己紹介するね。私は帝国海軍叢雲たんチュッチュ鎮守府所属。金剛型高速戦艦2番艦、比叡です」
私の返答を聞いた途端、朝潮さんは敬礼のポーズのまま目をうるうるとさせ、ついに溜まった涙がほっぺたを伝って流れ落ちていった。
「会えた……絶対に会えないと思っていた艦娘の人に……会うことが出来た……」
その途端、朝潮さんの身体が金色に輝き始め、その身体から金色の粒が立ち込め始めた。この兆候は、向こうの世界に渡るときの兆候だ。
「え?! 私……え?! なんで光ってるんですか?!」
「え……ちょ……朝潮ちゃん?!」
あまりに突然のことで、朝潮さんは事実を受け止めきれずに混乱している。私とシュウくんもあっけにとられ、そんな朝潮さんを見守ることしか出来ない。
除々に朝潮さんの身体が薄くなり、輝きも弱くなってきた。もうすぐ彼女は向こうの世界にわたってしまう。
「身体が……そんな……やっと同じ艦娘に会えたのに……?!!」
「朝潮さん!」
パニックに陥ってしまっている朝潮さんをなんとかしてあげたくて、私は朝潮さんの元に駆け寄ろうとするけど、シュウくんが私の手を握り、それを制止した。
「シュウくん離して! 朝潮ちゃんが!!」
「ダメだ! 姉ちゃんまで向こうの世界にわたってしまったら球磨が助けられない! 朝潮ちゃんは向こうの世界に行くだけだから大丈夫だ!!」
シュウくんが言うことは正しい。確かにシュウくんの言うとおりだけど!
「いやだ! 消えたくない!! 助けて下さい!! 比叡さん! 姉さん!! 助けて姉さん!!」
悲痛な声を上げながら、朝潮さんは消えていった。消えた後、ほんの少しだけ残っていた光の粒も、やがて空高く舞い上がりながら消えていった。
「シュウくん……朝潮さん、大丈夫かな……」
「大丈夫。運が良ければ、鎮守府のみんなが保護してくれるよ。大丈夫」
シュウくんはそういい、私の肩を手でぽんと置いてくれた。ダンナ様がそういうなら大丈夫なのだろうと、自分に言い聞かせたその時だった。
「朝潮ちゃん……?」
この二日間、何度も私の心に突き刺さった声が聞こえた。声がした方を向くとそこには、ショックを隠し切れない表情で私たち……朝潮さんが立っていた方を見つめている秦野さんが、ただ立ち尽くしていた。