以前pixivに掲載していたものの、タイバニ作品を掲載するに当たって下ろしていたものに、加筆修正しました。加筆前はmixiにあります。
仮面ライダー物の二次作品の処女作で、仮面ライダーSPIRITSに嵌まり立ての頃に仮面ライダーTheFIRST及びNEXTを見て書いたものです。

「え、『仮面ライダーで冬ソナ』? 何じゃ、そりゃ」

これに関しては今でも思ってます。
異論は色々あると思いますが、私の感想ですのでその辺は割り切っていただけたらと。
尚、画面的には新仮面ライダーSPIRITSのいち、二巻をイメージして下さい。但し背景は現代ですが。

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仮面ライダーTheFIRST アナザーストーリー

00.HONDAVALKYRIE

 

 

 ビル街のど真ん中で、黒塗りの外車が人々に囲まれていた。

 半分は警官、もう半分は野次馬とマスコミだろうか。

 停まっているのは某有名代議士の私用車で、彼とその秘書官、そしてお抱え運転手の終焉の場と化していた。

 そんな黒山の人だかりを作っている外車を、離れた歩道橋の上から小型の双眼鏡で見ている影がある。

 

「又、SHOCKERか」

 

 そう呟くと、影は歩道橋からゆっくりと降りた。

 フルフェイスヘルメットを被りながらHONDAのエンブレムの着いた大型バイクに跨り、キック一発でエンジンを掛けると周囲に不審を与えないよう慎重に走らせる。

 

「これで八件目。

 表沙汰になってない事件を含めれば、一体どれだけ人を殺す気だ、化け物どもめ!」

 

 フルフェイスの奥で、ぎりっと奥歯が軋んだ。

 

 

01.再会と始まり

 

 

 

 東京都内、二三区からは外れた閑静な地に、城南大学はある。

 桜の花が咲き誇る下を、一台のバイクが走って行く。

 一応、法定速度内。でも、その走りは軽やかで鋭い。

 そのバイクを操る青年の名は本郷猛。

 城南大学生化学学科の、とある研究室に所属する院生である。

 

「綺麗……!」

 

 顕微鏡の向こう側で成長して行く雪の結晶に、若い女性がうっとりと呟く。

 その横で、この研究室のゼミ生である女性が笑う。

 ゼミ生の女性は野原ひろみ、そして見学者の女性の方は緑川あすかと言う。

 

「あすかさん、熱心ですよねえ」

「だって、正確な記事を書きたいものですから」

 

 そう言ったあすかは、週刊ABBAの記者である。

 現在本郷が研究している水の結晶について、記事を書く事になっている彼女は、ここ数日研究室に通い詰めていた。

 華やいだ声に、少し途惑ったように本郷は研究室に入って来た。

 そこにゼミ生とはしゃぐあすかを認め、ああと言うように頷くと肩に掛けていたバッグを下ろした。

 本郷が入って来たのに気付いて、あすかもボイスレコーダー片手に寄って来た。

 何回目か分からないインタビューを終わらせると、

 

「いい記事書きますね」

 

と、言い残してあすかは帰って行った。

 悪い人間ではないし、仕事熱心だとは思うのだが如何せん、これほど頻繁にやって来られては精密な実験は出来ない。

 思わず溜息を漏らした本郷に向かって、何を思ったかひろみがこう言った。

 

「デートにくらい、誘えばいいのに」

 

 言われた本郷の方は、一瞬解らなかったが助手を勤めてくれている後輩に向かってこう言った。

 

「彼女は、もう直ぐ結婚するそうだけど」

「そうじゃなくてぇ、もう、本郷さんって鈍いんだよなぁ」

 

 後輩がこぼす理由が判らず、ぽつねんっと言った風情で大学始まって以来の俊英と言われた男は立ち尽くす。

 その姿に、胸の内で「卑怯だ」と呟き、ひろみは向き直ろうとした。が、そこに本郷を呼び出す全館放送が掛かった為、彼はそのまま走って行ってしまった。

 だからひろみは、その背中にべぇっと舌を出すしかなかった。

 

 

 事務員に教えられた駐輪場に回ると、桜吹雪の中黒いHONDAの大型バイクが停まっている。

 その横に立って、静かに桜を見上げていたほっそりとした青年が、立ち止まった本郷に向かってにかりと笑った。

 

「よ、久しぶり」

 

 その日に焼けた人好きのする笑顔に、本郷も満面の笑顔になった。

 

「滝! 滝じゃないか! 久しぶりだな!」

 

 滝と呼ばれた青年の方は、本郷が近付くのを待って拳を突き出した。

 こんっと、指無しのライダーグローブに包まれた拳と、本郷の意外に固い拳が当たる。

 青年の名は、滝和也と言う。

 オートレーサーとしての本郷のライバルであり、チームこそ違うものの互いに親友と認めた間柄である。

 

「半年振りか?」

「そうだな、お前が研究に専念するっつんで、ライダー休業を宣言して以来だからな。

 お蔭で、ハミルトンの奴が偉そうにしてやがるぜ?」

 

 滝が二人をライバル視しているレーサーの名を挙げると、苦笑しつつしかし疑問を交えて本郷は切り返す。

 

「それは、お前が出場しないからだろう? 此処のところ、お前もレースに出てないそうじゃないか。おやっさんに聞いたよ、チームに契約切られたって?」

「違う違う」

 

 ひらひらと手を振って、滝は困ったような言い辛そうな複雑な表情でこう言った。

 

「仕事の都合って奴。俺の方からチーム辞めたの。不良公務員だって、仕事が山盛りになる事はあるんだよ」

「不良公務員?」

 

 聞き咎めた本郷に、両手を挙げて見せながら滝はこう言った。

 

「そ、でも何やってるかは勘弁な? 公務員には『守秘義務』って奴があるからさ」

「……判った」

 

 複雑そうに眉を顰めつつ頷いた本郷に向かって、滝はからりと笑い掛ける。

 

「実験か何か、まだあるんだろ? 俺も今から、仕事の関係で顔出さなきゃならないとこがあるから、夕方に立花さんとこの『Amigo』でコーヒーでも飲まないか?」

「それはいいな」

 

 やっと相手が嬉しそうに笑ったのを見て、滝もほっとしたように頬を掻く。

 バイクに跨り、フルフェイスを被りながら思い出したように滝は本郷を見た。

 

「そういや、東京の方、最近物騒だな?」

「そうか?」

 

 初耳だと言いたげに首を傾げる親友に向かって、「新聞くらい見ろよ」と言って寄越す。

 

「変な殺人事件が起こっているし、行方不明事件も起こっている。

 先月行方不明になった元外交官令息だって言うカメラマンなんか、未だに何の情報も無いらしいからな。

 気を付けろよ、本郷」

「お前こそ」

 

 本郷の答えに苦笑し、滝はその細身で扱うには手に余るのではないかと思うほどの大型バイクを軽々と取り回して方向転換させると、本郷に軽く敬礼して見せてから走らせた。

 その滑る様な加速を、『相変わらず綺麗だ』と思いつつ見送り、本郷は研究室に戻った。

 今日は、ゆっくり話をしよう。立花のおやっさんも交えて、お酒でも飲んでもいいかもしれない。

 

 しかし。

 その日、とっぷり日が暮れても本郷は『Amigo』に姿を見せなかった。

 

「遅いな、猛の奴」

 

 愛用のパイプを咥えながら、マスターである立花藤兵衛が呟いた。

 こう言っては何だが、多少実験が立て込んでも、親代わりである立花の元に行くのであれば必ず来るし、遅れるならその旨を必ず連絡するのが本郷猛と言う男だったのだが。

 がたんっと、音を立てて立ち上がった滝の顔は蒼白だった。

 

「しまったっ……」

「滝!?」

 

 飛び出した滝は、ヘルメットを被るのももどかしく、大型バイクを押し出した。

 詳しい訳ではないが、『Amigo』と大学の間の道路を見て回るうちに、滝は脇の細い道でひっくり返っている見覚えのあるバイクを見付けた。

 バイク自身のダメージはたいした物ではないようだが、乗っていた筈の人間がいない。そして、周囲は静まり返り、緊急車両も何も来た様子が無い。

 バイクから飛び降りた滝は、ひっくり返ったバイクのキーに付いたネームタグを見てそのまま膝を付けた。

 タグに刻まれた名前は、《T-HONGOU》であったから。

 

「っく、……本郷ぉ!!」

 

 滝の叫びは、昏い町並みに吸い込まれて行った。

 

 

「おめでとう、本郷猛君! 

 この度貴方は、

 神聖なるSHOCKERのメンバーに選ばれました!」

 

 滝が辿り着く、ほぼ一時間前。

 あざけりとも付かない言葉と共に、本郷は蝙蝠を思わせる怪人に拉致されたのである。

 

 

02.闇の中の再会

 

 

 

 数日後、滝は何者かの襲撃によってコンピュータールームを破壊された、オフィスビルの前に立っていた。

 ビルの周囲には立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、制服警官達が多数警戒に当たっている。

 ここは、金融関係の結構大きな会社である。そこのメインサーバーであるスパコンが破壊されたのだ、暫く市場は混乱が続くに違いない。

 何やら建材で塞がれている、砕かれたガラスの大窓を地上から見上げ、苦々しく舌打ちしながら滝はバイクを走らせた。

 あれから、本郷の所在は判らなかった。

 大学も、一人暮らししているマンションにも帰って来た様子は無く、携帯電話にすら応答は無い。

 置き去りにされていた彼のバイクの方は立花に預け、大学には休学届けを代わりに出し、滝はこの五日ほどを仕事そっちのけで本郷を探し続けていた。

 だが、本部からの連絡を受け、現場を見に来たのだ。

 

「畜生」

 

 バイクの排気音の中、血を吐くような思いで呟く。

 事態を想定していながら、むざむざ親友を攫われたのだ。自分の間抜けさ加減に吐き気すら覚える。

 そんな中、滝は公園の横に止まる二台の車に目を止めた。一台はタクシー、もう一台は黒いスポーツタイプの車だ。

 乗用車の方は、公園にトイレでも借りに行ったのかとも思ったが、タクシーの方は運転手がいない。

 同じ理屈かとも思ったが、そろそろ夕暮れ時でタクシーにはこれから稼ぎ時の筈、何より後部座席に転がった鞄はタクシーの客の物に見えて。

 その時だった。風に乗って僅かではあったが悲鳴が聞こえたのは。

 

「!」

 

 滝はそのまま公園の中へと走り出した。

 ライダージャケットの中に右手を突っ込み、肩から吊っていた大型拳銃を引き抜く。

 

「今行く、無事で居ろ!」

 

 叶わないと心の底では判っていたが、滝はそう呟きながら薮の中に走り込んでいた。

 

 

 その時、本郷猛は若い男を片手で縊り殺そうとしていた。

 彼ら――組織に逆らう官僚を始末に来たのだ――の仕事を目撃した若い男女を、今殺害しようとしているのだ。

 女の方は気絶している。気絶し崩れ落ちた女を見捨てて逃げ出そうとした優男を、一瞬で捕まえ腕一本で吊るし上げたのだ。

 

「やれ、《HOPPER》。我々の姿を見たものは、死ななければならない」

 

 《SPIDER》――蜘蛛男――の言葉に頷き、男を殺そうとしたその瞬間。

 強い風に攫われ、周囲には無かった筈の桜の花弁が《HOPPER》の視界を横切った。

 一枚、二枚、いや見る見る増えていくそれに、《HOPPER》のいや本郷の脳裏にある情景が重なる。

 

   無数の桜。

   包むように、攫うようにバイクの傍に立つ青年を花弁は覆う。

   まるで、何処かに消えてしまいそうな遠くを見る目。

   その彼が自分に気付く。笑顔になる。

 

      『本郷!』

 

 

 凍り付いたように立ち尽くす本郷の手から、男が落ちる。

 咳き込み、訳が判らないまま脱出しようとする男を、慌てて《SPIDER》が追う。

 そして本郷は、目の前を落ちる花弁を掴もうとして、見慣れぬグローブを付けた己の手に気付いた。

 

「これは……なんだ? 俺は、今まで何をして……」

 

 逡巡は長くなかった。男の断末魔の声が聞こえたからだ。

 走ったと思ったのは一瞬、数歩で数一〇メートルを駆け抜け、本郷は倒れた男を殴り続ける怪人――《SPIDER》に掴み掛かり、投げ飛ばした。

 

「どう言うつもりだ、貴様!」

 

 飛び掛ってくる《SPIDER》の仮面を鷲掴みにすると、本郷はそのまま相手の腹部を殴り付けた。

 余裕の無い拳だったが、喰らった《SPIDER》は軽く数メートルを吹っ飛んだ。一瞬自分の拳を見詰め、だが怪人を逃がすまいと本郷は飛び掛る。

 それをバク転で避けた《SPIDER》は、本郷の頭上を飛び越え、闇に包まれた梢の向こうに消えた。

 

  『裏切るつもりか、貴様ぁ……裏切り者には、SHOCKERの裁きが……』

 

 闇に紛れて遠ざかった気配に、本郷はクラッシャーを外してマスクを脱ぐと、急いで倒れたままの男に駆け寄った。

 だが、傍に膝を付き、急いで身体状況を確かめたものの、怪人の暴行によって既に青年の息は途絶えていた。

 悲痛に唇を噛み、だが本郷は耳に届いた足音にびくりと身を竦ませた。誰かが此処に向かっている。

 が、本郷が立ち上がるよりも先に、かちんっと何かが外れた音と、砂の軋む音、そして低く鋭い声がした。

 

「FRIEZE! いや、動くな!」

 

 その声には覚えがあった。否、暗がりの筈の世界にはっきりと見えた、自分に銃を向ける……親友の、姿。

 

「た、き?」

「!」

 

 驚愕しているのは滝も一緒である。

 気絶した女性と死体とを見付け、さらに奥で何事かが起こっているのを察知した滝は、とにもかくも走ったのだ。

 そして、走り込んだ先に一目で息絶えているのが判る男と、そこに座り込む異様な風体の男がいた為に、滝は静止を命じたのだ。

 だが、闇に慣れた目が見出したのは、この数日捜し求めていた親友の顔で。

 

「本郷……お前、なのか?!」

 

 凍り付いていたのはほんの数瞬。

 

「かつひこぉ、克彦、何処?……」

 

 聞こえて来たか細い女の声に、本郷はびくりと身を竦めた。その声には覚えがあった。

 と、その時、ざざっと音を立てて藪を掻き分け横に並んだ滝は、

 

「隠れてろ、本郷!」

 

と低く囁くと、腰を浮かせた本郷を自分の背後の藪の中に突き転がした。

 そして銃をジャケット下のホルスターに戻すと、警察を呼ぶべく携帯電話を取り出した。

 

 

03.混迷と波濤と

 

 

 

 緑川あすかは、目の前の光景を呆然と見ていた。

 自分の取材相手が、立て続けに行方不明と言う事態に調査を始めたあすかは、最後の一人の乗ったタクシーを、婚約者である矢野克彦に手伝って貰って追っていたのだ。

 が、深追いしてしまった二人は、怪人による殺人現場に踏み込んでしまったのだ。

 あすかは、蜘蛛の様な怪人に飛び掛られた時に頭を打った事と心的ストレスで気絶してしまい、目覚めた時には婚約者の姿が無かったのだ。

 あすかは矢野の姿を探して歩き出し、そして今此処に行き当たったのだ。

 携帯での連絡を済ませた滝は、立ち尽くすあすかの方を見て平静を装って声を掛けた。

 

「お嬢さん、あんたの連れかい?」

 

 だが、その声には応えず、あすかは倒れたままの矢野の傍に近付くと、小声で名を呼びながらそっとその身体を揺すった。

 だが、蒼褪めた婚約者の顔は眉一つ動かず、揺すった身体は花冷えの外気よりも冷たかった。

 すすり泣き始めたあすかの視界の端、見知らぬ男の背後の藪が音を立てて動いた。

 跳ねるように顔を上げたあすかの目に入ったのは、何とも言えない引き攣った顔で立つ、大学院生本郷猛の姿だった。

 滝の方は、立ち上がった親友の姿をちら見して、胸の内で軽く溜息を吐いた。

 先ほどの異様なアーマー姿から、少々この肌寒さでは不自然な薄着ではあったが、普通の服装で立っていたからだ。

 

「本郷、向こうで待ってろって言ったろ? もう直ぐ警察が来るんだ、お前巻き込まれたら大学の方が面倒だろう?」

 

 滝の言葉に、本郷は何かを言おうと口を開き掛けた。が、あすかから見えない位置からの親友の厳しい視線に、本郷は何も言わぬまま口を閉じた。

 そんな二人を、あすかは見るとも無く見ていた。

 

 

 警察が到着したのは、それから一〇分後だった。

 矢野克彦と、商社マンの死体は粛々と運び出され、あすかは矢野の死体に付き添って救急車に乗った。

 その姿を、本郷と共に見送ろうとしていた滝の腕を、いきなり若い青年――刑事が掴んだ。

 

「少し、話を聞かせて貰おうか」

「話を聞かせろって、態度じゃないぜ、兄ちゃん」

 

 軽く眉を顰めた滝に向かって、彼よりは三、四歳は年上だろう刑事は、小馬鹿にするように笑ってその懐に右手を突っ込んだ。

 目を見開く本郷の前で、その手に掴まれているのは鈍い色の四四口径マグナム――デザートイーグルだった。

 見る人間が見れば使い込まれているのが判るそれを、無造作に掴む相手を滝は口をへの字にして見た。

 

「おい、自腹で買ったものだ、返せよ。ついでに言うとそんな掴み方したら、安全装置(セーフティ)外れちまうぞ」

「なっ!?」

 

 怯んだところを、滝はひょいっと奪い返してホルスターに戻す。

 その態度に、小馬鹿にされたと取った若い刑事が滝の襟首に掴み掛かる。

 

「貴様ぁ!?」

 

 いきり立ち拳を振り上げた若い刑事を、だが引き止めたのは本郷だった。

 刑事の方は、己の拳をがっちり握って放さない若い男にぎりっと視線を向ける。

 だが、本郷の方は哀しげな眼差しで手を離さない。

 それを止めたのは、上役らしい初老の刑事であった。

 

「止めんか、一条。取り敢えず、話をさせて貰いたいんだがね」

「……悪いけど、あんたやそこの兄ちゃんには話せないよ」

 

 にっと笑って、滝は派手に肩を竦めて見せた。

 

「警察署には行ってやるよ。でも、話させたいなら、最低警視以上の人間呼んで来て貰いたいな」

「何だと貴様、警察を愚弄する気か!」

 

 逆上寸前の若手を抑え、上役らしい刑事は静かに滝を見る。

 

「こいつはキャリアの警部補、俺はノンキャリアだが一応警部だがね?」

「駄目だよ、あんたらじゃ面倒なだけさ。俺は手間を掛けるのはごめんだ」

 

 笑いながら、しかし刑事達を見る滝の目は凍るようで、警部の方は何かを感じた様子で了解を示した。

 パトカーに乗り込んだ滝の横に、滑り込むように本郷が乗った。

 

「おい、お前家に帰れよ」

「しかし」

 

 だがその奥から一条と呼ばれた刑事が乗り込み、本郷はそのまま滝と共に最寄の警察署に行く事となった。

 

 

 警察署に着くと、所謂上級幹部が来るまでの間、二人は取調室では無く休憩室らしいテレビとソファーのある部屋に通された。

 滝と本郷とは、見張りのつもりらしい一条刑事に背を向け、並んで二人掛けソファーに座った。

 

「馬鹿野郎。帰れよ。立花さん、心配してたんだぞ」

 

 親友から小声で囁かれ、だが本郷は首を横に振った。

 自身の身の上に起こった事、目の前で起こった凶行、そして親友のあの姿とに、本郷自身軽いパニックに陥っていた。

 何よりあの大型拳銃の為に、二件の事件の犯人に滝がされてしまうのでは無いかと言う危惧も、本郷にはあった。

 実際、一条刑事の口から漏れ出た唸りは、本郷の危惧を深めるものであった。

 

「判っているのか、貴様。

 これまで貴様らしい人間が、最近続いている一連の事件の現場近くで目撃されているんだぞ」

 

 だが。

 ぐちぐちと、接待から引き戻された事を根に持って嫌味を並べ立てようとした五〇絡みの署長だと言う男に、立ち上がった滝は懐から出した身分証を付き付けてこう言った。

 

アメリカ連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation)、広域組織犯罪特別捜査官、滝和也だ。国籍はアメリカ、ニューヨーク州。現在、任務遂行の為ICPOに出向中だ。照会するのはそちらの勝手だが、任務の邪魔は日米安保条約に引っ掛かるぜ?」

 

 スーツ姿で写った写真とFBIの公式記章とが入った身分証に、署長だと言う男はあからさまにうろたえた。一条刑事も、唖然としていたものの慌てて身分証の番号を控えると、部屋の外に走って行った。

 ほんの五分ほどで戻って来た刑事が、血の気の引いた顔で署長の耳元で、

 

「間違いありません、確認取れました」

 

と、囁くのを本郷は聞き取った。

 

「た、大変失礼しました」

 

 顔面蒼白で平身低頭する署長に、滝はにやりと凶悪に笑って顎を上げた。

 

「いいや? 取り敢えずあの現場は、俺も通りすがりでまともに調べていない。後で検証結果を見せて欲しいが、構わないよな?」

「はっ!」

 

 それから、滝はまだ座ったまま成り行きを見ている本郷の手を取ると、立たせながら笑って言った。

 

「ああ、それとこいつ、ただの民間人。病み上がりで飯食わせてやろうと思って一緒に居ただけだから、この件には何の関わりも無いからな」

「滝」

 

 口を開こうとするのを、手首を握り締めて封じた滝に向かって、一条は訝しげな視線を隠さず疑問を向ける。

 

「民間人って」

「城南大学の院生さんだよ、こいつ。バイクレースで知り合いになった、仕事以外の友人って奴だ。当然、こいつは俺がFBI捜査官だなんて知らなかった。

 俺も、守秘義務があるから話す予定はこの先も無かったんだがな」

 

 語尾に「余計な事をしてくれた」と言うニュアンスを滲ませ、滝は刑事達をねめつけた。

 その声に、事勿れ主義であったらしい署長は頭を下げ続け、若い刑事は顔色を戻す事が出来ずにいた。

 事件に付いて、二、三約束を取り付けると、滝は本郷を連れて警察署を出た。

 その時頼んだ、公園に止めていたバイクも既に運ばれて来ていた。

 

「ほれ」

 

 予備のヘルメットを差し出し、滝は本郷に後ろに乗れと示した。

 だが、バイクのエンジンが掛かってもなかなか後ろに乗って来ない為、滝はフルフェイスのバイザーを上げて振り返った。

 

「何やってんだよ、帰ろうぜ」

 

 滝の声に、だが本郷は何かを思って動かない。

 その手を掴むと、滝は本郷を強引に座らせ、バイクを走らせた。

 途中、カーブに差し掛かった時だ。

 ぐっとGが掛かった時、振り落とされまいと本郷が縋ったその瞬間、滝は胸部に掛かった圧迫感の為に思わずフルブレーキを掛けそうになった。息が詰まる、否骨が軋むのを感じて咄嗟に止まろうとしたのだが、同時にスリップすると判断して慌てて放した。

 その滝の手の上から、ぐっと硬いものが乗って滝の手ごとハンドルを握り込んだ。骨が軋みを上げ、思わずフルフェイスの奥からくぐもった呻きが零れる。その声に、びくりと反応を返した何かは、バイクを立て直すとすっとハンドルから離れた。

 バイクが停止したのは、それからざっと五分後。本郷のマンションに程近い裏通りに面して建つ、築三〇年程の鉄筋アパートの前だった。

 

 

04.手の中の悲劇

 

 

 

「俺の部屋だ。来いよ」

「……ああ」

 

 促されて、本郷は滝の後に付いて、エレベーターも無い古びたアパートの三階に上がる。

 最上階の角部屋が、滝の部屋だった。

 

「取り敢えず、バイクは立花さんに預けてある。明日引き取りに行こうぜ?」

 

 そう言いながら鍵を三つ外した滝は、まだ立ち尽くす本郷を招き入れた。

 室内は、一応2DKの体裁を取っていた。褪せた畳の六畳二間、猫の額ほどのキッチンに、大人が足を抱えてやっと浸かれる程度のバスタブと便器が納まったユニットバス。

 だが、そこには家具らしい家具は殆ど無く、片方にパイプベッド、もう片方が居間として使われているのだろう、小さなTVと座卓が置かれていた。

 座卓の傍には、仕事用なのかノート型パソコンが転がっている。

 

「何にも無いけどな、お前コーヒーインスタントでも良いか?」

「ああ」

 

 ガチャガチャと音を立てて、滝は薬缶を取り出し湯を沸かし始めた。

 アルミ製と琺瑯(ほうろう)のマグカップを取り出すと、そこに目分量でコーヒーの粉を落としてゆく。

 その間、本郷は口を開こうとはせず、滝も何を言うべきか困っているようだった。

 音を立てて、薬缶が沸騰した事を主張する。

 お湯をマグに注ぐと、滝は自分の分には砂糖と牛乳を入れ、本郷の分にはスティックシュガーとコーヒーフレッシュを添えて、座卓へと運んだ。

 

「ほれ、自分で好きに入れろよ?」

 

 そう言い渡し、自分のアルミマグを口に運んだ滝は、ばきんっと言う音に本郷を振り返った。

 本郷の手の中で、琺瑯マグの取っ手が取れていた。

 無表情に取っ手を見る本郷の、その実完全に焦って対応を思い付けずにいるのを見て取って、滝は琺瑯マグを取り上げた。

 指無し手袋のまま手を伸ばし、本郷に両手を揃えさせると、その上にマグを乗せてそっと両の手で包ませる。

 

「余り力入れるなよ?」

 

 そんな滝の態度に、堪らなくなったように本郷は吐き出す。

 

「滝、お前は判っているんだろう、俺が化け物になった事を」

「本郷」

「俺はっ……」

 

 かつんっと、音を立てて滝は持っていたマグカップを卓の上に置いた。

 びくりと身を竦めた本郷の前でノートPCを開くと、ポケットから取り出したUSBメモリーを差し込んでカタカタと何やら打ち込んだ。

 データ保護用の暗号であるのは、本郷にも直ぐ見当が付いたが、自分に向けられたモニターの中に並ぶ情報に、本郷は唖然と親友を見返した。

 

「俺は、FBIからある犯罪組織の捜査とその壊滅の為に、ICPOに出向している。

 FBIはアメリカ合衆国国内しか捜査権を持たない。だが、アメリカでも問題視されるその組織の根源は、この日本だ。

 だから、国際警察機構への出向が決まり、日系アメリカ人の俺にお鉢が回った」

 

 そう言って、タッチパネルを撫でながら滝は歯を噛み締める。

 

「"Sacred Hegemony Of Cycle Kindred Evolutional Realm"、称して"SHOCKER"。

 日本語に訳せば、“同種の血統による全体の、神聖なる支配権”とでもなるのかな。どっちにしろふざけた奴らだ。

 全世界を裏から支配しようと言う犯罪者集団だ。改造人間を製造する技術を有し、邪魔な者全てを容赦なく抹殺していきやがる」

 

 『改造人間』と言う言葉に、本郷の脳裏に手術の瞬間が蘇える。

 

   拘束された手足。

   冷たい空気と、さらに冷たい背中の感触。

   脳髄に響く、機械の作動音。

   そして、手足の先から身体を侵して行く、

     冷たい冷たい、悪意と狂気。

 

 だが、不意に本郷の両肩を、熱い手が掴んだ。熱く、痛みすら感じる。

 そして覗き込んで来た黒い眼は、この上なく真剣に本郷の瞳を覗き込んでいた。

 

「いいか、本郷。お前は被害者だ」

「たき?」

「お前は、『SHOCKER』って言う凶悪な犯罪集団に、自身の権利と生活と生命と、人間としての尊厳すら奪われ掛けたんだ。

 お前は犯罪被害者だ、アメリカなら被害者保護プログラムの保護対象なんだ。だが、日本にそれがあるか、俺は知らない。

 だが、お前は間違い無く被害者なんだ。いいな、そこを間違えるんじゃない。

 何よりその身体の事は、絶対世間に公表するなよ、何処の知りたがりが解剖したがるか判らないからな」

 

 最後の言葉こそ冗談めかしていたが、覗き込む目はこの上なく真剣だった。

 

「滝、俺は」

「いいから!」

 

 抱き締められて、本郷は眼を閉じた。

 その言葉に納得した訳ではなかったが、与えられたぬくもりに本郷は己の緊張が解けて行くのを感じた。

 

 

 隣から毛布を取って来ると、滝は眠りに落ちた親友の身体にそっと掛けてやった。

 眠っている顔は昔のままで、何処を改造されたのか見た目には判らない。だが、外した指無しグローブの下から現れた拳には、まだ引く様子の無い鬱血が浮かんでいる。

 バイクレーサーの傍ら、FBI捜査官として身体を鍛えて来た事を自負していた滝であったが、本郷の力はそれとは根本的に違う、異質な物に変えられたが故の力であると否がおうにも知れた。

 

「……済まない、本郷」

 

 想定していた事態の中でも、二番目に酷い事態であった。

 自我があるだけマシか、否自我がある分本郷には今、地獄の苦しみが圧し掛かっている筈である。

 

「済まない、本郷」

 

 眠りを遮らぬ様、そして聞こえぬ様、微かに囁きながら滝は涙した。

 

 

 薄闇に閉ざされた場所に、死神の怒りに震えた声が響く。

 

『《HOPPER》が裏切っただと?』

『脳内オペレーションに不備があったようよ』

 

 結構な広さの空間に、三枚の大型モニターが浮かんでいる。

 そのそれぞれに人間が映し出されている。

 死神のごとき老紳士、チャイナドレスに身を包んだ妖艶な美女、そして、そこに映っているのが違和感を与えるストリート風の若者。

 彼らは、『SHOCKER』の幹部である。

 この基地を預かる立場らしい、三人の声だけが響く。

 

『ほおって置け、どうせ奴は死ぬしかない』

 

 若者の声は、酷薄に事実を告げる。

 

『改造人間達は、定期的に血液を交換しなければ拒絶反応(リジェクション)で死ぬだけだからな』

『だが、私はそれを待つほど気は長くない!』

 

 老紳士の声に応えるように、モニターが浮かぶ部屋の四隅からぼんやりと明るくなって来る。その空間には、幾つものベッドが並び、そこには人工透析機に似た装置が付属している。

 そこから伸びるチューブには赤い物が流れており、そこに横たわるそれぞれ異様な風体の人間達に繋がっていた。

 そして、彼らの横には、それぞれ異様な仮面――そこには、例の蜘蛛怪人や、本郷を連れ去った蝙蝠の仮面もあった――が置かれていた。

 そして、その中に少々本郷の物とは違うものの、よく似たデザインの『HOPPER』の仮面が並んでいた。

 

『HOPPERを倒すには、HOPPERの力を持って討つべし』

 

 地の底から響くような声に、応えるように仮面を取る手があった。

 

 

05.CYCLONE

 

 

 翌朝、本郷猛と滝和也の二人は、預けていたバイクを取りに『Amigo』に向かった。

 二人を見た立花藤兵衛は、暫く何かを考えたようだったが、二人を裏手にある整備工房へと呼んだ。

 そこには、一台のレーシング仕様のバイクが組み上がった状態で鎮座していた。

 立花レーシングのエンブレムを付けたそのバイクは、薄暗い工房の中、何処かから差し込んだ光を弾いて光って見えた。

 

「立花さん、こいつぁ……」

「……」

「《CYCLONE号》だ。超高速域での安定性を追求した結果、生半可な腕のライダーでは手に負えない化け物に仕上がってしまった」

 

 マジカルレーシング、モリワキ、PLUSμ、ブライトロジック、JB、ブリジストン、その他多くのメーカーのカスタムパーツでグレードアップされているそのマシーンを前にして、滝も本郷も声が出ない。

 そして立花は、ぽんっと本郷の肩を叩いた。

 

「猛、お前に預ける。曲乗りの癖がある滝より、お前の方がこいつの性能を引き出せるだろうよ」

「ひでえな、おやっさん」

 

 口を尖らせつつ、滝が不貞腐れて見せる。

 まあ、実際として直線よりコーナーリングに定評を持つ滝と、直線でかんっと全開にしてかっ飛ぶ事で知られた本郷とでは、確かにこのモンスターマシンに吊り合うのは本郷だろうと自身でも判ってはいたが。

 本郷の方は、降って湧いた贈り物を本当に宝物に触れるように、カウルのラインをそおっと指でなぞった。

 だが、二人に向かって、立花は静かにこう言った。

 

「何があったかは知らんが、大人の顔になったな、二人とも」

 

 思わず振り返った二人に、しかし立花は厳しい表情でこう付け加えた。

 

「良い意味でじゃあ、無い。何かを無くした男の顔って意味だ」

 

 言葉に詰まった本郷に変わって、肩を竦めて滝は答えた。

 

「いいや、おやっさん。俺達は何も変わっちゃいないさ。こいつの何が変わったって言うんだ? 俺が変わって見えるのは、単に仕事に煮詰まってるだけさ」

 

 そう言って、何処とも知れぬ先を見る滝の横顔に立花は静かにパイプを咥えて黙し、本郷は言い様の無い深い不安を感じた。

 

 

 並んで『Amigo』を出ると、二人はそれぞれバイクに跨った。

 本郷は取り敢えず大学に顔を出す為、滝は昨日の事件の検証結果を警察で見る為だ。

 

「滝」

「なあ、本郷」

 

 思わず同時に話し掛け、二人は顔を見合わせた。

 言い澱む本郷を、滝の方が促してやる。

 重ねて「言えよ」と言われて、ぼそぼそと本郷は言葉を紡ぎ出す。

 

「滝、今夜は?」

「んあ? 本部からのデータと、夕べの情報を検証するくらいだからすぐ終わるが、それがどうした?」

 

 そう言う親友に、本郷は又ぼそぼそと言葉を続ける。

 

「今夜は、家に来ないか? 食事、おごるから」

「……いいぜ、後でお前の大学行くから」

 

 返答にほっとすると、本郷は滝に眼を向けた。

 彼も、何かを言おうとしていたからだ。

 

「お前は?」

「ん? いや良い、急ぎでもねえし。又後でいいよ」

 

 そう言った滝を暫く見ていたものの、時間に追われて本郷は先にバイクを走らせた。

 その遠ざかる背中を、滝は複雑な表情で見ていた。

 

 

 本郷が研究室に顔を出すと、代わりに実験を進めていてくれていた後輩から、手荒い歓迎を受けた。

 

「もう、急に寝込むからびっくりしましたよ。それに、もしかしたら大学辞めちゃうんじゃないかって、心配しちゃったし」

 

 一応、昨夜滝が大学の方に休学届を出していてくれたのは聞いていたので、本郷はむくれている野原ひろみに向かって曖昧に笑って見せた。

 実験室は、一週間前と特に変わりは無く、一瞬今迄の事は夢だったかとすら思った。

 だが、机の上に転がっていた新聞に載った、昨夜の公園での殺人事件の記事に目が行き本郷は凍り付いた。

 ……あれが、夢でも何でも無いと言う証拠が、そこに――彼の日常の中に――あったからだ。

「本郷さん、そこのビーカー取ってくださいよ」

 実験結果の書き込みをしているひろみは、本郷の動揺に気付かず声を掛けた。

 その声に、慌ててビーカーを取った本郷の手の中で、強化ガラスはぱんっと簡単に砕け散った。

 

「!? 大丈夫ですか?!」

「いや……」

 

 驚いて立ち上がった後輩に向かって、本郷は右手を左手で包んで、引き攣った笑みを浮かべた。

 

「ひびでも入ってたかなあ」

 

と、砕けたビーカーの破片を見るひろみの横で、本郷はそれと悟らせぬように息を吐いた。

 そこに、軽い――焦ったようなノックがした。

 返事を待たずに扉が開き、引き攣った表情の緑川あすかが現れた。

 

「本郷さん、お話があります。お時間戴けませんか?」

 

 言葉に反して、あすかは強引に本郷の腕を取る。

 そして呆気に囚われたひろみを尻目に、そのまま有無を言わせず研究室の外へと連れ出した。

 

「……なあんだ、何時の間に仲良くなってんだか」

 

 そこに流れた空気を読めず、ひろみは見当違いな感想を漏らした。

 

 

06.刺客到来

 

 

 

 校舎の間の、人気のない場所へ本郷を連れ出したあすかは、きっと背の高い青年を睨み付けた。

 その目の中に錯綜する、怒り、殺意、悲しみ、絶望、そして疑問に、本郷は視線を逸らすしかなかった。

 

「どうして、あそこにいたの?」

 

 静かだが、あすかの声は語尾が揺れていた。

 

「あそこで、何があったの? あなた、何か知ってるんじゃないの? あの男は何者なの、あの男は克彦に何をしたの!」

 

 あすかの声はだんだんヒステリックに跳ね上がり、彼女が誤解を抱えている事を悟り――彼女は滝を犯人と誤解しているらしい!――、本郷は弾かれる様に彼女を見た。

 その様子に、我が意を得たりとあすかは微笑んだ。

 相手の焦りを見誤った彼女は、偏執狂に似た歪んだ笑顔で本郷に詰め寄った。

 

「教えて頂戴、あの男は何? どうして克彦を、あの男は殺したの?」

 

 猫撫で声とはこの事か。

 立ち尽くす本郷に、あすかはその両頬に手を添え顔を近付ける。

 だが、本郷の意識はふっとあすかから逸れた。

 その事にあすかが気付く前に、呆れ返ったと言わんばかりの低い男の声が背後から掛かった。

 

「日本のジャーナリズムってのは、立派に黄色いんだな。

 当人に聞くんじゃなくて、関係者に色仕掛けか。それともあれか、取材は言い訳で、男漁りが目的ってんならそいつに近付かないでくれないか?

 そいつは、所謂前途有望な学者の卵って奴だ、あんたみたいな阿婆擦れに、将来を潰されたくないんだよ」

「何ですってぇ!!」

 

 背後からの容赦の無い言葉に、あすかは怒り狂って振り返る。そこに、昨夜の男――滝和也を見出し、彼女の柳眉がきりきりと吊り上った。

 

「あんたは!」

「本郷、用事終わったか?」

 

 あすかには一瞥もくれず、滝は立ち尽くす親友に近付いた。

 

「滝」

「俺の方は終わったぜ? 出られるんなら、何処かで飯食おうぜ?」

 

 そう言いながら、滝は未だ本郷の傍に立つ女性の腕を取った。

 

「まだだって言うなら、取り敢えずこの姉ちゃんタクシーに乗せてくるわ」

「ちょっと、勝手なこと言わないで!」

 

 足掻くあすかに、これは冷たい目で滝は言った。

 

「姉ちゃん、警察があんたを捜してるぜ? 未だ事情聴収受けてないだろう?」

「え?」

 

 不意を付かれ、目を丸くしたあすかに向かって、滝は面倒臭いと言いたげに頭を掻いた。

 先程警察に顔を出した所、向こう側で耳にしたのだ。

 

「あんたが取材した人間が、昨日で全員死んだ事になる。

 しかも、あんたの同僚で婚約者が死んだ、あんたはぴんぴんしているのにだ。これだけお膳立てがあって、警察があんたに疑いの目を向けないとでも?」

 

 言われて、その事態に思い当たったらしい。あすかは真っ青になりつつ、だが滝を睨み付けた。

 自身の潔白を確信している彼女は、目の前に現れた得体の知れない男の方が怪しいと、固く信じているからだ。

 

「私より、あんたの方がよっぽど疑わしいじゃない!」

「生憎だが、俺は夕べのガイシャ二人共に接点がない。

 全く顔も知らなきゃ、接触した事もない。そんな俺が、どうして二人を殺さなきゃならない?

 日本のジャーナリストには、これくらいの常識も無いのか?」

 

 目を眇めながらそう言われて、あすかは唇を噛む。

 だが、何かを思い付き、彼女はきっと滝を睨み返した。

 

「あんたが『SHOCKER』の関係者なら、ありうるわ。警察でその事ぶちまけてやる」

「馬鹿か、あんた」

 

 滝の方は、あすかの物言いにうんざりした様子で肩を竦めた。

 

「あんた、《SHOCKER》って言う連中がどんな奴らなのか、ちゃんと判っているのか?

 第三者に説明出来るのか?

 何より、その連中がいるって、証明出来る物証でもあるのか?

 それも無いのにんな事喚き散らせば、精神鑑定か、さもなきゃ容疑確定だぜ、マスコミの姉ちゃん」

 

 滝の淡々とした声に、ついに切れたかあすかは腕を振り払うと、ずかずかと足音荒く歩いて行った。

 その後姿に肩を竦め、物問いた気な親友に滝は片目を閉じて見せた。

 

「見送って来る。そんな顔するなよ、警察は彼女を保護するだけさ」

 

 そう言って歩いて行く滝を、本郷は言葉無く見送った。

 だが、踵を返して研究室に戻ろうとした本郷は、強化された耳で何かを聞き取り滝が向かった方を振り返った。

 あすかを追い掛けた滝は、丁度通用門で彼女を捉える事が出来た。

 

「何よ」

「別に? 迷子にならないよう見送ってやろうと思ってさ」

 

 滝の言葉に、あすかがもう一度噛み付こうとしたその時だ。

 二人の目の前に、個人タクシーがすっと止まった。

 怪訝そうなあすかと眉を顰めた滝に、タクシーの中から声が掛かった。

 

「目撃者は、お嬢さんあなたで最後だ。そこの不幸な男共々、お送りしますよ、地獄まで」

 

 言うなり、運転手は物入れから取り出した蜘蛛型の仮面を着けて見せた。

 

「!」

「か、怪人!?」

 

 身を翻して逃げ出したあすかに、蜘蛛怪人《SPIDER》は追い縋る。が、その前に、デザートイーグルを構えた滝が立ち塞がる。

 怪人の肩と太腿を狙って、滝は反動を押さえ込みつつマグナム弾を撃ち込む。

 だが、僅かに怯んだだけで怪人の突進は緩まず、滝は辛うじて身をかわす事しか出来なかった。

 

「SHOCKERに刃向かう愚か者め。暫く待っていろ、あの女の次に殺してやる」

 

 駆け抜けざまの言葉に、盛大に舌打ちした滝はそのまま追い掛けた。

 必死に走るあすかを、難なく追い付いた《SPIDER》は背後から突き転がした。

 衝撃で気を失ったか、そのまま動かなくなったあすかに《SPIDER》がにじり寄ろうとしたその時だった。

 カーンと、鋭い排気音エキゾーストノートと共にCYCLONE号に跨った《HOPPER》こと本郷が、あすかと怪人を別ける様に飛び込んで来た。

 

「あすかさん!?」

「裏切り者め、お前から先に始末してやる!」

 

 倒れる女性と、怪人を見渡し躊躇した様子の仮面の男に、遅れて飛び込んで来た滝が怒鳴った。

 

「馬鹿野郎! どうして来たんだ、逃げろ!!」

 

 その声に、それを許すまじとバイクに跨った戦闘員達が襲い掛かる。それを見て、本郷はCYCLONEを振り回すようにして方向転換させる。

 

「本郷!」

 

 バイク後部から飛んで襲い掛かった戦闘員を、鋭い蹴りでなぎ倒した本郷は、二人から引き離そうとバイクを走らせる。

 

「おえぃ」

 

 戦闘員にそう命じると、《SPIDER》も近くの立ち木を利用して、裏切り者に先回りせんと飛び上がった。

 その光景に再び舌打ちすると、だが滝は倒れたままのあすかを抱え上げた。

 とにかく、安全と思える場所に彼女を運ばなければ、何も出来ないと思ったからだ。

 

 

 軽快にバイクを走らせながら、本郷は襲い掛かる戦闘員を打ち払う。

 一人、二人と戦闘員を打ち倒し、最後の一人を薙ぎ倒したそこに、木立の隙間から《SPIDER》が飛び掛った。

 組み付いて来た怪人に、本郷は何とか振り解こうとするが、逆に相手の攻撃を避けた拍子にCYCLONE号から落ちそうになり、テールカウルにしがみ付く形になった。

 勝ち誇った《SPIDER》が、大きく右手を振り上げたその時だった。

 ウォンッと、揉み合ううちに速度の落ちたCYCLONE号の背後に、漆黒の大型バイクが迫る。と、不意に後方のライダーがハンドルから手を放した。

 握られているのは、照準に白く星の浮いた四四口径デザートイーグル。

 

「本郷!!」

 

 疾風と爆音の中、聞こえぬ筈の声に、本郷は身を伏せた。

 ガウンッと、音が響くのと《SPIDER》の片目に血飛沫が上がるのはほぼ一緒。シートに戻った本郷は、がら空きになった怪人の胴に、重い拳の一撃を叩き込んだ。

 吹き飛んだ怪人の身体は、フェンスに叩き付けられた。

 そうしてよろよろと立ち上がった《SPIDER》目掛けて、CYCLONE号で突っ込んで来た本郷はそのまま宙へ飛び、そして。

 

   「いやあああああぁぁっ!!」

 

 バイクの加速をも乗せた重い蹴りが、怪人の身体の真芯を捉えた。二、三歩よろめくうちに、《SPIDER》の身体のあちこちに火花が散る。

 本郷がバイクを方向転換させるのと、蜘蛛怪人が爆発するのはほぼ同時であった。

 CYCLONEを停めて、炎上する敵を見詰めている本郷の傍に、滝の乗った黒い大型バイクが停まった。

 スタンドでバイクを止めて、ヘルメットを脱ぎながら近付くと、滝はまず本郷に向かって怒鳴り付けた。

 

「馬鹿野郎! 何で出て来た! お前こそ、奴らに狙われてんだぞ!!」

「滝、あすかさんは?」

 

 何事もなかったように聞き返され、滝は少なからずむっとした表情を作ると、肩を竦めてこう返した。

 

「あのマスコミの姉ちゃんなら、お前の大学の守衛に預けて来たよ。警察にも連絡しておいたから、今頃保護されてるだろ?」

「そうか。ありがとう」

「本郷!」

 

 ヘルメットを脱ぎ、ほっとした表情でそう言った友人の腕を掴み、滝は噛み付くようにこう言い切った。

 

「良いか、お前は民間人、俺はこれで給料貰っている捜査官だ、二度と事件に首を突っ込むんじゃない!」

 

 それだけ言うと、滝は肩を怒らせたまま己のバイクへと戻って行った。

 その背中に微笑んで、本郷はCYCLONE号のエンジンを掛けた。

 

 

07.第二の《HOPPER》

 

 

 

 夕刻、二人は本郷猛のマンションに程近い大型スーパーへと足を運んでいた。

 一旦本郷のマンションに行ったものの、そこの冷蔵庫がほぼミネラルウォーターとブロック食しか入っていない事を知るや、滝和也は家主を引っ張って駆け出したのだ。

 

「馬鹿野郎、んなので良くもまあ今迄やって来れたな!」

 

 そう唸りながら、カートにキャベツに玉葱、豚小間肉とを投げ込む。

 嘗て弟子入りしていた相手が、人に手料理を食べさせるのが好きな人だった事もあり、滝は人並みに料理を作る事が出来る。

 それ故、食事をお座成りにする人間が我慢出来なかった。

 

「おい、米は……やっぱりレトルトか。仕方がねぇな、今夜はそれで我慢と。後、スープも仕方が無いからガラスープの素で済ますか」

 

 そう言いつつ、滝は幾つかの食材を買い込んだ。その後ろを、本郷は幽かに微笑みながらついて歩いた。

 調味料の不足に気付いたのは、店を出て道程を半分ほど戻ってからだった。

 

「しまった、XO醤忘れた」

「……買って来ようか?」

「良い、俺が行く。直ぐ戻るから、お前此処で荷物見てろ」

 

 通り道にあった、申し訳程度の大きさの児童公園に入ると、滝はベンチに買い物袋を置いて本郷をその隣に座らせた。

 

「いいな、ちゃんと待ってろよ?」

 

 まるで子供に言い聞かせるようにそう言うと、滝は先ほどのスーパーへと駆け出した。

 親友の後姿を見ながら、本郷はそこはかとなく可愛いと思ってしまう。無論、本人が聞けば怒り狂うどころでは無いだろうが。

 見上げると、空は夕焼けと夜の空が入り混じろうとしていて、そんな暗い空ゆえか、散り残りの桜が若葉に紛れて風を待っているのが見えた。

 細い路地の向こうには、幹線道路らしくライトを点けた車が多く行き交うのが見える。

 でも、この寂れた公園に届くのは音ばかりで、世界から切り離されたかのよう。

 それでも哀しいと――淋しいと思わないのは、横にあるささやかな荷物が本郷に「待っていろ」と、言った人がいる事を思い出させてくれるからだ。

 言葉こそ荒いものの、「心配だ!」と全身で示してくれる人がいる事を。

 両親と死に別れて以来、本郷にとって自宅は睡眠を取る場所、食事は空腹を感じたらそこにあるもので飢えを誤魔化すものでしかなく、所謂まともな食事となると研究室の仲間に引き摺られて行く飲み会や、立花の店で食べるくらいのものであった。

 滝が来た事で、マンションは久方ぶりに『家』としての機能を取り戻しつつあった。

 

 不意に、本郷猛は身を竦めた。

 公園の中を殺意の塊が駆け抜け、それは真っ直ぐ本郷目掛けて襲い掛かった。

 咄嗟にビニル袋を掴んで、本郷は真上に飛び上がった。次の瞬間、寸前まで彼が座っていた、古ぼけたプラスチックのベンチが粉砕される。

 数メートル先に着地した本郷が振り返ると、舞い散る埃と破片を浴びながら、一人の異形が立ち上がろうとしていた。

 誰何の声を上げようとして、本郷は凍り付く。

 ゆっくりと振り返ったのは、本郷と同じバッタ型の改造人間であった。

 

「お前は、いったい」

 

 掠れた声に応えたのは、機械の様に平面な声だった。

 

「お前を倒すのが、俺の使命」

 

 そして、怒涛の勢いで打ち込まれた拳と蹴りのコンビネーションを何とか受け流したものの、最後の駄目押しのボディブローをかわし切れず、本郷は公園の端まで吹っ飛ばされる。

 だが、何とか体勢を取り直し、着地した本郷は荷物を車避けの傍に置くと、羽織っていたジャケットの裾をばっと払った。

 その下に現れたベルト――タイフーンが回り、本郷の身体を戦闘スーツが包む。マスクを被り、クラッシャーを嵌めた本郷に向かって、もう一人の《HOPPER》が襲い掛かった。

 ぶんっと、音を立てて繰り出される拳を、紙一重でかわす。

 こちらの拳は、がつんっと音を立てて払い除けられる。

 自分よりはやや小柄な相手に、しかし本郷はある種の怒りを覚えながら、蹴りを繰り出していた。

 殴り合い、掴み合う二体の改造人間の姿を、スーパーから戻った滝和也が見出した。

 

「本郷!?」

 

 一瞬、ジャケット下の拳銃を抜こうとした滝だったが、周囲に夕刻の人の波があるのを感じて、舌打ちと共にジャケットのポケットに手を突っ込んだ。

 そして、揉み合う二体に向かって突進しつつ、引き抜いた腕を振り上げながら叫んだ。

 

「本郷、動くな!!」

 

 その声に、本郷はぴたりと停まり、もう一人――マスクに白いラインが入った方が闖入者へと視線を動かす。

 滝には、それで充分だった。

 

「おらあぁ!」

 

 突き出された拳に、鈍色(にびいろ)の何かが握られている。

 相手の顔面――特殊ヘルメット越しではあるが――に叩き込んだ瞬間、そこから火花と共に大きな音が炸裂した。

 ナックルに仕込んだスタンガンを、最大電圧で叩き込んだのだ。

 よろりとよろけたもう一人の《HOPPER》は、そのまま後方へと倒れ込んだ。

 

「滝!?」

「ずらかるぞ!」

 

 短く囁き、滝は本郷の腕を取って走り出す。

 引かれるまま、だが置いておいたビニール袋を拾い上げて本郷は滝と共に走った。

 

 

 公園に、静寂が戻る。

 どうやら、先程の爆音は大型車のバックファイヤとでも思われたのか、誰も覗きに来ない。

 やがて、ひくりと手が動き、ゆっくり彼は起き上がった。

 

 

08.失われた時間と

 

 

 

 ライトの大河の横を、緑川あすかは歩いていた。

 怪人に襲われてから、目を覚ますまでの事は覚えていない。

 ただ、薄っすらと、逆光の中不思議な影を見た気がする。

 そのまま気を失い、気が付けば城南大の守衛室のソファーに寝かされ、連絡を受けたと言う昨日の若い刑事と定年真近と言った風情の守衛とが、自分をどう動かすかと思案しているところに行き当たったのだ。

 そのまま、一条と名乗った刑事に出版社に送って貰いつつ、あすかはやんわりと釘を刺された。

 

「恐らく、会社の方には既に連絡が行っているとは思うが、今回の事は報道規制を受ける。

 君もこちらの保護対象になるので、取材と称して危険行動を取るのは控えて欲しい」

 

 エリート然とした若い刑事の、言葉は穏やかだったが一切の抗議、異議申し立てを認めないその声に、あすかは唇を噛むしかなかった。

 会社に戻れば、デスクから一週間の有給休暇を言い渡された。

 有給なのはありがたかったものの、一週間後に自分の机があるのかどうか、考えるだに恐ろしい。

 もう、今日一日で何度目か知れない溜息を吐いたその時だった。

 あすかの目の前を、ふっと影が横切った。驚いて足を止めたその前に、どさりと男性が倒れ込んだのだ。

 

「だれ!?」

「……う」

 

 額を血に染めた青年の姿に、あすかは動転した。

 気が付けば、何をどうやったのか、自分のマンションに青年を担ぎ込み、ソファーに横たえその傷の手当てを始めていた。

 荷物らしいものは何も無く、唯一白いデニム地の上着の胸ポケットに入っていた名刺入れの中身だけが、あすかに彼の素性を教えてくれた。

 

     『フリーカメラマン  一文字隼人』

 

 その名前には、少し覚えがあった。

 先月頭に、行方不明になったと言う元外交官の子息と言う人物が、確か一文字何某(なにがし)と言う名であった筈である。

 編集部で写真を見て、婚約者と似ているいないで盛り上がったものだ。

 こうして見ると、矢野克彦より小柄ではあったが、克彦の印象が今風のぼんやりとした感じの優男なら、この目の前で眠る青年はもっとしっかりした物を感じさせる。克彦よりも何かこう、古風なものを感じるのだ。

 

「いちもんじ、はやと」

 

 ぼんやりと、あすかは名刺を眺めながら呟いていた。

 

 

 その頃、滝の作った炒め物とレトルトご飯とわかめスープのシンプルな食事をたいらげて、本郷はぼんやりと座っていた。

 いや、手元には研究中の資料があるのだが、余りそちらには意識が向いてないようだが。

 キッチンでは、滝が食器を軽く洗って食器洗い機に放り込んでいた。本郷が握力云々 うんぬん以前として、家事をさせるのに著しく適正を欠いている事を理解した滝が、彼をリビングに追い遣ったのだ。

 手を拭きながら、戻って来た滝は思い出したようにポケットを探った。

 

「そうだ、本郷お前って、生化学(バイオケミカル)関係だったな?」

「ああ、そうだけど」

 

 顔を上げた本郷に、滝は取り出した紙片を差し出した。

 

「悪いが、こう言う薬品入手出来ないか? 民間人に頼むのは気が引けるが、どうにもコネが無くてな」

 

 受け取ったメモ書きに書かれた、何種類かの薬品を見て本郷は眉を顰めた。

 書き込まれている薬品を見て、本郷が思い付いたのは成分献血で良く取られる血漿(けっしょう)の成分であった。

 

「グルコースや無機塩類は研究室にもあるよ。だが、アルブミン、フィブリローゲン、免疫グロブリン? 手に入らない訳ではないが……」

「悪い、出来るだけ早く揃えて欲しいんだ。何時必要になるか、判らないからな」

 

 その言葉に、本郷は物問いたげに親友を見た。

 だが、どっかり座り込んでノートPCを広げる滝の方は、何かを噛み締めるように黙り込み、それ以上の質問を受け付けようとはしなかった。

 暫く、沈黙している親友の姿を眺めていたものの、諦めたように手の資料に目を戻した本郷は、不意の声に顔を上げた。

 

「一文字って、まさか隼人かよ!?」

 

 そう言う滝の顔は、驚いたのを通り越して真っ白だった。

 

 

 一文字隼人が目覚めたのは、すっかり夜が明け室内に日差しが一杯に差し込んだ頃だった。

 身体を起こした一文字は、見覚えの無い室内に途惑いを感じ、そして枕元で眠り込んでいる女性の姿に首を傾げた。

 

「ここは、どこ、だ?」

 

 何故ここにいるのか、目の前の女性は誰か、自分は確か両親の法事で戻って来て、そして……。

 空港から出てから、記憶が、無い。

 頭を抱え込もうとして、眠っていた女性が覚醒するのを感じ取る。

 

「……あ、起きたの?」

「俺、は」

「一文字隼人さん、でしょ? 名刺を見せて貰ったわ。新進気鋭のカメラマン。専門は風景だけど、何故かオートレースの写真は撮っているって」

 

 マスコミ関係者ですもの、それぐらい知っているわと笑ったあすかを、一文字は困ったように見やった。

 彼女が一文字を知っていても、彼の方はこの不躾な女を知らないのだ。

 暫く相手を見ていて、あすかは自分が彼に名乗っていない事を思い出した。

 自分の方は、新聞記事と彼自身の名刺でよく知っている気になっていたが、よくよく考えて見れば全くの初対面だったのだから。

 

「私は、緑川あすか。巷談社の女性誌『週刊ABBA』の記者よ。夕べ、頭から血を流して倒れ込んで来た貴方を、私が介抱したんだから」

 

 そう言われて、一文字は自分の額に不器用に張られたガーゼに気付いた。

 

「頭怪我してたんですもの、一度病院に行っておきましょうよ? それから警察に言って、生きてるって事報告して、ご家族にも知らせないと」

 

 ばたばたと出掛ける準備をするあすかの背を、一文字はぼんやりと眺めていた。

 三〇分後。

 半ば、あすかに引き摺られる様にして、一文字は休日診療を行っている救急病院を訪れた。

 だが、急患搬入に行き当たったその時だった。

 びくんと、一文字は立ち尽くす。案内カウンターで、初診受付の位置を聞こうとしたあすかが顔を上げると、真っ白な顔色になった彼がゆっくり後退(あとさず)り、急に身を翻し走り出した。

 

「一文字さん!?」

 

 その後姿を、あすかは慌てて追い掛けた。

 

 

 病院近くの公園の、こんもりとした植え込みの中に走り込むと、一文字は糸が切れたようにその場に蹲った。

 いや、急に全身に走った激痛の為に、走り続ける事が出来なくなったのだ。

 

「っぐうっぅ」

 

 眼を閉じ、歯を噛み締める一文字の顔に、握り締める拳に、まるで醜怪な長虫が皮膚の下に潜り込んだかのようにどす黒い血管が浮き上がる。

 爆ぜる様な、焼き付くような、何とも表現しがたい激痛が一文字を苛む。

 のたうつ様な苦痛の果てに、それは唐突に消えた。

 

「なん、だったんだ、あれは……」

 

 肩で息をしつつ、一文字は額を抑えるようにしながら髪を掻き上げた。

 さっき、急患に対応する為に走って来ただろう医師や看護師の集団を目にした瞬間、一文字の脳裏に走ったのは激しい恐怖と嫌悪だった。

 はっきりとした像は結ばない。

 だが、ああ言う白い姿に身体を拘束されたのを、記憶はなくても身体が覚えていた。何処か深い場所から、「逃げろ!」と、狂ったように訴える声がしたのだ。

 だから、逃げた。

 のろのろと顔を上げると、すっかり葉桜となった木々が目に入る。その中に微かに覗く、散り残りの桜を見ながら、一文字はぼんやりと思った。

 

「桜……、咲き初めだったのに」

 

 戻った時は、まだまだ枝に一輪、二輪花が付いているくらいで。

 法事を終わらせて、こちらで片付く仕事をこなせば、きっと丁度良い頃合だろう。

 研究室に篭っているだろう奴を引っ張り出して、可能なら、レーサー休業中のあいつも捕まえて。花見を、しようと思っていたのに。

 

「本郷……滝……」

 

 暫くすると、自分を探すあすかの足音が聞こえて来た。だが、一文字はそのまま動く事が出来なかった。

 

 

 同年代で、凄まじい走りを見せる二人と知り合った。

 何度かレース場に足を運ぶ内に魅せられて、写真を撮り続けていた。

 そんな一文字に、付番をやってみないかと声を掛けて来たのが、被写体の片割れである滝和也だった。

 

   「俺は、チームに専属がいるけど、本郷はそうじゃないからさ」

 

 そう言って、ライバルであり親友だと言う本郷猛――被写体のもう一人――に引き合わせた。

 そこから始まった、友人付き合いだった。

 

 

09.奈落から招く手

 

 

 

 一文字隼人を見つけてから、緑川あすかは彼を連れて救急病院から程近いショッピングモールへとやって来ていた。

 先ほどの反応から、無理に医師に診せても却って悪くなるのではと思い、あすかは自身の気晴らしも兼ねて一文字を連れて来たのだ。

 ビルの横に、大きな観覧車が付いたショッピングモールを、一文字は物珍しげに見た。

 ここが出来てもう一年以上経つが、ほんの一月前まで海外で暮らしていた――しかも、この一月の記憶も定かでない――一文字には、目にするものすべてが珍しいと言って良かった。

 あすかは一文字の手を引いて、エスカレーターのあるロビーへと進んだ。

 目的地は、フードコートのある三階である。

 

「懐かしいなあ、一年前にもここへ取材に来たんだ」

 

 そう言うあすかは、吹き抜けのエスカレーターから展示場ロビーを見下ろしながらふと思い出していた。

 

「そうそう、途中で、病気の女の子に救急車を呼んであげたりしてさ」

「病気?」

 

 聞き返した一文字に答えず、あすかはじっとグランドキャニオンを模した壁画の前を見た。

 ここに出来た若者向けブティックへ、取材に向かう途中の出来事だった。

 男の子も女の子も、どちらも決して顔色が良いと言えないカップルだった。詳しい事は判らなかったが、入院患者同士のカップルが病院を抜け出して来ていたらしい。

 風の噂では、その後二人揃って何処かに転院したらしいが、今頃何をしているのだろうか。

 そんな事を思いつつ、エスカレーターから降りると勝手知った場所とあすかは歩き出した。だが、売り場と売り場の細い境目に入った時だ。

 先を歩くあすかの肩を、いきなり一文字が掴んだ。

 

「え、何?」

「下がれっ!」

 

 短くそう囁いた一文字の目は、じっと頭上の一点を睨み付けている。

 そこを見上げて、あすかの口から「ひっ」とも「いや」とも付かない音が漏れた。

 そこには、びっしりと機械仕掛けの蝙蝠がぶら下がっていたからだ。

 

『女、貴様の命を貰う』

 

 頭上から、耳障りなほど甲高い声が降って来た。

 

『SHOCKERを見た者は、死、あるのみ!』

 

 その言葉と共に、メカ蝙蝠が一斉に二人、いやあすかに襲い掛かる。

 

「逃げろ!」

 

 咄嗟に、手にした雑誌で蝙蝠を振り払いながら一文字が叫ぶ。

 言われるまでも無く走ろうとしたあすかだが、その目の前で音を立てて防火壁が閉じられた。振り返れば、その向こう側もすでに閉じられている。

 袋の鼠となった二人に、ここぞとばかりにメカ蝙蝠が襲い掛かる。だが、一文字の腕は確実に蝙蝠を捉え、壁や床へと叩き付ける。

 

「《HOPPER02》一文字隼人! 貴様、裏切るか!」

 

 メカ蝙蝠を回収しながら蝙蝠の怪人――《BAT》が喚く。それに向かって、一文字も叫び返す。

 

「俺は、お前達なんか知らない!」

「この、出来損ない(ミスクリエイト)め!」

 

 《BAT》の一喝と共に、暗がりから湧き出すように黒衣にガスマスクの戦闘員達が、追い詰められた二人に襲い掛かった。

 

 

 ちょうどその頃、滝和也はそのショッピングモールのカフェテラスにいた。

 局留めで届いた本国からの指令書を、軽食を摂るついでに開いて見ていたのだ。周囲にはパソコンを開いたり、ノートや本を広げている人間が結構いて、B5くらいの用紙を広げていても誰にも見咎められないからだ。

 書かれている内容は、大して変り映えが無い。だが、最後に添えられていた一文に、滝は軽く目を閉じた。曰く、

 

   『今後、増員の予定なし』と。

 

 嫌な話は、現場の仲間から伝え聞いていた。

 敵が、『SHOCKER』が、合衆国ほんごくの上院議員達を丸め込みつつあるらしいと。

 まだ撤収命令が出ないと言う事は、上司達の中に上院議員達と事を構えつつも、頑張っている者がいると言う事だろう。

 既に、一〇数人の特命捜査官の中から一〇人近い殉職者が出ているのだ。このまま何をなす事も無く捜査打ち切りなどとなったら、彼らの魂は浮かばれまい。

 苦く思いつつ、書類を畳みジャケットのジッパー付き内ポケットに入れたその時だった。

 滝は、慌てた様子でショッピングモールに駆け込んで来た親友の姿に気付いた。

 

「本郷!?」

 

 カフェテラスから駆けて来た親友の姿に、本郷猛は一瞬気不味げな表情を浮かべ、しかし逃げる事も出来ずに彼を出迎えた。

 

「滝」

「どうした? 何かあったのか?」

「いや」

 

 目を逸らす姿に、滝は一瞬目を眇める。

 だが、何かを聞き付けた様子で顔を跳ね上げた本郷は後先省みずに走り出し、その後姿を滝は慌てて追い掛けた。

 

 

 それは、偶然だった。

 戦闘員二人掛かりで投げ飛ばされた瞬間、一文字の腰にタイフーンが現れその体を戦闘服で包んだのだ。

 床に着地するや、腕の一振りで押さえ込もうとした戦闘員を吹っ飛ばした一文字は、正面から飛び掛った相手を渾身の力で殴った。真っ直ぐ吹っ飛んだそいつは、固く閉ざされた防火扉に叩き付けられ、ドカンと音を立てて人型の凹みを作った。

 

「一文字、さん?」

 

 戦闘員に取り押さえられたまま呆然と呟くあすかの前で、一文字も自身に起きた変化に戸惑いを隠せない。

 

「おのれ、こうなったら」

 

 歯噛みした《BAT》は、あすかに刃物と化した爪先を突き付けようとした。人質を取っている事を、改めて認識させようとしたのだ。

 だが、その次の瞬間凹んだ防火壁を蹴破り、二人の人間がそこに飛び込んで来た。

 

「逃げろ!」

 

 そう叫びながら、黒いジャケットの男――滝があすかを捉えている戦闘員を薙ぎ倒し、怪人に向かって長身の男――本郷が殴り掛かる。

 

「滝? 本郷?」

 

 開放されたあすかを抱き止め、飛び込んで来た男達に一文字は呆然と呟く。それに答える滝の声は、叩き付けるようなものだった。

 

「逃げろ! 早く!」

「本郷猛! 良いだろう、貴様から血祭りだ!」

 

 そう叫んで、蝙蝠怪人は目の前の青年に躍り掛かる。その爪を掻い潜り、本郷はジャケットの裾を払った。

 そんな状況の中、訳も判らずただ声に追い立てられるように、一文字はあすかの手を引いて走り出していた。

 

 

10.二匹の蛇

 

 

 

「ま、待って、痛い! 痛いってば!」

 

 あすかの悲鳴に、はっと我に返って足を止めた。既にショッピングモールは遥か向こうで、二人は何処かの公園に入り込んでいた。一文字は、何処をどう走ったのか記憶に無かった。

 

「もう、怖かったわ。信号無視どころか、横断歩道でもないところを突っ切るんですもの」

 

 何台も車が走っていたのにと、愚痴ともぼやきとも付かない事を呟いて、あすかは手近なベンチに腰を下ろす。その横で、一文字は手持ち無沙汰に立ち尽くした。

 

「ねえ、一文字さん。貴方だったの? 昨日私を助けてくれたのは?」

 

 突然、何の前振りも無く問い掛けられ、一文字は細めの眉を顰めた。

 

「昨日? ……判らないよ。俺は空港を出たところから今朝方まで、ごっそり一月分、記憶が無いんだ」

「だって、さっきの姿は」

 

 既に元の服装に戻っていたが、そんな事言われても一文字は首を捻るしかない。

 かなり近くまで記憶は戻り掛けていたが、思い出すのが恐ろしくて仕方が無い自分に、一文字は気付いていた。

 

「だから、」

 

 言い募ろうとした言葉は、背後からの殺気に消し飛んだ。ばっと、咄嗟にあすかを庇った一文字の前に異様な風体の男女が現れた。

 黒い、メタリックな素材の衣服に、顔を覆う仮面。二人が『SHOCKER』の一員である事など、一目で知れた。

 腰が抜けたようなあすかを庇い、一文字が前に出た。

 

「一文字隼人」

 

 大型の毒蛇を思わせる仮面の男に寄り添う、ほっそりとした仮面の女が宣告する。

 

「我が『SHOCKER』は、お前も裏切り者と決定を下した」

 

 その言葉に、きっと一文字は睨み付け吐き捨てる。

 

「俺は、お前等の仲間になった覚えはない」

 

 その言葉に、黒い仮面の二人組は一瞬視線を交わす。

 だが「死ね」と、短く言い捨てた女――《SNAKE》――の声に応える様に、男――《COBRA》――の重い一撃が一文字の腹部に食い込んだ。

 堪らず吹っ飛びつつも、一文字は凍り付いたままのあすかに、

 

「逃げろ!」

 

と、叫んだ。その声にやっと呪縛が解けたのか、あすかは後さずり一目散に逃げ出した。

 だが、仮面の二人は逃げるあすかには目もくれず、立ち上がろうとする一文字に襲い掛かった。

 咄嗟に蹴りを繰り出した一文字の足を掴み、《COBRA》は頭上高く彼の体を吊り上げた。

 逆海老状態にしなった体の、顎を狙って《SNAKE》の鋭い踵落しが入る。そのまま大地に叩き付けられた一文字に、柔軟な蛇拳が襲い掛かる。

 が、一応一文字も武芸の有段者である。素早く《SNAKE》の動きを見切り、繰り出される蹴りを受け止めた。だが、横からぶんっと繰り出された《COBRA》の拳を正面から喰らって、一文字の小柄な体は吹っ飛んだ。

 その拍子に、腰に現れたタイフーンが回った。何とか体勢を取り直して、足から着地した一文字の体は再び戦闘服に包まれた。

 飛び込んで来る《SNAKE》の蹴りを手にしたヘルメットでいなし、一文字の鋭い蹴りが、反対側から拳を繰り出そうとした《COBRA》を捉えた。

 

「うをっ」

 

 吹っ飛んだ《COBRA》の影から、爪を閃かせつつ《SNAKE》が飛び掛る。

 だが、その細い体を弾き飛ばしたのは、爆音と共に飛び込んで来た《CYCLONE号》だった。

 

「一文字!?」

「本郷!?」

 

 バイザーを上げた相手の声に、一文字は一瞬立ち尽したものの、差し出された手を掴みその背後へ飛び乗った。

 そのまま、本郷は一気にアクセルを吹かし、加速させて二人組を振り切った。

 

 

 一気に走り抜け、本郷は海浜公園でCYCLONE号を停めた。

 バイクから降りて、一文字は傍のフェンスにより掛かり、本郷は脱いだヘルメットをそっとCYCLONE号のシートに乗せた。

 暫く二人は黙り込んでいた。

 一文字は、朝から続く出来事と自身の身の上に起こっている事に。本郷は、今は元に戻っているが、一文字の身を包んでいた戦闘服に。

 口を開いたのは、一文字が先だった。

 

「なあ、本郷。『SHOCKER』って、知ってるか?」

 

 俯く顔は、表情が良く見えない。

 

「……ああ」

「俺……、さっきまで、一月分丸々記憶が無かったんだ」

 

 「だけど」と言って、一文字は両手で頭を掻き毟った。

 

「今、思い出した。俺、俺は『SHOCKER』に捕まって、化け物にされたんだ!」

「一文字!」

 

 そのまま地面に叩き付けられようとした拳を、本郷の長い指を持つ右手が受け止める。

 その手と、本郷の顔を見比べるうちに、一文字は安堵とも苦悩とも付かない表情を浮かべた。

 

 

 思い出す。

 狭い、ビルの隙間に作られた児童公園。

 《標的》として指示された男、『変身』した姿は仮面を被った自分そっくりで。

 

 

 額を押さえつつ、確認の為に声に出す。本当は判っている。でも。

 

「あれは……お前、か? 本郷」

「ああ」

 

 頷かれ、一文字の膝が砕けた。

 慌てて抱き抱えた本郷の腕の中で、一文字のくぐもった声が漏れる。

 縋り付かれ、本郷は相手が泣いているのかと思った。だがその次の瞬間、自分の腕を掴む一文字の手に浮かび上がった、どす黒い血管に目を剥いた。

 

「一文字、どうした!?」

 

 覗き込むと、苦痛に歪んだ顔をやはり長虫のような黒い血管が、ゆっくりと這い上がろうとしていて、本郷は息を呑んだ。

 

「ぅあ、ぐうぅぅっ」

「一文字っ?!」

 

 成す術もなく抱き抱えていた本郷の目の前へ、見慣れた黒い大型バイクが停まった。

 

「おい、嬢ちゃんと一文字は……!」

 滝の声に、本郷は咄嗟に一文字の姿を隠そうとした。だが、顔や手に浮いたどす黒い血管に、滝の方が先にこう言った。

 

「本郷、夕べ頼んだ薬品を今すぐ持って来てくれ」

「え?」

 

 不意の言葉に、訝しむような表情になった本郷に向かって、これは叱責するような口調で滝は言い切った。

 

「大至急だ、薬品持ってこの住所まで来てくれ、いいな!」

「わ、判った。直ぐ行く」

 

 差し出されたメモを受け取り、本郷は慌ててヘルメット片手にバイクに跨った。

 爆音と共に風が通り過ぎたのを見送って、滝はバイクを公園の傍の駐輪場に納め、一文字の見た目より重い体を背に担ぎ上げた。

 そして、取り出した携帯で最近登録した電話番号を呼び出した。

 やらねばならない事は、十二分に満載だった。

 

 

11.『拒絶反応(リジェクション)

 

 

 

 本郷猛が、薬品を手に入れて戻って来たのは、それから四〇分後であった。

 渡されたメモにあった住所は、滝のアパートからも本郷のマンションからも離れた、閉鎖された工場群の一角にある小さな整備工場であった。放置されて長いようで、薄汚れ窓ガラスも割れている。

 だが見た目はぼろぼろだが、油が注されてスムーズに開くようになったシャッターを潜ると、置き去りの機材の影に奇妙なものが見えた。

 診療台のようなものの横に、まるで人工心臓のような大きなポンプらしい装置が付いている。その台上に一文字隼人は寝かされ、その横に気遣わしげな表情で滝和也が書類片手に立っていた。

 

「手に入れて来てくれたか?」

 

 滝の言葉に頷き、本郷は背負っていたバックパックを下ろした。後輩や、研究室の教授を拝み倒して集めた、薬品の数々を突っ込んであるものだ。

 中身を確かめた滝は、場所にそぐわない大型ビーカーやフラスコに、書類を覗きつつ薬品を入れ始めた。けして覚束無い手付き、では無いが不慣れな様子に、本郷は見かねて薬匙を取った。

 

「俺がやろう。何を入れるのか教えてくれるか?」

「……すまない」

 

 『餅は餅屋』と言う訳ではないが、滝の倍以上の速度で薬品を量り取った本郷は、次々とビーカーやフラスコに入れてかねてから用意されていたらしい蒸留水でそれらを溶いて、別に用意されていたブドウ糖や生理食塩水と一つに混ぜた。

 そうして出来上がった血漿もどきを、滝は寝台横のタンクに注ぎ入れた。

 スイッチが入ると、ブーゥンと音を立ててポンプが血漿もどきを送り出す。それはドレーンを通って、一文字の体の中に入って行く。

 

 暫くすると、思い出したように皮膚の下で蠢いていた黒い血管が、何かに宥められる様に沈んで行った。

 

「これは……」

「以前、俺達は『SHOCKER』の改造人間って奴を捕まえた。いや、捕まえたと言うより、弱っていたのを確保したんだ」

 

 ポンプの目盛りを見ながら、滝は言葉を続ける。

 

「奴は、『SHOCKER』からの脱走者で、『改造不適格者』と言う事で放置されていたんだそうだ」

「かいぞうふてきかくしゃ?」

 

 響きの不吉さに、本郷の眉が顰められる。

 

「まさか、一文字は……」

 

 だが、滝の口から齎された言葉は、本郷の予想を上回った。

 

「元々、『SHOCKER』の改造人間って奴は、定期的に血液交換って奴をしなくちゃ体を維持出来ないんだそうだ。

 そいつは『拒絶反応』って言ってたけどな、とにかくそう言う事らしい」

 

 その人間を思い浮かべているのだろう、滝の表情は暗い。

 

「俺達が保護した奴は、その拒絶反応が出る間隔が、他の改造人間より非常に短かったらしいんだ。

 保護して三日目に、そいつは全身真っ黒に壊死させて死んだよ。俺達にはどうにも出来なかった」

 

 静まり返った工場の中、ポンプの作動音だけが響く。

 

「だから本郷、お前が奴らに改造されたと聞いた時、真っ先に心配したのは拒絶反応の事だった。

 だが、あれから数日立つのに、お前にはこれと言った兆候は見られない。

 だから、奴の言った事は自身の事を誇張して言ってただけだったのかなって、思い掛けていたんだ」

 

 本郷は思い出す。

 自分を見る滝の、不安と苦痛、そして微妙な安堵の浮かんだ視線。改造人間であると言う事以上に、何かを案じていたあの瞳は。

 

「滝……?」

 

 本郷の声に、だが滝は述懐を止めない。

 

「お前は、恐らく『SHOCKER』にとっても初めての状況なんだろうと思う。

 ある意味、奴らはその拒絶反応を組織に縛り付ける為の、枷の一つにしているらしいとあいつが言っていた。

 だから、その枷を掛けようがないお前と言うのは、奴等には脅威なのかもしれない」

 

 その内タンクは空になり、滝はポンプを止めた。

 

「これで、拒絶反応が止められるのか?」

 

 そう言ったのは、今まで目を閉じていた一文字だった。

 それに対して、首を振りながら滝は「いいや」と言った。

 

「こいつは、あくまで応急処置だ。

 劣化した血液と細胞に、無理矢理栄養を流し込んだだけだ。あいつに施した延命処置の中で、唯一壊死を遅らせる事が出来た方法だった。

 でも、遅らせるだけだ。止められる訳じゃない」

「つまり、基地に行って装置と交換用血液を手に入れるのが、一番って事か」

 

 体を起こしながらそう言った一文字に、滝はこらっと眉を吊り上げた。

 

「無茶なこと考えてやがるな、お前。本郷にも言ったが、お前らは被害者で民間人だ、あんな連中に関わろうとするんじゃない!」

 

 だが、一文字は引き下がらない。

 

「そう言うけどな、俺は自分の命を守る為に、それがいるんだぜ?」

 

 ぐっと詰まった滝だったが、しかし強く頭を横に振った。

 

「交換用血液は何とかする。だから、お前らは大人しくしていろ、いいな!」

 

 そう言って、立ち上がった滝は乱暴な手付きで書類を纏め書類ケースに詰め込んだ。

 そして、これは声に出しているとは思わないでいるだろう小さな呟き。

 

「お前らの仕事が正義の味方だって言うなら、考えてやらあ」

 

 その背を見ながら、本郷と一文字はその場に立ち尽くした。

 

 

12.立ち上がる時

 

 

 

 本郷と一文字は、二人で移動した。

 辛うじてCYCLONE号はタンデムシート仕様なので、荷物を預けに行くと言う滝と分かれて、二人は本郷のマンションに向かったのだ。

 

「なあ、本郷、お前はどう思っている?」

 

 一文字が声を掛けて来る。

 爆音と風の中、改造された二人は全く支障無く話が出来た。

 

「何をだ?」

「決まってるだろ、滝の『関わるな』って言葉だよ」

 

 黙っている本郷に、焦れた様に一文字は言葉を続ける。

 

「そりゃあ、あいつがFBIの捜査官だって言うのは聞いたよ。

 レースも休んで、アメリカからわざわざ『SHOCKER』追っ掛けて日本に来たって。でも、あいつは人間だ」

 

 本郷は応えない。

 

「生身だけれど、かなりやるのも知ってるよ、でも、このままじゃ『SHOCKER』に目を付けられるんじゃないか?」

『俺達みたいにされるんじゃないか?』

 

 一文字が心の中でそう思ったその瞬間、ギュキキッと音を立ててバイクが停まる。

 

「うわっ」

「着いたぞ」

 

 振り落とされそうになるのを、運転者に捕まる事で凌いだ一文字が抗議の声を上げる前に、本郷は静かな声でそう言った。

 顔を上げると、赤レンガ風の瀟洒なマンションの前であった。

 

「何だよ、機嫌悪いな」

 

 タンデムシートから降りながらぼやく一文字をちらりと一瞥し、本郷は黙ったままバイクを駐輪場に入れるとマンションの玄関エントランスへと踵を返した。

 そのまま、二人は黙ったままエレベーターに乗った。

 沈黙に耐え兼ね、一文字が口を開こうとした。が、チンッと音を立てドアが開いた為、タイミングを外し黙らざるおえなかった。

 黙々と歩いていた本郷が、突然立ち止まった為小声でぼやきながら歩いていた一文字は、彼の広い背中にぶち当たった。

 

「ってえ、何だよ一体」

 

 鼻とおでこを擦る一文字に、本郷は黙ったまま自室の前に置かれた物を拾い上げて見せた。

 それは、真っ赤な薔薇の花束であった。その花束に、一文字の頬が引き攣る。

 あの時、自分を拉致した男が、「おめでとう」と言いながら渡した代物と同じだと思ったからだ。

 同じ事を思い出していたのか、眉を顰めたまま花束を見ていた本郷は、花の間に挟まっているカードに気付いた。

 剣に止まる鷲のマークが付いたカードに書かれた文章に、本郷の表情が凍り付く。

 

「この度緑川あすか嬢は、神聖なるSHOCKERのメンバーに選ばれました。裏切り者の皆さんにはお知らせまで」

 

 次の瞬間、本郷は花束を宙へと投げた。ビル五階の高さに放り出されたそれは、一呼吸後にパァンッと音を立てて爆ぜた。

 爆発としては爆竹程度であったが、普通の人間なら指の二、三本は飛んでいただろう。普通の、人間なら。

 

「趣味が悪いぜ」

 

 苦々しく一文字が呻いた、その次の瞬間だった。

 二人の背後から、ドンッと音がして他の建物の間から火柱が立った。

 振り返った本郷の顔色が一際白くなり、捕まれた手すりがごりっと音を立てて皹が入った。あの方角にあるものと、先程別れた親友の顔がダブる。

 

「滝!」

「え? あ、おい待てよ!」

 

 言うや早いか、本郷は通路から地上に向かって身を躍らせていた。

 一瞬躊躇したものの、周囲に人気が無いのを確かめると、一文字もその後に続いた。

 

 鉄筋コンクリート製であった筈の三階建てアパートは、まるで木で出来ているかのように派手に燃えていた。

 野次馬の後ろから、燃えているアパートを見ながら滝は嘆息した。

 こう言う事態を見越して、取り壊し間近の物件を押さえて拠点にしていたのだが、ここまで派手にされては、頭が痛いのを通り越して腹が立って来る。

 恐らくは、『お前など掌の上だ』と言う向こう側の顕示なのだろうが。

 

「舐めてんじゃねえや」

 

 低く唸ったその時だ。

 ヴォンッと、腹に響く聞き覚えのあるエンジン音に振り向くと、バイザーを上げる本郷とその後ろから降りる一文字の姿があった。

 

「滝! 無事か!?」

「滝!?」

「おう」

 

 駆け寄る一文字の肩を叩き、バイクに跨ったままの親友に片手を挙げて見せると、滝はアメリカ人らしく大きく肩を竦めた。

 

「やられたぜ。

 まあ。ここには着替えと寝る為の場所に使ってただけだから、燃やされて困るものは置いてなかったがな」

 

 下着を買い直さなきゃなと、笑った顔にバイクから降りた本郷はじっと視線を向ける。

 痛いほどの視線を、しかし滝は笑ったまま受け止めた。

 

「何ともねえよ、怪我もねえ。だから心配いらねえ。お前らこそ気を付けろよ?」

 

 俺のところにこんな真似したんだからと、笑ったまま手を振り背中を向けた滝を一文字は呼び止めようとした。

 だが、それを手を掴んで止めると、本郷は一文字へ口を開かず囁き掛けた。

 

『一文字、行くぞ』

「へ?」

『SHOCKERの基地へ』

 

 思わぬ単語に、跳ね上がるように相手の顔を見上げた一文字に対し、本郷は遠ざかる背中を泣き出しそうな顔で見つめたまま言葉を続けた。

 

『あすかさんを救い出し、お前の交換用血液を手に入れる。

 滝には悪いが、あいつらを倒せるのは、同じ改造人間の俺達だけだ』

 

 滝が繰り返す、「お前は被害者だ」と言う言葉を本郷は受け容れ切る事が出来ずにいた。

 自分は、確かに『SHOCKER』に拉致され改造された。

 そして、命令されるまま悪事に手を染めた。

 緑川あすかの婚約者が死んだ時、我に帰るのが遅れていたら、自分が手に掛けていたかもしれなかった。

 何より、自分は鋼鉄を簡単に打ち破り、自分と同じ改造人間を打ち壊す事が出来るのだ。もはや、人間からかけ離れた化け物に過ぎない。

 その事を、滝も判っている筈なのだ。

 それなのに、彼は自分を「被害者」だと言うのだ。自身の権利と生活と生命と、人間としての尊厳すら奪われ掛けたんだと。

 昨夜、自宅に泊まった滝が、蹴り飛ばしていた毛布を掛け直してやろうとして、レーサー時代には見た事がなかった傷まみれの体に息を呑んだ。

 自分に会う数日前に作ったのではないかと思う、縫合痕も生々しい傷と毒々しい色合いの痣の数々。

 仕事だと言った。これで給料を貰っていると。

 

   『お前らの仕事が正義の味方だって言うなら、考えてやらあ』

 

 償いとは思わない。償い切れるものでもない。

 ならば、自分に出来る事はなんだ?

『行くか? 一文字。

 奴らの基地に行けば、死ぬ事になるかもしれない』

 

 見上げて来る眼は、一瞬伏せられしかしきっと本郷を睨み返した。

 逡巡が無い訳ではない。

 しかし、一文字隼人には、もはや選択肢など残されていなかった。

 

『行くさ。人をこんなに勝手に弄繰り回した奴等に、お返しの一つもしないなんて男じゃねえよ。

 それに、俺は死にたくない。こんなところで死にたくないよ』

 

 口に出さずそう言うと、一文字はにぃっと不敵に笑って見せた。

 そして、突き出された少し小振りな握り拳に自分の拳を打ち付けると、本郷は再びヘルメットを被った。

 

 ピッとビープ音がしたのに気付いて、滝はGPS機能付きの携帯電話を取り出した。

 開くと、光点が点滅しながら物凄いスピードで移動している。それを見ると、盛大に舌打ちして滝はバイクへ駆け寄った。

 安否確認用に、滝はCYCLONE号に発信機を仕掛けて置いたのだ。

 本郷のマンションや大学に設置しておいたポイントから離れたら、初めて反応するように設定して置いたのだが。

 

「あんの、馬鹿野郎どもが! 今言ったばっかりじゃねえか!」

 

 低く呟く。

 そして大きく振り回して、滝はバイクを方向転換させた。

 

 

13.地獄の島

 

 

 

 アパート爆発から、一時間後。

 一台のモーターボートが、沖合いにある小島へと突き進む。

 乗り込んでいるのは、本郷猛と一文字隼人の二人だ。本郷は舳先に立ち、舵を握るのは一文字である。

 ボートは、沖合いにある無人島を目指して飛ぶように進む。

 お互いの記憶を付き合わせ、二人は『SHOCKER』の基地の位置を特定したのだ。

 実の事を言えば、海路を使わなくても基地に直結した海底トンネルが存在する。だが、走行中に攻撃された時の事を思うと、海上の方が海底よりまだしも手の打ちようがあると踏んでの事だった。

 最も、こちらが来るのを待ち受けているのか、かなり近付いても攻撃してくる様子が無い。

 波の音しか聞こえない船の中、二人は眼を見交わした。

 

「行くぞ、一文字」

「おう!」

 

 二人は惰性でボートを島に向けて進めると、そのまま乗せていたCYCLONE号二台――もう一台、スペアとして組み立てられたものを無理を言って借り受けたものだ――で海面へ飛び込んだ。

 

 

 近付いて来る、不審なボートに気を取られた海岸警備の戦闘員達は、その次の瞬間海面から目前に飛び出して来た二台の大型バイクに薙ぎ倒された。

 元々は、放置された工場か何からしい島の中の道路を、二台のCYCLONE号が駆け抜ける。

 ところどころで飛び出して来る戦闘員を薙ぎ倒しながら、二人はひたすら走る。

 実を言えば、二五〇cc以上のバイクに乗った事の無かった一文字だが、化物じみたこの大型バイクを押さえ込める自分に、己が変わった事を痛感せざるを得なかった。

 基地施設区画まで辿り着いた二人の前に、数十人の戦闘員が立ち塞がる。CYCLONEから降りた二人は、群がる戦闘員達を薙ぎ倒す。

 蹴りを、拳を受けた戦闘員達はそれぞれ融けて、泡になって消えていく。それに気を取られる余裕も無く、二人はひたすら戦闘員達を薙ぎ倒した。

 だが、基地だけあって戦闘員達は何処からとも無く増えて行く。

 そんな黒い影が何とかまばらになったところに、二人の頭上を、巨大な影が過ぎった。

 振り仰ぎ、影を追った先に、《COBRA》と《SNAKE》が立っていた。

 そして、上空から《BAT》が舞い降りて来た。

 

「来たか、裏切り者の《HOPPER》ども」

 

 満を持したように前に出る《COBRA》の横で、《SNAKE》の指示で新たな戦闘員達が溢れ出す。

 仮面の下で頷き合い、本郷と一文字は敵の背後に見える施設入り口を目指そうと、同時に走り出した。

 だが、戦闘員に揉まれながら、襲い掛かってくる《COBRA》を必死にいなそうとするも、戦闘員達の数に押されて上手く行かない。

 どころか、体勢を崩したところを、《COBRA》の豪腕に二人纏めて吹っ飛ばされた。

 転がる二人に、低く笑いながら三体の改造人間達が歩み寄った。

 

「馬鹿め。たった二人で何が出来る」

 

 立ち上がろうとする二人に向かって、リーダー格の《BAT》がせせら笑ったその時だった。

 

「二人じゃねえよ、三人だ」

 

 その一言と共に、ガウンッと爆音が響き渡る。

 声に振り返った本郷と一文字の目の前に、見慣れた黒い大型バイクが突っ込んで来る。

 戦闘員達を跳ね飛ばしながら突っ込んで来たバイクは、大きくスピンして覆い被さろうとした戦闘員を纏めて振り払った。

 軽快し距離を取った戦闘員達を銃で威嚇しつつ降りた、真っ黒なバイクスーツ姿の男が改めて群がろうとする戦闘員を払い飛ばす。

 本郷達の強化服に比べれば脆弱過ぎるが、明らかに戦闘用にプロテクターが付けられているライダースーツの男は、何とか体勢を取った本郷と一文字の腕を掴んで自分の両脇に引き寄せると、本気の声音で怒鳴りつけた。

 

「馬鹿野郎! どれだけ言えばお前等の頭に入るんだよ!」

「滝!?」

「どうしてここに」

 

 思わぬ救援に、二人は驚きを隠せない。

 それに向かって、滝はヘルメットのシールド越しに二人を交互に睨み付けた。

 

「話は後だ! こいつ等をやっつけて、マスコミの姉ちゃんを助けるんだろうが!」

 

 言うや、滝は二人の背後に忍び寄っていた戦闘員に、手にした大型拳銃(デザートイーグル)をぶっ放した。そのまま、逆手に着けたスタン・ナックルで、別の戦闘員の顔面を当るを幸いと殴り付ける。

 一瞬視線を交わした二人は、頷き合って不意討ちを狙った《BAT》に向き直った。

 奇声と共に滑空する《BAT》に、二人は同時に討って出た。振り回される皮膜付きの腕を掴み、本郷は一瞬一文字の方を見た。

 

『行くぞ、一文字!』

『おう!』

 

 脳裏に響く声に、一文字も本郷を見返した。桜色と赤い複眼が、合ったと同時に動いた。

 

「そうりゃ!」

「おらぁ!」

 

 二人同時に、肩を極めるように捻り上げ、ぶん投げる。縦回転しつつ吹っ飛んだ《BAT》は、だが何とか体勢を取り戻すとエンブレムを戴くオブジェの上に降り立った。

 

「おのれ、出来損ないどもが!」

 

 がちがちと、仮面の下から音を立てて蝙蝠男は飛び掛る。そいつに向かって、二人は同時に飛び上がった。

 

「とう!」

「いやぁ!」

 

 二人の繰り出す必殺の蹴りが、ほぼ同時に《BAT》の胴を捉えた。

 衝撃で、一気に体内構造物がひしゃげ火を噴く。

 血飛沫のように、火花を散らす怪人が地面に叩き付けられて爆発するのと、二人が着地するのはほぼ同時だった。

 顔を上げると、滝が戦闘員達を引き付けながらゆっくり二人から離れている事に気付いた。無論、少しで二人にも覆い被さろうとする戦闘員を減らそうとしての事だ。

 銃とスタンガン内臓のナックルで、一見危なげ無く戦っているが、二人は滝の息が上がり始めているのを聞き取っていた。

 

『本郷、あれ!』

『急ぐぞ、一文字。幾ら武装していると言っても、滝が持たない!』

『ああ!』

 

 立ち上がった二人の前に、二匹の蛇が立ち塞がる。

 《COBRA》はヘルメットから下がる飾り緒を外すと、無言で《SNAKE》に渡した。同じく無言で受け取った《SNAKE》は、それを鞭としてぶんっと振るった。

 一斉に討って出る。

 唸りを立てる拳が空を切り、黒い鞭が風を切る。

 体当たりよろしく、飛び掛って来る《SNAKE》を一文字が捉える横で、本郷は剛拳を振るう男に捕まり、変形一本背負いで投げられる。

 振るわれる鞭を掻い潜って、一文字は《SNAKE》を捉えようとするが、そこを《COBRA》の重い蹴りが襲い掛かる。その蹴りを、本郷がいなしつつ細い影の動きを牽制する。

 再びの重く鋭い《COBRA》の蹴りを掻い潜った二人が、体勢を崩したと見た《SNAKE》はその足元を狙って鞭を振るう。だが、それは二匹の蛇の動きを見切った本郷が、声無き声で一文字と打ち合わせた動きだった。

 相棒をフォローしようとした《COBRA》の胴に、息を併せた二人の拳が叩き込まれた。

 堪らず、大柄な肉体が吹っ飛ぶ。

 

「本郷、蹴りを付けるぞ!」

「おう!」

 

 飛び掛って来る小柄な蛇を一文字に任せると、本郷は立ち上がろうとする大蛇に向かい合った。

 ダメージから抜け出せない《COBRA》へ、本郷はここぞとラッシュを仕掛ける。

 その向こうで、足技で幻惑しようとする《SNAKE》に、飛び上がってその間合いから外れた一文字は、そのままオブジェを蹴って反転した。勢いをそのままひねりとして、一文字の一撃は必殺の破壊力と共に《SNAKE》の細い体を捉えた。

 悲鳴と共に吹っ飛んだ相棒に、一瞬《COBRA》の意識が目の前の敵から逸れた。

 その一瞬に、自分より僅かに大柄な相手の両腕を掴んで、本郷は全力で空中へと放り上げた。

 錐揉みしながら舞い上がった黒い体へ、本郷の渾身の蹴りが叩き込まれた。

 

「ぐあああぁあ!」

 

 吹っ飛んだ《COBRA》を、しかし本郷は振り返らなかった。

 滝を、そして今まさに改造されようとしている緑川あすかを助ける為に、一文字と共に構わず走り出した。

 彼等は知らない。

 《COBRA》と《SNAKE》の二人が、かつてあすかに介抱された恋人達である事。病を克服して二人で生きて行く為に、自ら『SHOCKER』の改造人間になった事を。

 先に息絶えた恋人に寄り添い、《COBRA》もその命を落とした。

 その手が《SNAKE》に添えた花にどんな意味があったのか、もはや誰にも知る術は無かった。

 

 二人が改造人間を倒して振り返ると、滝が戦闘員三人に押さえ込まれているところだった。

 駈け付けて戦闘員を薙ぎ倒すと、戦闘中にヘルメットが飛んだらしい滝は、額から滴る血をぐいっと拭って出入口を顎で示した。

 

「行こうぜ。こっちの調査じゃ、結構な数の人間が捕まってる筈なんだ」

「滝、お前は」

 

 残れと、二人が言う前にぱぱっと拳銃の弾倉を入れ替えた滝は、振り返る事無く先に立って走り出した。

 無茶な親友に呆れたのは一瞬、そして二人は駆け出した。

 

 走り込んだ基地の内部は、人気が薄れていた。

 どうやら先程の戦闘で、かなり戦闘員を削る事が出来ていたらしい。

 それでも、端の方からぽろぽろと出て来る戦闘員を蹴散らしながら、三人は奥へと走って行く。

 途中で、滝と一文字が倉庫へと向かい、本郷は更に地下へと向かう。

 厚い金属の扉を、蹴破る勢いで飛び込んだ本郷の目の前に、おぞましい場所が広がった。白い手術台と、それを取り囲む白い術衣の男達。

 自分が、そして恐らくは一文字が、人間である事を奪われた場所。

 その真っ白な手術台の上に、手足を拘束されたあすかが今まさに改造されようとしていた。

 

「あすかさん!」

 

 とにかくシステムを止めようと、本郷は手近なコンソールに取り付き、それを叩き壊した。

 幾つもの警告音を立てながら、今にも哀れな犠牲者を切り刻もうとしていた手術機材は停止した。

 身を捩って、機材から逃れようとしていたあすかは、自分を助けに来た緑の影と、機材が止まった事に安堵したのだろう。そのまま気を失った。

 取り押さえようとする、白衣の戦闘員達を薙ぎ払いながら力任せに手術台を引き戻すと、本郷はあすかを拘束している枷を叩き落とした。

 その頃、一文字と滝とは倉庫で交換用血液を見付け出し、その奥の牢屋に囚われていた人間達を救出していた。

 一文字が戦闘員を相手にしているうちに、滝が牢の鍵を銃で撃ち壊し、脱出させる。

 

「こっちへ!」

 

 滝が、逃げ出した人々を誘導するのをフォローしつつ、一文字は戦闘員達を打ち払い続けた。

 

 

 人気の無くなった基地の一角、そこにある三枚のモニターに映像が浮かぶ。

 

『新しい実験基地を造り、新たに改造被験者を集めねばならない』

 

 死神を思わせる老紳士の言葉に、美女と若者も大きく頷く。

 

『世界中の改造人間達を、集めた方が良いだろうね』

『まずは、誰を拉致するか。私に任せて』

 

 そしてモニターから光が消え、基地全体に沈黙が降りた。

 

 

14.仮面ライダー

 

 

 

 地上へ出て来た二人は、丁度あすかを抱いて出て来た本郷と行き合った。

 

「本郷、彼女は!?」

 

 滝の声に、本郷は黙って腕の中を見せた。

 傷も無い様子に、滝と一文字は一瞬眼を合わせた。

 てへへっと鼻の下を擦りながら滝は笑い、仮面の下で一文字も安堵に笑み崩れる。

 笑いながら、滝は手に下げていたトランクを足元に置き、本郷からあすかを引き取った。

 不思議そうな二人に向かって、滝は肩を竦めてこう告げた。

 

「さっき、被害者を誘導しながら警察に応援を頼んだ。

 もうすぐ、彼等を保護する為に警官隊が到着するから、お前等は地下道を通って移動しとけよ」

「どう言う意味だよ?」

 

 聞き返した一文字に、盛大に眉を顰めて見せながら滝は言ってのけた。

 

「あのなあ、本郷はこの間お咎め無しとは言え、事件絡みで警察に行った事あるだろう。

 お前はお前で、一月行方不明だったろ?

 そんな奴等が雁首揃えて、しかもそんな得体の知れない格好でいたら、それこそあいつ等の仲間と思われかねないだろう?」

「しかし」

 

 言い募ろうとした本郷の鼻先へ、あすかを抱えたまま滝は指を突き付けた。

 

「それから、もうこれっきりにしろよな! こんな真似」

 

 その言葉に、一瞬一文字と眼を見交わした本郷は、静かに微笑んで首を振った。

 その横で、一文字も仮面の下で笑う。

 

「いいや。滝、俺達はこれからも、『SHOCKER』と戦うよ。

 私怨ではなく、それが俺達に出来る事だから。

 俺達は、俺達に助けられる人を助けて行きたい。駄目か、滝」

 

 その言葉に、滝は胸の底から溜息を吐いた。

 何となく、判っていたのだ。本郷が自分の言葉――彼こそ被害者だと言う――を、あまり受け容れていない事、そして一文字も同じだろう事を。

 それでも、今更かも知れないが静かに暮らして欲しかった。

 だが、未だに仮面のまま立つ二人は、何かを請うように滝を見つめる。

 その無言の意思表示に、「ああ、もうっ」と、根負けしたように滝はこう言った。

 

「判ったよ、この頑固者共め。その代わり、お前等は今日から正義のヒーロー、《仮面ライダー》だからな」

 

 昔見た、TVの中のヒーローの名前に、仮面の下できっと子供みたいに眼を丸くしているだろう二人に向かって、ふふんっと、鼻を鳴らして滝は言い切った。

 それは、ささやかな滝の意趣返しだった。

 

「『SHOCKER』と戦うんだぜ? 奴等の付けたHOPPERなんて名前、使う気になるかよ。

 お前等は《仮面ライダー》。それが嫌なら止めな」

「ちぇっ、ひどいな、お前」

 

 そう言いつつ、一文字の声は笑っている。

 そして本郷は、大きく頷いた。

 

「いい名前を、ありがとう」

「……ばーか」

 

 滝が横向いてそう言ったのに、二人は小さく微笑んだらしい。

 だが、直ぐ二人は頭上を振り仰いだ。

 

「来たか」

「そろそろ行こうぜ、本郷」

 

 どうやら、まだかなり向こうにいる警察と救急隊ヘリのローター音を捉えたらしい二人に、滝は慌てて声を掛ける。

 

「ちょっと待て、一文字、血液!」

「おっと!」

 

 滝の足元から、血液を入れたトランクを拾い上げる。

 そして二人は、それぞれのCYCLONE号に跨りそのまま走り去って行った。

 

 

 頭上に、救援の大型ヘリが近付いている。

 その爆音で、ようやくあすかは意識を取り戻した。

 芝生の上に、どこかから手に入れたらしいシーツを掛けられて横たえられていた彼女は、避難民らしい人々と彼等に声を掛けている見覚えのある男に軽く眉を顰めた。

 自分を助けたのは、彼ではなかったのか?

 自分の思う『彼』が、本郷なのか一文字なのか、判らないままあすかは声を出した。

 

「あの人は?」

「仮面ライダー達なら、もう行っちまったぜ」

「仮面、ライダー?」

 

 聞き返したあすかに、背中を向けたまま滝は軽く肩を竦めてこう続けた。

 

「そう、人類の自由と平和の為に戦う、究極のボランティアさ」

 

 ヘリのローターが起こす風に、滝の髪が舞い上がる。

 頬に流れる、汗とも涙とも付かないものをぐっと拭い、滝和也は減りのパイロットへと合図を出す。

 着陸地点は、動ける人々に手伝って貰い、先に用意しておいた。

 

「本当に、あの馬鹿どもは」

 

 爆音に紛れて、滝の呟きはあすかには届かなかった。

 

                                 END


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