ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 士官食堂はその名のとおり、三等宙尉(少尉)以上のいわゆる士官クラス専用の食堂だ。

 更に佐官以上の士官になると、士官学校の生徒が給仕に付いたりする。

 俺は受付の下士官の敬礼に軽く手を上げて答礼した後、食堂内を見渡した。

 ピークの時間を過ぎているためか、食堂内の人の姿はまばらだった。

 東郷さんはまだ来ていないようだ。

 俺は給仕に付いた士官学校の生徒にコーヒーを頼むと、窓際の席に腰を降ろした。

 士官食堂の窓際からは、軍港のドック区画が一望できる。

 整備を行っている艦艇をじっくり眺めることが出来るので、俺のお気に入りの場所でもある。

 もちろん、窓の外の光景は単なる風景画像としての一枚絵ではなく、その時々の状況によって、見える景色が異なる。

 ちなみに今は、何隻かの艦艇が整備を受けている真っ最中だった。

 

「お、東郷さんの艦じゃん」

 

 一番手前の見下ろせる位置に、東郷さんの座乗艦が鎮座していた。

 この第二機動艦隊群の旗艦である機動巡航艦『おおよど』だった。

 機動巡航艦とは、少数の艦載機運用能力を備えた巡航艦で、いわゆる航空巡洋艦に近い艦種だ。

 艦の両舷から、艦載機発艦用の電磁カタパルトが腕のように前方に突き出している。更に着艦用に、艦尾から同じぐらいの長さのカタパルトデッキが一本設置されている。

 シルエットがどことなく、アーガマに似ていなくも無い。

 『おおよど』は、あちこちのメンテナンスハッチが解放されていた。作業用に設置されたキャットウォークの上を、大勢の作業員が歩き回っている。

 『おおよど』は、『とね』型機動巡航艦として7隻建造された艦のうちの1隻で、平坂さんの設計したカスタム艦だ。

 進宙した当初、『とね』型の評判は芳しくなかった。

 カタログスペックの数値上のデータだけを見ると、巡航艦としては打撃力に欠け、空母としては搭載できる艦載機が少なく、どっちつかずの中途半端な艦という印象が強かったからだ。

 平坂さんの設計したカスタム艦の中で、唯一の駄作とさえ呼ばれていた。

 しかし、そんな帯に短したすきに長しなところに目を付けたのが東郷さんだった。

 第二機動艦隊群の警備担当区域は、対馬や壱岐といった暗礁宙域が数多く広がっており、図体のでかい戦艦や空母は、行動に多くの制限を受けてしまい取り回しが難しい。

 デブリの多い暗礁宙域では、障害物の影響でレーダーの性能が著しく低下し、戦艦や空母自慢の強力な電子機器もあまり役には立たない。

 そのため、どうしても近距離での不羈の遭遇戦が発生してしまう可能性が高く、機動力に欠ける大型艦では、思わぬ苦戦を強いられることにもなり、下手をすれば格下の艦艇に撃沈される可能性だってある。

 小回りが利き、展開能力と進出能力に備えた中型・小型艦のほうが運用しやすいのだ。

 そういった事情もあって、第二機動艦隊群は、他の艦隊と異なり、戦艦や空母などの大型艦が配備されていない。

 そんなこの艦隊には、コンパクトな船体にそこそこの戦闘力と機動力、艦隊防空や哨戒に限定すれば十分な艦載機運用能力を備えた『とね』型は、暗礁宙域のような限定された空間で運用するにはうってつけの艦だった。

 艦のサイズが巡航艦クラスということもあり、巡航艦や駆逐艦と協同しやすいというメリットもあった。

 かくして、建造された『とね型』は全艦、第2機動艦隊群に編入されることとなり、そのうちの1隻である6番艦『おおよど』が、東郷さんの座乗艦となっている。司令長官の座乗艦なので、この艦が機動艦隊群旗艦ということになる。

 

「そういや、デスクワークばっかりで、しばらく宇宙に出ていないってぼやいていたなぁ」

 

 東郷さんは一軍の司令官という立場のため、平時の領宙監視任務程度で直接前線に出ることは無い。

 指揮官である東郷さんに求められるのは、フォースユーザではなく、フォースプロバイダなのだから仕方が無い話ではある。

 

「遅くなった」

 

 その声に顔上げると、東郷さんの姿があった。

 俺は立ち上がると、東郷さんに敬礼する。

 東郷さんは給仕にコーヒーを注文すると、俺の対面に腰を降ろした。

 

「待たせたな、ロリ」

「いや。俺も今さっき来たところだから」

 

 さり気なく周囲の様子を伺ってみると、食堂に居る士官連中が、ちらちらとこちらに視線を送っていることに気付いた。

 今までもこんな視線に晒されていたんだろうか。何で気が付かなかったんだろう。迂闊というほか無い。

 コーヒーを運んできた給仕も、敬礼して立ち去るときに、さり気なく俺達の様子を伺っているようだった。

 

「思ったんだけどさ。妙な噂が立っている中で、こうやって会うのは宜しくないんじゃない?」

「今更もう遅いんだ。諦めろ」

 

 そう言われてもなぁ……

 

「さっきは済まなかったな」

「いや、いいよ。立場上、ああ言うしかないのは分ってる」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 東郷さんは、少しほっとしたような笑みを浮かべた。

 

「白菊と随分激しく遣り合ってたようだな」

「まあねー。ちょっとイラっときたもんでね。俺の悪口でも言ってた?」

 

 冗談めかしてそう聞いてみたが、東郷さんは何も言わずに苦笑するだけだった。

 まあ、今更あの女にどう思われようが知ったことじゃないが。

 

「早速だが、例のストーカー対策の話だ」

「うん」

 

 婚約者が居るということで、きっぱりとお断りするというのが、東郷さんの筋書きらしいけど、相手がそんなことで引き下がるようには思えない。

 いったい、どうするつもりなんだろうか。

 

「口先だけで婚約者だ何だと言っても、相手は納得しないだろう」

 

 俺が頷いてみせると、東郷さんはおもむろに軍服の胸ポケットから小箱を取り出して見せた。

 

「何それ」

「開けてみてくれ」

 

 恐る恐る手にとって、上蓋を開けてみる。

 中に入っていたのは、プラチナ色に輝く指輪だった。

 派手にならない程度に慎ましく輝くダイヤモンドが良いアクセントになっている。

 宝石や指輪のことなんてまるで分らないが、逸品であることだけは理解できた。

 もしかして、これって……

 

「こ、婚約指輪……!?」

「うむ」

 

 思わず小さくない声を上げてしまう俺に、東郷さんは厳かに頷いて見せた。

 

「ストーカー女を説得するときは、それを嵌めてくれ。相手に良く見えるようにな」

「いやいやいや……ちょっと待ってよ」

 

 色々と、発想がおかしい気がするんだが。

 っていうか、婚約と言ってもあくまで「ごっこ」に過ぎないはずなのに、ここまでやるか、普通。

 

「これなら、一目で分るだろう?」

「論点ずれてない? 相手にわかってもらう為じゃなく、諦めさせるのが目的だろう?」

「普通は諦めるんじゃないのか……?」

「いやいやいや……」

 

 どうにも話が噛み合わない。

 もしかしてこの人、ストーカーがどういう類の人間なのか、根本的に分っていないんじゃないだろうか。

 懇切丁寧に説明して、証拠も見せてやって納得してもらえるなら、誰も苦労はしないし、警察沙汰になったりしない。

 そういう一般的な常識が通じず、迷惑行為や犯罪行為に発展するから問題があるわけで。

 軽く頭を抱えそうになったところで、食堂中の注目を集めていることに気が付いた。

 俺は慌てて、東郷さんから受け取ったそれを懐に仕舞いこんだ。

 妙な噂が立っているところで、こんな場面を見られたら、それこそ言い訳が出来なくなってしまう。

 

「これ、結構いい値段したんじゃないの?」

「まあな。課金アイテムだし」

 

 俺はゲーム内通貨のつもりで聞いたんだけど、課金アイテムだったのか。

 どうりで無駄にクオリティが高いわけだ。

 っていうか、こんな課金アイテムあったのかよ。

 そもそも、何の用途に使うんだ、これ。

 プレーヤー同士またはNPCとの結婚は、システムとしては存在するが、何かしらの特別なアイテムは必要なかったはずだし。謎過ぎる。

 このゲーム、こういう用途不明な課金アイテムが少なからず存在するんだが、運営からのアナウンスは特に無く、プレーヤーからの質問に回答があったという話も聞かない。

 

「リアルマネーで五千円した」

「たっけえ!」

 

 こんな意味不明な課金アイテムにそんな高い金払うなんて、マジで何考えてんだ。

 五千円が大金かどうかは、個人の感覚によるかもしれないけど、俺だったら、こんな阿保みたいな物のために金を出そうなんて気には、絶対ならない。

 

「ニートのくせに、よくそんな金があるな」

「うん。久しぶりにまとまった収入があったからね」

「なるほど。親から小遣い貰ったってわけね」

 

 そうかそうか、そういうことか。人の金なら、別に惜しくも何とも無いもんな。

 安月給のリーマンには、とても真似できる事じゃない。

 ちょっとばかり小馬鹿にしたように言ってやったところ、東郷さんはむっとしたように反論してきた。

 

「何を言ってるんだ、ロリ。自分で稼いだ金に決まっているだろう。それに、私は一人暮らしだよ」

「東郷さんって、リアルではニートじゃなかったの?」

高等遊民(ニート)だよ。だけど、ニートだからって仕事してないわけじゃないぞ」

「仕事してるなら、ニートじゃないだろ!」

 

 俺が突っ込むと、東郷さんは不思議そうに首を傾げた。

 

「自宅から一歩も外に出ないんだから、ニートだろう?」

「それ、ニート違う。引きこもり」

「ええっ? それはニートって言わないのか?」」

 

 ……やっぱりこの人、色々とずれてるのかもしれない。

 ストーカーに対する認識もおかしかったし。

 もしかして、意外と世間知らずなんだろうか。

 

「ちなみに、どんな仕事してるの? 家から一歩も出ないってことは、SOHO系だと思うけど」

「んー……」

 

 東郷さんは腕組みをすると少し考え込んだ。

 

「……物凄く大雑把に言うと、物書き……かな」

「何それ。もしかして、小説家? すごいじゃん!」

 

 思わず身を乗り出すと、東郷さんは困ったように眉根を寄せた。

 

「そんなご大層なもんじゃないよ。まあ、いいじゃないか、リアルの事は」

「それもそうか。ごめん」

 

 なんか、あんまり触れて欲しく無さそうだし、これ以上は聞かないほうが良いのかな。

 物書きと聞いてテンションが上がってしまった事に、少し反省する。

 その手の才能が欠片もない俺としては、どうしてもそういうのに憧れてしまうんだよな。

 

「春になれば、自衛隊関連のイベントも目白押しだしね。遠征資金調達も兼ねて、今月は割と真面目に仕事してるのさ。そのお陰で金銭的に余裕があるんだ」

 

 あんた、引きこもりですら無いじゃないか。

 そう突っ込んでやりたかったところだけど、これ以上やるとキリが無いので止めておく事にした。周囲の目もあるし。

 溜息を吐き出しながら、視線を泳がせた俺の目に、食堂内のテレビの映像が映った。

 「インペリアルセンチュリー」での事件や事故、ポップカルチャーなんかが放映されるわけなんだけど、かなりの大事のはずなのに、リャンバンの一件は一切報道されていない。

 

「あの件、ニュースにすらなってないね」

「まあな。ネットの反応は全く違うがな」

 

 ネットゲームの中のネットという表現に違和感があるけど、この世界には、インターネットに良く似た双方向の情報ツールがある。

 正式な名前があったと思うけど、プレーヤー間ではもっぱらネットと呼ばれている。

 もちろん、プレーヤーも情報を発信したり検索することが可能だ。

 それによると、ネット上のいくつかのSNSや個人サイトなんかでは、俺の戦隊とリャンバン艦隊の一件が写真や動画入りで紹介されて、かなり話題になっているらしかった。

 政府の対応や、全く報道しないマスコミに対する批判的な意見も多数見受けられたらしい。

 中でも、リャンバン艦隊の醜態を撮影した動画の再生数は、既に100万回を超え、今も順調に再生数を伸ばしているようだ。

 

「マスコミはどこの世界でもマスコミってことか。こんなところまで、リアルに作らなくても良いのにね」

「まったくだな」

 

 仮想世界においても、マスコミはサヨクノミカタらしい。

 俺はテレビから目を逸らし、東郷さんに向き直った。

 

「まあ、ストーカーの件は了解したよ。こいつは預かっとく」

「うん。頼む」

 

 相手は民間人らしいので、会う場所は惑星上にある適当な喫茶店ということにしているらしい。

 そこへストーカー女を呼び出して、東郷さんが俺を婚約者だと紹介して説得するらしいが。

 絶対、上手く行きっこない。断言できる。

 それどころか、相手が逆上して刃物でも持ち出す可能性だってある。

 俺は個人戦闘スキルは皆無だ。そんな状況になったら、東郷さんを盾にしてでも逃げるぞ。


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