ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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「それじゃ、留守の間はよろしく頼む」

 

 佐世保鎮守府の軍港エリアで、俺はガンさんとアデルに告げた。

 お任せくださいと砕けた敬礼を返すガンさんとは対照的に、アデルは心配げな表情だった。

 

「お行儀良くしててくださいね。ハンカチとティッシュ持ちましたか?」

「ああ、はいはい。持ってます、持ってます」

「襟が撚れてます! ああ、もう! ネクタイも曲がってるじゃないですか!」

「やかましい! お前は俺のお袋か!」

 

 そんな俺達のやりとりを見て、ガンさんは声を上げて笑っていた。

 

「……まあ、とりあえず行って来るわ」

「お気をつけて」

「放送、楽しみにしてやすぜ」

 

 二人と別れ、大型艦の係留エリアに入る。

 巡航艦以上のサイズを持つ大型艦艇を収容している区画だ。

 その中でも、一際目立つ巨体を横たえているデカブツがあった。

 今回、俺がタクシー代わりに使うことになっている、機動母艦『そうりゅう』だ。

 全長500メートルにも及ぶ巨体は、間近で見ると、さすがにでかい。

 隣に係留されているうちの艦隊の巡航艦が、まるで子供のように見える。

 やはり、戦艦や空母というのは迫力があり、テンションが上がる。

 『そうりゅう』型機動母艦の飛行甲板は、二段構成で上甲板に集中的に配備されており、一段目が着艦用、二段目が発艦用という配置だ。

 発艦用の電磁カタパルトは全部で四本備えているが、その全てをフルに稼動させるのは緊急時のみだ。

 飛行甲板については、発艦用の第二甲板、着艦用の第一甲板と完全に分離しているため、実在の空母のようなアングルドデッキは備えていない。

 噂では、平坂さんは設計時に三段空母にしようとしたらしいが、周りに止められて、やむなくこの形にしたらしい。

 何でも当初のデザインは、ガミラス空母みたいな外見だったと聞いているし、まあ、そりゃ止められても仕方が無い。

 あとはミリオタでもある平坂さん的なこだわりとして、着艦用の上甲板には、着艦識別標記として「サ」の標記があることだろうか。

 この標記は、艦載機運用能力のある艦全てに表記されており、東郷さんの『おおよど』にも、後部着艦用甲板に「オ」の標記が記載されている。

 舷側から下ろされている長いタラップを上がっていく。

 上りきった所で、軍服を着た二人の人物が俺を出迎えた。

 一人は、スタイルの良い妙齢の女性士官。そしてもう一人は。

 

「……子供?」

「し、失敬な!!」

 

 思わず呟いてしまい、女性の隣にいた10歳ぐらいの少年が顔を真っ赤にして怒鳴った。

 隣に居る女性士官が、笑いを堪えるように、口元を押さえて俯いた。

 

「失礼。秋月摩耶一等宙佐であります。『そうりゅう』への乗艦許可を願います」

 

 なるほど。俺と同じ特優者ってわけか。

 思わず子供呼ばわりしちまったけど、摩耶も15歳の小娘。世間一般的に見れば子供だし、明らかに失言だった。

 しかも、階級章に目をやると、俺と同じ一等宙佐だった。

 おそらく、この『そうりゅう』の艦長なのだろう。

 隣の女性士官は二等宙佐。となると彼女は、副長ポジションの士官と思われる。

 

「……『そうりゅう』艦長の 晴山(はれやま)実行(さねゆき)一等宙佐だ。東郷司令長官より話は聞いている。乗艦を許可する、秋月一佐」

「『そうりゅう』副長兼飛行長の 南戸(みなと)詠子(えいこ)二等宙佐であります。歓迎いたしますわ、秋月一佐」

 

 不機嫌な表情で唸るように言う艦長と、ふんわりとやさしく微笑む副長の対比が印象的だった。

飛行長を兼任しているということは、彼女が航空隊の指揮も執っているのだろう。

 

「いちおう、言っておくがな、秋月一佐!」

 

 ガキ……もとい、晴山艦長はそう言って俺を非難するように指さした。

 いきなり子供呼ばわりした俺が悪かったとは思うけど、人を指さすんじゃない。

 軍人としてというより、社会人としてありえない行為だぞ。

 

「座次は貴官のほうが上かも知れんが、艦内では私の指示に従ってもらうぞ!」

「承知している、艦長。私は員数外の荷物に過ぎない。どうか、気を使わないで頂きたい」

「……ふん。分っているなら、いい」

 

 せいぜい、しおらしく言ってやったところ、多少は溜飲が下がったのか、晴山艦長は鷹揚に頷いた。

 帝國宇宙軍において、大佐に相当する一等宙佐という階級は、役職的に中々複雑な部分がある。

 宙雷戦隊司令のような部隊指揮官の場合もあれば、戦艦や空母のような大型艦の艦長の場合もあるからだ。

 原則として、宙雷戦隊司令である一等宙佐のほうが、大型艦の艦長であるところの一等宙佐よりも先任ということになり、座次は上ということになっている。

 小型艦のみで構成された戦隊とはいえ、複数の艦艇を指揮統率する権限を持った艦隊司令官という立場にあるからだ。

 従って、一等宙佐しか最上位の指揮官が存在しなかった場合、戦隊司令である一等宙佐が全体の指揮を執ることになるのだ。

 ただし、今回の場合は有事の作戦行動ではないし、俺は唯の荷物なのでその権限は無い。艦長が指摘したのは、その部分についてだ。

 ちなみに、戦艦や空母などの大型艦を基幹とする戦隊の場合、艦が巨大なこともあって、宙雷戦隊のように、戦隊司令が座乗している艦の艦長を兼任するということはなく、宙将補(少将)が戦隊司令として旗艦に座乗し、全体の指揮を執ることになっている。

 

「もーう、艦長ったらぁ。そんな事を言っては駄目でしょう?」

 

 咎めるような口調と共に、南戸二佐が、背後から艦長を抱きしめた。

 丁度、彼女の豊満な胸の部分が艦長の後頭部に押し付けられる形となった。

 

「んなっ、なな、なななななな……!!」

 

 晴山艦長は、茹蛸のように真っ赤になり、じたばたと両手を振り回して暴れ始めるが、そんなことはお構い無しだ。

 

「申し訳ありません、秋月一佐。うちの艦長には、後できつく言い聞かせておきますので……」

 

 ぬいぐるみかなにかのように晴山艦長を胸に抱きしめつつ、南戸二佐は、すまなそうに頭を下げた。

 

「あ、ああ。構わない。別に気にしてはいないよ、副長。それに、艦長の言うことは尤もだ」

「そう言っていただけると、助かります」

 

 くそ、けしからん。けしからんぞ。なんてうらやましい。

 

「いいい、いい加減に、放せよう!」

 

 さっきまでの粋がった口調とは正反対の、懇願するような情けない口調に、ようやく南戸二佐は艦長を解放した。

 乗組員にとって、そんな光景は日常茶飯事なのか、二人のやり取りを特別気にしている素振りは無かった。

 俺が微妙な表情で見ていることに気付いた晴山艦長は、慌てて制服の乱れを直すと、居住まいを正した。

 

「と、とにかくだ! 帝國軍人に相応しい節度ある行動を望むぞ!」

「……了解した、艦長。もっとも、今の貴官に言われたくはないが」

「ななな、なんだとう!」

 

 気色ばむ子供艦長を、笑いを堪えながら南戸副長がやんわりと抑えた。

 

「ご自分の艦だと思って寛いでくださいね。先任伍長、秋月一佐をお部屋に案内して」

 

 副長は、やや後方に控えていた下士官に命じた。

 

「了解しました。秋月一佐、こちらへ」

 

 俺は宙曹長の階級章をつけた壮年の先任伍長に先導されて、その場を後にした。

 どうやら艦長は、副長の玩具になっているみたいだ。

 うん、まあ。役得だと思って頑張れ。

 

 

 

「こちらの部屋をお使いください。何かあればお呼びください。では」

「ああ、ありがとう」

 

 先任伍長に案内されたのは、予備の士官用個室の一つだった。

 空母のような大型艦ともなると、予備の船室も結構広く、鎮守府内の俺の個室とそれほど変わらない。

 これなら、横須賀で乗り換えるまでの間、それなりに快適に過ごせそうだ。

 佐世保から横須賀までは、ゲーム内時間で10日。

 今回は、ゲーム内時間をデフォルトに設定しているので、ゲーム内での一日が現実での一時間になっている。

 それでも、到着まで10時間掛かる事になる。

 それまでの暇つぶしも兼ねて、俺は端末を起ち上げてみた。

 中には、このゲーム世界でのミリオタが喜びそうな、広報用の映像ソフトがインストールされていた。

 せっかくなので、「帝都を護る醜の御楯 第一機動艦隊群の全て」とかいう映像タイトルのソフトを再生してみた。

 勇壮なBGMと共に、第一機動艦隊群の艦艇が艦隊を組んで宇宙(うみ)をゆく映像や、空母より飛び立つ艦載機の映像が流れ、ナレーションが始まった。

 

「出港用意!」

 

 適当に再生しつつ動画鑑賞をしていると、ラッパの音と共に室内のスピーカーから、甲板士官の号令が聞こえてきた。

 出港準備が整ったようだ。

 程なくして、『そうりゅう』は佐世保鎮守府を出発した。

 さて、これから10時間、どうやって時間を潰そう。

 いつもなら、コスプレで幼女美を堪能していれば、時間なんて直ぐに過ぎ去るもんだが、今回は出先なので、そんな荷物を持ち込んではいない。

 気分転換に艦内を散策してみようかとも考えたが、空母みたいな馬鹿でかい船の中を、案内も無しにうろついたら、間違いなく迷子になってしまう。

 そんなことを考えていたら、自室のインターフォンが鳴った。

 手元の端末を操作して映像を表示したところ、そこに映っていたのは、俺を部屋まで案内してくれた先任伍長だった。

 

『秋月一佐。よろしければ、艦内をご案内いたしますが、どうでしょう』

 

 そいつはありがたい。渡りに船だ。

 丁度、色々見て回りたいと思っていたところだったんだ。

 

「ああ、分った。頼むよ」

 

 即答し、俺は席を立った。


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