ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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「うーん……」

 

 俺はフローリングの床にどっかりと胡坐をかき、腕組みをしながら目の前にある箱を見下ろしていた。

 箱の中身は、この前東郷さんが言っていた、『インペリアルセンチュリー』専用のヘルメットマウンテッドディスプレイだ。

 何故これが俺の元にあるのかというと、近所の商店街でやっていた福引で偶然当たったからだ。

 それにしても、近所の商店街は、なんだって『インペリアルセンチュリー』専用のこのアイテムを景品にしたのだろうか。これだけあっても何も出来ないわけなんだが。

 まさか、景品を選ぶメンバーの中に、このゲームのファンでもいたのか。いや、それもありえないな。多分、景品係のおっちゃんかおばちゃんが、「何か凄そうなゲーム機」とかいう理由で選んだんだろう。

 さて、どうしよう。

 自分で買うとなると、全く食指が動かなかった代物ではあるけど、せっかく無料(タダ)で手に入れたのだから、一度ぐらいは使ってみてもいいのかもしれない。

 東郷さんが絶賛していたことだし、少しばかりそれを体験してみるのも悪くない。

 封入されていたマニュアルを見ながら、PCにケーブルを繋ぐ。接続はUSBだったが、ある程度身体を動かす必要があるためか、ケーブルは結構長めだった。

 マニュアルにいちいち、使用時は、PCやその他周辺機器との接触や破損に十分注意してくださいと注意書きがされていたことにちょっと笑ってしまった。PL法的に記載しなければならないのだろう。

 使用方法に一通り目を通してみたところ、ヘルメットマウンテッドディスプレイを装着した後、目の前に投影される映像に従い、初期設定を行う必要があるらしい。早速やってみることにする。

 「両手を上に上げてください」「膝を抱えてしゃがんでください」なんていう機械音声と共に、モニターに表示されるポーズのとおりに身体を動かし続けた。なんだか、ラジオ体操でもやっているような気分だった。

 マニュアルによると、この作業でヘルメットマウンテッドディスプレイに取得した身長や体型、指示が出てから身体を動かすまでの反応速度なんかを、ゲーム内のプレーヤーキャラクターに反映させるらしい。

 日頃の運動不足のせいで軽く息が上がってきたころ、ようやく設定が完了した。

 さて、東郷さんが絶賛していたこのヘルメットマウンテッドディスプレイは、どんなものなのか。多少期待しながら、ゲームを起動させた。

 

「ん……。お、おおっ!?」

 

 俺は驚愕の声を上げた。確かに東郷さんの言ったとおりだ。本当に自分がゲームの世界の住人になったかのような光景が目の前に広がっていた。

 前回ログアウトしたのは、鎮守府内にある俺の個室だ。目立つような調度品の無い殺風景な室内だが、それでもまるで実在する部屋のように見えた。

 次に、自分の手の平に視線を落としてみる。

 

「おおっ……」

 

 俺は目を見開いた。そこに映っているのは、紛れもない柔らかそうな幼女の手の平だったからだ。

 注意深く見ればコンピュータグラフィックスであることは瞭然なんだけど、それでもパッと見は実写となんら変わらなかった。

 単純に映像が美しいというだけではなく、オブジェクトに対する陰影の付き方まで、本物そっくりだった。

 感動しながら、何度も手を握ったり開いたりして隅々まで確認してみた。

 

「すげえ。指紋や手相まで再現出来るのかよ……。あ、なんか生命線が途中で途切れてる」

 

 技術の進歩は素晴らしい……というか、恐ろしいな。

 とりあえず、身体を動かしてみようと思い、恐る恐る立ち上がってみた。

 立ち上がってみてよく分かったが、明らかに視線が低かった。摩耶の視点になっているからだろうが、予想以上の低さに戸惑ってしまった。

 東郷さんも慣れるまで苦労したと言っていたし、これは結構大変かもしれない。

 転ばないように慎重に歩きながら――といっても、現実ではその場で足踏みしてるだけだが――俺は姿見のところまで行き、そこに映し出される摩耶の姿を確認してみた。

 

「うわぁ……かわええ……」

 

 鏡に映る摩耶の姿に間の抜けた声を上げてしまった。

 それにあわせて、鏡に映るショートボブの伊達眼鏡をかけた幼女が、うっとりとした表情で桜色の唇を動かす。

 自分の目を通して三次元に見えるからなのか、いつものゲーム画面で見慣れた摩耶の姿とは全く異なって見えた。上手い例えが思いつかないが、アニメや漫画の美少女が実在の人間になったかのような感じだ。しかもそれは、自分が半年かけて丹精込めて作り上げた理想と妄想100%の美幼女なのだ。この感動を言葉で言い表すには、俺の貧相な語彙力では不可能だった。

 容姿だけではなく、声もかなり可愛らしく聞こえた。今まででも十分に可愛らしい声ではあったが、やはり、若干機械音声的な感が否めなかった。しかし、専用のヘルメットマウンテッドディスプレイを通してだと、実在するんじゃないかってくらいに、見事な幼女声だった。それはもう、一発で恋に落ちてしまいそうなくらいに。

 そこで更に気づいたことがあった。

 自キャラでさえこうなのだから、他のキャラはどうなんだろう。例えば、アデルとか東郷さんとかガンさんとか。

 俄然興味が湧いてきた。特にアデル。あの万能猫耳幼女は、どんなふうに再現されているのだろうか。

 早速、アデルを呼び出してみることにする。

 

「くそ。出ないな……」

 

 呼び出し中状態のまま、一向に出る気配が無い。

 俺の戦隊は、今日は非番で、当番兵以外の将士は半舷上陸で休暇に入っている。俺やアデルも休暇組だ。

 てっきり自室に居るものとばかり思っていたが、どうやら不在らしい。

 大方、この前話していた彼氏のところへでも通っているのだろうか。

 仕方が無いので、適当にうろついて、自分外の人間がどうなっているのか確認することにした。

 

「っとと。これは、結構慣れるまで大変かもしれないな」

 

 視線だけではなく、体型も変わっているように見えるため、普通に歩くだけでもかなりの違和感があった。当たり前の事だが、歩幅だって全然違う。

 部屋を出た俺は、薄氷の上を歩くように、慎重に足を進めた。

 鎮守府の通路を覚束ない足取りで歩きながら、すれ違う将士を注視してみる。

 やはり、摩耶同様、普通の人間と遜色が無かった。見た目のグラフィックだけではなく、時折見せる仕草などが非常に人間染みていた。

 廊下や調度品のような無機物を限りなくリアルに近づけることは可能だと思うが、人間の一挙手一投足まで再現するなんて、本当にこんなことが出来るものなんだろうか。

 

「凄いな。凄いって言葉しか出てこないや。おわっ!?」

 

 あちこち余所見して歩いていたせいか、何かにぶつかって視界がガクンと下がった。衝撃や痛みこそ無かったものの、現実の俺も思わずよろめいてしまった。

 どうやら、誰かにぶつかって尻餅をついてしまったみたいだ。俺の視界には、軍服のスラックスを履いた長い足が見える。

見上げると、そこには見慣れた美青年の顔があった。

 

「あ……東郷、さん」

「なんだ。幽霊にでも遭ったみたいな顔して」

 

 ぶつかった相手は東郷さんだった。

 ある程度の予想は付いていたけど、想像していたよりもずっと偉丈夫だった。肩幅も結構ある。

 文武両道な男らしい美男子といった感じで、テレビで目にする性別不明のオカマっぽいタレントみたいな気色悪さは全く無い。

 それでいて、無駄な男臭さは一切無く、隙無く着込んだ軍服も相俟って、爽やかで清潔感に溢れている。

 男の俺から見ても、いかにも女にもてそうな良い男だ。

 

「大丈夫か。立てるか?」

「あ、ああ、うん。ごめん。ちょっと余所見してた」

 

 差し伸べる手を掴み、俺はよいしょとばかりに立ち上がった。

 そんな俺達を、小動物でも見守るような奇妙に温かい目で、通りすがりの将士達が眺めている。慣れというのは恐ろしいもので、最近では全く気にならなくなっていた。

 

「丁度、お前に用事があったんだ。付き合え」

 

 そう言い放つと、俺が答える前にさっさと歩き出してしまった。

 早くも亭主関白ぶりを見せ付けられているような気がして、少しおかしかった。

 

仕事(デスクワーク)は終わったのかい?」

「……ちょっと息抜きだ」

 

 答えるまでに僅かな間があった。大方、白菊の目を盗んで抜け出してきたんだろう。

 東郷さんについていくと、どうやら、普段駄弁るときに使っている士官食堂に向かっているらしかった。

 俺達は、いつもの軍港ドック区画が見下ろせる窓際に腰を降ろした。

 ガラス越しに見下ろす整備中の艦艇は、実在する軍艦のようなリアルな描画だった。正直、これが一番興奮した。やっぱり男は、メカが一番テンションが上がるみたいだ。

 

「ロリ。お前、もしかして今、専用ヘルメットマウンテッドディスプレイを使っているのか?」

「そうだよ。良く分かったね」

「いつもに比べて、挙動不審だったからな」

 

 仕方ないじゃんか。まさか、これほどリアルだとは思わなかったんだから。

 

「なかなか、すごいだろう?」

「うん。想像以上だよ。これ」

 

 俺が素直な感想を述べると、東郷さんはしたり顔でそうだろうと首肯した。

 

「まあいい。それはそれとして、本題に入ろう」

 

 そう言って東郷さんは、一枚の紙切れを取り出した。

 それをまじまじと見つめた俺は、唖然として固まってしまった。

 その紙には、明朝体のフォントではっきりと「婚姻届」と書いてあった。

 しかも、既に東郷さんの名前が記入されていた。

 

「……何これ」

 

 十数秒硬直した後、俺はようやくそれだけを口にした。

 

「見ての通り、婚姻届だ。両親がいつになったらお前を迎えるのかと煩くてな。とりあえず、署名と捺印をしろ」

 

 天気の話しでもするような口調で、東郷さんは言った。

 

「互いに忙しいからと逃げ回っていたんだが、式は後回しで良いから、籍だけでもさっさと入れてしまえと、こいつを押し付けられたんだ」

「お、押し付けられたって……」

 

 俺はまだ15歳だ。帝國の法律では、女が結婚可能な年齢は16歳。さらに、キャラクターの加齢は、現実で一年が経過しなければ行われない。俺が16歳になるのは、まだ数ヶ月も先の事だ。

 

「実はな、ロリ。私も両親に言われるまで失念していたんだが。この結婚可能年齢というのは、数え年齢でもOKらしいんだ」

「はぁっ!?」

 

 数え年齢とは、自分の生まれた歳を0歳ではなく、1歳としてカウントして、元旦を迎えるたびに加齢する数え方だ。その数え方で計算すると、確かに俺は16歳を越えることになるが。

 

「公的な書類で、数え年齢オッケーとかありえないだろ!」

「同感だが、事実なんだよ」

 

 溜息混じりに東郷さんは呟いた。

 

「まじかよ……」

 

 俺は天井を仰ぎ、背凭れに深々と身体を沈めた。

 なんか、自分の預かり知らないところで、色んなことが勝手に決められていっている気がする。

 

「まあ、これについては、ある意味お前のせいなんだけどな」

 

 東郷さんが、やや咎めるような目で俺を見た。

 

「この前の帝都での放送。アレを見た私の両親が、お前に結婚願望があると思い込んでしまったんだからな」

「い、いや、あれは……」

「ああ、わかってる」

 

 言い訳しようとする俺を、東郷さんは手を上げて制した。

 

「あの阿呆みたいな番組をぶち壊すための芝居だろう。だが、私の両親はそうは受け取らなかったんだよ」

 

 そういや、アデルもそうだったなぁ。もっと別の手を使うべきだったかな。

 今更言っても始まらない。俺は、無言で婚姻届に自分の名前やら何やらをを記入して返した。

 

「よし」

 

 東郷さんは、受け取った婚姻届に目を通し頷いた。

 

「あとは、こいつを軍令部に提出しておく。受理された時点で、私とお前は夫婦ということになる」

 

 軍の士官同士の結婚ということもあり、書類は役所ではなく、軍令部に提出するらしい。

 

「えー、不束者ですが、よろしくおねがいします?」

 

 言ってて途中で照れくさくなってしまったせいで、何故か語尾が疑問形になってしまった。

 

「ん、ああ。こちらこそ……」

 

 東郷さんも同じだったのか、俺に対する答えが、なんか少しぎこちなかった。


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