ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 佐世保鎮守府を進発した俺の第二宙雷戦隊(二宙戦)は、規定の航路を定刻どおりに経由し、今回の目的地である与那国星系近傍を目指した。

 この世界の領宙の概念は、現実世界の領空や領海を宇宙規模に拡大したものとなっている。

 基本的な領宙の考え方は、その国家の主権が及ぶ宙域から12宙里となっている。なお、1宙浬は約1.8AUとなる。AUは、地球と太陽間の距離を由来とする天文単位で、1AUは光速で約8分となる。主権とみなされるのはここまでだが、現実世界と同様、そこからさらに接続宙域12宙里を経て200宙里までが、経済採掘権・環境保護管轄権のおよぶ排他的経済宙域(EEZ)と定められている。

 与那国星系は、有人惑星の存在する太陽系で、中国銀河の外縁部から数十光年離れた場所に存在している。帝國領内には、さながら現実世界の島嶼部のように、領宙が連続しておらず、飛び地のように点在している星域や宙域が6000以上存在している。そのため、現実の日本のように広大なEEZを保有しているものの、それが国防上の勘案事項ともなっている。与那国星系もそんな太陽系の一つで、今回問題となっている朝華人民民主主義共和国を指呼の間に臨む、国境最前線の国防上重要な星域でもある。

 俺を始めとした戦隊司令クラスの部隊指揮官が常々軍備増強を上申しては、「周辺国への脅威をあおり、無用な危機感を与える」とかいうふざけた理由で却下されてきた宙域のひとつでもあった。

 現実の日本でもその手のお花畑が多いが、軍隊の存在意義というのは、戦争に勝つことではなく、戦争を起こさせない抑止力にある。

 軍隊が精強であれば、周辺国に舐められることはないし外交的な発言力も強化されるのは、少し考えれば誰でも分かる理屈だ。

 人間同士の関係でもそうだが、力も実績も無いくせに理論ばかり振りかざす奴は嘲笑されるだけなのだ。

 

「間もなく、与那国星系外縁部に到達します」

「うん」

 

 アデルの報告に頷く。

 

第三航空戦隊(三航戦)の位置は?」

「東郷閣下の第三航空戦隊は、隣接する十山星系に展開を完了。我が戦隊の支援体制を整えています」

「了。このまま、予定宙域への進路を取れ」

 

 航海長に命じつつ、俺は席を立った。

 

「CICに入る。航海長、ここは任せる」

「はっ」

 

 俺は航海長に航海艦橋の指揮を任せると、アデルと共にCICに入った。戦闘が目的ではないとはいえ、軍艦同士が鼻を突き合わせている状況だ。不測の事態が起こらないとは限らないからだ。

 監視対象である朝華艦隊は、すぐに捕捉できた。こともあろうに、帝國のEEZギリギリのところに艦隊を展開させていやがる。挑発行為であることは明白だ。

 

「朝華艦隊確認。我が戦隊との距離、13AU。機動母艦3、戦艦5、重巡航艦7、駆逐艦12、惑星強襲艦2、補給艦2。機動母艦と補給艦を中心に、輪形陣を取っています」

「よろしい。これより、監視行動に入る。第三航空戦隊に状況開始を通報」

 

 通信士に命じ、直ちに監視任務に入る。

 EEZギリギリのところを遊弋する朝華艦隊と、同航する形で進路と座標をあわせるよう指示を出す。

 いちおう、もっと遠くでやれと警告しようかと思ったとき、更なる情報が入った。

 

「提督。朝華艦隊とは別の艦隊を探知しました。我が戦隊と朝華艦隊を挟み、反対側の宙域を同航しています。国籍は、淡水共和国です」

 

 船務長の報告と同時に、司令官席のコンソールに情報が表示された。

 淡水共和国は、帝國領と朝華領に挟まれるように位置する小国で、領宙は銀河系一つのみだ。銀河系の名称である淡水がそのま国名となっている。

 今回の朝華の演習は、帝國に対する挑発でもあるが、同時に淡水に対する恫喝でもある。

 朝華と淡水は、民族的にも国家の成り立ち的にも全く異なるのだが、たまたま近くにあるというただそれだけの理由で、「ひとつの朝華」などというわけの分からない屁理屈を掲げ、淡水を国家として承認せず、自国の領土であると強硬に主張し続けている。

 それだけでは飽き足らず、自国とかかわりの深い国々に、淡水を国家として承認せず、断交するように働きかけている。

 もちろん、淡水は激しく反発しているが、国力そのものに大きな差があり国際的な発言力は高くないため、いくつかの国々は朝華の意向に従い、淡水との国交を断絶してしまっている。

 帝國にも淡水との国交を断絶するように要請してきているが、事を荒立てたくない帝國は、これまで回答を保留にし続けていた。

 

「淡水艦隊の陣容は?」

「戦艦1。重巡航艦4。軽巡航艦3。駆逐艦5です」

 

 俺は思わず口笛を吹いた。

 

「俺達より豪勢じゃん。気合入ってんなー」

「ええ。事あれば容赦はしない、という気概を感じます」

「だな」

 

 アデルの感想に俺は頷いた。

 それに引き換え、我が帝國の体たらくぶりといったら無い。小国でさえ、動員できる最大限の兵力を供出し、恫喝には毅然として対応するという意思表示を示しているというのに。

 まあ、ここで愚痴っても仕方が無いか。俺は気を取り直すと、監視を厳と為すよう部下に命じた。

 それから暫くの間は、何事も無く時間が過ぎていった。

 演習の内容は、艦載機の発着艦訓練や陣形変換訓練、補給訓練など、先進国の軍隊であれば、出来て当たり前のつまらない訓練ばかりだった。態々、惑星強襲艦まで引き連れて人の家の庭近くまで出張ってきておきながら、やってることは極々普通だ。

 

「やべえ、眠くなってきた……」

「真面目にやってください、提督」

 

 すかさず、アデルの注意が飛んだ。

 

「調子に乗ってこっちにロックオンでもしてくりゃ、面白くもなるんだが」

「提督っ!」

「提督」

 

 咎めるアデルの声と、船務長の冷静な声が重なった。

 

「朝華艦隊より通信が入っています」

 

 俺とアデルは顔を見合わせた

 

「通信? 読め」

「読みます……『我が艦隊に対する妨害活動を即刻中止し、退去することを厳命する』とのことです」

 

 厳命と来たか。さすが、朝華ぐらいの土人となると、いちゃもんの付け方も洗練されているな。どの立場から物を言っていやがるんだ。人ン家の庭先まで出張って騒いでおきながら、よくもそんな台詞が吐けるもんだな、まったく。

 こいつらの面の皮を剥ぎ取って、軍艦の装甲に使ってみたらどうだろうか。ビームだろうがミサイルだろうが、ビクともしない無敵の防御力を発揮するに違いない。

 

「バカめだ」

「は?」

「バカめと言ってやれ」

 

 一度言ってみたかったんだよなぁ、この台詞。

 

「は、はい。返信します」

 

 通信士が俺の出した指示通りに返信した直後のことだった。艦内に人の神経を逆撫でするような重低音の警報が鳴り響いた。

 

「重イオン砲の照準測距照射を受けています!」

 

 通信士が緊張した声を上げた。

 重イオン砲は、主に戦艦や巡航艦の主砲として採用されている長射程・大出力のビーム兵器だ。駆逐艦の主砲として使用されているレーザービーム砲のような完全な光学兵器ではなく、電荷された重イオンによる運動エネルギーによる衝力が含まれるため、軍艦の装甲に標準的に施されているビームコーティングだけで無力化することは出来ない。

 駆逐艦程度の小型艦が直撃を食らえば、ただではすまない。

 

「『たちかぜ』より入電! 『我レ、戦艦ヨリ、照準照射ヲ受ク』」

「『おきつかぜ』より入電! 『我レ、戦艦ヨリ、照準照射ヲ受ケツツアリ』」

「『しまかぜ』より入電! 『我レ、敵戦艦ヨリ、照準照射ヲ受ク。攻撃ノ許可を請ウ』」

 

 続々と僚艦から報告が上がってくる。中には、攻撃許可を求める血の気の多い通信もあった。

 

『提督。『ときつかぜ』です。こっちもやられていますぜ』

 

 ガンさんの乗る『ときつかぜ』からも報告が上がってきた。俺の艦のみならず、ご丁寧にこちらの艦全てにロックオンしてきやがったらしい。そう来なくっちゃ面白くない。国際法なんぞクソ喰らえ。それでこそ野蛮人だ。

 

「船務長。もし、朝華艦が発砲した場合、到達までどのぐらいかかる?」

 

 俺の質問に、船務長は手元のコンソールを素早く操作すると、計算結果を算出した。

 

「重イオンビームの発射が観測された場合、現在の空間状態であれば、本艦への到達は12秒~15秒程度となります」

 

 僚艦への到達予測時間も算出させたところ、何れも似たような数値だった。

 

「戦隊司令より達する。うろたえるなよ、脅しだ。全艦、艦列を乱すな。進路速度そのまま。重イオンビームの到達までは10秒以上かかる。それだけあれば、回避行動を行うのに十分な時間だ。蛮族共に、帝國軍人の秩序と統制を見せ付けてやれ。万が一朝華艦発砲時は、中国銀河基準面に対して『あまつかぜ』より『たちかぜ』までは天頂方向、『さわかぜ』から『しまかぜ』までは天底方向へ避退せよ。バックアップとして、乱数回避プログラムの投入を怠るな」

 

 脅しであることは分かりきっているが、将士の錬度の低い朝華艦隊のことだ。うっかり先走って攻撃してこないとも限らない。万が一攻撃された時の対応や、攻撃により戦隊が離散してしまった場合の終結地点の指示を各艦に出していく。

 

「提督! これは明確な国際法違反です! 抗議するべきです!」

「わかってる。良い方法がある」

 

 もちろん、このままで済ますつもりは欠片も無い。

 馬鹿なガキには、社会的制裁をきっちり受けてもらうつもりだ。

 色めき立つアデルを制し、俺は通信士に命じた。

 

「第三航空戦隊へ状況報告。回線を開け。暗号強度はゼロ。平文で構わん。周辺宙域全てに届くようにな。これから俺が言うとおりに発信しろ」

「開きました!」

 

 俺がやろうとしていることを、通信士は察したらしく、疑問を抱かずに指示に従った。

 

「よし。『発:第二宙雷戦隊旗艦『あまつかぜ』。宛:第三航空戦隊旗艦『おおよど』。我が第二宙雷戦隊は、監視対象である朝華演習艦隊より、誤って(、、、)戦艦主砲の照準測距照射を受く。訓練目標を大きく逸脱した模様。将士の錬度、甚だ低し。我が帝國の脅威となりえず』」

 

 上官に報告する体を装い、近隣の宙域全てに朝華艦隊から「誤って」レーダー照射を浴びたことをブロードキャストしたのだ。

 そう。あくまで誤ってだ。威嚇のために粋がってやったわけではなく、錬度が低いせいでうっかりミスをやらかしてしまったというわけだ。

 通信電文を発信した少し後、重イオン砲のレーダー照射が止んだ。

 

「船務長。照射を受けていた時間はどのぐらいだ?」

「はい。およそ5分36秒です」

 

 報告に頷き、更なる通信電文の発信を通信士に命じた。

 

「続報。照射時間はおよそ5分36秒。その間、本来の訓練標的ではなく、我が戦隊を指向していたことにすら気付かなかった模様。将士の錬度のみならず、装備にも深刻な欠陥が見られる。列強国としてあるまじき醜態を我が前に晒せり」

 

 さて、こんな通信電文を傍受したほうは、いったいどう考えるだろうか。

 イキって帝國のEEZギリギリまで進出し、挑発のつもりで見せつけるように演習を行い、脅しのつもりでこっちに武器を向けた挙句、抗議されるならまだしも、錬度と装備がポンコツなせいでアホみたいな間違いを犯した間抜けだと嘲笑されたのだ。

 この世界におけるインターネットに相当する星間情報通信網で、あっという間に拡散されるのは目に見えている。その拡散速度は、インターネットの比ではない。

 朝華艦隊としては、堪ったもんじゃないだろう。錬度が低い、装備がボロいというこちらの指摘を否定しようものなら、じゃあ何故、交戦状態にあるわけでもないのに、レーダー照射をしたのかということになる。それはそれで、明らかに国際法に違反する行為ということになり、諸外国からの非難は免れない。どちらに転んでも連中にとっては最悪のパターンだ。自業自得だが。

 

「淡水艦隊が、我が戦隊からの電文を傍受し、自国領内に向けてブロードキャストしています」

「やるじゃん。さすが淡水軍。良く分かってるな」

 

 仮想敵国である朝華の失態は、格好の攻撃材料だ。こんな絶好の機会をみすみす見逃すわけが無い。

 

「朝華艦隊の様子はどうか」

「別段変化は見られません。演習を継続している模様」

「よし。引き続き監視を厳にしろ。何かあれば、逐一オープン回線で報告するぞ」

 

 その後も俺達は、演習が終了するまで、朝華艦隊の監視を継続した。

 もちろん、ただ見ているわけではなく、訓練内容に対して散々ダメ出しすることも忘れない。

 

「陣形変換をもっと迅速に行えないものかな。危うく衝突しそうになってるじゃねーか」

「あの重巡航艦の挙動はいまいちですね。あれでは、推進剤を無駄に消費してしまいます」

「あの艦載機の攻撃進入はいただけませんな。あんな機動では撃墜されてしまいますぜ」

 

 そんな感じで、部下や僚艦からのケチが付く度に、律儀にオープン回線で東郷さんに報告し続けた。

 朝華艦隊からは、バカの一つ覚えみたいに、妨害するなという通信が入っていたが、全て無視した。

 

「提督。朝華艦隊が転進しました。自国領に帰還する模様です」

 

 監視されている上に、一挙手一挙動に散々文句をつけられて心が折れたのか、朝華艦隊は予定を切り上げて自国領方面に引き上げていった。あの艦隊の司令官、粛清されるかもな。

 

「よし。第三航空戦隊へ、状況終了を報告。こちらも帰還する」


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