ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 朝華の大艦隊が、一個宙雷戦隊にすごすごと追い返された。

 その愉快な出来事は、帝國だけではなく、朝華の覇権主義の脅威を受けている近隣諸国を始め、全宇宙に瞬く間に拡散された。もちろん、あること無いこと様々な尾鰭が付きまくった状態で。

 俺が発信した電文を傍受した連中によって、その電文の内容をフルで(ゲーム内の)ネットにアップされたりもして、結構な話題になった。

 

「訓練不足なら仕方ないな」

「装備の欠陥なら仕方ない」

「許しがたい行為だが、兵も装備もウ〇コなら仕方ないな」

「だけど、謝罪も無しに帰って行ったんだろ。最低だな朝華」

 

 こっちの某巨大掲示板を思わせるサイトの軍事版を覗いてみたところ、そんな揶揄交じりの意見が散見された。書き込みをしている連中は、明らかに分かっていて書いているのだろう。

 

「特優者のガキが挑発したのが原因」

「脅しだと分かっているなら、冷静に対処すればよかった」

「一回だけなら誤射だ」

 

 中には朝華側を擁護するような書き込みがいくつかあったが、すぐさま「工作員乙wwww」という嘲弄や「帝國のEEZギリギリのところで演習やってる時点で、朝華のほうが挑発してるだろ」という正論の前にあっさりと封殺されていた。

 これだけ大騒ぎになれば、外務省としても朝華に抗議せざるを得ない。事なかれ主義で、あわよくば穏便に済ませようと考えたのだろうがそうはいかなくなったわけだ。

 まあ、抗議といっても、「再発防止を期待する」なんていう弱腰も弱腰な対応なんだが、かといって、意思表示の一つすら出来ないようでは、主権国家としての存在意義が無くなってしまう。及第点には程遠いが、何もしないよりはましだろう。あくまで、何もしないよりはだが。ネットでは、外務省の弱腰の対応にも批判が集中し、内閣支持率が更に低下していた。

 

「ちなみに、その時の指揮官がこの人」

 

 掲示板の書き込みを読み進めていくと、そんなコメントと共に俺の画像が貼り付けてあった。

 海軍式の敬礼をする俺の向こうには、少し見切れているが、アデルの姿も写っている。

いったいどこで撮られた写真だろう。写っている背景の内装からすると、以前乗っていた『みちしお』の航海艦橋のようだ。観艦式か何かで民間人を乗せたときに撮られた写真っぽい。

 

「リャンバンの時のロリ提督じゃんかwwww」

「この前テレビに出てた幼女じゃんwwww」

「まじか! 俺、軍に志願するわ!」

「言っとくけどな、お前ら。既婚者だからな?」

「まじか。俺、志願やめるわ」

「つうか、旦那って誰よ?」

「こいつ。東郷三笠宙将」

 

 今度は、東郷さんの画像が貼り付けられていた。

 

「ワロタ。イケメンwwwww」

「しかも、機動艦隊群司令長官とか。超偉い人だろ」

「どのぐらい偉いのか、ガンダムで例を出してくれ」

「摩耶ちゃん=ブライト艦長 東郷宙将=ティアンム提督。ぐらい」

「イケメンな上にエリートかよ。死ねばいいのに」

 

 やがて、そんなどうでもいい書き込みばかりになってきたので、俺は苦笑しつつ閲覧するのをやめた。

 

「順調に内閣支持率が下がってるね。結構なことだ」

「このまま行けば、解散総選挙も近いだろうな」

 

 ひとしきりネットの反応を確認した後は、いつもの士官食堂で東郷さんと駄弁っていた。

 

「塚田さんも絶賛してたぞ。良くやってくれたってな」

 

 今回の一件で、またぞろ外務省から宙軍省経由で軍令部に文句が来たらしいが、塚田さんが一蹴してくれたらしい。

 俺を名指しで非難するような内容だったらしく、艦隊司令官としての資質に欠けるんじゃないかとか、上官である東郷さんの指揮管理能力に問題があるんじゃないかとか、散々嫌味を言われたらしい。まったく、冗談ではない。

 

「ああ、そうそう。大事な話があったんだ」

「どうした?」

「明日から一週間出張だ。暫くログインできない」

「ん。そうか……」

 

 心なしか、寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 以前も、リアルの事情で暫くログインできないことはあったが、思い返してみれば、態々断りを入れたのは今回が初めてかもしれない。

 このゲームでは、プレーヤーがログアウトしていても、プレーヤーキャラクター自身は、AI操作に切り替わり自動的に活動するようになっている。AI操作となった場合にプレーヤーキャラクターがどういった行動を取るかについては、それまでのプレーヤーの行動パターンから算出されたデータを基に決定されているらしい。当然のことながら、本来のプレーヤーが意図していない行動を取ってしまう場合もあるため、このシステムは賛否両論だ。基本的には、あまり危険な行動を取らないようになっているが、プレーヤーキャラクターが軍人だった場合、そういうわけにもいかない。

 ちなみに、AI操作の場合は一切メタ発言などを行わず、キャラ設定どおりの言動しかしないので、付き合いの長いプレーヤー同士なら、中身が肉入りかどうか見抜くことは出来る。

 

「出張先はどこなんだ?」

「静岡だよ」

「へえ、静岡か」

 

 東郷さんがちょっと嬉しそうに目を見開いた。

 

「私が今住んでいるのも静岡なんだ」

 

 へえ。そうだったのか。それは初耳だ。

 

「じゃあ、オフ会でもするか?」

 

 と言いかけて、寸でのところで思いとどまった。

 何しろ相手は若い女性だし、いくら付き合いが長いといっても、このゲームの中だけでの話だ。

 どんな女性なのか気にはなるが、直結厨扱いされるのも心外だ。

 

「まあ、そんなわけで、暫くは中身が居ない状態になる」

「分かった。気をつけてな」

「おう。あんがと」

 

 俺がいない間に、面白いことが起きたりしないことを願いつつ、翌日早かったこともあって、その日はそのままログアウトした。

 

 

 

 リアルの職業が新人SEである俺は、度々先輩SEにくっついて、俺の会社が保守契約を結んでいるシステムのメンテナンスや環境構築やらで、長期出張になることがわりと多い。顧客によっては一筋縄では行かないこともあるのだけれど、今回はサーバ設備の法定点検とそれに伴う事前テストやバックアップ程度だったので、作業自体は事前に作成した工程表どおりに進み、特に大きな問題もなく終了した。

 あとは直帰するだけなのだが、出張の翌日翌々日は、休暇ということが決まっているので、殆どの場合はそのまま帰らず、適当に出張先で観光を楽しんでから帰ることが多かった。

 もっとも、『インペリアルセンチュリー』に嵌り始めてからは、道草を食わずに真っ直ぐ帰るようになっていたが。

 今回も真っ直ぐ帰る予定だったのだが、駅でとあるポスターが目に入り、急遽直帰の予定を変更してしまった。

 そのポスターというのは、同じ静岡県内の富士駐屯地で行われる創立記念行事の告知ポスターだ。

 富士駐屯地は、陸上自衛隊の主に実戦部隊の幹部教育を行っている駐屯地で、富士学校と呼ばれ教育部隊である富士教導団が置かれている。駐屯地自体の配備部隊としては、機甲科である戦車教導隊と偵察教導隊、砲兵科である特科教導隊が所属し、近隣の滝ケ原駐屯地には歩兵科である普通科教導連隊が所属している。

 自衛隊で部隊に「教導」という単語が付く場合、二通りの意味がある。ひとつは仮想敵(アグレッサー)部隊、もうひとつは教育部隊だが、富士教導団の場合は後者となる。

 幹部に対する教育部隊という性質上、様々な装備が配備されており、北海道以外では殆ど目にすることが出来ない90式戦車や、最新鋭の10式戦車、そして老朽化した74式戦車の代替として配備が始まっている16式機動戦闘車といった装備を目にすることが出来る。そのため、立地条件の悪さにもかかわらず、陸自の駐屯地祭にしては結構混雑する。

 10式戦車や16式機動戦闘車の実物をまだ見ていなかったこともあり、御殿場まで足を伸ばしてみることにして、駐屯地祭を見学することにしたわけだ。

 直帰する先輩を見送った後、自費で御殿場駅前のビジネスホテルに一泊し、駐屯地方面へ向かうバス乗り場へと向かった。

 ある程度予想はしていたことだったが、早朝であるにもかかわらず、俺と同じ目的と思われる人が沢山並んでいた。

 撮影機材が入っていると思われるゴツイカメラケースをぶら下げているガチっぽいおっさんをはじめ、俺や東郷さんと同年代と思われる若い女性の姿もある。中には、中学生ぐらいの女の子までいたことに驚いた。

 それほど待つことなく、バスはやってきたのだが、混雑具合が尋常ではなかった。

 都会の満員電車もかくやという状態で、わりと長い時間バスに揺られ、ようやく目的地に到着した。

 案内所でパンフレットを受け取り、ゲートガードとなっている用廃車両を横目に観閲行進や訓練展示が行われる営庭に向かった。

 

「おお……」

 

 それほど広くない営庭には、観閲行進に備えて整列する戦車や装甲車、自走榴弾砲などが所狭しと整列していた。その中には、本州ではまず目にする機会の無い90式戦車や89式装甲戦闘車、99式自走榴弾砲などの姿も見える。そして、俺のお目当てであった10式戦車や16式機動戦闘車の姿もあった。

 仕事の次いでで来たため、カメラを持ってこなかったことが悔やまれたが、スマートフォンのカメラ機能で写真を撮ることにした。あとで、東郷さんにもメールで送ってやろう。

 

(しかし、足場が悪いな……)

 

 招待者ではない一般来場者の見学場所は、非常に狭く、周囲を取り囲むようにして植えてある松の根が四方に伸びていて、デコボコとした段差になっており、足元が非常に覚束ないのだ。撮影や見学に最適な平らな場所もあるにはあるが、めぼしい見学ポイントは既に人で一杯だった。

 何とか人の頭越しに、スマートフォンでパシャパシャやっていたところ、急に携帯が震えて、慌てて取り落としそうになった。どうやら、メールが着信したらしい。

 送信元を見ると相手は東郷さんだった。メールには画像が添付されている。開いてみると、その画像は、俺が今目にしている光景と全く同じだった。どうやら、東郷さんもこの駐屯地祭に来ているらしい。しかも、写真の写り方からして、俺の近くにいるようだ。思わず、それらしい女性の姿が無いか探してみるが、見当たらなかった。

 ロープが張られている最前列近くに、バスに乗車するときに見かけた中学生ぐらいのショートカットの女の子がいるだけだ。後姿しか見えないが、スマートフォンらしき携帯端末を操作して、しきりに写真を撮っているようだった。

 ひとしきり撮影が終わった後は、携帯の向きを変え、ぽちぽちとメールを打っているように見えた。その次の瞬間、俺の携帯がまた振動した。

 

「おわっ!」

 

 それに気をとられていた俺は、驚いて携帯を取り落としてしまった。俺の手を勢い良く滑り落ちた携帯は、足元を軽快に転がり、先ほど俺が注目していた少女の足元のほうに行ってしまった。

 それに気が付いた彼女が、俺の携帯を拾い上げてくれた。

 

「あ、すいません……」

 

 軽く恐縮しつつ、女の子から携帯を受け取るために手を差し出した。しかし、彼女は俺のスマホの画面を凝視したまま固まってしまった。彼女の肩越しに見える俺のスマートフォンの画面は、落とした拍子にメールのショートカットボタンが押されてしまったのか、東郷さんから受信したメールの画面だった。

 

「あの、ちょっと」

 

 開かれていたのがプライベートな画面だったこともあり、俺の声にはやや険が含まれていた。

 女の子はびくりと身体を硬直させた後、おそるおそるといった感じで、のろのろと俺のほうへ振り返った。

 

「ま、摩耶……!?」

 

 彼女の顔を見た俺は声を上げた。

 そう呟いてしまうほどに、彼女の顔は、俺が『インペリアルセンチュリー』で使用している理想の幼女を具現化したプレーヤーキャラクター。秋月摩耶あらため、東郷摩耶にそっくりだったからだ。

 

「や、やっぱり……ロリ……さん」

 

 摩耶に瓜二つの少女は、驚愕の表情を浮かべ呟いた。


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