ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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「えーと、まあ、はじめまして、なのかな」

「えっと。はい。はじめまして、です」

 

 意図せず現実で顔を合わせてしまった俺達は、そんな少し間の抜けた言葉を交わした。

 

「あ、ごめんなさい。これ」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 俺は彼女の差し出した自分のスマートフォンを受け取った。

 まさか、東郷さんの中の人が摩耶とそっくりだとは思いもしなかった。

 いや、だが、俺はゲーム以外のボイスチャットで東郷さんの中の人と話をしたことが何度もあるが、こんな可愛らしい声ではなく、もう少し低めの割とハスキーな声だった。年齢も、俺と同じ二十代半ばぐらいと聞いていたし。

 

「あの。色々とお話したいんですけど、始まっちゃうので、終わってから」

「ああ、うん。それで構わないよ」

 

 ぎこちなく微笑んだ後、彼女は視線を前に戻した。

 色々とやらかしてしまった感がいっぱいだったが、気を取り直して、目前のイベントに集中することにした。とりあえずはそれが終わってからだ。

 長い長い来賓の祝辞や挨拶が終わった後は、待ちかねた観閲行進が開始される。観閲部隊指揮官の搭乗する82式指揮通信車を先頭に、各部隊が車両での行進が始まる。戦車や装甲車といった車両が泥を蹴立てて行進する様は中々圧巻だ。しかも、俺が陣取っているのは、ちょうど車輌群が真正面から行進してくるように見える場所だ。おかげで、中々迫力のある写真を撮ることができた。ますます、カメラを持ってきていなかったことが悔やまれた。

 ふと、前列の東郷さんの中の人(彼女)に目を向けていると、携帯を懸命に操作しながら、写真を撮っているところだった。

 観閲行進が終わった後は、侵略してきた敵部隊を撃退するという想定で行われる訓練展示が行われる。観閲行進と並んで、陸自駐屯地祭のメインだ。

 駐屯地に所在する部隊の性格によって見せ方は異なるが、大体の流れとしては、重要拠点が敵に占拠される→偵察部隊による偵察→特科部隊による攻撃準備射撃→主力部隊の投入→状況終了といった流れになる。最近では、テロリストをCQB(近接戦闘)で制圧したり、災害派遣時の救助手順を紹介する展示が行われたりする場合もある。

 国民の方々に自衛隊に対する理解を深めてもらうというのが目的ではあるが、若い人達に対するリクルートの側面も持っているので、どちらかというと格好良さをアピールするような見せ方が多いのが特徴だ。

 富士駐屯地は、富士山の麓にあるということもあって、天候が急変しやすい。そのため、突然の濃霧や豪雨で訓練展示が中止となることも多いのだが、今回は幸いなことに雲ひとつ無い晴天で、部隊展開前の偵察ヘリOH-1を使用した航空偵察や、輸送ヘリUH-60JAからの普通科隊員によるりぺリング降下なども行われた。

 戦車や装甲車が目の前を所狭しと走り回り、空砲とはいえ大砲をぶっ放す様はやはり迫力があり、訓練展示は大盛況のうちに終了した。

 俺としても、配備されたばかりの10式戦車や16式機動戦闘車の実物を見ることが出来たので、まあ満足できたと言って良いだろう。

 

「あの……」

 

 余韻に浸りながらスマートフォンで撮影した画像を確認していた俺は、申し訳なさそうに掛けられた声にはっとして顔を上げた。

 声の主は、摩耶にそっくりの東郷さんの中の人だ。訓練展示に夢中で、彼女の存在をすっかり忘れていた。

 

「ええと。お時間が宜しければ、少しお話しませんか」

「あ、ああ。構わないよ」

 

 そう答えると、少女はホッとしたような、安堵の笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 訓練展示が行われていた営庭では、展示に参加していた車輌の撤収作業が行われていた。この後、営庭では整地が行われた後、車輌の展示が行われる予定になっている。

 その光景を横目に、俺と東郷さんの中の人と思われる少女は、軽く自己紹介をした。

 見れば見るほど、彼女は俺のキャラ――摩耶にそっくりだった。違うところといえば、ショートボブの摩耶よりやや髪が長いことと、伊達眼鏡をかけていないところぐらいか。容姿や体格に関しては、瓜二つとまでは言わないが、殆ど同じように見えた。

 

「じゃあ、俺と同い年なんだ」

「はい」

 

 俺は軽く目を見張った。摩耶にそっくりということもあって、せいぜい中学生ぐらいだと思っていたのだ。

 

「よく言われます。中学生みたいだって」

「い、いや。決してそういうわけでは……」

 

 考えていることを見透かされたような気がした俺は、柄にも無くうろたえてしまった。

 

「えーと。これって、合法ロリってやつですよね?」

「ぶほっ! あ、あれは、あくまでキャラ作りだから……!」

 

 邪気の無い表情でそんなことを言われ、俺は軽く咽てしまった。とつぜん何てことを言い出すんだ。

 とりあえず、こんなところで立ち話もなんだということで誤魔化しつつ、俺は駐屯地内にある喫茶店に向かうことにした。本来は駐屯地の隊員向けの施設だが、今日のような駐屯地祭の日は、見学に訪れた人々も食事や休憩として利用することが出来る。

 店内は中々の混み具合で、ようやく席を見つけて腰を降ろした俺達は、ようやく落ち着いて話が出来る状態になった。

 まあ、図らずもオフ会になってしまったわけなんだが、俺達はゲーム内で時間を見つけてはそうしていたように、雑談に花を咲かせた。お互いミリオタなので、さっきまで眺めていた陸自の車輌についてや、昨今の特定アジアの目に余る挑発行為、そんな緊迫した情勢にもかかわらず、くだらない質疑を繰り返して国会を空転させる無能な野党に対する悪口やら、どうしても安全保障関係の話題になってしまう。我ながら、年頃の男女の会話とは言いがたい。

 そのうち、昨今のミリタリーもののアニメやら漫画やらの話になった。

 女の子が戦車に乗ってなんかやったりとか、軍艦に乗ってなんかやったりとか、隈取模様の軍艦(本体は女の子)が変形したりする系の、いかにも狙っているあざとい作品だ。

 

「じゃあ、そういうアニメはあまり好きじゃないんですか」

「まあねー。間口が広がるという意味では良いのかもしれないけど、主要人物が全員女の子である必要は無いだろう」

「まあ、確かにそうですけど……」

「キャラクターデザインがゲ〇ブ〇だったら、観てもいいかな。『いつか殺してやる』とか『俺のケツを舐めろ』とか、そんなやり取りに終始するなら、それはそれで面白いかも」

「ぷっ! それって誰が得するんですか……?」

 

 当然の流れでゲームの話にもなった。

 

「そういえば、ボイスチャットで話したときと、声が全然違うんだね」

「ええ。ボイスチェンジャーで声を変えていたので」

「なんで、態々そんなことを?」

 

 俺が尋ねると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「その……声も幼い感じなので、年下に見られたら嫌だな、と思って」

 

 別にそんなことは思わないけどな。特に女性の場合、声を聞いただけでは年齢が想像しづらいものだし。

 

「ロリさんのキャラ……摩耶を始めて見た時、とてもびっくりしたんです。こんな偶然ってあるんだなぁって」

 

 それはそうだろう。ゲームの中とは言え、じぶんそっくりの容姿のキャラクターがいたら、誰だって驚く。半年かけて摩耶をデザインした俺自身、そっくりな人間が実在することに驚いているんだから。

 

「だから、凄く気になったんです。それって、どんな人なのかなぁ。色々お話してみたいなぁ、って」

 

 気になるというよりも、普通に考えたら警戒すると思うんだけどな。自分の事を知っている人間なんじゃないか、もしかしてストーカーなんじゃないかっていうふうに。

 

「あー。もしかして、初対面の時に軍に誘ったのは、そういう理由で?」

「はい」

 

 ……やっぱりこの人、どこかずれている気がする。なんか、色々と危ういな。

 

「こうして実際に会ってみて思ったんですけど、ゲームの中とあまり印象が変わりませんね」

「ははは。まあね」

 

 逆に俺は、ゲームの中の東郷さんのイメージが強すぎて、目の前にいる女の子(といっても俺と同年代だが)が中の人だということにかなりの違和感を覚えている。まあ、ロールプレイしていただけと言われてしまえば、そうなんだけど。

 差し障りが無い程度に、自分達のリアルのことについても話をした。

 俺の職業がシステムエンジニアと聞いて、彼女はやたらと感心していた。どうも語感だけで、IT系なら何でもござれの大層な業種だと思ったらしい。その気持ちは分かる。俺自身、何も知らない時分には同じように考えていたときもあった。

 SEと一口に言ってもピンキリだ。彼女が想像しているような、システム構築もプログラミングも顧客との折衝もお手の物、なんて人も稀にはいるが、そんなのはほんの一握りだ。

 そう言う希少種はスーパーエンジニアなんて呼ばれるが、略称がシステムエンジニアと同じSEなのでややこしい。

 中にはシステム構築やプログラミングについては全く知識は無く、顧客に対するプレゼンや営業なんかを専門にしている場合もある。サービスエンジニアなんて呼ばれているが、これまた略称がSEなので紛らわしい。

 さらに、所謂プログラマーのような開発を専門に担当する場合もある。ソフトウェアエンジニアなんて呼ばれていたりするが、これも略称が以下略。

 まあ、早い話、厳密な定義なんてものは存在せず、現場や会社によるとしか言いようが無いのが実情だ。

 俺の場合はサーバやネットワークなどのインフラ系のSEなので、簡単なスクリプトの読み書きが出来る程度で、プログラミング的な部分の知識はあまりない。システムの基本設計で顧客と意見を交換する機会はよくあるが、あくまで技術者としての説明のみで、営業的な部分は全くの門外漢。専門分野に関してはそれなりだが、それ以外の部分は畑違いという、よくいるSEに過ぎない。

自分の仕事を必要以上に卑下するつもりは無いが、一部を除いて何か特別な才能や技術が必要になるというものではないのだ。

 そんなことを彼女にさらっと説明したのだが、いまいちピンと来ていないようだった。

 ちなみに、システムエンジニアという単語は和製英語だったりする。欧米人には通じないので注意が必要だ。

 

「そ、そういえば、前に物書きだって言ってたよね?」

 

 イメージと先入観による羨望の眼差しに耐えかねた俺は、強引に話を変えることにした。

 

「ええ、まあ。ちょっと説明が難しいんですが……」

 

 少し困ったような表情で、彼女は訥々と語りだした。

 

「PBWっていうゲーム知ってますか。これもRPGの一種なんですけど」

「プレイ・バイ・ウェブ……?

 

 俺は首をかしげた。生憎と、聞き覚えの無い単語だった。

彼女の説明によると、WEBブラウザを使って行うゲームらしい。最近主流のブラウザゲームか何かかと思ったのだが、どうもそういう類のものでも無いようだった。

 

「インターネットが普及する以前、昔のゲーム雑誌なんかで、読者参加型の企画が連載されていたことがあるんです」

 

 その企画というのは、本筋となるシナリオや設定があり、そこに読者がプレーヤーとして参加し、その行動結果によって、ストーリー展開が変わっていくというものだ。プレーヤーは雑誌付属の葉書にゲームのルールに従って作成した自分のキャラクターの設定や能力値、キャラのイラストや性格、行動方針なんかを記入して投函する。すると、それに対する行動結果が何日か後に手紙で戻ってくる。そして、翌月の雑誌では、結果となる展開が小説形式で連載されるというものらしい。

 

「……そして、活躍したプレーヤーは、その本筋となるシナリオに登場したりもして、自分のキャラが小説の登場人物になっている気分に浸れたりするんです」

「はあ。なるほどねえ」

 

 やや興奮気味な彼女に相槌を打ちながら、しかしと思った。

 葉書でやりとりをする以上、結果が戻ってくるまでに、随分と時間がかかってしまうだろう。加えて、参加者が多数居た場合、その一人一人を小説に登場させて、活躍したように描写するのは難しいのではないのか。

 

「そうなんです! まさにそこが問題点だったんです! レスポンスの悪さと見え難さのせいで、下火になっていきました」

 

 俺が考えを口にした途端、彼女は興奮気味にテーブル越しに身を乗り出してきた。ちょっとびっくりした。

 

「でもっ! インターネットが普及し、やり取りを葉書ではなく、WEBブラウザで行うようになって、それが改善されるようになったんです」

「ああー、なるほどね」

 

 WEBブラウザを通じて掲示板形式でやり取りを行うのであれば、雑誌付属の葉書を使うよりコスト的な面でも有効だ。

 

「運営側もシナリオを執筆するライターを複数人確保しておいて、それぞれのライターが公開するシナリオに、希望する人がお金を払って参加する形にすることで、参加者全員が主人公になれるんです!」

「へえ。それで、その結果が小説になるわけなんだね」

「そうなんです!」

 

 つまり、この子はそのライターをやっているってわけか。これは、中々に大変な仕事なんじゃないだろうか。

 これが普通の小説なら、極端な話、作者が好きなように書くことができるだろうけど、こちらは参加者全員が満足するような結末にしなくてはならない。しかも、主人公は自分が作ったキャラクターではなく、参加者の作ったキャラクターだ。当然のことながら、それぞれに、設定も性格も全く異なる。それを、参加者の意図に沿った形で纏めるのは、随分と骨の折れる作業だろう。

 

「そっちのほうが、ずっと凄い事やってるじゃないか」

「お世辞でも、そう言ってもらえると、少し嬉しいです」

 

 お世辞なんかじゃ無いんだけどな。照れ笑いを浮かべる彼女が可愛かったからよしとしよう。

 

「もし、気になるなら覗いてみてください」

 

 そう言って彼女は、サイトのURLを案内してくれた。

 

「参加するのは有料ですが、キャラクターを作るだけなら無料です。私や他のライターが書いたリプレイも無料で閲覧できますよ」

 

 正直、ゲームの内容にそれほど興味は無かったが、彼女の書いた文章というのがどんなものなのかは大いに気になった。帰りの新幹線の中ででも、読ませてもらおう。

 そんな感じで雑談していると、彼女の携帯が鳴った。軽く頭を下げた後、彼女が携帯に出る。

 

「もしもし……あっ、お姉ちゃん」

 

 どうやら電話の主は、お姉さんらしい。

 

「あ、うん。その、友達と一緒なの。う、うん……ごめんなさい……」

 

 ちらちらとこちらを伺いながら、彼女は電話の向こうにいる人物と話している。内容までは分からないが、彼女の反応からすると、あまり愉快な話ではなさそうに見える。受話器から漏れ聞こえる相手の声も、どこか詰問しているような口調に聞こえた。

 若干気まずい思いをしながら、俺は飲みかけのコーヒーカップに視線を落とし、電話が終わるのを待った。


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