ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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「このサイトか」

 

 帰りの新幹線の中で、俺は彼女に教えてもらった例のPBWとやらのURLを開いていた。

 一通り目を通してみたところ、ファンタジー系RPGのような世界観のゲームのようだ。

 キャラクターを作ってライターの作ったシナリオに参加するだけではなく、キャラクターの絵をイラストレーターに発注することも出来るらしい。

 シナリオ参加費は一律の値段だったが、イラストの発注については、絵師によって金額が異なっていた。しかもけっこう高額で、安くても三、四千円というものが殆どだった。文章に比べれば手間も時間もかかるから仕方が無いのだろうが、ちょっと躊躇してしまう金額だ。彼女には悪いが、俺には『インペリアルセンチュリー』だけで十分だ。

 彼女の言うとおり、これまで公開されたシナリオは、リプレイ小説という形で自由に閲覧できるようになっていた。

 もちろん、彼女の執筆したものも掲載されていた。ペンネームは、『インペリアルセンチュリー』のキャラ名と同じ、東郷三笠だった。

 公開されているものに何作か目を通してみたが中々面白かった。比較のために他のライターの書いたリプレイ小説にも目を通してみたのだが、素人目に見ても、彼女の書く文章だけが飛びぬけているように感じた。

 他のライターの書いている文章は、正直面白くなかった。おそらく、実際に参加したプレーヤーなら、楽しめるのだろう。それに対して彼女の書いたリプレイ小説は、参加したわけでもなければゲームのルールすら全く知らない俺の目から見ても、普通に小説として面白かったからだ。

 サイトには、各ライターのプレーヤーからの評価も載っていたが、彼女の評価が二位以下に大差をつけてトップだった。このことからも、彼女の文章力が頭一つ抜けていることが良く分かる。評価だけではなく、納品している作品数も最も多かった。四六時中『インペリアルセンチュリー』をプレイしながら、これだけの文量を書いているのかと舌を巻いた。

 とはいえ、彼女には悪いが、ゲーム自体をプレイしてみる気にはならなかった。一つのシナリオに参加する料金が、『インペリアルセンチュリー』の月額料金とほぼ同じというのは、ちょっと割に合わないような気がしたのだ。作家に文章を書いてもらうというのは、もしかしたら、そういうものなのかもしれないが。

 

(それにしても)

 

 俺は数時間前、駐屯地祭一通り見てまわり、喫茶店で昼食がてらに雑談していたときのことを思い返した。

 

「す、すいません……。終わりました」

 

 姉という人物からの電話が終わった後、彼女はえらく恐縮したように俺に謝罪してきた。

 

「え、えーと。お姉さん?」

「はい」

 

 確認するように尋ねる俺の表情から察したのか、彼女はうっすらと笑みを浮かべた。

 

「私が妹でいる限りは、とても優しい姉なんですよ」

 

 その妙な言い回しに違和感を覚えなかったわけではない。色々と複雑な事情があるようだが、赤の他人が安易に立ち入って良い類の話じゃない。そこそこ長い付き合いと言っても、しょせんネットゲームでの話だ。

 

「今日は有難うございました。お会い出来て良かったです」

「ああ、いや。こちらこそ」

「あの。ゲームでは、いつもどおりに接してくださいね」

 

 駅での別れ際、彼女は訴えるような表情で懇願するように言った。俺はもちろんと頷いた。リアルの事情はゲームには関係ない。態々そんなことを言われるまでも無く、ゲーム内での振る舞いを変えるつもりなんて無いし、話題に出すつもりも無い。

 そう、ゲームはゲーム、現実は現実。それが大人のゲームの楽しみ方のはずだ。

 そんな事を考えつつ、スマホを弄って時間を潰しながら、新幹線での時間を過ごすことにした。

 だけど、まあ。携帯の番号ぐらいは聞いておくべきだったかもしれないな。

 帰宅した当日はさすがに疲れていたので、風呂に入ってすぐに寝てしまったが、次の日からはいつもどおりにゲームにログインしていた。

 一抹の不安はあったが、東郷さんの様子は今までと全く変わらず、俺はひとまず安心した。

 

「近頃、リャンバンの挑発行為が目に余る」

 

 第二機動艦隊群定例の幕僚会議の席で、東郷さんは居並ぶ参謀や、俺を含む戦隊司令官らを前に苦々しい口調で告げた。

 彼の国が以前より根拠も無く「半億年前から我が領土」と主張してる対馬という宙域がある。上対馬・下対馬の二つの恒星からなる有人惑星を含む星系で、リャンバンとの国境に位置している。

 これまでも、帝國の警戒網ギリギリのところまで進出して自国領内に引き返すなど、ガキのピンポンダッシュさながらの嫌がらせを繰り返していたのだが、最近になって、嫌がらせでは済まない程に度を越すようになってきた。

 以前からリャンバンの民間船による不法採掘が問題となっていたが、なんとその護衛に軍艦を派遣してくるようになったのだ。

 こうなると、国家公認の宙賊行為に他ならず、個人の犯罪行為で済む問題ではない。第二機動艦隊群でも警戒を強化しているのだが、宙域全体をカバーするには、いかんせん人も艦も足りない。外交ルートで彼の国に抗議を行っているが、なしの礫だ。

 朝華やツァーリといったDQN国家に便乗して、ちょっかいをかけて来ているのは見え見えだった。苛めっ子グループの下っ端が、その威を嵩に粋がる図に良く似ている。

 しかも、ついこの間などは、あろうことか、帝國の民間船を無断で臨検しようとすらしたのだ。

 幸い未遂に終わったが、阻止行動に出たのは、たまたま巡察任務に就いていた東郷さんの直率する第三航空戦隊だった。人手不足が祟り、本来前線に出る立場では無い東郷さんが警備担当区域の警戒についていたわけだ。もっとも、デスクワークばかりで腐っていた東郷さん自身は、表には出さないものの、勿怪の幸いとばかりに、喜んで宇宙に出ていのだが。

 民間船からの救難信号を受け、現場に急行した東郷さんの行動は迅速だった。

 政府の対応方針が有耶無耶だったことを逆手に取り、国際法宙法および帝國軍法を盾に侵略行為とみなし、問答無用で攻撃したのだ。

 相手は戦艦を含む艦隊だったが、東郷さんの第三航空戦隊は、旗艦である『おおよど』を含め、四隻の機動巡航艦を基幹とする空母機動部隊だ。厳密に言うと空母ではないが、それに相当する艦艇を含む部隊という意味になる。

 搭載されている艦載機『瑞雲』は、継戦能力の低い局地戦闘攻撃機とはいえ、行動時間が短いこと以外は、戦闘攻撃機として基本的な性能を有しているので、艦艇の防空システムの外側から強力な対艦ミサイルを叩き込むことが可能だ。

 四隻の機動巡航艦より発進した航空隊による対艦ミサイルの飽和攻撃を加え、敵艦隊が防空に手一杯になっている隙に急襲、一気に距離を詰め長射程の戦艦主砲の内側に入り込み接近戦に持ち込むと、中・短距離砲と光子魚雷の砲雷撃で、戦艦一隻と駆逐艦一隻を轟沈、重巡航艦二隻を大破せしめる大損害を与えて撤退に追い込んだのだ。一方で、こちらの損害は巡航艦一隻が中破、出撃した艦載機に十機程度の未帰還機が発生したのみだ。

 当然のことながら、後日リャンバンより「帝國軍の無法で卑劣な奇襲攻撃に謝罪と賠償を要求する!」という猛烈だが失笑するほど的外れな抗議が届いた。

 ここまではいい。問題はその後だ。帝國政府の対応が非常に不味かった。

 国際法を盾に毅然とした態度を取っていればよいものを、お花畑の能無し外務省が、「双方に誤解があった不幸な事故」などと、まるで帝國側の対応にも問題があったかのように、リャンバンにおもねるような回答をしてしまったのだ。

 そんな事実と全く異なる発言をしてしまうものだから、すぐさまリャンバンに都合のよいように解釈されてしまい、「帝國が非を認めた!」「やはり対馬は我が国領土! 謝罪と賠償をした上で直ちに返還すべし!」などと国内外に向けて大声で喧伝し始めた。

 それに対して即座に反論するわけでもなく、あろうことか宙軍省を通じて軍令部や宇宙艦隊司令部に事を荒立てるなという要請を出してきやがった。

 当然、現場の俺達は怒り心頭なわけだが、それ以上に国民の多くがこの弱腰の外交姿勢に政府への不信感を募らせていた。

 今では、内閣支持率よりも軍に対する信用度のほうが高いくらいだ。国民から信頼される軍隊というのは、当然悪いことではないが、政府よりも信用されているというのは、正常な状態とは言いがたい。

内閣の解散総選挙を望む声は日増しに高くなり、マスコミは必死で支持率を誤魔化しているようだが、それもそろそろ限界が近い。

 

「皆も知ってのとおり、宙軍省からは、事を荒立てるなという指令が出ている」

 

 幕僚会議の席で、東郷さんは俺達に向かって苦々しく吐き出した。戦隊司令の何人かから不満げな呻き声が上がる。

 

「それで、閣下。大人しく従うのですか」

 

 俺と同格の戦隊司令の一人から、そんな声が上がった。ある意味問題発言だが、言いたいことは良く分かる。

 

「もちろん従うさ。政治家の決めたことだからな。外交的な解決とやらを模索しているらしい。せいぜい、期待しているさ」

 

 そう鼻で笑う東郷さん自身が、一番納得していないのだろう事は、その場に居る誰もが理解していた。

 

「荒立てずにと言われただけで、具体的にあれをするな、これをするなと指図されたわけでは無いのですね」

「そうだ」

 

 俺が質問すると東郷さんは頷いた。

 具体的な指示を出さないのは、それによって責任問題に発展するのを恐れているのだろう。そんな曖昧な態度が今回の事態を引き起こしたと言う事を、全く理解できていないらしい。

 だが、それならそれで、こちらにもやりようはいくらでもある。

 今回は民間船の救援だったため、それを優先させる必要があったが、何しろ対馬宙域は宇宙でも名高い航海の難所だ。遭難する船も少なくは無い。要するに、事故に見せかけて始末すれば良いというわけだ。

 

「つまり、今までと何も変わらないってことですな」

 

 第六宙雷戦隊司令の竹中提督が、顎鬚をしごきながら、皆を代弁するように言った。

 

「その通りだ。今までどおり、()()()やってほしい」

 

 頻発すれば怪しまれるのでそうそう頻繁には出来ないが、今までにも度々やっていたことだ。

 

「だが、民間船に危害が及びそうな場合は、その限りではない。遠慮なく残骸にして差し上げろ。帝國軍人としての務めを果たせ」

 

 その一言に、竹中提督を始めた何人かが、不謹慎な笑みを浮かべたり、掌に拳を打ち付けたりしていた。俺も人のことは言えないが、この艦隊の戦隊司令にはバトルジャンキーというかトリガーハッピーが多い。

 こんな感じだから、一群からは「脳筋の二群」なんて陰口を叩かれるんだろうな。

 幸いなことに、リャンバンの挑発行為はその一件以降鳴りを潜めた。一度、真っ向から殴りつけてやったことが功を奏したのだろう。結局のところ、野蛮人を躾けるには、対話よりも暴力が一番効果的だってことか。

 

「ロリ。ちょっといいか」

 

 会議が終わり、幕僚や戦隊司令が散会しそれぞれの持場に戻る中で、俺は東郷さんに呼び止められた。そのまま連れ立って士官食堂に向かう。

 

「まだ正式な通達があったわけではないので、さっきの会議では議題に上げなかったが、塚田さんから垂れ込みがあってな」

「へえ。どんな?」

 

 俺はテーブル越しに座る東郷さんのほうに身を乗り出した。

 軍令部総長の塚田さんからの情報という時点で、あまり愉快な内容ではない気がする。

 

「どうも宙軍省からこの艦隊に査察が入るらしい。宙軍大臣政務官が直々に来やが……おいでになるそうだ」

 

 あまり上品ではない口調になりかけて、言い直したのがちょっとおかしかった。

 

「査察って何だよ。そもそも、それって政務官の仕事なのかよ」

 

 俺は憮然として言った。

 宙軍大臣政務官は、元帝國軍人で、安全保障に精通しているとかいう触れ込みだったが、退役前はどの艦隊に所属していたのか、階級は何だったのかなどは一切明らかにされておらず、制服組からはただのフカシだと思われている。もちろん、何か軍に有益な仕事をやっているようにも見えない。

 

「もちろん、ただの嫌がらせだ」

 

 吐き捨てる東郷さんに、俺は目を瞬いた。

 俺の気のせいかもしれないが、近頃の東郷さんは、わりと感情をストレートに表すようになってきた気がする。今までは、沈着冷静なイケメンエリートといった感じで、自分の本音や感情を外に出すような素振りを見せたことは無かったからだ。

 中の人のリアル事情に何か変化があったのだろうかという考えが一瞬頭を掠めたが、即座に振り払った。

 

「私の艦隊が帝國軍の服務規定に違反していないかどうかとか、私の指揮管理能力が適正かどうかとか、一部の部下を特別扱いして好き勝手にさせていないかとか、そういう理由らしい。塚田さんからの話ではな」

「一部の部下を特別扱いして……っていうのは、もしかして、俺のことか?」

「おそらくな」

 

 これは完全に目を付けられているかな。まあ、思い当たる節が無いこともない。

 ここ最近の事だけでも、帝國領内で粗相を起こしたリャンバン艦隊をビビらせて恥をかかせたり、宙軍省の命令で出演した番組をぶち壊したり、ついこの前なんかは、帝國のEEZ付近で調子に乗っていた朝華艦隊をおちょくったりしたからな。

 とにかく波風を立てないように、事なかれ主義で任期を乗り切ろうと考えている今の宙軍大臣から見れば、何かしらの理由をつけて、更迭するなりしたいところなのだろう。

 

「目を付けられているのは私とお前だ。せいぜい、気をつけてくれよ」

「めんどくせえなぁ……」

 

 椅子の背凭れにぐでーっと身体を預けながら、溜息混じりに吐き出した。

 もしかして、俺の戦隊が宇宙に出るときに付いてきたりするのかな。うわー、勘弁してほしい。宙賊から収奪とか出来ないじゃん。

 もし乗り込んできたら、いっそのこと、事故に見せかけて始末しちまうか……?

 

「妙なことは考えるなよ?」

「カンガエテナイヨー。でもさー、事故なら仕方ないじゃん?」

 

 釘を刺す東郷さんに、俺は不満そうに唇を尖らせた。

 宇宙(うみ)では、常に何が起こるかわからない。不幸な事故なんて日常茶飯事だからな。

 

「……あのな、ロリ。そんなことになってみろ。上手く事故に見せかけることが出来たとしても、それを未然に防げなかった責任問題を追及されるのは、お前なんだぞ」

 

 お前は何を言ってるんだ、みたいな顔で、東郷さんは呆れ返ってしまった。確かに、言われてみれば仰るとおりではある。

 

「ガンさんやアデルの言う事を良く聞いて、せいぜい自重してくれよ」

「心外な言い草だなー」

 

 それじゃあまるで、俺がいつも部下の意見や忠告に耳を傾けない、横暴な上官みたいじゃないか。これでも最近は、結構自重しているほうなんだぜ。

 

「くれぐれも、下手な口実を与えるような真似だけはしてくれるなよ」

「はいはい。わかってますよ、旦那様」

 

 煩そうに手をヒラヒラさせながら、俺はおざなりに言った。


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