ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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「戦隊の進行方向、内惑星方面より、妨害電波が発せられています」

 

 ひと悶着の後、通信士から戸惑い気味の報告が上がってきた。

 妨害電波と言い切るからには、自然現象によるものではなく、人為的なものなのだろう。

 対馬警備隊が何らかの作戦行動の一環として実施している可能性も考えられるが、侵略によるものだと考えるのが妥当だ。航海艦橋の将士の間に緊張が走った。

 

「国籍はわかるか?」

 

 アデルの問いに通信士は、手元のコンソールと格闘を始めた。

 

「使用帯域、暗号強度、スクランブルパターンを解析したところ、帝國軍のものではありません。98%の確率で、大リャンバン共和国軍のものと思われます」

「間違いないのか」

「はい。また、ジャミングの出力から逆算したところによると、戦艦クラスの大型艦艇が妨害電波の発射母体となっているようです」

 

 大規模災害の隙を突いて、かねてから領有権を主張していた対馬に侵攻したといったところか。不味いことになったな。

 当然、国際法上認められる行為ではないが、実効支配を続けて既成事実化する腹積もりなのだろう。そうなってしまえば、今のお花畑政権に奪還作戦を指示するだけの度胸は無い。

 宇宙震の影響で対馬に至る航路は全て閉鎖されていると考えていたが、リャンバン側からの航路は無事だったようだ。そうでなければ、戦艦クラスの大型艦を動員することなど出来ない。

 

「まさか、対馬警備隊は既に……」

「その可能性は高いな」

 

 アデルの呟きに、俺は苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。

 俺はすぐさまリャンバン軍の戦力を思い浮かべた。

 艦艇数は50隻程度と発展途上国としては過大すぎる戦力だが、機動母艦―宇宙空母は一隻も保有していない。艦隊の構成はかなりバランスを欠いており、戦艦や重巡航艦といった大型の打撃艦が全体の半数を占めている。

 どうやら、身の程知らずにも帝國の軍備に対抗しているようなのだが、その影響で軍事費はかなり圧迫されている。

 リャンバン軍の使用する戦艦は、かの国が自主開発したものではなく、同盟国であるフンダクルス連邦共和国で余剰となったデフォルト艦をスペックダウンしたモンキーモデルを購入して使用している。

 更に絶対的な戦力不足を補うため、一隻の艦艇に様々な武装を詰め込むだけ詰め込むような無茶な真似をしているせいで運用慣性質量が増大し機動性は劣悪、武器システムの運用上のトラブルも絶えず、定期的に何らかの事故を起こしては、他国軍の失笑を買っていた。

 とはいえ、腐っても相手は戦艦だ。

 対馬警備隊を始めとした地方艦隊に配備されている護衛駆逐艦程度ではもちろんの事、俺の戦隊だって、正面からまともにやりあって勝てる相手ではない。

 

「どうしますか、提督」

「どうするもこうするもない。啓開作業は継続する」

 

 もし対馬が既に占領下にある場合、当然のことながら奪還作戦が必要になる。いずれにしろ、航路の啓開作業は必要だ。

 もちろん、相手の戦力規模が不明な状態では、東郷さんの艦隊と合流するまでは本格的な交戦は避けるべきだが、状況によっては威力偵察程度の交戦は行わなければらないだろう。

 

「接近する熱原体を捕捉。数は二」

 

 更にそんな報告が入り、航海艦橋が静まり返った。

 

「……? 発光信号を確認。『我レ、対馬警備隊所属、護衛駆逐艦シムシュ』対馬警備隊所属の艦艇です!」

 

 接近する熱源の正体は、こちらからの呼びかけに一切応答が無かった対馬警備隊所属の護衛駆逐艦のものだった。発光信号より、艦名が同警備隊所属の『しむしゅ』と『かもい』であることが確認された。

 

「こちらも発光信号を送れ。『我レ、第二宙雷戦隊旗艦アマツカゼ。貴艦ノ状況ヲ知ラセ』」

 

 それから暫くの間、護衛駆逐艦との間で発光信号のやり取りが続いた。

 それによって俺達の予測に裏づけが取られる形となってしまった。

 発災直後、帝國本土との通信が途絶した対馬星系では、行政府の要請を受けた対馬警備隊が救援活動を行っていた。

 本国との航路と通信が遮断されてはいたものの、有人惑星への被害はそれほどでもなく、対馬警備隊は主に宇宙空間での遭難した民間船の救助やデブリの処理に従事していた。

 そこへ突如として、リャンバンの艦隊が現れた。

 連中は、震災の影響で本国との連絡が途絶えた対馬星系の苦境を慮って、救援物資の援助を申し出てきたのだという。

 しかし、そう言っているわりには、引き連れている艦艇は戦艦や重巡航艦といった戦闘艦だったことを訝しんだ対馬警備隊は、国境宙域で丁重にお引取り頂こうとした。

 ところが、リャンバン艦隊が突如発砲、不意を突かれた警備隊の艦艇は為す術もなく撃沈され、辛うじて離脱に成功したのは、『しむしゅ』と『かもい』の二隻だけだった。

 電波妨害の影響を受け難い近距離まで近づいたところで、航海艦橋のメインスクリーンに映った『しむしゅ』の艦長と思われる士官が涙ながらに説明してくれた。

 頭には血の滲んだ包帯を巻き、彼の背後では床に寝かされた状態で治療を受けている将士の姿が映し出されている。さながら、野戦病院のような様相だった。

 

「本国に状況を伝えるべく、我々は護るべき民間人を見捨て、逃走いたしました……」

 

 血を吐く様な声で『しむしゅ』の艦長は慟哭した。

 メインスクリーン越しに聞こえてくる艦長の嗚咽に、『あまつかぜ』の航海艦橋は静まり返っていた。

 スクリーンには、戦隊副司令であるガンさんや各艦長も映っていたが、彼らも一様に無言だった。

 

「……敵艦隊の構成は?」

 

 極力感情を出さず、俺は必要な情報を聞き出すことにした。

 二隻の護衛駆逐艦は、撤退時に敵艦隊の構成をつぶさに確認していた。敵艦隊は戦艦と重巡航艦だけで構成されており、軽巡航艦や駆逐艦、フリゲート艦といった軽快艦艇は居なかったらしい。

 デカイ=強いと考えているいかにも連中らしい艦隊編成だと思った。

 何より重要だったのが、惑星強襲艦や揚陸艦といった拠点制圧用の艦艇を引き連れていなかった点だ。

 惑星や拠点を制圧する方法は、大きく分けて三つある。

 もっともオーソドックスな手段は、惑星強襲艦によって惑星上の重要拠点を破壊する方法だ。もちろん、民間施設や自然環境に被害を与えるような事をすれば、国際社会からの非難は免れない。

 もう一つの方法は、大気圏突入能力を備えた艦艇に陸戦要員を乗せ、重要拠点を制圧する方法だが、あまり効率的なやり方とはいえず、惑星自体にも少なからず防衛機能はあるので、陸戦要員の損害も覚悟しなければならない。

 そして最後のひとつは、惑星の静止軌道上に浮かぶ軌道ステーションに、揚陸艦から陸戦隊を送り込み、ステーションのコントロールを掌握する方法だ。ステーション自体の戦闘力は皆無に等しいため、艦砲射撃で破壊することは不可能ではないが、ステーション自体は民間も利用する施設であること、建設には膨大な費用と期間が必要になる上、最悪の場合、崩壊したステーションの残骸がデブリとなったり、惑星に落下して二次被害を引き起こしたりするため、国際社会の一員であるという自覚がある国であれば、そんな馬鹿な真似はしない。

 リャンバンは、残念ながらそのあたりの思慮に欠ける後退国なので、最悪の事態が考えられる。

 いずれにしろ、拠点制圧用艦艇を引き連れていなかったということであれば、後詰の揚陸艦隊が対馬に向かっている可能性が高い。なんとしても、対馬失陥は阻止しなければならない。

 俺は、現有戦力のみで敵艦隊に対して戦端を開く事を決心した。

 もちろん、俺の戦隊単独で勝てるとは思っていないし、真っ向からぶつかるつもりも無い。勝つことが目的ではなく、プレッシャーを与えて続けて占領活動を阻害し、東郷さんの本隊が到着するまで時間を稼ぐことが目的だ。幸いなことに、相手は動きの鈍い戦艦や重巡航艦といった大型艦艇だけだ。駆逐艦の高速性を生かして、一撃離脱に終始すれば、十分嫌がらせにはなる。

 

「ご苦労。諸君らは自らの任を良く全うした」

 

 やや芝居がかった口調で言った後、司令官席からすっくと立ち上がった。

 

「我が第二宙雷戦隊は、これより対馬奪還のため、敵艦隊に対して挺身攻撃を敢行する。貴官らは直ちに後方へ赴き、接近中の東郷宙将率いる救援艦隊と合流せよ」

「て、提督! 我々もお供させてください!」

「不許可だ。貴官らの護衛駆逐艦では、私の戦隊との協同は困難だ」

 

 縋るような『しむしゅ』艦長の嘆願を即座に退けた。

 名称こそ同じ駆逐艦ではあるが、護衛駆逐艦と俺の戦隊の艦隊型駆逐艦では、性能に大きな隔たりがある。特に機動力と指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察といったいわゆるC4ISR能力の欠如が顕著で、艦隊運動に支障をきたしてしまう。

 また、艦自体の性能差云々以前に、二隻の損傷は傍目に見ても酷く、艦内には負傷者が溢れているような状態だ。こんな状態で万全の戦闘力が発揮できるはずもなく、早い話が、足手纏いでしかない。

 

「ならば、囮として使ってください!」

 

 もう一隻の護衛駆逐艦『かもい』の艦長がとんでもないことを言い出した。

 

「そ、そうです! 生き恥を晒すくらいなら……!」

 

 それに『しむしゅ』の艦長まで同調した。

 思わず唖然としかけたが、俺はやれやれといった感じで頭を振った。失望したとでも言いたげな俺の視線に、二艦の艦長は軽く目を見張った。

 

「何か勘違いをしているのではないか。貴官らのやろうとしているのはただの犬死だ。名誉など無い。それはただの敗北主義だ!」

 

 一喝すると同時に、頭にきたとばかりに、指揮卓に掌を叩き付けた。リアルだったら痛みに悶えるぐらいの、結構凄い音がした。

 二艦の艦長は、まさか怒鳴りつけられるとは思わなかったのか、揃って首を竦めていた。

 

「生き恥と言ったな。生き残ることのどこに恥があるのか。現に貴官らは、生き延びることで、我々に貴重で有益な情報を残すことが出来たではないか」

「し、しかし……!!」

 

 抗弁しようとする『かもい』の艦長をひと睨みして黙らせる。幼女に睨みつけられるとか、ご褒美以外の何物でもないね。

 

「死ねばそれで貴官らは無意味な自己満足に浸れるのだろう。だが、残された者達はどうなる。生きている者達に全ての尻拭いを押し付けるつけるなど、言語道断である! そんなくだらぬ死に方をして、靖國で眠る英霊に顔向けが出来ると思っているのか!」

 

 某映画の鬼軍曹を脳内にイメージしながら、殆ど勢いに任せて捲し立てた。幼女に名誉の戦死を犬死だ自己満足だと罵倒された二人は、滅茶苦茶動揺しているように見えた。動揺しているようには見えるが、幼女に罵倒されるというご褒美に、内心では喜び悶えているに違いない。

 

「我ら帝國軍人の生命は、陛下と帝國臣民のものである。我らの死は、一部の例外も無く、須らく国益に適うものでなければならない。陛下の御稜威(みいつ)()うものでなければならない。今一度、良く考えてみることだ」

 

 『しむしゅ』『かもい』の両艦長は、肩を震わせて俯いていたが、どうにか納得してくれたようだ。

 

「よろしい。では、現状における最高士官として貴官らに改めて命ずる。直ちに第二機動艦隊群本隊と合流せよ。ああ、待った。ついでに貴官らにお使いを頼みたい」

 

 お使いというのはもちろん、白菊と政務官らの移送だ。

 いったん、二艦との通信を保留にした俺は、アデルを振り返り、白菊と政務官らを呼ぶように伝える。

 白菊を待つ間、ガンさんがスクリーン越しに尋ねてきた。

 

「随分と威勢の良い啖呵を切ったみたいですが、勝算はあるんですかい?」

「本格的な戦闘は避ける。あくまで、東郷閣下の本隊が到着するまでの時間稼ぎに終始する。円滑な占領行動を阻害するのが目的だ」

 

 それに、我々が活動していることを知れば、対馬の住民を勇気付けることが出来る。決して見捨てられたわけではない。軍が対馬の奪還を企図しているのだということを印象付けることが出来る。

 そういった主旨の方針をガンさんを始めとした各艦長に告げた。

 

「ともあれ、まずはカイパーベルトを抜けなきゃならん。啓開作業の進捗はどうか?」

「全体の九割までの航路は啓開が完了しています。残り一割の宙域についても、戦艦や機動母艦などの大型艦以外であれば、航行可能な空間は確保できています」

 

 艦長の一人が星系内の宇宙図と航路図を表示させながら説明してくれた。

 

「東郷閣下の本隊に帯同している補給艦クラスであれば、巡航速度を落とせば何とか通過は可能です」

「結構。啓開作業は一時中断する。別命あるまで待機せよ」

 

 そうこうしているうちに、政務官とその秘書を伴った白菊が航海艦橋に姿を現した。

 

「白菊二等宙佐。参りました」

「今度は何なのかね、提督!」

 

 白菊は、艦橋内のただならぬ雰囲気を察したようだったが、政務官と秘書は、突然呼びつけられたからなのか、先程のやり取りがあったからなのか、不機嫌さを隠そうともしていなかった。

 俺は手短に状況を説明し、リャンバンによる侵略、対馬奪還のため戦闘行動に入ることを伝えた。

 それを聞いて、不機嫌だった政務官と秘書の顔が見る見るうちに青ざめていく。

 

「ど、ど、どういうことだ、提督! なぜ、リャンバンがそんなことを……」

「そ、そうよ! 何かの間違いでしょう!」

「戦争なんてものは、間違いが繰り返された挙句に発生するものです。我々軍人は、起きてしまった結果に粛々と対処するのみです。そういうわけで、お二方には直ちに退艦していただきます。白菊二佐」

「はっ」

内火艇(カッター)の使用を許可する。直ちに政務官らとともに、護衛駆逐艦『しむしゅ』に移乗の後、東郷閣下の本隊と合流せよ」

「……勝算はおありなのですか、提督」

 

 おやと内心で首をかしげた。なんだか、白菊の口調や表情が本気で俺を心配しているように思えたからだ。

 正面切って戦闘しかけるつもりは無く、あくまで牽制に留めるつもりであることを軽く説明したのだが、危険すぎる、本隊の到着を待つべきだと、俺に翻意を促してきた。

 

「危険は承知の上だ。だが、相手に時間的猶予を与えるわけにはいかん」

「ですが」

「くどい。現場における最高指揮官は本職である。不服があれば、後日軍法会議の場で本職を告発せよ」

 

 さすがに軍法会議を引き合いに出されては、白菊も黙らざるを得なかったようだ。

 

「承知しました。ご武運を」

「お互いにな」

 

 白菊の一糸乱れぬ敬礼に砕けた答礼を返す。

 未だに状況を理解できずにいる政務官と秘書を連れ、白菊は航海艦橋から退出していった。


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