船体の応急修理を終えた二隻の護衛駆逐艦には、白菊や政務官らを始めとした員数外の非戦闘員を始め、各艦の艦長や士官が個人的に雇っていた傭人などの軍属も分乗させている。戦闘が確実視されるための措置だ。
「非戦闘員の移乗が完了しました。『かもい』、『しむしゅ』発進します」
「うん」
航海艦橋のガラス越しに、二隻の護衛駆逐艦が推進剤の尾を引きながら動き出すのが見えた。
二艦には、俺の戦隊が啓開した最新の航路情報を転送しているし、基本的に俺達が来た道をそのまま戻れば良いだけなので、迷子になる事は無いだろう。
「よし。それじゃあ、こっちも始めるとするか。CICに入る。航海長、ここは任せた」
「はっ!」
二艦の退避を見届け、アデルとともにCICに入った俺は、戦隊をカイパーベルトの終点(星系側から見れば始点)の宙域付近まで前進させた。
ジャミング下における無線封鎖状態での操艦は中々シビアだったが、艦長や航海長を始めとした優秀な乗組員のお陰で、迅速に進出することが出来た。とはいえ、発光信号と連絡艇のやりとりだけで戦隊を統率するのは中々骨が折れた。
カイパーベルトの終点宙域で艦列を組みなおした後は、星系の第四惑星を目指す。
対馬星系は、太陽系と同様に、第三惑星が地球型の有人惑星で、第四惑星と第五惑星の間に小惑星帯が存在する。
小惑星帯を縫うように航行し、第四惑星の蝕に戦隊を隠しつつ、有線式超高感度偵察ドローンを敵艦隊のレーダー幅域圏ギリギリのところに放ち、敵艦隊がどのように展開しているかを視察することにした。
有線式なので進出距離は限られるが、電波妨害下でも問題なく運用できるのが強みだ。しかもこの偵察ドローンは、撮影した映像を、あたかも様々な方向から撮影したかのようにデジタル処理することで、本来ならば見えない角度から多角的に対象物を観察することが可能だ。
リャンバンの使用している戦艦と重巡航艦は、フンダクルスから払い下げられたデフォルト艦、ガレオン級戦艦とガレアス級重巡航艦だ。カスタム艦の充足に伴って手下の中小同盟国に放出されたものだが、輸出に際して電子機器を中心とした先進技術はオミットされた状態で販売されている。
そのため、レーダーなどの電子機器はリャンバンが独自に開発したものを使用しているのだが、こいつの性能が元の艦級より劣っているため、オリジナルに比べてレーダー幅域が狭い。偵察自体は比較的容易だった。
「偵察ドローン、位置につきました。映像はいります」
俺は食い入るようにして、戦術ディスプレイに転送されてきた映像を、あちこち角度を変えながら見つめた。
敵艦隊の構成は、『かもい』『しむしゅ』からの情報どおり、戦艦と重巡航艦のみで構成された攻撃偏重の打撃艦隊。艦艇数は十。戦艦が六、重巡航艦が四という編成だ。
敵艦隊は軌道ステーションを包囲するようにして展開している。
さすがにステーションに損害を与えるつもりは無いようだが、周囲には明らかに軍艦とは異なる船舶の残骸が漂っている。残念なことに、民間船に犠牲が出てしまっているようだ。
このまま、後続の揚陸艦隊が到着するのを待つのか、ステーションにコントロールを明け渡すように降伏勧告を繰り返しているのかのどちらかと思われる。
「砲雷長、どうか」
「難しいですね。主砲の中口径レーザービームでは、戦艦や重巡の防御スクリーンに阻まれるでしょうし、対艦ミサイルや光子魚雷の加害範囲では、ステーションに被害が及ぶ可能性があります」
「ふむ……」
戦隊を障害物の陰に分散配置し、時間差をつけて周囲から急襲して波状攻撃を仕掛けることを考えたのだが、そう簡単にはいかないようだ。
「加えて、相手はリャンバンです。錬度の低い彼らが、我々の奇襲にパニックになる可能性もある」
「あー、そっちのほうが面倒くさいな……」
付け加える砲雷長の一言に、俺は妙に納得してしまった。
今の状況は、精神異常者が人質の喉元にナイフを突きつけて、こちらを脅しているようなものだからな。
迂闊に刺激して、自棄になられるのが一番怖い。
「では囮を使って釣り上げるか。掛かってくれるか微妙だが。ガンさんを呼んでくれ」
俺は、ガンさんを呼び出すと作戦を説明した。概要を理解していくにつれ、ガンさんの顔が見る見る険しいものになっていった。
「提督が囮になるってことですかい? 危険すぎやしませんか」
「危険は承知だが、やるしかない。頼むぞ」
俺は『あまつかぜ』に搭載されている新装備航走式アクティブジャミングデコイを使用することにした。こいつは光学・電子関わらず、相手の探知装置にこちらの任意の情報を投射することで、相手の探知する情報を好きなように改竄できる優れものだ。
つまり、軍艦の情報を入力すれば、見せ掛けの大艦隊を作ることも出来るわけだ。
俺は、装備されている全ての航走式アクティブジャミングデコイに、帝國軍の戦艦や巡航艦の情報を入力した。
扮するのは、戦艦を基幹とした一般的な打撃戦隊だ。
この偽装艦隊で敵艦隊をステーションの加害範囲から引き離し、その隙にガンさんが率いる別働隊が急襲する。やることは、いつもの宙賊退治と同じだ。
「アクティブジャミングデコイ、設定投入完了しました」
「よろしい。射出せよ」
射出したデコイには、それぞれ帝國宇宙軍の『こんごう型戦艦』四隻、護衛の『たかお型巡航艦』五隻と『特型ミサイル駆逐艦』四隻をエミュレートさせた。全十四隻(うち一隻は俺の艦)の大艦隊だ。
自艦のレーダーや光学センサーで確認してみたところ、帝國宇宙軍の誇る勇壮な打撃戦隊が表示されていた。
相手を威圧するだけなら、リャンバンの保有していない機動母艦を組み込んだ航空戦隊を装う手もあったが、さすがに艦載機までエミュレートすることは不可能なので断念した。
腐っても相手は正規軍なのだし、そんな些細なところから、欺瞞を見抜かれるかもしれない危険性もある。
「正義の味方らしく、威風堂々と登場して差し上げるとするか」
電測担当官にECCMの展開を指示し、俺は対馬第三惑星に向けて偽装艦隊を前進させた。その隙に、ガンさん率いる七隻は、小惑星帯を大きく迂回して敵の四角に回り込むべく別方向へ進出する。
「八紘帝國軍に告げる。こちらは大リャンバン共和国第一光復艦隊である。貴艦隊は我が国の領宙を侵犯している。速やかに退去せよ」
通信が可能になった途端、ステーションを包囲するリャンバン艦隊から威圧的な通信が入った。
ステーションを盾に取り、こちらが手を出せないのを見越しているからなのか随分と強気だ。
「返答はどうしますか」
「無視しろ」
正規軍からの誰何を無視するということは、すなわち、問答無用で叩き潰すという意思表示だ。だが、それは当然の対応だ。既に我が国の領宙を侵犯し不当に占拠しているという時点で、交渉の余地は一切無い。同時に、降伏は一切認めないという宣言でもある。
俺は、敵艦隊主砲の最大射程ギリギリのところまで、偽装艦隊を前進させるよう指示した。
「敵ガレアス級重巡航艦四隻より、照準測距照射を検知。重イオン砲です」
「無視しろ。射程外だ」
言い捨てたその直後、敵艦隊の前衛を務める四隻のガレアス級重巡航艦より、重イオンビームの光跡が放たれた。
威嚇のためにぶっ放したというより、こちらの艦艇数が多いことにビビッて先走って発射したようだ。その証拠に、発射のタイミングが艦ごとにまちまちだった。
加えてギリギリ最大射程外なので、こちらに到達する前に、重粒子は宇宙空間に霧散してしまった。
「早漏が! 手前の九センチ砲の射程ぐらい把握しておきやがれ!」
敵艦隊に向けて中指をおっ立てながら下品な啖呵を切った途端、CICに詰めている将士からやんやの喝采が上がった。
「て、提督っ!」
ただ一人、アデルだけが、顔を赤らめて俺の言動を咎めた。
こいつ、元DQN浮浪児のクセに、この手の卑猥なスラングが苦手なんだよな。
そんな反応が初々しくて、たまにセクハラしたりするのが楽しかったりするんだが。
「敵艦隊に動きはあるか?」
アデルの反応に軽く興奮しつつも、そんな態度はおくびにも出さず、俺は電測士に尋ねた。
「照準照射は依然受けていますが、動きはありません」
まあ、向こうとしては、ステーションを盾にすればこちらから手が出せないのは分かりきっているし、態々有利な状況を捨ててまで、こちらに向かってくるわけが無いよな。
「よろしい。取舵40。進路を対馬回廊へ」
「
敵艦隊の鼻先を掠めるようにして、俺の偽装艦隊はリャンバンへと至る対馬回廊へ進路を向ける。
回廊を封鎖し、敵艦隊の退路を断って孤立させるのが目的と思わせるためだ。
しかも、敵艦隊からすれば、こちらは純然たる打撃艦隊に見えるわけで、そんな艦隊が回廊封鎖だけでなく、大挙して本国に雪崩込むようなことにでもなれば、領宙を逆占領される可能性だってある。
「敵艦隊回頭を開始しました! 艦首をこちらに向け、追撃体制に入っています」
報告に頷き、俺は航海艦橋の航海長と機関室の機関長にそれぞれ命令を下す。
「リャンバン領方面へ進出する。敵艦隊を回廊内に引きずり込む。追いつけそうなギリギリの速度を維持しろ。ただし、あまりわざとらしくするなよ」
「なるほど。焦らしプレイというわけですな」
モニター越しに映る機関長がニヤリと口の端を吊り上げた。
「そういうことだ。得意だろう、機関長?」
「提督もスキモノですなぁ」
咎めるようなアデルの視線を感じながら、俺と機関長はモニター越しに頭の悪い軽口を叩きあう。
「提督。敵艦隊の艦列が乱れているようです」
遭遇時の初動対処で感じたことだったが、やはり敵艦隊の錬度は低いといわざるを得ない。
敵艦隊は次々と艦首を巡らせて追跡してくるが、整然と陣形を保って追いかけてくるのではなく、各艦がてんでバラバラに追ってきているのだ。
当然、艦本来の速度や操艦の良し悪しで速度に差が出てくる。敵艦隊の隊列は縦長に延びきり、その中でも更に、速度の速い重巡航艦グループと、それよりも速度の遅い戦艦グループに分かれてしまっていた。これでは、どうぞ側面や背後から奇襲してくださいと言っているようなものだ。
「いいぞ。この調子で敵艦隊を誘引しろ」
俺の偽装艦隊は、航海長と機関長の巧みな操艦によって、敵艦隊の最大射程ギリギリを維持した状態で、リャンバン領方面へと誘導した。
「敵艦隊、ステーションの加害半径より離脱を確認!」
この時点で、ガンさん率いる別働隊に突入を指示しても良かったんだが、より確実性を帰すため、回廊の中に引きずり込むことにした。行動の自由が制限される回廊内のほうがより効果が望めると判断したからだ。
「よしよし、良い子だ。しっかり付いて来いよ、童貞ども」
鼻先にニンジンをぶら下げられた馬のように、敵艦隊は俺達のケツ目指して必死に追い縋ってくる。
部下の手前ということもあって、下品でイキった台詞を口走ってはいるが、俺は内心では結構ビクビクしていた。なにせ、艦隊を装ってはいるが、実質駆逐艦一隻で戦艦と重巡航艦合わせて十隻の艦隊と鬼ごっこをしているのだ。しかも、前方からは、敵の揚陸艦隊が迫っている可能性もあった。揚陸艦や惑星強襲艦の対艦兵装は貧弱だが、当然護衛艦を引き連れているだろうし、例えそうでなくとも、駆逐艦一隻でどうこうできたりはしない。
そんな綱渡りの状況では、軽口でも叩いて余裕ぶってなければ、ボロが出てしまう。
軍隊に限った話じゃないが、上の人間のそういう態度は下の人間にあっという間に伝播するからだ。
しかし、勘の良いアデルには俺の虚勢が見抜かれたようで、さっきまでの咎めるような視線が、心配するようなものへと変わっていた。
俺はそんなアデルの視線を極力無視して、別働隊の突入タイミングを図っていた。
レーダーに映る敵艦隊は、既に重巡グループは回廊に進入し、残る戦艦グループも、最後尾の一隻が回廊に進入しようとしているところだった。
「別働隊へ通達。『サクラ・サクラ・ニイタカヤマノボレ』」
敵艦隊が狭い回廊内に完全に進入したことを確認した俺は、ガンさんの別働隊に全艦突入を指令した。
衛星や小惑星の影で息を潜めていたガンさんの率いる七隻の駆逐艦は、待ってましたとばかりに躍り出た。最大戦争で敵艦隊の最後尾に迫り、回廊に蓋をするように進路を塞ぐ。
慌てた敵艦隊は反転迎撃を試みるが、連中は俺の偽装艦隊を追尾することに全速力を出していたため、減速が間に合わない。無理に反転しようとすれば、狭い回廊内で僚艦や障害物と衝突してしまう。
後部砲塔が応戦しようとしているが、ガンさんの別働隊は、既に戦艦主砲の最低射程を割り込んでいる。
その混乱の最中へ、別働隊は艦対艦純粋水爆ミサイルの飽和攻撃を開始した。
レーダー上の表示を注視していると、敵艦隊に迫る対艦ミサイルを表すブリッフが、次々と消失していくのが確認できた。敵戦艦部隊が、副砲やレーザーCIWSを駆使して、必死に迎撃にあたっているようだった。
だが、いかんせん数が多い。そのうちの一基の対艦ミサイルを表すブリッフが、最後尾に位置していた戦艦の一隻の表示と重なり消失した。敵艦を撃沈をしたのだ。途端にCIC内が歓声で満たされる。
混乱に陥っているのは、敵重巡航艦部隊も同様だった。
「敵、行き足止まりました!」
「よし」
目の前にいる俺の偽装艦隊を追撃するべきなのか、反転して戦艦部隊を救援に向かうべきなのか判断しかねているのだろう。もっとも、反転したところで、狭い回廊内では身動きが取れないだろうし、味方の戦艦が邪魔になって攻撃できないうえに、俺達に背後を急襲され挟み撃ちされることになる。どうあがいても詰みだ。
もっとも、敵の電子戦能力が高く、こちらの偽装が見破られていたら、詰んでいたのは俺だった可能性もあるが。
ガンさん率いる別働隊は、光子魚雷による雷撃によって、更に一隻を行動不能に追い込んでいた。障害物が多い回廊内は、小型で運動性の高い駆逐艦の独壇場と言ってもいい。
艦対艦ミサイルによる一次攻撃、光子魚雷による二次攻撃を加えた別働隊は、回廊内の大型艦の入り込めない障害物が密集した宙域に逃げ込むと、様々な方向から嫌がらせのように散発的な攻撃を加えては引き篭もるという行動を繰り返して敵艦隊を翻弄していた。
敵艦隊が大混乱に陥っている隙に、俺達もさっさと逃げ出さなければならない。
「面舵一杯。180度反転。戻せ0度」
俺の艦の回頭に合わせて、デコイで偽装した各艦も次々に反転を始める。
「もどーせー。0度、宜候」
「前進一杯。突撃!」
反転を終えた俺の艦は、右往左往している敵重巡航艦部隊に向けて突進を開始した。本来なら自殺行為でしかないが、相手からすれば、総数十四隻の大艦隊が一斉に突っ込んでくるように見えているはずだ。
パニックに陥っている一隻から散発的な砲撃を浴びせられたが、俺の艦を狙った攻撃ではない上に、碌に狙いも定めていなかったようで掠りもしない。
そのうちの一条の重イオンビームが、『こんごう』型戦艦に偽装しているデコイを直撃した。デコイは消滅し、電探や光学探知装置上の表示が消失した。
ここにきてようやく、敵はペテンに掛けられたことに気付いたのか、狂ったように砲撃を浴びせてくるが、既に主砲の最大射程の内側に入り込んでいるうえに、最大戦速よりも上の「一杯」という速度を出している駆逐艦に対して、めくら撃ちで命中させるのは不可能だ。
「光子魚雷攻撃始め。信管時限。発射用意。撃て!」
俺の艦は重巡航艦部隊の真っ只中を通り抜け、行きがけの駄賃とばかりに、碌に狙いも定めずに光子魚雷もばら撒いてやる。命中を期待したものではなく、避退するための目晦ましだ。
魚雷の信管も通常の着発信管ではなく、時限信管に切り替えたのはそのためだ。これで、暫くの間、敵艦隊の光学センサーは光量オーバーで使い物にならないだろう。
重巡航艦部隊の間を抜けると、前方に戦艦部隊が現れる。既に二隻が脱落し、四方八方から嫌がらせを受けて右往左往してはいるが、さすがに戦艦だけのことはあって、残存する四隻はそれなりに良く持ちこたえていた。
「上げ舵90度。進路を天頂方向へ」
対馬星系基準面に対して垂直に上昇した俺の艦は、別働隊と同様に、回廊を形成する小惑星帯の中へ逃げ込んだ。
「何とか上手く行ったな」
「少し際どかったですけど。肝が冷えました」
まあな。こんな阿呆な真似は二度とやらんし。
だけど、その甲斐あって、敵艦隊を回廊内に引きずり込んで拘束することには成功した。
敵艦隊が対馬方面に再侵入を図ったら、相手の手が届かないところからちょろっと顔を覗かせて、嫌がらせの攻撃を加えて妨害すれば良いだけだ。もちろん、尻尾を巻いて自国領に逃げ帰るのなら、手出しはしない。
「まあ、撤退することは無いだろうな。プライドだけは宇宙一高い連中だからな」
しかも、虎の子であるはずの戦艦を一隻撃沈、一隻を行動不能に追い込まれているのだ。これでおめおめ逃げ帰ろうものなら、司令官を始め将士は国民の吊るし上げにあうだろう。あの国はそういう国だ。
ともあれ、これで、東郷さんの艦隊が到着するまで時間を稼ぐことが出来る。
問題があるとすれば、貴重なアクティブジャミングデコイを消費してしまったことぐらいか。
「よーし、みんなご苦労だった。あとは……」
次の指示を出そうとしたその途端、宇宙空間が激しく動揺した。