ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 以前どこかで、記憶喪失になったとしても、それまでに自分の中で培われた常識や価値観、観念なんかは失われないと聞いた。あと、言語とか貨幣価値とか。

 おかげで、女性特有の生理現象や処理について、変に取り乱したり狼狽するようなことはなかった。

 このことから考えて、やっぱり俺は、転生したとかそういうのではなく、元から女だったんだということを、改めて実感した。今更実感したところで、何かが変わるわけでもないんだけど。

 

(ううっ、緊張する……)

 

 今日は、東郷さんのご両親、俺にとっての義両親が面会に訪れる日。

 俺は室内の時計で何度も時間を確認しながら、落ち着かないでいた。

 本来なら、東郷さんも同席するはずだったんだけど、直前になって急用で来れなくなってしまった。

 その急用というのは、軍務に関係することなので、そちらを優先しなければならない。軍事機密であるため、当然のことながら、当事者ではない俺は内容は知らされていない。

義父母と顔を合わせるのは、俺の記憶では東郷さんと婚約した時に挨拶に行ったあの時だけだ。実質、一度会った記憶しかない。そのときは、二人共過剰なぐらいに歓迎してくれたから、それほど心配はしていないけど。

 義両親もやはり元軍人ということもあってか、俺の病室を訪れたのは、予定時刻のきっかり五分前だった。

 

「摩耶さん……!」

 

 俺の姿を認めるなり、義母さんが駆け寄ってきて俺を抱きしめた。

 困惑した俺は、彼女にされるがままになってしまう。挨拶をする暇も無かった。

 

「ああ、良かった! 本当に……!!」

「おいおい。摩耶さんが困っているだろう。離してあげなさい」

 

 見かねた義父さんが、苦笑交じりに助け舟を出してくれた。

 

「お義父さん、お義母さん。長らくご心配をおかけしました」

 

 ようやく解放された俺は、居住まいを正して二人に頭を下げた。

 

「いいのよ、摩耶さん。無事に目を覚ましてくれただけで十分よ」

 

 目元を潤ませている義母さんの隣で、その通りだとばかりに、義父さんがうんうんと頷いた。

 俺の状況については、二人とも東郷さんや主治医から説明を受けているらしく、以前の記憶を失っているということについて酷く気にしていた。

 俺からしてみれば、日本で暮らしていた記憶が丸々残っているお陰で、記憶喪失という実感はあまり無い。どちらかというと、異世界転生(転性?)でもしたんじゃないかという感覚のほうが強いくらいだ。

 予想はしていたけど、二人共ここぞとばかりに、軍を退役するように強く勧めてきた。

 この間の件もあり、既に退役の意思は固まっていた俺は、素直に頷いた。

 俺があっさり受け入れたことに、二人は少し拍子抜けしていたみたいだったが、自分達の思いが通じたと感じたのか、とても安心していた。

 最初に挨拶に行った時、頑なに軍を辞めることに抵抗していたのだから、意外に感じたのかもしれない。

 

「分かってくれたのならそれで良いわ」

「そうだな。あとは……」

 

 二人は顔を見合わせて頷いた。

 

「結婚式だな」

「結婚式ね!」

「えっ」

 

 いや、ちょっと待ってくださいな。何でそうなるんですか。

 

「二人共、軍務に忙しくて式を挙げる余裕が無かったからな」

「ええ、そうね。摩耶さんも式を挙げたかったでしょうし!」

「えっ!? い、いえ、別に……。そこまでしていただかなくても」

 

 あからさまに拒絶するのもなんなので、控えめにお断り申し上げたのだが、二人共まったく聞いていなかった。

 

「遠慮しなくても良いのよ、摩耶さん! 女の子の夢なんだし!」

「そうだぞ。費用の心配なら無用だ。そのぐらいの蓄えはあるからな」

「そうと決まれば、式場の準備ね!」

 

 俺の意思そっちのけで、どんどん話を進めていっちゃうのには本当に参ってしまった。第一、まだいつ退院できるかも決まっていないのに。

 そんな俺の危機を救ってくれたのは、面会時間の終了を告げにやって来た看護婦さんだった。

 まだ話し足りない義両親は渋っていたが、俺の体調の事を引き合いに出されてしまっては逆らうわけにも行かず、名残惜しそうに退室していった。

 東郷さんの両親だけあって、良い人達なんだけど、ちょっと心配性というか過保護すぎるというかそんな印象が強かった。

 ちょっとびっくりしたけど、嫁舅姑問題で揉める事は無さそうなので、その点については安心かな。

 

 

 

「……なるほど。親父とお袋がそんな事をな」

 

 次の日、俺の病室に見舞いに来た東郷さんは、そう言って苦笑した。

 

「お袋は、年甲斐も無く乙女なところがあるからな。なんとしても、お前に花嫁衣裳を着せてやりたいんだろう」

「うーん、そうなのか」

 

 断るのも角が立ちそうだし、どうしたもんだろうか。

 

「まあ、それは一先ず置いてだ。これを持って来た」

 

 東郷さんは持参した手提げ袋の中から、ラップトップPCのような携帯端末を取り出した。それは、俺が愛用していた個人端末だった。愛用と言っても、俺の認識では、あくまでゲームの中でなんだけど。

 

「こういった身近なものを手元に置いて使っていれば、それがきっかけで記憶が戻るかもしれないからな。例えそれが、どんな些細なものだったとしてもな」

「態々有難う」

 

 病院から貸し出されている端末はあったが、自分が使いやすいようにカスタマイズしている端末のほうが都合が良い。

 それに、端末内の個人的なデータを調べれば、記憶を無くす前の俺自身のことが、ある程度分かるかもしれない。日記でもあれば重畳なんだが。

 

 

 

 そして、数日後。今日はアデルが面会に訪れる日だ。

 

「うわあああああん! 提督、提督……!! 無事に目を覚まして、本当に良かった……ううっ、ぐすっ……」

 

 俺は身も世も無く号泣するグラマラスな美女に抱きしめられていた。

 顔に押し付けられる胸の感触が、中々に心地良いが、このままでは呼吸が出来ない。

 軽く彼女の肩を押し返すと、ようやく抱擁から開放してくれた。

 琥珀色の縦長の瞳を潤ませ、やや浅黒い肌の猫耳美女が、至近距離から俺を見つめている。

 

「アデル。大きくなったなぁ。一瞬誰だかわからなかったよ」

 

 俺と似たり寄ったりの体型だった美幼女のアデルは、出る所はしっかり出て引っ込むところは引っ込んでいるモデル体型の妖艶な美女に変貌していた。なんかもう、色々とショックだ。

 いくら強化人間だからといって、強化されすぎだと思う。特に胸部バルジが。

 

「そのでっかい胸で、旦那に毎晩ご奉仕してるのか?」

「相変わらずですね、提督は。でも、安心しました」

 

 これまでなら顔を赤らめていた俺のセクハラ発言にも、全く動じることが無かった。それどころか、子供の悪戯を窘めるような余裕のある微笑すら浮かべている。対馬事件当時、アデルは俺より一歳上の十六歳だったから、今は十八歳ぐらいか。もうすっかり、オトナの女になっていた。

 なんか、置いてけぼりを食らったようで少し悔しい。

 ちなみにアデルは、結婚して姓が白石から旦那のものに変わっている。

 今のアデルの戸籍上の名前は、アーデルハイト田中となっている。

 

「東郷閣下から聞きました。提督も退役なさるんですって」

「まあな」

「安心しました。提督の事だから、現役復帰を希望されるのかと思って」

 

 心底安堵したようなアデルに、俺はぎこちなく笑い返した。

 今までの俺のヤカラチックな言動からすれば、そう考えるのも無理は無い。

 そして、自分だけ退役して結婚したことについて詫びてきた。

 アデルは当初、俺の意識が戻るまで、退役も結婚もしないと頑なに言い張っていたらしいが、ガンさんの粘り強い説得で、退役を決意したんだそうだ。

 きっとガンさんは、アデルのような若い娘が、俺の二の舞になることを憂慮したのだろう。

 俺が不在の間、ガンさんは色々と骨を折ってくれたみたいで、本当に頭が下がる思いだった。

 アデルに対しても、同じぐらいの申し訳なさでいっぱいだった。

 今更ながら、随分と色んな人にに迷惑と心配をかけたんだな。

 それから、時間が許す間、アデルと他愛も無い会話を楽しんだ。

 見た目が随分と変わってしまって驚いたが、精神的にもかなり成長しているみたいだった。もしかしたら、今の俺以上かもしれない。

 

「この間、義両親が見舞いに来たんだけど、退院したら結婚式を挙げようって張り切っちゃってて参ったよ」

「素敵じゃないですか! ぜひ、招待してくださいね!」

 

 愚痴のつもりで言ったんだけど、アデルが食いついてきた。どういうわけか、妙に乗り気だ。

 

「い、いやいや、まだ決まったわけじゃないし」

「提督。もう我慢する必要なんて無いんですよ。花嫁衣裳を着るのが夢だったのでしょう?」

「ちょっと何言って……」

 

 そこで、はたと気付いたことがあった。

 そういえば、今までコスプレして遊んでいた時、白無垢やらウェディングドレスやらで艦内をうろついたりなんてことを、しょっちゅうやっていたような気がする。

 まさか、それが俺の願望だったと思っているのか。

 今になって冷静に考えてみると、そう取られてもおかしくない行動だった気がしないでもない。

 何しろ、自分で花嫁衣裳を拵えて、乗組員たちにこれ見よがしに見せびらかしていたわけだし。端から見たら、結婚願望の強いイタイ女に映っていたんじゃないだろうかと思って戦慄した。

 今更何の言い訳にもならないが、ゲームだとばかり思って好き勝手やっていたせいで、周囲にあらぬ誤解や勘違いを振りまいていたんだろう。

 

「提督なら、どちらの衣装でも良く似合うと思います。でも、生粋の大和民族である提督には、白無垢のほうが個人的には似合うと思います!」

 

 目を輝かせながら……というか、ギラつかせながら、アデルは詰め寄ってきた。なまじ美人なだけに、抗いがたい迫力があって、俺は完全に圧倒されてしまった。

 

「日取りが決まったら教えてくださいね!」

「お、おう」

 

 そうこうしているうちに、面会時間は終わり、アデルは名残惜しそうにしながら帰っていった。

それにしても、あいつの変わりようには驚いた。

 アデルの奴、俺に対しては結構控えめだったのに、随分とアグレッシブになっていたなぁ。

 一番驚いたのは、俺好みの美幼女が美少女をすっ飛ばして、とんでもない美女になってたことだ。

 昔のエステのCM並の衝撃だった。あんなガングロになってるわけじゃないけど。

 まだ18のはずなのに、末恐ろしい。あいつの旦那が羨ましすぎる。

 今度見舞いに来てくれたときは、思う存分セクハラしてやろうと心に誓うのだった。

 

 

 

 そして、更に数日後。

 俺にとってのもう一人の親しい人物。アデルよりも付き合いの長いガンさんとの面会の日だ。

 東郷さんやアデルもそうだけど、ガンさんにも随分と迷惑を掛けてしまった。

 対馬事件の後、ガンさんは東郷さん共々、国会の証人喚問を受けて、散々当時の左翼与党から難癖をつけられまくった。

 近隣諸国との友愛を掲げていた内閣は、経験の浅い部隊指揮官(俺のことだ)の独断ということにして、俺の直属の上官である東郷さんや現場の次席指揮官であったガンさんに責任の全てを押し付けようという魂胆は見え見えだった。

 当時下野して野党に降っていた保守政党を中心に、野党からは災害対応をこそ優先すべきとの声が上がったが、与党はその声を圧殺した。

 少し前に動画配信サイトで、当時の証人喚問の様子を閲覧したが、とにかくまあ酷いの一言に尽きた。

 東郷さんやガンさんが俺を弁護するような発言をすれば、当事者の俺が東郷さんの嫁だということもあって、忌まわしい身内の庇いあいだなんだと難癖をつけ糾弾した。

 その様子は、喚問というよりも、さながら私刑に近いものだったが、結論ありきで感情的に糾弾し、失言を引き出そうとする与党議員と、毅然とした態度で、淡々と事実のみを答弁する東郷さんやガンさんの対比がすごく印象的だった。

 もっとも、そのお陰で国民の批判の声が高まり、災害対応がひと段落告いだ直後に政権交代が実現したわけだが。

 待っている間にそんな事を考えていると、ノックの音が聞こえた。

 

「どうぞ」

「失礼しますぜ」

 

 窮屈そうに身を屈めながら、ヒゲ面の厳つい大男が入ってきた。

 俺のほうを見て僅かに眦を下げた後、姿勢を正して敬礼する。

 今更ながら、自分が軍人だということを思い出した俺は、ベッドに座ったままの姿勢で答礼した。

 

「お帰りなさい、提督」

「うん。ただいま」

 

 二年ぶりに会うガンさんは、俺の記憶にあるガンさんと全く同じだった。

 アデルの変わりっぷりに驚愕していただけに、妙に安心してしまった。

 

「もう知っていると思うけど」

 

 互いの近況報告のような雑談を二三交わした後、そう前置きして、俺は退役することを告げた。

 

「よく決断してくれました」

「ごめん、ガンさん」

 

 俺はガンさんに向き直り頭を下げた。

 散々、威勢の良い事を言っておきながら、ガンさんに何もかも押し付けて退役する事、自分が死にそうな目にあって始めて、遊び半分で命のやり取りを行っていたと痛感した事、その挙句部下を死なせてしまった事。

 

「要するに、怖気づいたんだ。虫の良すぎる話だよ」

「提督。いや、摩耶さん」

 

 黙って俺の話を聞いていたガンさんは、目線を合わせるように屈みこんだ。

 おそるおそる、ガンさんの顔を見上げると、その厳つい顔には、俺が今まで見たことも無いような優しげな表情が浮かんでいた。

 

「良いんです。それで良いんですよ。今までよく頑張りなさった。後は全て、俺達に任せてください」

 

 俺を安心させるように、ガンさんは肩に手を置いた。

 大きくごつごつとした感触だったが、少しも不快には感じなかった。

 

「前にも言いましたが、女の仕事は男の居場所を護ることです。あなたにしか出来ないやり方で、東郷閣下を支えてやってください」

「うん……」

 

 短絡的な人間が聞けば、男尊女卑とも取られかねない発言だが、ガンさんにそういった意図は微塵もないことはよく分かっている。この人は、男は女を護るものという信念を持っているだけなのだ。

 

「そうだ、ガンさん。言いたいことがあったんだ」

 

 俺は非難がましく、ガンさんを見上げた。真っ先に言いたいことがあった事を思い出したからだ。

 

「東郷さんを殴ったんだって?」

 

 ガンさんは少し困ったように鼻の頭を掻き、僅かに視線を彷徨わせた。

 

「あー、いや、まあ。すいません。ついカッとなってしまって……」

 

 バツが悪そうに肩を竦めて縮こまる姿が、悪戯を咎められた悪ガキみたいで少しおかしかった。

 

「そのことについては、東郷閣下にきちんと謝罪しています。どんな処分でも受けると申し上げたんですがね」

「俺のことを思ってくれての事だというのは分かるけど、暴力は駄目だよ」

 

 暴力を振るって良いのは、朝敵と宙賊だけなんだから。

 

「ところで、摩耶さん。まだ東郷閣下の事を「東郷さん」なんて、他人行儀な呼び方してるんですかい?」

「う、うん。まあ、今までのクセで……」

 

 自分の旦那を苗字で呼ぶのはおかしいなんてことは百も承知だけど、今まで「東郷さん」とか「閣下」ってしか呼んだことが無いから、それ以外の呼称を呼びなれていない。

 

「そいつはいけません。すぐにでも直すべきですぜ」

「それはそうなんだろうけど、東郷さんは特に何も言って無いし……」

「それに甘えちゃいけません。義両親の前でもそう呼ぶんですかい?」

「それは大丈夫だよ。あくまで、二人きりのときだけだから」

 

 なんというか、照れくさいんだよな。うん。リア充みたいでさ。

 

「すぐにでも直すべきです。夫婦生活は、そういう些細なところから綻びが生じるんです。それに、うっかり誰かに聞かれでもしたら、あらぬ誤解を受けるだけですぜ。ああそれと、自分の事を「俺」と言うのも、いい加減改めるべきだ。せっかくの美人が台無しですぜ」

 

 言ってる事はまあまあ正しいんだけど、正直、大きなお世話だ。

 ガンさんは男気溢れる面倒見の良いオッサンで、今まで随分助けてもらったけど、時々説教臭いところが、玉に瑕なんだよな。しかも、こうなると話が長くなって、非常に面倒くさい。

 ……そうだ。

 

「そういえば、ガンさん。子供が出来たんだって?」

 

 説教モードに入っているガンさんの言葉をぶった切って、やや強引に話をすり替えた。

 

「ええ、そうなんですよ。かなえに似た可愛い女の子でしてね! 将来は美人になりますぜ!」

 

 途端にガンさんは相好を崩し、これ以上は無いくらいに眦を下げた不気味な笑顔になった。僅かに赤くなった頬がそれに拍車をかけている。

 

「ほら、見てください。可愛い女の子でしょう~?」

 

 胸のポケットから携帯を取り出すと、俺に写真を見せてきた。

 そこには、幸せそうな笑みを浮かべているかなえさんと、かなえさんに抱かれて眠っている可愛らしい赤ちゃんが映っていた。

 

「ああ、うん。可愛いね」

 

 その勢いに若干引きながら俺は同意した。どうやら、女の子らしい。確かに可愛いけど、赤ちゃんということもあって、残念ながら男の子か女の子かは、ちょっと分からなかった。

 俺の予想通り、ガンさんはかなりの親馬鹿だった。

 そのお陰で、面倒くさい話を終わらせることには成功したが、その代償として、今度は延々とうちの子可愛い自慢が始まってしまった。

 結局、面会時間が終わるまで、ガンさんの「うちの子可愛い自慢」は続くのだった。


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