ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 それほど時間をおかずにアデルは戻ってきた。心なしか、妙にうきうきしているように見える。嫌な予感しかしない。

 

「摩耶さん。岩野さんから東郷さんに伝えてもらいました。すぐに来てくれますよ」

「い、今から……?」

「はい、もちろんです」

 

 笑顔でそう言いながら、アデルはそそくさと帰り支度を始めている。

 

「急にそんな事言われたって……!」

「それじゃ、摩耶さん。私はもう帰りますけど」

「えっ! か、帰るのか……?」

「そりゃあ、帰りますよ。お邪魔でしょうし。夕飯の支度がありますもの」

 

 この世の終わりみたいな心境で愕然としていると、アデルは何かに気付いたように俺に向きなおった。

 

「あ、そうそう。いいですか、摩耶さん!」

 

 びしっという擬音が聞こえてきそうなポーズで、俺の鼻先に指をつきつけて来た。

 

「自分のお気持ちを素直に伝えること! あと、今後一切『東郷さん』禁止です! 良いですね!?」

 

 一方的に言い放つと、アデルは「それじゃ」と手を振って踵を返した。

 

「ままま、待って!」

 

 いきなり東郷さんを呼びつけるような真似をしておいて、自分だけさっさと帰るなんて、いくらなんでも無責任すぎる。

 慌てた俺は、背を向けたアデルに向かって、必死で手を伸ばした。

 伸ばした手の先にに、上手い具合にアデルの尻尾があったため、思わずそれを握り締めてしまった。

 

「みぎゃあああっ!」

 

 尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げ、アデルは身体をこわばらせた。

 猫耳が逆立ち、連動するように髪の毛も逆立っている様子が少しおかしかった。

 

「ま、摩耶さんっ。急に尻尾を掴まないでください!」

「あ、ああ、ごめん……」

 

 慌てて手を引っ込めると、顔を真っ赤にしたアデルは、尻尾を庇うようにして咎めるように言った。

 そういえば強化人間は、動物の部分の特徴が現れている器官は、神経が特に敏感だって聞いたことがあったっけ。

 

「いくら摩耶さんでも……勝手に触って良いのは、うちの人だけなんですから」

 

 何気に惚気られた!

 しかも、ほんの一瞬だが女の顔になっていやがった。

 もしかして、普段からそういうプレイに勤しんでるのか。

 こいつの旦那とはまだ面識は無いが、結構ハイレベルな紳士なのかもしれない。

 

「違います!」

「いや、何も言ってないから」

「言わなくても、何を考えてるか分かりますっ!」

 

 こんなにうろたえてるってことは、俺の想像通りってことなんだろうな。

 まあ、でも。久しぶりにアデルを弄ったら、少し気分的に余裕が出てきたような気がする。

 

「それじゃ、今度こそ、本当に帰りますね」

「うん。有難うな、アデル。ガンさんにも礼を言っておいてくれ」

「どういたしまして。頑張ってくださいね」

 

 そう言い残して、アデルは今度こそ帰っていった。

 独りになった俺の心は、不思議と落ち着いていた。

 アデルに色々言われたおかげかどうかは分からない。

 俺が単純なだけなのか、もしくは、その程度の事でうじうじと思い悩んでいたということなのか。

 ……まあ、たぶん、両方だろうな。

 

「はぁ~……」

 

 軍人の女房がこんなことじゃ先が思いやられるよな。

 こんなことじゃ、東郷さんが安心して軍務に専念することなんて出来やしない。

 軍人の女房と言えば、ガンさんの奥さん、かなえさんは元気にしているだろうか。

 意識を取り戻してからは、まだ一度もかなえさんとは会っていない。

 病み上がりの上に、記憶まで失っている俺への影響を考慮するという理由で、面会を許可されているのが、東郷さんとアデルとガンさん、そして義両親だけに制限されているからだ。

 見舞いに来るガンさんからは、かなえさんも俺に会いたがっていると聞いていたっけ。

 退院したら、一度会いに行ってみるのも良いかもしれないな。

そういや、ガンさんやアデルって、家ではどんな感じなんだろう。

 ガンさんは、俺の知っているガンさんとあまり変わらないような気がする。

 男は男らしく、女は女らしくを至上としているちょっと古い考え方の人だけど、かなえさんみたいな尽くすタイプの人とは上手い具合にかみ合っているんじゃないだろうか。

 アデルのほうは、正直言って全く想像できない。

 以前聞いた馴れ初めやさっきの態度から、旦那にベタ惚れな上に、少々特殊なプレイにも及んでるほどなんだから、夫婦仲は当然のことながら、夜の生活のほうも割と充実しているみたいだ。

 それにしても、あのアデルをあそこまでポンコツにする男とはいったいどんな奴なんだろう。

 機会があれば、アデルの旦那にも会ってみたいと思う。元保護者として、切実に。

 人様の夫婦事情について、あれこれと不埒でよからぬ想像を巡らせていると、室内にノックの音が響いた。

 きっと東郷さんだろう。

 

「どうぞ」

 

 声を掛けると、間を置かずに扉が開いた。

 思ったとおり、姿を現したのは東郷さんだった。

 ほんの二三日会っていなかっただけのはずなのに、随分と久しぶりな気がするのは何故だろう。

 

「摩耶」

 

 今更ながら気付いたんだけど、東郷さんはごく自然に、そうするのが普通だというふうに、俺を摩耶と呼んでいる。

 自分の女房なんだから、当たり前と言えば当たり前だ。

むしろ、変に意識してる俺のほうがおかしいのだ。

 

「久しぶりだな。気分はどうだ?」

 

 東郷さんも俺と同じ事を考えていたのが少しおかしかった。

 

「うん。大丈夫。悪くないよ」

「それなら良かった」

「さっきまでアデルも居たんだけど、旦那とイチャイチャしたいからって帰っちゃったよ」

「なんだ、それは」

 

 冗談めかして言うと、東郷さんはおかしそうに笑った。

 

「ごめん、三笠さん」

「急にどうした」

 

 東郷さん――いや、三笠さんは僅かに目を見開き、俺の顔をまじまじと見つめた。

 いつも東郷さんって呼んでたから、急に名前で呼ばれて、少し戸惑っているようにも見えた。

 

「なんか、色々と迷惑かけちゃったからさ。ほんと面倒臭い女だよな」

「何を馬鹿な事を」

 

 自虐する俺に一瞬呆気に取られた後、三笠さんは一笑に付した。

 

「私は、一度たりともそんなふうに考えたことは無いぞ」

 

 うん。そうだよね。あなたなら、そう答えるよね。

 だから、今こそ自分の気持ちをはっきりと告白しようと思う。

 アデルに言われたからじゃなく、自分の気持ちにきちんとケリをつける為にも。

 

「東ご……三笠さん」

 

 いつものクセで、どうしても東郷さんと言い掛けてしまった。締まらない。

 誤魔化すように軽く咳払いし、居住まいを正す。

 俺の様子に何かを感じたのか、三笠さんは神妙な面持ちで俺を見つめている。

 

「俺は、あなたの事が好きです」

 

 あれほどグダグダと思い悩んでいたのが不思議になるくらい、その言葉がするりと喉から出てきた。

 何の脈絡も無く、いきなりそんな事を言われてドン引きされるかと思ったけど、三笠さんにそんな素振りは見られなかった。

 少なくとも、表面上は黙って聞いてくれているように見えた。

 それに甘えて、俺は目を覚まして以来、ずっと抱え込んでいた三笠さんへの想いを包み隠さず話した。

 思えば俺は、一度として三笠さんにはっきりと、自分の気持ちを言葉にして伝えたことが無かった。

 結婚して夫婦になったのだって、周りに流されてなし崩し的にそうなってしまったようなものだ。

 そんな曖昧な状態に甘えていたせいで、アデルやガンさんにも余計な手間をかけさせてしまった。

 

「摩耶、済まない」

 

 それなのに、何故か三笠さんが俺に頭を下げてきた。

 

「本来ならば、それは私が言わねばならないはずの言葉だ。それをお前に言わせてしまった」

 

 予想外の展開にきょとんとする俺に、三笠さんは言葉を続けた。

 

「私とお前は、他の誰もが知り得ない二人だけの記憶を共有している特別な関係だ。だから、言葉に出さなくても分かってもらえると勝手に思い込んでいた。黙って私に付いて来てくれると思い上がっていたんだ」

「み、三笠さんが謝ることじゃないよ! それに、そんなふうに考えていたのは、俺だって同じだ」

「だとしても、だ。岩野一佐の言い草じゃないが、こういうのは本来、男が率先して言うべき言葉だろう?」

「男だとか女だとか、そんなの関係ないよ」

「……まあな。男の下らん面子みたいなものだ」

 

 照れ隠しのように笑う三笠さんに、俺も釣られて笑みを浮かべた。

 でも、三笠さんが俺と同じだったと知って少し安心した。

 

「摩耶。これからは、妻として私を支えて欲しい」

 

 妻として。

 その言葉を聞いて、どうしようもないくらいに気分が高揚した。

 今更ながら、きちんと言葉にすることの大切さを知った気がした。

 

「うん、頑張る」

 

 裁縫は得意だし、料理は……前世が男の一人暮らしだったって事もあって、それなりに食えるものを作れる自身はある。

 まあ、そっちについては、おいおい上達していくことにしよう。

 後で、お義母さんに、三笠さんの好物とか聞いておかなきゃ。

 

「改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 そんな飯事みたいだけど、決して不快じゃないやり取りの後、俺達は面会時間の許す限り今後のことについて話し合った。

 

「退院後に一緒に暮らす家も捜さないとな。今までは、鎮守府の自室で寝泊りしていたからな」

「どんだけ軍隊が大好きなんだよ……」

 

 まあ、俺も現役時代は鎮守府の自室で寝泊りしていたから、三笠さんのことは言えない。

 それよりも気になったのは、俺達が住むことになる家についてだ。

 てっきり、三笠さんの実家で義両親と同居するものだとばかり思っていたんだけど。三笠さん、長男っていうか、一人っ子だよね?

 

「私達二人の生活を邪魔したくないって言ってたよ。お互い同じ佐世保に住んでいるわけだし、近距離別居みたいなものだからあまり気にしなくてもいいぞ。何かあれば、すぐに駆けつけられる距離だしな」

「そっか。わかった」

 

 そういうことなら、義両親の好意に甘えておいたほうが良いのかな。

 なんだか、気を使わせちゃってるみたいで申し訳ないけれど。

 

「住居については、それで良いとしてだ。退院後、暫く休養したら公務がある」

 

 俺は既に退役の意思を伝えているが、退院と同時に退役というわけには行かないらしい。

 そういえば俺、昇進するとか聞いていたっけ。

 そういった諸々の手続きか何かだろうか。

いや、別にそれは公務とは言わないよな。ただの事務手続きだし。

 

「今上陛下が直々にお前にお言葉を賜られる」

「……へ? なんて?」

 

 何を言われたのか咄嗟に理解できなかった俺は、三笠さんの顔をまじまじと見つめ返した。

 

「陛下が直々にお前にお言葉を賜られる、と言った」

 

 真面目腐った表情で、三笠さんは繰り返した。

 その言葉を何度か脳内で反芻し、ようやく意味を理解した俺は、みっともなく震えだしてしまった。

 皇命陛下に拝謁してお言葉を賜るなんて、俺の記憶にある前世の日本で言ったら、一自衛官が天皇陛下に拝謁するようなものだからだ。

 それに加え、前世の記憶しか持ち合わせていない今の俺の意識は、一般の日本人と殆ど変わらない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。何の冗談なのさ」

「冗談なものか。陛下は対馬事件の生存者全員にお言葉をお掛けになり、御自ら戦傷者や遺族一人一人にお見舞いをされたのだ。被災地のお見舞いを済ませた後にな」

「そ、そうだったんだ……」

 

 前世の日本でも大規模災害などがあった時、天皇皇后両陛下が被災者を見舞う事があったが、この時代の皇室も、かつて日本だった頃と変わっていないようで安心した。

 

「陛下はな。特優者とはいえ、十代の少女であるお前が戦傷を負ったことに、甚く心を痛めておいでだった。お前の意識が回復したと聞いて、安堵しておられた」

「そ、そうなの……? 何か、申し訳ないというか、恐れ多いというか……」

 

 三笠さんの話では、俺が皇居に赴いて陛下にお言葉を賜ることになるらしい。

 

「で、でも、俺、礼儀作法とかさっぱり分からないし……」

「宮内庁の儀典局がレクチャーしてくれるから心配はいらん」

「そ、そういう大層な場に相応しい服とか持ってないんだけど……」

「軍服の礼装で構わん。事務手続き上はまだ軍籍だからな」

 

 何とかして、やんわりとご辞退申し上げたかったんだけど、どうも無理っぽい。

 三笠さんの口振りからするに、決定事項なんだろう。

 腹を括るしかないか。

 

「とはいえ、宮内庁側の宮中行事のスケジュールもあるから、退院後一ヶ月ぐらいは時間的余裕がある。それまでに、何かやりたいこととか、欲しいものなんかはあるか?」

 

 退院したら、真っ先にやりたい事。

 目を覚まして現状を把握して受け入れた時、もう既に決めていた。

 やりたい事というよりも、やらなければならない事だ。

 

「靖國に」

 

 靖國星系。

 亜空間ゲートで帝都橿原のある武蔵星系の隣に位置する星系だ。

 居住可能惑星は、霊星靖國と呼ばれている。

 名前の由来はもちろん、かつての英霊を祀っていた靖国神社だ。

 惑星自体が英霊の霊廟であるこの惑星には、民間人は住んでおらず、神社庁が管理を行っている。

 一般人が住んでいないこともあってか、星自体に多くの自然環境が残されており、空港設備と神社の敷地以外は、広大な未開の原生林が広がっている。

 ネットで情報を検索した限りでは、かつて日本に存在していた靖國神社と殆ど変わらないようだった。

 靖國神社のシンボルとも言える大鳥居や、大村益次郎の銅像も健在だ。

 当時の資料を基に、可能な限り日本にあったころと同じように作ってあるらしかった。

 合祀されるのは基本的に、ペリー提督来航以降の戦死者・殉難者となっているが、現代の靖国神社は少し合祀基準が異なっている。

 なんと、佐幕側として戦った人々や、明治以降、政府に反乱を起こして討伐されたかつての維新志士も含まれているのだ。

 日本の未来を憂い、自らの理念に殉じたことに変わりは無いから、というのが合祀理由らしい。

 そんなわけで、そうそうたる合祀者の中には、近藤勇や土方歳三、西郷隆盛といった有名人の名前を見ることも出来た。

 そしてその列に、対馬事件で戦死した俺の部下や、地方艦隊の将士が名を連ねている。

 

「ただの自己満足に過ぎないのかもしれないけど、彼らに哀悼を捧げるのが、軍人としての最後の勤めだと思っているんだ」

 

 三笠さんは、穏やかな笑顔を浮かべ、わかったと頷いた。


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