パヨク船がいなくなると、また退屈な時間が戻ってきてしまった。
ウザがられるかもしれないけど、やっぱり艦内をうろついてみようかなぁ。
それとも、三笠さんの部屋に、駄弁りにでも行ってみるか……?
そんな感じで悶々としていたら、自室の扉のインターフォンが鳴った。
時計に目をやるが、まだ昼食の時間というわけでもない。
とりあえず、出てみることにする。
モニターに映し出されたのは、三尉の階級章を付けた若い女性兵士だった。もちろん、若いと言っても俺よりは年上だ。やや緊張した面持ちの顔が、インターフォン越しに俺を見つめている。
「あ、あの! 東郷一佐!」
「何か、三尉」
「もしよろしければ、少しお話しませんか……?」
「ああ、構わない」
少し考えた後、俺は言った。
丁度暇を持て余していたところだったし、その提案は渡りに船だった。
快諾して扉を開けると、彼女の他に同じ分隊らしい女性将士二人の姿があった。
俺は彼女らに連れられて、科員食堂と思われる区画に案内された。
「みんな! 東郷一佐をお連れしたわよ!」
科員食堂には、昼飯時でもないのに、十数人の女性将士が集まっていた。
俺が室内に入るや、黄色い歓声が上がり、若干ひるんだ俺は、思わず足を止めてしまった。
うん、これは、あれだな。女子会か。正直面倒くさい。こういうノリは得意じゃない。アデルやかなえさんみたいな、気心の知れた相手ならともかく。
とはいえ、ここまで来て引き返すわけにもいかず、俺は三尉に促されるまま席に着いた。興味津々といったかんじの視線が集中して、非常に落ち着かない。
「ところで、さっき舷窓から妙なものが見えたんだが」
コイバナみたいな苦手な話題を振られる前に会話の主導権を握ろうと、さっき自室の舷窓から見えた可哀そうな連中の話をしてみた。
「あー、あれですね! ピースヴィッセル!」
「ピースヴィッセル?」
聞き返すと、一同は頷いた。
「自分達でそう名乗ってるんですよー!」
「頭悪すぎてウケますよね! 死ねばいいのに!」
適当に話題を振ってみただけだったが、女性将士達は、意外なことに食いついて来た。
さりげなく、けっこうな毒を吐いている奴もいる。
「『NO LIFE、NO WAR!』とか笑いますよね! さすが底辺は違いますよね!」
「この前なんて、『NO EMPEROR! NO YAHIRO!』とかやってましたよ!」
「ぷっ」
俺は思わず吹き出してしまった。
そいつはまた、中々愛国心にあふれる連中じゃあないか。たしかに、八紘帝國は皇命がおわしてこそだ。何一つ、間違ってはいない。
それはともかくとして、皇命をエンペラーと訳すのは、違和感しかないな。
日本時代の天皇もエンペラーと訳されていたが、どうにもしっくりこなかった。
「地球時代から、何度も同じことを繰り返しては、小馬鹿にされまくっているのに、めげない精神力だけは、見習うべきかもしれないな」
「わー、東郷一佐、辛辣ですねー!」
いやいや、割と本気でそう思っているよ。
やっぱり、何があってもへこたれない諦めないという強靭な胆力は、成功への大切な原動力だろう。
事を成そうとした時に、最後の最後にものをいうのは、やっぱり精神力だからな。
この宇宙時代に、国民の多くにそっぽを向かれながらも、ゴキブリみたいにしぶとく生き残っているのが何よりの証拠だろう。
「もっとも、同じ失敗を何度も繰り返す時点で、低能であることには変わりは無いがな」
鼻で笑いながら付け加えてやったところ、女性将士達は「やっぱり、辛辣ですよぉ」一斉に声を出して笑った。
うーん、姦しい。
まだまだ男としての意識のほうが強いせいか、やっぱりこういうノリには馴染めそうにない。
「しかし、あの気の毒な連中は、いつごろから現れるようになったのかな」
少なくとも、俺が現役だったころには、あんな恥ずかしい輩を見かけたことは無かった。
「最近ですよ。ほんの数か月ぐらい前からです」
「ほんと目障りよねー。うちの艦長も撃っちゃえば良いのに。あんなボロ船、輸送艦のレーザーCIWSでも沈められるのにねー」
「うちの
「ねえねえ、東郷一佐なら、撃っちゃいますよね?」
なぜか、物凄い期待に満ちた目で俺を注目してくる。
「いやいや、撃たないよ」
「えええー、いっがーい!」
至極まっとうな返事をしたところ、その場にいる全員から大袈裟に驚愕されてしまった。
「一佐なら、躊躇なく『打方始めー!』とかやっちゃいそうな気がしたのにー」
「いやいや、やらないから」
こいつら、俺の事を何だと思ってるんだ。
ムカつくからとか、そんな理由で沈めるわけにいかないだろうが。
しかも、いちおうは民間船相手にだぞ。
なんだか、俺に対する妙なイメージが、変な方向に独り歩きしているような気がする。
「うーん、でもぉ、一発だけなら誤射って言うじゃないですかー」
「言わない言わない」
さっきから、不穏当な発言がバンバン飛び交っているんだが、もしかして、輸送艦の任務って、結構ストレスが溜まるのかな。
まあ、定期航路を行ったり来たりするだけってのは、面白味は無いのかもしれない。
平時有事に関わらず、輸送や補給は兵站として重要なものだが、変わり映えのない任務であることは否めないからなぁ。
「そういえば、一佐! 退役するって聞いたんですけど、本当なんですか?」
女性兵士の一人が尋ねて来た。別に隠すことでもないし、俺はそうだと頷いた。
「私が軍令部に向かうのは、退役の手続きをするためだ」
他にも、今上陛下への拝謁とか、靖国への参拝とか色々あるけどな。
「えー、残念だなぁ……」
「東郷一佐に憧れて、軍に入隊した女性も多いんですよ」
そう言ったのは、俺をここに連れて来た三尉だ。
俺は知らなかったが、いつぞやに帝都で出演した番組の影響で、帝國軍への志願者が急増したらしい。
特に女性の志願者数が、放送があった年には、例年の三倍だったというから驚きだ。
(番組か……)
そういえば、以前帝都に行ったときは、その番組に出演するよう命令があったんだっけ。
なんか、すごく昔の事のように思えてしまう。
あの頃は、こんなことになるなんて、夢にも思ってなかった。
様々な条件が重なって発生した、ゲーム内でのレアなイベント程度の認識しかなかった。
そうでなければ、あそこまで好き勝手なことは出来なかっただろう。
今同じことをやれと言われても、絶対に無理だ。
「尊敬する軍人に一佐を挙げる女性将士もいるんですよ!」
「もちろん、私達も東郷一佐を尊敬してます!」
うわー。超買い被られてるなぁ。
どうせだったら、もっとちゃんとした軍人の名前を挙げればいいのに。
いくらなんでも、志が低すぎるんじゃないのか。
「ちなみに、東郷一佐が尊敬する軍人っているんですか?」
「私か? そうだな、吉川潔少将、かな」
駆逐艦でヒャッハーするとか、格好良すぎるよね。大艦巨砲とはまた別の意味で男のロマンだ。
「キッカワキヨシ? そんな人、帝國軍にいましたっけ?」
「あれー? 東郷閣下じゃないんですね。意外だなー」
そのすっとぼけた反応に、俺は頭を抱えたくなってしまった。
「……貴官ら。軍人なら、わが帝國の戦史ぐらい、きちんと学んでおけ」
まったく。そんなことじゃあ、他国の士官と交流した時に恥を掻くぞ。
「……? はーい」
あんまり良くわかっていなさそうだ。上官に言われたから、とりあえず返事しましたって感じだけど、まあ、いいか。
「あーあ、私も、東郷一佐みたいに、素敵な人と巡り合いたいなー」
三曹の階級章を付けた女性士官が、大きく伸びをしながら、椅子の背もたれに仰け反った。
「あんたの女子力じゃ無理よ。料理もまともにできないくせに」
それを鼻で笑ったのは、おなじ三曹の女性士官だった。
「何よ! あんただって、似たようなもんじゃない!」
「う、うるさいわね! あんたよりかはマシよ!」
突然言い争いを始めた二人の三曹に、俺は呆気にとられた。
「最近、男性の間では、家庭的な女性が好まれているんですよ」
二人を眺めていると、女性兵士の一人が耳打ちしてきた。
ほー。そんなことになっているんだ。
まあ、良いんじゃないのかな。そういう女性のほうが男受けはしそうだし。
ガンさんの言い草じゃ無いが、男って奴は単純だからなー。
「東郷一佐の影響も大きいんですよ?」
「えっ、俺……?」
適当に聞き流していた俺は、思わず聞き返してしまった。
「二年前に東郷一佐が出演したテレビ放送とか、社会民主党が隠し撮りしてネットに拡散された動画とかが原因です」
言われて俺は、帝都でテレビ出演した時の事を思い返していた。
たしかに、そんなことを口走ったかもしれない気がする。
その時の俺は、ゲームの中の出来事だとしか思っていなかったし、更に言うと、男だったわけで。自分の理想とする幼女妻を熱く語っただけなんだよな。
ネットで拡散している例の動画にしても、あのババァの言い草があまりにも腹立たしかったので、売り言葉に買い言葉みたいな感じで、何も考えずに口走ってしまっただけだ。
まあ、紛れもない本心ではあった事は、間違いないんだけども。
待てよ。今更気づいたんだが、ネットに上がってるってことは、全宇宙に公開されているってことでもあるよな。
「国外からも、『あれこそ、大和撫子だ!』って大好評なんですよ」
既に手遅れだった。イメージだけが独り歩きして、完全に愛国少女と化しているらしい。
「しかも、その大和撫子が、対馬事件を指揮した提督ということで、結構な注目の的になってるんですよ」
俺の肖像権というか、プライバシーは、いったいどうなっているんだろうか。
愕然とする俺を他所に、話好きらしい彼女のおしゃべりは続く。
おかげで、知りたくもない色々な情報を知ることが出来た。
番組の放映後に一時的に志願者数が増えたらしいが、対馬事件の後にも、帝國軍への志願者数が激増したらしい。
志願者の中には、引きこもりやニートといった、社会不適合者が結構いたらしい。
採用担当者が彼らに志願理由を尋ねると、俺のような年端もいかない女の子が、国を護るために命を張ったというのに、部屋に引き籠って管を巻いているだけというのが情けなくなり、一念発起して軍に志願した……ということらしい。
引き籠りを卒業するのは大変結構なことだと思うが、帝國軍は厚生施設じゃない。世間知らずのネット弁慶に軍人が務まるんだろうか。
まあ、母数が大きければ、そのうちの何人かは、使い物になるのかもしれない。
常に人員不足に喘いでいる帝國軍に、多少は貢献できたのなら、それはそれで良いのかな。
そう前向きに考えるようにしよう。俺の精神衛生上のためにも。
そんな他愛の無い話をしていると、艦内放送でラッパの音が鳴り響いた。
俺にも嫌というほど聞き覚えのあるその音色は、総員配置のラッパだった。
主に、合戦準備が発令される前に流される。
「あ! 総員配置だ!」
「一佐! お呼び立てしておいて申し訳ありません!」
「いや、構わん。行ってくれ」
さっきまで、姦しくおしゃべりしていた彼女達だったが、直ぐに軍人の顔になっていたのは流石だ。
女性将士達が、それぞれの持ち場に散っていき、静寂に包まれた科員食堂に、俺一人がぽつんと取り残された。
さて、俺はどうしよう。
輸送艦とはいえ、総員配置が掛かるとはただ事ではない。
現在宙域は帝国領内の定期航路だ。
宙賊の襲撃とも考えにくい。
「とりあえず、艦橋に上がるか」
どうせすることも無いんだし、艦長に状況を聞いてみることにするか。