横須賀鎮守府は、帝國宇宙軍第一機動艦隊群の根拠地である一大軍事拠点だ。
第一機動艦隊群こと一群は、首都圏の警護を担当する精鋭艦隊として、国内外にその名を知らしめている。
帝國宇宙軍のキャピタルシップである『こんごう』型戦艦、『そうりゅう』型機動母艦が数多く配備されており、その勇壮な艦影は民間宇宙ステーションの展望デッキから一望でき、横須賀の観光スポットにもなっている。
一群は広報活動にかなり力を入れており、そのおかげもあって、軍事マニアのみならず一般の国民からの認知度も高い。
また、就役したばかりの最新鋭艦や装備が優先的に配備されることが多いのも特徴だ。
それについて、マスコミや一部の野党は、安全な首都圏にばかり最新鋭の強力な戦力を集中させて、地方を見捨てていると槍玉にあげられることがあるが、これは誤解と偏見に基づく言いがかりでしかない。
いくらカタログスペックに優れた新鋭艦とはいえ、運用上の実働テストも無しに前線に配備することなど出来ない。
軍需品に限らず工業製品すべてに言えることだが、実際に使ってみなければ判明しないトラブルが潜んでいるからだ。
一群隷下の性能評価試験隊でそれらの運用テストを行い、実用に耐えうるという太鼓判が押されて、初めて部隊配備が認可される。
そのため、一部の例外を除いて、新造艦や新装備は、原則としてまずは一群に配備され、運用テストに供されることになるのだ。
とはいえ、新型が真っ先に一群に配備されることに変わりはないので、他の艦隊からやっかみの対象になっているのは事実で、「お洋服だけはいつもピカピカな張り子の一群」などと陰口を叩く将士は少なくは無い。
「さて。橿原行きの定期便は……ん?」
摩耶と別れた三笠は、橿原行の輸送艦搭乗口に向かおうとしたのだが、どうやら、先程まで乗艦していた『ねむろ』が、今度は橿原行きの定期便になるらしかった。
「あの艦長にもう一度世話になるのか。まあ、致し方あるまい」
ようやく肩の荷が下りたと安堵しているところで申し訳ないと思いつつも、あの艦長がどんな顔をするのか楽しみではあった。
輸送艦の出発まで、あと一時間程度。本来ならば、将官用ラウンジで時間を潰すところなのだが、少しばかり中途半端な時間だ。
少し考えた結果、早めに乗艦しておくことに決め、出てきたばかりの搭乗口へと踵を返した。
「やあ、東郷くん。久しぶりだねえ~」
どことなく危機感のない、のほほんとした若い男の声が背後から聞こえた。
背後を振り返ると、声同様に軽薄そうな笑みを浮かべた青年士官が、ひらひらと手を振っていた。
三笠はすぐさま踵を揃えて海軍式の敬礼を送る。
「お久しぶりです、畝傍先輩」
「うん。お久しぶりー」
三笠には、摩耶と異なり、こちらの世界で生まれ育った記憶がある。
それによると、目の前にいる彼は、士官大学校時代の二年先輩である
そして彼は、ここ横須賀の第一機動艦隊群司令長官でもある。
「水臭いなぁ。せっかく横須賀まで来たんだから、俺に会いに来てくれても良いじゃないか」
「どうせ、
「そりゃあ、そうだけどさ~。久しぶりに積もる話もあるじゃない?」
「まあ、ご無沙汰していたことは認めます」
「それにしても、大事だよねえ。制服組トップの軍令部総長、ナンバー2の宇宙艦隊司令長官、そして俺達四人の機動艦隊群司令長官が招集されるなんてさ。いったい、どんな話なのかワクワクするよねえ」
畝傍とは、士官大学校の先輩後輩の関係ではあるが、在学中は互いの存在を全く知らなかった。接点が出来たのは、三笠が副長として乗組んだ艦の艦長が畝傍だったことからだった。
戦闘指揮での決断力や判断力に加えて、人心の掌握術や管理能力にも長けた人物で、副長として勤務していた時に、多くを学ばせてもらった。その時の経験があったからこそ、今の三笠の地位があるともいえる。
特に、多くの傭人を抱えて、独自の情報網を構築している点などは、三笠も真似をしているくらいだ。
「ところで、君の細君は? 一緒に来てるんじゃなかったの~?」
「摩耶なら、ここにはいませんよ」
「えー、なんでさ~」
畝傍は不満そうに眉根を寄せた。
「せっかく、会えると思って楽しみにしてたのにさ~。噂の愛国美少女にねえ~」
摩耶を揶揄されたと感じた三笠は、不快気に眉を顰めた。
対馬事件以来、摩耶は一部の国民や右翼活動家から、愛国美少女扱いされている。
保守層だけではなく、盲目的女権主義者からは、勝手に戦う女の旗頭とやらにされそうになったこともあった。
一時期は、マスコミ関係者や自称親族が、自宅に押し掛けてきたことがあったほどだ。
「それで、細君はどこに?」
不機嫌そうな三笠を気にする様子もなく、畝傍は飄々とした態度を崩さない。
「彼女は靖國に向かいました」
「靖國? なんでまた、そんなところに?」
よほど意外だったのか、畝傍はわずかに目を見開いた。
「戦死した部下への弔いのためです。退役前の、軍人としての最後のけじめだと言っていました」
「ふーん。なるほど、なるほど。意外とセンチメンタリストなんだねえ。いけいけどんどんみたいな子だと思っていたんだけど」
「彼女の事はもう良いでしょう」
三笠は強引に話を打ち切った。
畝傍は後輩のそんな様子に軽く肩を竦め、茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せた。
「そんなに心配しなくても良いよ~。さすがに人妻に粉をかけるような真似はしないからね~。それも、後輩の細君にねえ~」
この士官大学校の先輩を、軍人としてはそれなりに尊敬している三笠であったが、どうしても受け入れられない悪癖があった。
それは、畝傍が大変な漁色家だということだ。
学生時代から数多くの浮名を流し、時には士官大学校の女性教官と不適切な関係を持ったことすらあった。士官として任官してからもそれは変わらず、週ごとにお相手が変わることすらざらだった。
それにもかかわらず、どういうわけなのか、修羅場になったこともなければ、そんな普段の態度を上層部に咎められることも無かった。
そのことを尋ねられると、本人は決まって、「俺の人徳のなせる業だよ」と笑ってごまかしていたが、何らかの手段で上層部の弱みを握っているという噂がまことしやかに囁かれていた。
素行には大いに問題のある人物ではあったが、人の特性を見極める目に長けており、人を使う能力やマネージメント能力は非常に高い。
その管理能力の高さが、女性関係にも生かされているのかもしれない。
「明日は軍令部に出頭するので、その時に会えますよ」
「そっかあ。楽しみにしてるね~」
「正直、私は会わせたくありませんけどね」
「えー、興味あるなぁ。君達夫婦の夜の生活とかさ~」
「何でそんなことを赤裸々に語らなきゃならないんですか」
どこまで本気なのかわからない発言に、三笠は閉口した。
「それはそうと、東郷くん。面白い事、やったみたいだね?」
「何のことです?」
「とぼけたって、無駄だよ~?」
そう言って畝傍は目を細め口の端を吊り上げた。
畝傍の言う「面白い事」とは、十中八九、ツァーリ艦とのインシデントの事だろう。
端からごまかすつもりは無かったが、もう畝傍の耳に入っていることに驚きを覚えた。
「いやあ、スカッとしたよ。露助共は最近、何かとちょっかいを掛けてきウザかったからねえ」
「露助は拙いでしょう」
「ええー? 人権屋共の言葉狩りなんぞが怖くて、軍人は務まらないんじゃ無かったのかい?」
それは、『ねむろ』の艦橋で、三笠が艦長に向けて言い放った台詞だった。
「参りましたね。そんな台詞まで拾われてるなんて」
「『ねむろ』にも、俺のファンは沢山いるからね~。男女問わずね~」
『ねむろ』は、宇宙艦隊司令部直属の輸送業務群所属の艦艇だ。
もし、『ねむろ』の艦長が今回のインシデントを報告するとしても、上部組織である輸送業務群に通報が行くことになり、別の艦隊の指揮官である畝傍が、即座にその情報を知りうることは無い。
にもかかわらず、畝傍がそれを知っているということは、『ねむろ』の将士の中に、畝傍の息のかかった者がいたということなのだろう。
「あ、ちなみに、艦長は無関係だよ?」
もしかして艦長かと考えた三笠だったが、畝傍はあっさりと否定した。
「あんな無能クンは、俺のファンに相応しくないからねえ」
「無能はさすがにひどすぎますよ。少なくとも、規定やマニュアルをたがえるようなことは無かった」
三笠はやんわりと『ねむろ』の艦長を擁護した。
畝傍は、人当たりの良さとは裏腹に、自分にとって役に立つ人間とそうでない人間を冷徹に選別している節があり、使えないと判断した者に対しては、途端に興味を失い冷淡になってしまうのだ。
三笠の見る限り、『ねむろ』の艦長は、上官の前で極度に緊張して委縮するようなそぶりはあったが、艦長として最低限のラインは満たしているように見えた。
多少、イレギュラーな状況に対する耐性が無いようには見えたが。
「マニュアル通りの事しかできない奴は無能だよ。マニュアル通りの事すら出来ない奴は害悪だけどね」
「マニュアル通りに出来ない輩が害悪であることについては同意しますよ」
やや不穏当な軽口を叩きながら、二人は連れ立って『ねむろ』の搭乗口へと向かう。
「ひっ!? 畝傍司令長官に、東郷司令長官……!?」
二人の機動艦隊群司令長官を前にした『ねむろ』の艦長は、それはもう、気の毒なぐらいに狼狽していた。
本人としては、やっと肩の荷が下りたと思っていたところだったに違いない。
「やあ、艦長~。帝都までひとっ走り頼むよ~」
「さっきぶりだな、艦長。またよろしく頼む」
「は、はひ……」
気軽に挨拶する二人とは対照的に、艦長の顔色は真っ青を通り越して土気色になっていた。
三笠は、多少気の毒には思ったが、足として使える艦がこれしかないのだから仕方がない。
それに、横須賀から橿原までは首都圏宙域だ。さっきのような厄介事は起きないだろう。
「まあ、橿原まで、のんびりしようか」
「そうですね」
やがて定刻となり、二人を乗せた輸送艦『ねむろ』は、橿原に向けて横須賀を発った。
艦内の展望ラウンジで外の景色を眺めていると、こちらに並走する民間船の姿が視界に入ってきた。
船の側面に、品性の欠片もないゲバ文字で「戦争するな」やら「対馬の悲劇を忘れるな」やら「蝦夷星域の独立を承認せよ」「現政権の独裁を許すな」やら、香ばしい文言が踊っている。
三笠はうんざりして顔を顰めた。
「あの連中、横須賀にも出るんですね」
「ああ、あの憐れな連中? ピースビッセル(笑)だったっけ?」
舷窓に視線を向け、畝傍はフンと鼻で笑った。
「佐世保にも出るのかい?」
「ええ。だいぶ香ばしいのがね」
三笠が肩を竦めると、畝傍は酷薄そうな笑みを浮かべた。
佐世保で見かけた連中と違い、舷側の文字は、きちんと
しかし、三笠も畝傍も、そこに書かれている主張が何一つ理解できなかった。二人だけではなく、おそらく帝國国民の大半がそうだろう。
戦争するな? いったい、どこの国と? 帝國は現在、他国と戦争状態には無いし、戦争を仕掛けようとしているわけでもない。
対馬の悲劇を忘れるな? 震災の混乱に付け込んで、火事場泥棒を働こうとしたのはリャンバンではないか。帝國ではなく、リャンバンに言うべきだろう。
蝦夷星域の独立? 一部の活動家が騒いでいるだけで、蝦夷星域の住民の多くは、帝國からの独立など望んでいないのに?
現政権の独裁? それが真実なら、とっくにブタ箱の中だ。そんなくだらない妄想を恥ずかしげもなく垂れ流していられるのは、思想・信条・言論の自由が保障されているからに他ならないだろうに。
「そういえば、東郷くん。俺、最近読書を始めたんだ。特に、西暦時代の日本の古典小説を読むのが好きでさ~」
この時代まで残っているということは、それなりに名の知れた作品なのだろう。
もっとも、前世では文章を書く側の人間だったわりに、小説の類はあまり読んだことは無い。
「でね。最近読んだ作品の中に、こんな台詞があってね」
そう言って畝傍は、軽く咳払いをした。
「人間というものは、戦場から離れるほど好戦的になる」
どこか気取ったような、わざとらしい口調だった。
口調と相まって、まるで似非哲学者だなと三笠は思った。
「この台詞っていうのがね、主人公が権力者を批判する時の台詞なんだ。権力者は、いつの時代も安全なところで戦争を賛美し、無知蒙昧な衆愚を扇動して自己犠牲を正当化するとんでもない連中だーってね。この台詞って、どう思う?」
「ずいぶんと、主語が大きいですね」
その権力者とやらは、共和制ローマの独裁官か何かだろうか。その時代を舞台にした作品なら、そんなステレオタイプの為政者がいてもおかしくはない。
「まあまあ。フィクションにとっての国家権力なんて、主人公に打倒されるか、主人公の引き立て役と相場が決まっているからね~」
確かに、そんなものかもしれないと、宇宙空間に目を向けながら三笠は思った。
ようやく国土交通省の監視船が駆け付けたらしく、活動家の船に退去を命じているところだった。
「んでさ、どう思う、この台詞。現実的だと思う?」
「フィクションの話でしょう?」
「それはそうだけどさ。東郷くんの意見が聞きたいと思ってね~」
「まあ、あの連中を見ていると、半分は正しいのかなとも思えてきますね」
監視船に包囲され、航路から離れていく活動家の船を眺めながら言った。
「ほう、半分。そのこころは?」
その言葉が意外だったのか、畝傍は興味深そうにわずかに目を見開いた。
「口では戦争反対だ平和だと言っていますが、同調しない者にはひどく攻撃的になるでしょう?」
蝦夷星系では、帝國からの独立を主張すると称する連中が、暴れて問題になっている。
道路に寝そべって車両の通行を妨害したり、反対する者や軍関係者に暴言を吐いたりと実に攻撃的だ。
「そういう意味では、安全な場所にいる人間ほど攻撃的になるという指摘は、あながち間違いではありませんね」
戦争を賛美するのではなく、口先では平和を唱えつつ、暴力的な手段で国防の邪魔をする。
その小説で言及されている権力者とはベクトルが真逆だが、どちらも国家の衰退を助長させる亡国の徒であることに違いは無い。
違いは、前者がいちおう、上辺だけでも愛国者を装っているということぐらいだろうか。
「なるほどなるほど。言われてみれば、確かにそうかもしれないね~」
「保守的な思想を持っている人間にも、言えることです」
保守層の中には、他国の軍艦が領宙侵犯してきたら無警告で撃沈しろ、などと息巻く過激な連中がいるが、これも安全な場所で好戦的になっている例と言えるだろう。
自称平和主義者のように、過激な行動に出ることが少ないのがせめてもの救いか。
「じゃあさ、もう一つ、印象的な台詞があるんだけどさ~」
「まだ続けるんですか、この話題」
三笠がうんざりとしていると、ラウンジの自動ドアが開き、ぱたぱたと数人の女性将士が駆け込んで来た。
「あーっ、いたいた! 畝傍司令長官!」
「きゃー! 東郷司令長官もいらっしゃるわよ!」
「お久しぶりです、畝傍司令長官!」
「東郷司令長官も、さっきぶりです!」
「あれっ。秋月一佐はご一緒じゃないんですかぁ?」
姦しい声を上げながらなだれ込んで来たのは、『ねむろ』の女性将士達だった。
津波のように押し寄せ、次から次へと矢継ぎ早に話す彼女達に三笠は辟易した。
「やあ、みんな~。久しぶりだねえ。元気だったかい?」
一方の畝傍は、以下にも女性受けしそうな笑みを浮かべながら、一人一人に丁寧に声を掛けている。
その様子を眺めながら、彼女達が畝傍の息のかかった将士だったのかもしれないと三笠は考えた。
佐世保に戻ったら、自分の艦隊に紛れ込んでいないか、内偵を進めようと固く心に誓うのだった。