先程の戦闘から、ゲーム時間で3日が経過した。実時間では、大体3時間程度だ。
宙賊を撃退した俺の第2宙雷戦隊は、救助した民間船『ぶらじる丸』を護衛しつつ、暗礁宙域を抜け、ようやく安全な空間に出ることが出来た。
『はぁ? 何言ってんの。ロールプレイとかマジキモイんだけど』
『ぶらじる丸』の船長が、去り際に放った一言だ。
言動に気をつけるように、音声のみで(コスプレ中だったのでこちらの姿は映さず)それとなく注意をしたのだが、いまいち理解してもらえなかったうえに、そんな暴言を吐かれてしまった。
お陰で、アデルを始め怒り心頭のクルーを宥めるのに一苦労だった。
「な、何なんですか、あの態度は!? 助けてもらった礼も言わず、意味不明の言動を繰り返した挙句、あの暴言!」
特にアデルの怒りは凄まじく、俺が若干引くぐらいの剣幕だった。
何度も同じことの繰り返しになるが、本当にこいつはAI制御のNPCなんだろうか。
アデルだけに限った話じゃないが。
「まあ、落ち着け。きっとパパとママの愛情が足りなかった不幸な奴なんだろうさ」
「しかし……!」
「あんなのでも、陛下の臣民であることに変わりは無い。そんな連中でも護るのが俺達帝國軍人の務めだ」
そう言って何とか宥めすかしながら、俺とアデルは自室である提督居室前まで戻ってきた。
ようやく暗礁宙域を抜けたことだし、話があるという東郷さんに通信を入れるためだ。
「提督! 司令長官閣下に面会を求めるときは、ちゃんと軍服に着替えてくださいね!」
別れ際、アデルに釘を刺された。
そんなことは、言われなくても分っている。
いくら俺でも、上官と面会するときぐらいTPOは弁えているつもりだ。
「まあ、東郷さんなら、そんなこと気にしないと思うけどね」
実際のところ、東郷さんは俺と同じプレーヤーだ。例えコスプレしたままでも、指さして笑われる程度で済む。
「東郷長官はそうかもしれませんが、あの腰巾着女は違うでしょう」
「あー……」
俺の脳裏に、刃物を思わせる切れ長の目をした、近寄りがたい雰囲気の美女の顔が浮かんだ。
東郷さんの副官である白菊(しらぎく) 椿(つばき)二等宙佐だ。プレーヤーかNPCかは不明。
司令長官の副官なので、それなりに優秀な人物だとは思うが、俺は少し苦手としている。
なんというか、俺に対する態度がぞんざいなのだ。
「そんな格好で面会を求めようものなら、提督が特優者だからと、日頃から目の敵にしているあの女に、ネチネチと嫌味を言われるに決まっています」
「ああ、うん。そうだな。それはそうと、一応上官なんだから、言葉を慎むように」
上官に対する無礼な発言を諌めつつ、俺はモニターの前で苦笑した。
このゲームには、アデルの強化人間をはじめとして、色々な設定がある。
特優者というのも、そんな設定の一つだ。
プレーヤーキャラの年齢は、最低で8歳から設定可能だが、そんな低年齢層の人間が、大の大人に混じって宇宙船の船長をやって、交易や戦闘をバリバリにこなすなんて、常識的に考えて無理がある。
それを理由付けているのが、特優者という設定だ。
強化人間が、動物の遺伝子を取り込んで苛酷な環境に耐えうるように遺伝子操作を行った人々の末裔であるというのに対して、特優者はその名のとおり、特別優秀な人間同士の遺伝子を、何か色々上手いこと掛け合わせたりなんだりして作り上げたクローン人間の末裔という設定だ。
強化人間のように一目で分る身体的特徴は持ち合わせていないが、通常では考えられないような低年齢の時分から、天才的な才能を発揮したり、大人顔負けの知識や技術を発現させたりする場合がある……というものだ。
年齢を18歳未満に設定したときに自動的に付与される設定だが、あくまで設定のみで、スキルやステータスに優遇措置が取られるわけではない。
せいぜい、特優者かそうでないかで、NPCの反応が異なるぐらいだ。
優秀な人間(ただし、元はクローン)の末裔という設定のためか、特優者に対して、あまり良い感情を抱いていないNPCが多く、そういう意味では、むしろ不利な場合もある。
まあ、常識的に考えて、どう見てもガキにしか見えないやつが、自分と同じかそれ以上に優秀だったりしたら、多少なりともやっかみを抱くのが普通の反応だろう。
そんなわけで、件の白菊二佐は、特優者にあまり良い感情を抱いていないようで、俺に対する態度があまり宜しくないのだ。
もっともそれは、彼女がNPCだったらの話で、もしプレーヤーだったとしたら、そういうロールプレイをしているか、何か別の理由で俺を毛嫌いしているということになる。
「それじゃ、何かあったら呼んでくれ」
「はい。では、失礼致します」
アデルの敬礼に見送られ、俺は自室に引っ込んだ。
まずは、装備アイコンを操作して、白無垢から軍服への着替えを行う。
普通のRPGなら、装備を変更すれば、すぐさまグラフィックが変更されるのだろうが、このゲームの場合、キャラクターがその場で着替えを始める。
そのため、街中でうっかり装備の変更を行ったりすると、公開ストリップを始める羽目になってしまうのだ。
まあ、全年齢対象のゲームなので、さすがに下着まで脱いだりはしないが。
しかし、この自分のキャラの着替えシーンが、このゲームの醍醐味でもある。
自分の理想と欲望を具現化したナイスロリが、静々と着替えをするシーンは眼福以外のなにものでもない。
モニターの前で、ニヤニヤしながら、俺は無駄に何度も着替えを実行させて着替えシーンを堪能する。
「おっと、いかん」
シミ一つ無い幼女の柔肌に夢中になるあまり、本来の目的を忘れるところだった。
軍服に着替えさせた摩耶を席に着かせると、目の前にあるコンソールを起動した。
「このゲーム、ギルドチャットとか個人チャットみたいなのが無いのが、不便なんだよなー」
コンソールの起動画面を眺めながら、俺はぼやいた。
可能な限りのリアルさを追求してのことなのか、一般的なMMORPGにありがちなそういう機能が一切無い。
そのため、誰かと会話をするためには、直接本人と会うか、通信を入れるしかないのだ。
通信を入れる場合、当たり前の事だが、相手側にも端末が手元に無ければならない。
何度目かのコールの後、コンソール画面に表示されたのは、さっきまで俺とアデルの会話に上っていた女性の顔だった。
「何か御用でしょうか」
まるで機械音声のような温かみの欠片もない声で、彼女――白菊二佐は言った。
「東郷司令長官を頼む」
「アポイントメントはございますか」
「アポ……?」
今まで、面会にそんなものが必要だったことは無い。
虚を突かれた俺は、間抜けな声を上げてしまった。
「アポイントメントが無いのであれば、お繋ぎするわけには参りません」
見下すというか鼻で笑うというか、そんな感じの口調だった。
いちおう、俺のほうが上官なんだけどな。
「東郷さんから話があると言われていたんだ。だから、通信を入れたんだが」
「東郷閣下から、そのようなお話は伺っておりません」
「なら、さっさと確認してくれ。ここで押し問答をしていても時間の無駄だろう」
こっちもイラついてきたので、次第に言葉も乱暴になっていく。
「……少々お待ちを」
搾り出すような声で告げると、こちらの了承も得ずに画面がブラックアウトした。
「さすがにちょっとムカついたな……」
小声で毒づきつつ、待つことしばし。
再び、白菊二佐の顔が画面に現れた。
「東郷閣下がお話になられます。くれぐれも、粗相の無いように」
捨て台詞のような無礼な一言を残した後、画面が切り替わった。
白菊と入れ替わるようにして表示されたのは、このゲームで数少ないプレーヤーと判明している人物だ。
第2機動艦隊群司令長官の東郷 三笠。階級は宙将。諸外国の軍隊でいうところの中将にあたる。
俺の階級が大佐にあたる一佐なので、俺よりも2階級ほど上の階級となり、ゲーム内では、指揮系統上俺の直属の上司だ。
100隻以上の艦艇と、PC・NPCあわせて1万人以上の将兵を指揮下に置く、一般のプレーヤーにとっては雲の上のような存在だ。
このゲームの最古参廃プレーヤーの一人でもある。
「よう、ロリ。随分と久しぶりだな」
コンソール画面に現れた細面のイケメンは、そう言って口の端を吊り上げてみせた。
「暫く見かけなかったが、何をしていたんだ?」
「何って。リアルが忙しかったに決まってるじゃん」
「そうなのか。安月給のリーマンは辛いな」
「うるせえ。黙れ、ヒキニート」
悪態をつく俺を、東郷さんが笑い飛ばす。
俺達が顔を合わせた時は、決まってこんな挨拶から始まる。
お互いプレーヤー同士だし、音声チャットのみだがゲーム以外での交流もあるので、二人きりの時は概ねこんな感じだ。
ちなみに、彼(中身は彼女だが)の言う「ロリ」というのは俺のことだ。
俺が
「ところで、いつから面会にアポが必要になったの?」
さっきの白菊の台詞を思い出し、俺は東郷さんに質した。
「アポ? そんなもんは必要ないぞ?」
「ふうん……まぁ、いいや」
ということは、白菊の独断ということだろう。
まあ、いい。
まずは、東郷さんの話を聞くのが先決だ。
「アデルから話があるって聞いてたけど?」
「ああ、そうだ」
顔の前で両手を組み、どこぞの司令のような沈思黙考のポーズを取った。
プレーヤーキャラクターのこういう細かいリアクションは、マウスやキーボードに予めショートカットとして登録しておけば実行させることが出来る。
デフォルトで設定されているものが殆どだが、プレーヤーがポーズをカスタマイズすることも可能だ。
「良い話と悪い話と面倒くさい話……だっけ?」
俺は自分のキャラに顎に人差し指を当てて、ちょっと視線を上に向ける幼女に激似合いな考えるポーズを取らせた。
幼女のこういうポーズはそそる。最高だ。
「うむ。どれから聞きたい?」
良い話と悪い話。この二つは、いちおう想像がつく。
俺が以前から陳情していた、安全保障に関する提案や新型艦の配備申請が、軍上層部に受け入れられたかどうかについてだろう。
だけど、面倒くさい話というのはちょっと分らない。
何だか分らないけど、妙に気になる。
「じゃあ、面倒くさい話からで」
「うむ……」
東郷さんはどこぞの司令ポーズを続けたまま頷いた。
「実はな、ストーカーに付きまとわれている」
「マジで?」
それは面倒くさいって言うか、やばい話だろ。
さっさと警察に通報したほうが良いんじゃないのか。
「ああ、違う違う」
東郷さんは苦笑しつつ、顔の前で手を振った。
「リアルの話じゃない。ゲーム内での話しだ」
「なんだ……」
東郷さんはリアルでは女性なので、そっちの話かと思った。
ゲーム内であれば、ぶっちゃけリアルではないので、ひとまずは安心だ。
迷惑行為ではあるので、無問題というわけではないが。
ちなみに、この手の迷惑行為は運営は全くもってノータッチで、通報しても対処はされない。
リアルと同じように、(ゲーム内の)官憲に通報するなどして、自分でどうにかしろということらしい。
東郷さんの話ではこうだ。
街中を歩いていると、常に背後に視線を感じ、ゲーム内での自宅のポストに、手編みのセーターやら、作りたての弁当やら、東郷さんへの愛を綴ったイタい手紙とか、そういうものが投函されているらしい。
はっきりと確認できていないらしいが、手紙の文面なんかから判断するに、どうやら相手は女性キャラクターのようだ。
また、軍施設の中ではそういったことは無いので、少なくとも軍人ではないようだ。
「そいつ、プレーヤーなの?」
「そこが、よくわからん」
相手がプレーヤーだと確定していれば、面と向かって注意することも出来るのだろうが、NPCだとそうも行かない。
もしプレーヤーだったとしても、NPCを装ってロールプレイしていたら、確かめる手段は無い。
しかも、ゲームの見た目のキャラクターに惚れてストーキングするようなイタイ奴だ。
「確かにめんどくせー話だね。でもさ、俺に相談しても何も出来ること無いよ?」
東郷さんは軍の高官なんだから、
「憲兵隊に通報すれば片付くとは思うが、そこまで大袈裟にしたくないんだ。相手は民間人のようだしな」
「まあ、気持ちは分らなくもないけど」
「そこで、お前の出番なんだよ、ロリ」
モニターに写る東郷さんの顔がアップになった。
東郷さんは真剣な表情でこちらを見つめ、予想の斜め上過ぎる言葉を放った。
「ロリ。私と婚約してくれないか?」