ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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「ロリ。私と婚約してくれないか?」

 

 訪れる沈黙。

 しばしの間、コンソール越しの東郷さんと見詰め合う。

 

「んー……ちょっと意味わかんないな。何でそうなるの?」

 

 予想の斜め上すぎて、そう返すのがやっとだった。

 

「実際に会って、特定の相手がいるから、あんたの気持ちには応えられないって事を説明するためだよ」

「いやいやいや、ちょっと待てよ。相手はストーカーなんだろ?」

 

 そんな常識的な手法が通じる相手じゃないだろう。

 それどころか、下手をしたら、矛先が俺のほうに向く可能性だってあるじゃないか。

 そんな面倒くさいことに巻き込まれるのはごめんだぞ。

 

「第一、俺じゃなくてもいいだろ。なんで俺なんだ?」

「お前が、プレーヤーの中で一番気心が知れているからだ」

 

 まあ、そこは理解できないことも無いが……

 

「ぶっちゃけると、お前なら巻き込まれても心が痛まない」

「なんだと、コラ」

 

 いくらなんでも、ぶちゃけすぎだろ、おい。

 

「だいたい、俺みたいなプレーヤーである必要があるのか? NPCでも問題ないだろう」

 

 このゲームのNPCは、人間と遜色の無い判断力や感情を持っている。

 あくまでゲームの中だけではあるが、イケメンで地位の高い軍人である東郷さんが、適当な女性士官に口裏を合わせてくれるように頼めば、断る奴はいないだろう。

 副官の白菊二佐なんか、目付きと性格は悪いけど見栄えは悪くないし、おあつらえむきじゃないだろうか。

 それに、巻き込まれても心が痛まない。

 

「NPCかどうかの確証を持てる奴がいないからな。それは出来ない」

「別にそこに拘る必要はないだろ」

 

 相手にきちんと事情を説明して、同意を取り付けることが出来れば、後は自己責任ってことで、いいと思うんだが。

 

「あー、もしかしてロリ。お前、気付いてないのか?」

 

 東郷さんは軽く目を見開いた後、困ったように眉根を寄せた。

 いったい、何のことを言ってるんだ。

 

「だよなぁ。お前、このゲームやってるときは、宇宙にいるか、自室で耽っているかのどっちかだったもんな」

「そうだけど、それがどうしたんだよ?」

「いや、な」

 

 東郷さんは深々と溜息を吐いた後、俺にとっては驚愕の事実を語りだした。

 

第2機動艦隊群(2群)の中ではな、私とお前は付き合っているっていう噂があるんだ」

「へえっ……?」

 

 間抜けな声と共に、目が点になってしまった。

 俺と東郷さんが付き合ってるって……?

 

「殆ど公然の秘密になっていて、知らない奴を探すほうが難しいぐらいなんだぞ?」

「な、な、何で……!」

 

 そんなことになっているんだと言い掛けて、今までのゲーム内での自分の行動を思い返してみる。

 このゲームを始めて2年ぐらいになるが、ゲーム開始から間もない頃、PK宙賊に襲われていたところを助けてもらったのが、東郷さんと知り合ったきっかけだ。

 少し前に、領宙監視任務で民間船を宙賊から救助したが、ちょうどあんな感じで助けてもらったのだ。

 その頃から、有数の廃プレーヤーで、すでに今の地位にいた東郷さんには、ゲームの伊呂波を色々と教えてもらった。

 軍に入隊したのも東郷さんに骨を折ってもらったお陰だ。

 時には、互いに顔を合わせて、リアルの愚痴や趣味の話など、取り留めの無い世間話に花を咲かせることもあった。

 普通のMMORPGだったら、親切なベテランプレーヤーに色々助けてもらった初心者プレーヤーでしかない。

 もちろん、そこからリアルの付き合いに発展する場合もあるだろうが、それはあくまで当事者間での話だ。

 他のプレーヤーにしたって、ゲームの中で仲が良いからといって、そんな事を勘繰る人はまずいない。

 だが、このゲームには、他のMMORPGとは決定的に違う点が一つあった。

 それは、NPCの存在だ。

 従来のMMORPGに登場するNPCは、コンシューマゲームの村人Aと同じ、決まりきった台詞を繰り返すだけの、特別なイベントでも発生しない限り反応が変わることの無い記号のような存在だ。

 しかし、この『インペリアルセンチュリー』のNPCは、人間と同じように物を考え行動する。

 紛れもない、ゲームの中で生きる人間そのものだ。

 そんな彼らの目に、俺と東郷さんはどのように見えるのか。

 片や帝國宇宙軍の重鎮、100隻以上もの艦艇と10,000人以上の将兵を指揮する艦隊司令長官、片やその部下の一人に過ぎない一佐官。

 そんな上官と部下の関係にしかないはずの2人が、軍務以外でも頻繁に顔を合わせ、気さくに会話をしていたら、回りの将兵はどう思うのか。

 そういう下世話な関係に見られても、ある意味仕方の無い部分があったかもしれない。

 東郷さんの話では、その噂は割りと好意的に受け止められているらしかった。

 俺をえこひいきしているとか、俺が東郷さんとの個人的な知己を通して、好き勝手やってるみたいな、マイナス方面のうわさが無いことは幸いだった。

 自慢するわけじゃないが、俺自身、軍の中ではそれなりに功績を上げているし、部下からの信頼もそれなりにある。

 そういった点もプラスに働いたのかもしれない。だけど。

 

「まさかそんな風に見られているなんてなぁ……」

 

 当たり前のことだが、俺と東郷さんは、NPC達が考えているような色気のある話は一切していない。

 俺達が意気投合した最大の理由は、互いの趣味が同じだったからだ。

 俺と東郷さんは、いわゆるミリオタだったのだ。

 女性にしては珍しい趣味だと言ったら、むしろ最近では、そっち方面に興味を持つ女性が少なくないらしい。

 度重なる災害派遣での自衛隊の活躍やソマリア沖での海賊退治、昨今の特定国による軍事挑発なども影響しているのかもしれない。

 海上自衛隊の新型ヘリコプター護衛艦いずも型が空母になりうるかどうかとか、在日米軍を効果的にコキ使うにはどうしたらいいかとか、そんな話を熱く語り合ったこともあった。

 

「まあ、そんなわけで、お前以外に適任者がいないんだ」

「いや、むしろ駄目だろ。噂を肯定することになっちまうじゃないか」

 

 いくらストーカー対策の芝居とはいえ、取り返しの付かないことになるのは、火を見るより明らかだ。

 東郷さんだって、そんな単純な理屈が分らないわけじゃないだろうに。

 

「残念だが、ロリ。もうそんなレベルはとっくに超えているんだ」

「どういうことだよ」

「ゲーム時間で、お前が宙域監視任務に赴く数ヶ月前のことなんだがな」

 

 ゲーム時間の数ヶ月前といえば、俺の戦隊が宙域監視任務に出港する前ぐらいだ。

 

「執務室に移動中に、お前の副官のアデルと戦隊副司令のガンさんに、立て続けに出会ったんだ」

 

 別に、珍しいことじゃない。

 乗艦して任務に就いていなければ、軍施設内で顔を合わせる事だってあるだろう。

 だけど、それがどうしたっていうんだ。

 

「二人とも、私に向かってなんて言ったと思う?」

「……さあ?」

 

 上官と出会ったんだから、敬礼ぐらいはすると思うけど、それ以外に何かあるのか。

 

「型通りの敬礼をしたあと二人して、いつまでお前に対する態度を曖昧にするのかって、詰め寄られたんだぞ?」

「ええー……」

 

 まさか、艦隊内で噂になっているどころか、腹心の部下からもそういうふうに思われているとは。

 

「アデルには、『提督は閣下からのお言葉をずっと待っていらっしゃるんですよ!』なんて言われた」

「ええー……」

 

 もしかして、ウェディングドレスやら白無垢やらのコスプレを、結婚願望があるみたいに思ったのだろうか。

 だとしたら、勘違いも甚だしい限りだ。

 俺はただ単純に、背徳的な幼女美を堪能していただけなのだ。

 

「ガンさんに至っては、あのむさ苦しい顔で、『男だったら、さっさと覚悟を決めるべきですぜ』なんて凄まれたんだぞ?」

「ええー……」

 

 アデルもそうだが、ガンさんも酷い勘違いをしている。

 

「そういうわけだから、お前以外の相手は考えられないんだよ、ロリ」

「うわぁ。面倒くせえ……」

「ここでもし、お前を袖にするような素振りを少しでも見せてみろ。NPCの私に対する心証は甚だしく低下する。最悪、艦隊内の士気にも影響する」

 

 そこまで言われると、こちらとしても、断れる雰囲気ではなくなってくる。

 

「はぁ、わかったよ。だけど、上手くいく保証なんて無いぞ」

「わかっている。とにかく、準備は全て私のほうでするから」

 

 まあ、そういうことなら、任せよう。

 婚約と言っても、ゲームの中での話だ。

 MMORPG内のイベントで、仲の良い男女のプレーヤー同士がゲームの中で結婚式を挙げたりするが、あれと似たようなものだ。

 俺も東郷さんもそれなりに大人だし、ゲーム内での出来事をリアルに持ち込むような分別の無い歳でもない。

 細部についての詰めは、俺が鎮守府に戻ってから決めるということにして、この話はいったん終了となった。

 

「あと残っているのは、良い話と悪い話になるが、どちらからにする?」

 

 そういや、まだ話があったんだっけ。

 なんか、どっと疲れてしまったな。


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