八神家の軒先。こじんまりとだが、それでも決して狭くはない庭に煙が立つ。
真っ白な煙。しかしそれはとても小さな物であり、それは普通に見れば煙草の副流煙からくる煙である。
くわえた煙草から息を吸い込み、ニコチンやらタールやら、そう言ったアレな物質を肺一杯にため込む。ひとしきり満たすと、口から吐息と共に白い煙が寒々とした空に吐き出された。それは息の暖かさからくるものなのかもしれないが、寒空の下ながら吸う煙草にはそれはそれで趣旨があって旨いものだと思う。
「…暇やのぅ…。」
光を認識できる右目を細めて煙草を味わいつつもぼやく。
暇だ、
暇すぎる。
煙草位しか暇つぶしがない。
いや。
他にも暇つぶしが無いわけではないし、それがやりたくてうずうずしている。
しかし、
しかしだ。
一度それをシグナムと熱中し過ぎたところ、はやてに
『やりすぎや!』
と、『それ』を禁止されている。
「あ~…こー言うんを『フラストレーションが溜まる』っちゅうんやろなぁ。このままやったら俺、退屈で死んでまうで。」
素肌の上に羽織ったパイソンジャケットの裾に隠れて解らないが、腰に納めている漆黒の柄に桜が散らされた
前述したはやてに禁じられしシグナムとやらかしていたこととは、まさに『死合い』であったのだ。そりゃもうお互いに熱が入りすぎて、片や短刀、片やレヴァンティン、それぞれの得物を手にして正に実戦とも取れるような、そして目が血走っていたというのは、浅いながらも切り傷まみれになっていた二人を治療したシャマルの談だ。
「親父殿。」
「お?なんやザッフィーちゃん、散歩から帰って来たんかい?」
「えぇ、今し方。暇を持て余しておられたように見受けられましたので。」
子犬形態のザフィーラが縁側にちょこんとお座りしてプカプカと煙草を吹かす彼に声を掛ける。
「もうじき、我が主の下校時刻です。お迎えに上がられるのも一つの余暇の過ごし方かと。」
「俺が?はやての迎えやて?冗談言うなや…いっぺん、編入ん時に養父として行ったときのこと、話したやろ?」
「えぇ、ですがそれ程までのことがあったならば、逆に顔も割れておられます。我が主の親父殿であることは周知の事実であるかと。」
以前、はやての足の回復の兆しが見えたにあたり、聖祥大附への編入手続きに行った際、彼の容姿が余りにも『裏』の人のように見えたため、一時的に職員室が修羅場と化していた。一部の職員は110番仕掛けていたが、はやての必死の訴えにより、そして彼が大人しくしていたのもあり、何とか編入に至ったわけだが…。
「…まぁたまにゃ
「御意…。…それと親父殿。最近この付近は物騒です。特に誘拐などに御留意を。」
「はん!そんな現場に居合わせたら相手に同情しちゃるわ!そんな奴らがおったら、好きにしてえぇんやからな。」
狂気的な笑みを浮かべながら、彼は玄関に脱ぎ捨てられていた革靴に足を通してドアを開放した。ちょっとした暇つぶしを見つけた彼は、さながら暇という檻から解放された狂犬。
ザフィーラがフラグを立てていたからこうなるわけである。
「バニングスの令嬢と、月村家の令嬢だな?」
「悪いが一緒に来て貰おうか。」
学校からの帰り道。人気の少ない公園を通った矢先にこれだ。アリサとすずか、そしてはやての三人が帰宅中、おそらくは人通りが少ないところまで行くのを待っていたのだろう、『そのテ』の奴らが黒塗りの車からゾロゾロと降りてくる。
アリサやすずかにとっては、結構慣れた光景ではあるが、そんな物に慣れたくはないのが本心でもある。
下手な誘拐犯の台詞に、慣れきったからかは知らないが、二人を庇うようにアリサが立ち塞がる。
「ホントに…アンタ達みたいな連中が漫ろと来るから、日本て国が心配になるわ。全うに稼ごうとか思わないの?」
「おい!このガキを黙らせろ。最低限生きていれば良い。そうすりゃ身代金も手に入る。」
「ちょっ…アリサちゃん!煽らない方が…!」
「はんっ!どうせ手を出すなんてこと出来やしないわよ!こうやって誘拐するなんて事しかできない小心も…」
乾いた音が、公園に木霊した。一番眼を丸くするのはアリサ、赤く染まった頬を押さえ、鈍く走る痛みに受けた厚意を認識する。
「図に乗るなよ?ガキが…!あんまオトナを舐めてっと…痛いだけじゃ済まねぇからな。」
「あ、あんたら…!」
「依頼は…月村とバニングスだったが、もう一人もついでだ。小遣い程度の身代金にはなるだろうよ。」
二人だけにではなく、はやてにまで矛先が向く。
…どうする?
魔法を使えばこの状況を打破するには問題ないだろう。しかし、ここで行使すれば魔法という力を視認される訳で、混乱の種になりかねない。
どうすればいい…?
どうすれば…!
「おーおー、きったない車やのォ…!威厳出すんやったらまめに
「な!なんだてめぇ!」
男達の車。そのフロントバンパーに片足を掛け、まるで物色するかのように、否、まるで姑が嫁の掃除具合にケチを付けるように車を一瞥する一人の男。固い靴底で思い切り踏んだのだろうか、小さくへこんでいる。
「お、親父から貰った車に傷を…!」
「なんや、そんな大事な車やったら、ちゃんと手入れせんかいアホが!」
「巫山戯んな!てめえ…修繕費は高く付くぜ…!」
「おう…!手前の
「娘…だと!?」
「お、お父ちゃん…!なんで来ないなとこに!?」
「よう!暇つぶしに迎えに行きよる途中で近道しよう思て来たら、何や面白そうな事になっとるな!」
「って!アタシ達オマケ扱いなの!?」
一人憤慨するアリサをどうどうと抑えるのはすずか。こんな状況で、ある意味一番冷静なのは彼女かも知れない。
「ま、そういうわけや。アンタら、大人しゅう手ェ引きや?せやなかったら…エラい目見るで?」
「相手はたった一人だ!やっちまうぞ!」
「おーおー…!ガキ共が盛りやがってからに…!」
ポケットにつっこんていた手を出して肩肘から余計な力を抜く。
そして一呼吸
一瞬目を閉じ…そして…
「行くでぇぇええっ!!!」
まるで、野獣の如く、野性的な戦いだった。
「ぇぃぃぃいいっやっ!!」
「ホントに…アンタのお父さん…何者なの…?」
彼のヴィジュアルもさることながら、その腕っ節や身のこなしは常人のそれではない。常軌を逸したものだ。
「ん~?普通に建設会社の社長やで?」
普通に見えないからこうした感想が出て来るのだと言うことに気付かないのか?
おそらくは格闘技に覚えがある数人の男の攻撃を掠ることもなく、あっという間にノックアウトしてしまったのだから、これが普通の反応である。
「っと…なんや…エラい大所帯やのぉ…!」
男達を片付けた矢先に十台ほどの黒塗りの車が公園入り口に駐まり、ぞろぞろとスーツを着込み、サングラスを着用、そしてオールバックに髪を整えた男達が降りてくる。
「お、お父ちゃん…?」
「さがっとれよ?今片付けたるでぇ!」
このような多勢に無勢な状況で、未だ愉しんでいる。しかし、敵の手にはメリケンサックやバットなどで武装している。流石にこの状況は…
しかし、
その戦況は一人の男の登場によって覆されることとなる。
甲高く、そして辺り一帯に響くエンジン音。公園の中を颯爽と駆け抜ける白く長い車。
それはテレビでよく見る高級車であるリムジンである。
芝生を走破し、ベンチを蹴散らして、はやての父親と男達の間に割って入るように濃いブレーキ痕を残して停車した。
ガチャリと開かれるリムジンの運転席の扉。グレーのスーツにワインレッドのシャツ、青いネクタイを締めて白いヘビ柄のエナメル靴を着こなし、彫りの深い顔に黒い髪を逆立てた男が降りてくる。
「お嬢…迎えにきたぜ。」
「お、おじさん!?どうして!?」
「なんとなく、胸騒ぎが…。どうやら、丁度良い頃合いだったようだ。」
驚くアリサの表情をみて、無事を確認して安堵したのも束の間、彼女の頬が赤くなっているのを見て、途端にその視線は鋭くなる。
「お嬢…その顔はどうした…?」
「え?ぁっ…!こ、これは…その…!」
「…叩いた奴はお父ちゃんが倒したんやけど…後ろの連中は…その仲間やと思うで。」
「なんだと…?」
ギロリと振り返れば、雁首揃えて、今か今かと戦いを始めんとするスーツの男達。
「テメェら…!」
スーツのネクタイを緩め、ゴキゴキと指の関節と首を解す。気が立っているのか、蒼いオーラが滲み出ている…ような気がする。
「なんや…エラいえぇタイミングで出て来よるのォ…?」
「それはお互い様だろう?」
「違いないわ。…ほな、久々に暴れよか!」
「ふっ…油断すんなよ?真島の兄さん!」
「誰に言うとるんや…!行くでぇ…桐↑生↓ちゃ~ん!!」
海鳴市に、とある歓楽街で伝説となった二人の男が降臨した。
今回は「もしもはやての養父に龍が如くの真島吾朗が、バニングス家の運転手に桐生一馬がなっていたら?」というネタです。
真島の兄さんに関しては関西弁と言うだけの繋がりではやてと絡めただけなんですが、
問題は桐生ちゃん。護るべき人が釘宮声。ドライバーの経験がある(5)。という具合でバニングス家に居候です。え?鮫島さん?桐生ちゃんは彼の控えですよ?たまに走らないと、桐生ちゃんのヒートゲージが振り切っちゃうので、こうしてリムジンを噴かしちゃう困ったちゃんなのです。