ぱらり、ぱらりと、薄い紙媒体をめくる音が静かに教室に響く。
彼の居るここ、IS学園は女子校である。
にもかかわらず、この本を読む生徒は男子生徒。そんな存在は異質ではあるが、それでも彼を含めてもう一人の男子生徒の存在は、その異例に当てはまるものであり、ここに在籍する理由でもあった。
ざんばらに切った短い黒髪と、どこか野性を感じさせる目。そして、頬に刻まれた十字傷。背丈も小柄でも無く大柄でもない。だがしっかりとした体付きでもあった。
「よっ、俺は織斑一夏。宜しく頼むぜ…えっと…。」
彼に話しかけるのは織斑一夏。先述したもう一人の異例である。そこそこに高い背丈に整った顔立ち、物腰柔らかそうに話す彼は気さくに自己紹介してきた。
「宜しくするのは構わんが、もうすぐ教官殿がいらっしゃる。…座して待つのが礼儀ではないのか?」
「お、おう。そうだな。」
「それに、自己紹介ならば、最初のホームルームとやらで行うものだろう。その時まで待っても問題ないはずだ。」
どこか素っ気なく、そして事務的に正論を返す2人目の彼に少し渋い顔をしながら一夏は引き下がる。
(しかし…)
周囲を見渡せば、女性女性女性。別段問題はないのだが…
(…あまりにも…世界最強の兵器を扱う学園の生徒にしては、危機管理や緊張感という物が感じられん。)
一応兵器を扱う学園なのだ。それ相応の雰囲気と言うものがあるだろうとも思うが、まるでそれが感じられず、逆に舞い上がり、そして色めき立っている。
(ふむ、これでは世界最強の兵器の操縦者を輩出できているなどとはナンセンスだな。…優秀な兵士は、平時の佇まいから見分けがつくものだ。誰も彼もがまるで素人だ。)
が、つい先日まで中学生をやっていた少女達に、いきなり兵士としてのモラルを求めるのもどうかと思うが。
「で、では出席番号順に自己紹介を…」
(…この任務、予想以上に骨が折れそうだ。)
彼はゲンナリしながらも、皆の自己紹介を耳に入れつつ、これからのプランを練るに至った。
そして問題は3時限目に起こった。
クラス代表を決める際に、自他推薦を問わぬという選出方法から、二人の男子生徒が選ばれた際に彼女は憤慨した。
大体はこんな感じである。
・このような選出は認められない
・物珍しさで極東のサル…それも男子生徒を選ぶな
・実力からすれば、代表候補生である自分がするべき
・ここにはIS技術を学ぶために来たのであって、サーカスをしに来たわけではない
・そもそも極東の地で生活すること自体が苦痛である
とまぁ、自信過剰且つ女尊男卑の思想が並々と滲み出る御高閲を、イギリス国家代表候補生のセシリア・オルコットは宣った。
それに対して反抗するものか一人いた。
「イギリスだってたいしたお国自慢ないだろ?何年メシマズ世界一だよ?」
織斑一夏だ。自身のみならず、自国を見下された発言に彼は言ってしまった。
もう後は売り言葉に買い言葉。やいのやいのという内に、決闘だという流れになってしまった。
そして…もう一人の彼にもその火の粉は降り掛かった。
「貴方もですわよ?男と私セシリア・オルコットの違いと言うものをとことん、それも骨の髄まで教えて差し上げますわ!」
オ~ッホッホッホ!と漫画の中ぐらいでしか昨今あまり聞くことの無いようなお嬢様の高笑いをするセシリア。そんな彼は静かに立ち上がった。
「少しばかり声質に戸惑いはしたが…中身は全くの別物だな。…これならば問題はなさそうだ。」
「何を訳のわからないことを…」
彼は今までセシリアの声に、とある上官を重ね、その声質に緊張が迸っていた。だが、彼女とセシリア、声は似通えども、他者を見下す後者の発言は、物腰柔らかくも優しい上官とはあまりにもかけ離れている。それだけに彼が吹っ切れさせるには十分な材料になった。
「先程から聞いていれば国家代表候補生と言う肩書きに余程の自信があるらしいな?」
「も、勿論ですわ!決闘ともなれば、素人である貴方方が負けるのは自然の理。謝るなら今の内でしてよ?」
「素人?」
そう言った瞬間、彼の纏う空気が一変した。
今までは堅苦しい、事務的な物だと感じていた彼のそれは張り詰め、まるでここが銃弾飛び交う戦場と錯覚してしまうかのような物へと変わりゆく。
「俺は素人ではない…
俺は
そして…一週間後のその日。
アリーナでブルー・ティアーズ纏うセシリアに相対するは、白銀のIS。フルスキンで、所々に紺のアクセントが映えるそれを纏うのは2人目の彼だ。
発注していた一夏の専用機が遅れると言うことで、先に彼がセシリアと戦うことになった。
「逃げずに良く来ましたわね。」
「逃げる?誰から逃げるのだ?恐れおののく相手など居ないのだから、必要が無いだろう?」
「…その減らず口…すぐに閉じさせて差し上げます!」
そして…試合開始のブザーが鳴る。
「さぁ!これでお別れで…」
ダァン!!
強烈な発砲音と共に、狙撃レーザーライフルを発砲しようとしたセシリアに衝撃が走る。
「な…っ!いきなり…!」
「開始ブザーは鳴ったぞ。…それに、獲物を前に舌なめずりとは……三流のすることだな。」
「馬鹿にして…!もう許しませんわ!」
「安い挑発に乗って激高するのも三流の証だ。」
正確無比に狙撃してくる彼女のそれを、彼は飛行すること無く跳躍で回避している。PICで飛ぶことも無く、跳躍と緩急つけた走破での回避。飛行によるマニューバも何もない。
「なんで…なんで当たりませんの!?」
「…俺の知り合いには狙撃の
「くっ…!ならばこの攻撃はどうですの!?」
ブルー・ティアーズのアンロックユニットから4つの子機が分離し、彼に肉薄すると共にレーザーの雨を降らせる。第3世代兵器であるブルー・ティアーズのビットが、彼のISを取り囲むように射撃してくる。
「無様に踊りなさい!私とブルー・ティアーズが奏でる
連射
連射
連射!
穿ち続けるビットによる射撃で粉塵が舞い上がり、白銀のISはその中にかき消えていく。
「オ~ッホッホッホ!話になりませんわ!幾ら避けようとも、囲まれたならば避けようがありませんもの!所詮は男の操るIS!国家代表候補生たる私には及びませんでしたわね!」
「やはり、お前は三流だな。」
聞きたくも無い声だった。
あれだけ打ち込まれれば流石にシールドエネルギーも枯渇する。
にもかかわらず、粉塵晴れたその場所に彼のISは、球状の半透明の膜を纏って傷一つ無く佇んでいたのだから。
「Λドライバ。問題ないな?」
『
「よし、なら…そろそろ決めるぞ、『アル』」
『了解です
「上等だ。」
瞬間、
彼のISが変化する。
片の鋭角的なアーマーが分割し、中から放熱板とおぼしきプレートが展開、次いで人間の肩甲骨に当たる部位からも、同じような二対のプレート。
そして…ダァン!!
再び放たれた彼の持つ銃…OTOメララ『ボクサ ー』57mm散弾砲からの弾丸。
が、先程とはどこか違う。
その弾丸に纏う『何か』が、セシリアの第六感を刺激するのだ。
アレに当たればやられる…!
そう感じ取った彼女は、ビット操作を一旦停止させて回避行動に移った。
瞬間、
避けきれずにビットを格納するアンロックユニットが、文字通り『消し飛んだ』。
あり得ない。
この距離で、恐らくあの銃の…ボクサーの形状から、近距離でこそ真価を発揮するはずの物。にもかかわらず中~遠距離のこの間合いで、一撃の下にISの装甲を、しかも消し飛ばすなどと、悪夢を見ているかのようにも思えた。
なんなんだ
なんなんだこの男は!
男にも関わらず、国家代表候補生たる自身を圧倒しているその力は一体何なんだ!?
「な、何ですの…
貴方…一体何者ですの!?!?」
もはや悲鳴だった。
目の前の男の圧倒的な力
そしてそこから生まれる得も知れぬ恐怖。
それが彼女を叫ばせるには十分だった。
「俺か?」
タンッ!と軽い音が響いた。
操作を切って宙に浮遊していたビットに、白い何かが乗っていた。そして直ぐさま同じ軽い音がすると共にそれは視界から姿を消す。
「知りたいなら教えてやろう。」
そして再びビットの上に白い物体。先程よりもセシリアに近い位置にあるそれに、それはいた。
「東京都立陣代高校元2年4組出席番号41番。」
彼の白いISが、宙に浮くビットに乗っていた。
あり得ない。
幾らビットとは言え、重さ数トンもあるISが、それに乗っているなどと…!
そう驚愕する間にも彼は跳躍し、次のビットに飛び移っている。
「このっ!このっ!」
セシリアも負けじとスターライトで応戦するも、彼はそれが貫く前に跳躍し、迫ってくる。そして白い閃光は、自身の子機であるビットを爆散させるに至る。
「ゴミ係兼カサ係の…」
「行きなさいミサイルビット!」
腰部ユニットから切り札たる二発のミサイルが彼に迫る。流石に空中で機動が変えられないのか、ミサイルは彼のISに間違いなく命中し、巨大な爆発を引き起こして爆ぜた。
やった…!
流石にミサイルの直撃ならば…!
そう、勝利を確信する彼女の目に
見たくも無いような光が爆煙より溢れ出す。
それは、
右拳に眩いまでのエネルギーを纏い、
飛び出す
白銀のISだった。
「相良…宗介だぁぁぁぁっ!!!」
振り抜かれた拳から膨大なエネルギーと衝撃が走り、残っていたブルー・ティアーズのシールドエネルギーと、そしてその装甲を削り、
『ブルー・ティアーズ、シールドエネルギーエンプティー。勝者、相良宗介。』
勝利のアナウンスが木霊した。